昨日ヒシの実を採取に行った帰りに、『夢百姓・石村農園』にお邪魔してレモングラス・ティーをいただいてきた。ついでにラベンダーのブーケを買ってきて仕事場に飾ったので、今仕事場はラベンダーの香りで一杯である。もしかしたらこのまま時間旅行に行ってしまいそう?(わからない人は、筒井康隆原作『時をかける少女』を参照のこと。ちなみにこの秀逸な作品は何度かドラマ化されたが、私はやはり大林信彦監督の角川映画版…1983年… この時一緒に封切りされたのが、松田優作・薬師丸裕子の映画版『探偵物語』だった…と思う。どちらも良かった!)
『夢百姓・石村農園』は私もちょくちょく(きわめてたまにしか行かないけど)顔をのぞけるハーブ農園でございまする。HPを立ち上げたとお母さん(お姉さん?)が仰っていたので、ここに掲載しておきまする。
http://yume-hyakusho.jp/
興味のある人は是非行ってみてくださいね。東岡山駅のほぼ真北で、歩くとしんどいけど、車ならほんの数分ですから。
さてさて、前回までの『戦国の竜虎』では、龐涓が田国将軍に押さえつけられて、喉元の匕首を突きつけられたままという苦しい態勢だったので、一刻も早く楽な姿勢にしてあげないと、と思いながらも時間が取れませんでした(分量からもわかるように、これを打つには、さすがに時間がかかります)。今もそんなに暇ではないのですが、なにしろ龐涓が可哀想なので、とりあえず人に馬乗りになられている(紀元前のマウントポジションだ!)姿勢からは解放してあげたいと思います。
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『戦国の竜虎』・36 ~第八章 以逸待労(1)~
【1】龐涓反転
失意の撤退であった。戦は負けてはいなかった。事実、四カ国の連合軍は斉の辺境の城をいくつも落とした。そしてついに孫臏(そんびん)の身柄を手に入れると思った瞬間、逆に龐涓(ほうけん)の方が、満座の中で囚われるといった大失態を犯してしまったのである。
斉は田国、田忌将軍以下、わずかの兵で乗り込み、千を数える連合軍が見守る中で龐涓を捕らえ、失った城や領地を全て返還すること、即時撤退して二度と斉との国境を侵さぬこと、などの屈辱的な条件を飲ませた。そして捕らえた龐涓を人質に、まんまと重囲から引き上げたのである。
確か
に圧倒的な勝ち戦であったはずなのに、魏の大軍は虚しく引き揚げていた。戦果は何一つとしてなく、龐涓が恥をかいただけに終わった。彼は馬車に陪乗している公孫閲(こうそんえつ)に語りかけた。
「わしに飛び掛ってきた斉の将軍が二人おったであろう。そのうちの一人は、そなた知っておったのではないか?」 やばい質問である。公孫閲は気がつかなかったふりをすることに決めた。
「田国(でんこく)でございますか? あの手紙を持って参った」 彼としては鐘離春の名前は絶対に口にしたくなかった。
「いや、ちがう。もう一人の方じゃ」 ほらやっぱり来た。公孫閲は一切知らないふりを続けることにした。実は彼は鐘離春(しょうりしゅん)に気がついていた。だがもし彼が鐘離春に気がついて彼らの計を頓挫させてしまうと、孫臏を魏から逃亡させるのに彼が協力したことがばれてしまう。そうなると当然龐涓は彼に罰を与えるであろう。基本的には謀叛と同じであるから、死刑である。彼はそうはなりたくなかった。
「もう一人…でございますか? 元帥はもう一人の方をご存知だったのですか?」 龐涓は公孫閲を疑いの眼で見ていた。
「あれは鐘離春じゃ」 そなたも気づいておったのではないか? という顔をして龐涓は彼の顔を見ていた。公孫閲は、まさかという顔をして笑ってみせる。
「なんですと? 鐘離春? それはありますまい」 龐涓は公孫閲を追及はしなかった。その代わり彼がそう確信した理由を話した。
「わしはあれから斉軍に間者を放って調べさせたのじゃ。あれは鐘離春じゃ。間違いない」龐涓は怪しいと思ったことを調べるのに躊躇しない。彼もまた当代超一流の兵家である。情報がどれほど大切なものかは骨身にしみて知っている。
「そう…ですか。でも、どうしてわからなかったんだろう…?」 ことさらに自分は全く気づかなかったようなふりをしてみせる。今となってはそれしかなかった。気づいていて何もしなければ、敵の策に加担したのと同じだ。だから公孫閲は気がついていたと認めるわけにはいかない。
「そなたが気づいておったら、こうはならなんだものを…」 龐涓は明らかに意味ありげな顔をして公孫閲
を見ていた。公孫閲はすまなさそうな顔をして下を向く。気まずい雰囲気が彼らが乗っている馬車の上を覆う。公孫閲は憂鬱だった。魏までの道のりはまだ長い。いつまた龐涓が話を蒸し返すかわからない。彼は話題を変えることにした。龐涓の気持ちをほかに集中させなければならない。
「元帥、元帥ともあろう方が、敗北 をお認めになるのでございますか?」 ここは一つ彼を焚きつけて、彼の専門分野である戦に意識を持っていかせるのがいい。
「どういうことじゃ?」 案の定、龐涓は食いついてきた。彼はプライドの高い男である。負けを認めるのは絶対にいやな男だ。公孫閲は彼にもう一度、雪辱戦をさせることで、自分に向けられた疑惑の目を払拭しようとしていた。
「私にはわかりませぬ。なぜ此度はこうもあっさりと引き上げなさるのか。今取って返して斉を攻めれば、孫臏とてすぐには対応できないでございましょう」 それはそうであろう。やっとのことで四カ国連合軍を撤退させたばかりなのである。ほっとして気が緩んでいるのが普通の人間であろう。
「うむ。じゃが、わしにはまだ機が熟しておらんように思えるが……」 龐涓の懸念もわからないではない。魏軍の士気は高くはなかった。そしてもう一つ気にかかることがあった。斉軍の主力は殆ど無傷のままで残っているのだ。低い士気のまま無傷の主力とぶつかることは、有利な戦いは期待できない。
* * * *
斉・魏の国境にまで撤退してきていた。魏軍は黙々と歩いている。勝ち戦の凱旋とは違って、兵の声が聞こえない。ただ重苦しい空気が数万の魏軍全体を覆っていた。その中で一人の伍長が斉魏の国境を示す石碑のところで、つ、と立ち止まった。伍長とは軍の最小単位である、五人の部隊の長である。多くの場合は戦に参加した経験の豊富な者が務めていた。
「伍長、もう魏ですよ。どうして立ち止まるんですか? 早く帰りましょう。奥さんも待っているに違いありません」
だがその伍長は、怒ったような目を自分の部下の若者に向け、持っていた矛を預けると暫く斉の方向を見つめ、それから腰の剣を抜いて斉領に投げ捨てた。そして部下から矛を取り上げるようにして受け取ると、再び歩き出した。
彼は悔しかったのである。龐元帥に仕えてから、彼はほとんど負け戦を知らなかった。戦えば必ず勝ち、そのたびに彼は帰郷して自分の手柄話を家族や近所の人々に話して聞かせるのが常だった。だが今回は負けてはいないのに、手ぶらで帰らなくてはならないのである。彼が投げた剣は斉の土に突き刺さったまま、そ
の横を魏の兵が通り過ぎていく。この剣は彼の捲土重来の意思そのものであった。
我が身は魏へ帰る。ただの伍長には軍の決定方針にあれこれ口を差し挟むことはできない。だがそれでも彼は、自分の剣だけでも斉に残しておきたかった。今に斉の奴らを打ち破るときがくる。それまでは彼の剣がここで持ち主の帰りを待っているのだ。
これは魏の兵士たちの多くの思いを象徴したものであった。彼らは誇り高く精強であった。それゆえにくたびれもうけの骨折り損に終わった今回の斉遠征は我慢ならなかった。
* * * *
魏領に入って最初の野営であった。臨淄から魏領まで、直線距離でも500㎞を越える。軍が一日に移動する平均的な距離は30中国里(20㎞弱)というから、片道だけでもほとんど一ヶ月を要する道のりであった。
彼らは自国の領土へ生還できたことを祝って、踊り歌っていた。歌も踊りも素朴なものである。ただ焚き火を囲んで、みんなで踊り、歌う。「はい、はいはいはい……」歌詞も単純なら振り付けも単純で、誰でもが歌い踊れるようになっている。
身体を左右に揺らせ、足踏みをし、くるりと向きを変え、また歌う。若い兵士達が歌い踊るのを、少し年長の伍長が何人か並んで見守っていた。そこへ驚いたことに龐涓がのそりと姿を現した。そして何も言わず、踊り続ける兵士たちを見守っている。
龐涓は兵士たちの素朴な踊りと歌声を聞いているうちに、知らず知らずのうちに頬が緩んできていた。そしていつもの厳しい表情ばかりを浮かべている顔に、なんとも言えない笑みが浮かんでいた。凱旋の時には気がつかなかった兵士たちの本当の姿に触れた気がした。少し離れたところで、兵士たちが踊っているのを見ていた伍長の一人がそれに気づいた。
「龐元帥……」 踊りに夢中でそれに気づかない兵士たちに知らせる。「龐元帥が来られたぞ! 元帥のおなりじゃ!」 この声に振り向いた兵士たちは、一斉に拱手をする。「元帥っ!」 それに右手を挙げて答え、つかつかと兵士たちの輪に入っていく。
「おお、みんな座ってくれ」 自らどかっと腰を下ろす。すぐ左手には、彼の到来にいち早く気がついた伍長が腰を下ろすが、他の兵士たちはどうしたものかと座りあぐねている。それに気づいた龐涓は再び声をかけた。「みんな、楽にしてくれ」
この言葉につられるように龐涓のすぐ右に腰を下ろした若い兵士が、恥ずかしそうに龐涓を見ている。龐涓もその顔を見て笑いかける。ただの一兵卒と元帥とが、こんな近くで親しく交わることは、普段ならばまずないことである。顔に幼さが残る若い兵士は、口を開くこともできなさそうだったので、龐涓から笑顔で話しかけた。
「魏に着いたぞ。嬉しかろう?」 若い兵士も釣られたように笑顔で答える。
「それは当然でございます。母の顔を見ることができますから」 脇にいた同僚の兵士が茶々を入れる。
「それときれいなかあちゃんもな」
「出鱈目を言うな。俺はまだ嫁をもらっておらん。お前こそ嫁に会えるのが嬉しいんじゃろう」 ちょっとむきになったように答える。茶々を入れた兵士も笑いながら答えた。
「おう、俺もまだじゃ。嫁をもらうのは、これからじゃ」
「お互いじゃの」 なんの変哲もない会話なのに、周囲の兵士たちが沸いていた。龐涓はそれをにこにこと笑いながら聞いている。彼らはまだ嫁もいないような若さだった。これから何度か戦に出、それでいくらか手柄でも立てることができれば、少しはましな生活ができるようになるかも知れない。そうして嫁を娶っていくのである。それにしても若い兵士は、ただ若いというだけで陽気だった。そういった兵士たちを率いて自分は戦っているんだなあと、龐涓の心の中に湧き上がってくるモノがあった。
「嫁をも
らうときには、ぜひわしに知らせてくれ」 それを聞いた若い兵士は、嬉しそうに笑って答えた。
「はい。元帥には真っ先にお知らせしますよ! 元帥に来ていただいて、我が家の秘蔵の酒を召し上がっていただきます!」 龐涓も笑顔で答える。
「そうか。忘れてくれるなよ! 約束したぞ!」
「もちろんでございます」 今度は左に座っていた、最初に彼に気がついた伍長のほうを振り向いた。笑顔で話しかける龐涓は、こうしてみるとなかなか魅力的な男であった。
「家族は何人いる?」
「嫁と息子が二人おります」 彼はさきほどの兵士よりはかなり年かさに見えたが、家を持っていた。
「そうか、待ち遠しいのう。お前の息子じゃ、きっとよい兵士になってくれるじゃろう」 伍長も同意する。
「私も待ち遠しゅうございます」
「お前が帰ったら、家族は喜ぶじゃろうな?」 だが伍長はそんなに嬉しそうではなかった。
「家族は喜びますが、私はあまり嬉しゅうございません」 伍長は素直に自分の感情を述べていた。
「久しぶりの家であろう。どうして嬉しゅうない?」
「家に帰ったとて、何を話しまする? 勝ち戦じゃったと手柄話の一つもしますか? それとも負けたと? どう言ったところで、私の胸のもやもやは晴れてはくれませぬ」 龐涓の胸にグサリとくる一言であった。
彼は自分の大業のために戦をしていた。だが彼の野望のために、手足となって戦ってくれている兵士たちにもそれぞれの思いがあったのである。彼の指揮下で、彼とともに戦い、戦に勝つことで大きな喜びを感じていたのだ。龐涓は彼らにとって大きな希望だったのである。それを知って今更のように、今回の斉との戦での失敗の痛みが、想像以上の重さを持って甦ってきた。
「元帥、正直に申し上げてよろしゅうございますか? お腹立ちになりませぬか?」 龐涓は地面を見つめていた目を、伍長に向けた。
「お前を起こる? わしが腹を立てているのは、わし自身に対してじゃ。わしがへまをしたばっかりに、その方らに悔しい思いをさせてしもうた。皆にすまんと思うておる」 彼は兵士たちに頭を下げていた。だがそれを伍長が遮った。
「とんでもございませぬ、元帥。我らは元帥に従ったお陰で、何度となく勝ち戦の味を知りました。魏の兵は元帥のお陰で、どの国の兵よりも強うございます。此度、たまたま運悪く孫臏の企みにかかったとは言え、元帥の軍が敗れたわけではございませぬ。もし元帥がここで斉に取って返し、斉軍と戦えと命じられますなら、我ら喜んで斉軍を打ち破ってごらんにいれまする」
伍長の悔しい気持ちは、龐涓が想像したよりもはるかに強かった。彼らは龐涓を信頼していた。龐涓に従ってどこまでも戦い、勝ち続けるつもりであった。伍長の言葉を一人の若い兵士が引き継いだ。
「元帥、我らはこのまま引き下がるつもりはございません。臨淄に引き返し、攻め落としてやりましょう!」 彼の声はその他の多くの兵士の声を誘った。
「元帥、斉の奴らに思い知らせてやりましょう!」
「元帥、我らを斉に連れて行ってくだされ! このままで帰りとうはございませぬ!」
「元帥、斉を叩きましょう!」
「そうだ! 元帥、斉をやっつけましょう!」 兵士たちは口々に、引き返して斉を叩こうと龐涓に申し立てた。その声は瞬く間に大合唱となって龐涓の周りを包んだ。拳を突き上げ、龐涓に雪辱戦を促す。
大勢の若い兵士たちが口々に叫ぶ声に押されるように、龐涓は立ち上がっていた。彼の心と目に
熱いものがこみ上げてきていた。
「みな…… 本当にありがたいことじゃ…… この龐涓、皆に礼を言う!」 魏国元帥である龐涓が兵士たちに抱拳の礼をして応えていた。彼の目から涙が伝っていた。これを見てさきほどの伍長が言った。
「元帥、たった一言でようございます。斉を攻めよ、と。元帥が命を下されたら、我らは生命など惜しゅうはございません。斉に取って返して、恥を雪ぎましょう!」 だが龐涓は首を横に振った。
「じゃが斉には行けぬ」
「なぜでございます? 天下に信を失くすからでございますか?」 龐涓はゆっくりと言った。
「そうではない。わしは天下に信を失くすことなど屁とも思っておらん。わしが恐れておるのは、みなに信を失うことじゃ」 これは龐涓の本音であった。彼には他国にどう思われるかよりも、自国の兵に信用を失う方をはるかに重大な問題だった。
たった今、多くの兵士たちによって、打ちひしがれていた心は励まされた。だが帰国するのは彼が全軍に命令したことである。兵士たちの中には本当は帰国を喜んでいる者もいるだろう。そういった中で言を左右にすることは、兵士たちの信を失うことにつながる。だが伍長は食い下がった。
「なぜでございます?」
「みなも長く家を空けていよう。みなの家族も、その方たちのことを案じていよう」 兵士にも家族はいる。両親がいて、嫁子供がいて、そして兵士がいる。家族の支えがあってこそ戦場での手柄もある。それを龐涓は熟知していた。だが伍長の気持ちは変らなかった。
彼は手柄なく帰郷することもいやだったが、実は龐涓の心情を思っていたのである。天下の龐涓ともあろう者が、孫臏の小手先の計略にかかって、戦うことなく引き揚げねばならなかったのだ。伍長にはその傷ついた龐涓の心を思いやる気持ちも強かった。彼にとって龐涓はただの司令官ではなかった。彼にとって龐涓は崇拝の対象ですらあったのだ。ただそれを口にするのは口幅ったい。だから自分に置き換えて語ったのである。家に帰っても手柄話ができないと。
「勝利の栄誉なく家に帰ったところで、我らはどの面さげて家族に会えますか? 元帥、どうか我らを率いて斉と戦わせてくだされ。斉を打ち破れば、我らとて大手を振って帰れまする!」 龐涓は彼を取り巻く大勢の兵士たちを見回した。
「じゃが、その方たち全員が斉に取って返し、斉を打ち破ることを希望しておるのか?」 この問いかけに、伍長は叫び声を上げた。腰の剣を抜いて天を刺す。
「兄弟、斉に取って返そう! 斉軍に目にもの見せてやろう!」 それに兵士たち全員が呼応する。みな伍長にならって剣を抜き、天を刺しながら叫ぶ。
「おうっ! 目にもの見せてくれようっ!」 兵士たちの雄たけびは、魏軍の陣の中をどんどん広がって行った。
(つづく)
* * * *
☆第八章の主な登場人物☆
孫臏(そん・びん):斉の軍師。『孫子の兵法』を著した孫武の曾孫。後に『孫臏兵法』を著す。曽祖父の孫武を孫子と呼ぶのに対して、斉孫子と呼ばれることもある。
鬼谷子のもとで失われたと思われていた『孫子の兵法』を受け継ぐ。魏の元帥・龐涓とは師兄弟(師兄:先輩にあたる)。一人『孫子の兵法』を受け継いだことに嫉妬した龐涓の計略にかけられ、臏刑(びんけい:膝蓋骨を削られる刑にかけられる)に処せられるが、魏から斉に逃亡でき、軍師として斉王に仕え、龐涓率いる魏軍を打ち破り始めている。
龐涓(ほう・けん):魏の元帥。鬼谷子のもとに学び、鬼谷子門下では孫臏と並び、双璧と言われた。孫臏とは義兄弟の契りを結んでいたが、『孫子の兵法』を一人だけ受け継いだ孫臏に嫉妬し、鬼谷子への復讐の意味もあって、孫臏を魏におびき寄せたあと、計略に陥れ臏刑に処した。彼の心にはいつも師匠・鬼谷子に言われた「手に入らないものは、どうしようと手にはいらない」という言葉があり、その言葉を否定するために『孫子の兵法』を手に入れようとする欲求がある。つまり彼は孫臏と戦いながら、師匠に復讐しているのである。
田忌(でん・き):斉の大将軍。
斉の軍権を一手に握る。斉王とは一族である。かつて龐涓と数回戦い、すべて敗れているが、これは彼の優柔不断な性格のためと言われている。孫臏が配下に加わることで兵法によって戦を行うことを覚え、彼に師事しているような日を送っている。孫臏の最大の理解者の一人であり、孫臏も魏を脱出した後は彼の屋敷で暮らしている。外見は豪傑であるがその実繊細な神経の持ち主であり、優しい。
公孫閲(こうそん・えつ):龐涓の謀士。
天下無敵の剣の使い手であり、同時に龐涓の謀士を務めている。鐘離秋に恋をし、孫臏が魏にいては彼女を得られないことから、龐涓にわからないように、孫臏の魏脱出に際しては全面的な協力をした。
姜氏斉から田氏斉に変る時、斉を追放された人間の一人であり、天下を流浪しているときに龐涓に拾われている。
斉の威王(せいのいおう):田氏斉の三代目の王。
文人であり、臨淄に多くの文人を呼び集めて住まわせ、斉の文化的隆盛を演出した。だが軍事には暗く、孫臏を軍師に任命するも、その才を存分に活用しているとは言いがたい。前章では龐涓の脅しに屈し、孫臏を人質に出そうとした。本章でもその名(迷)君主ぶりは、遺憾なく発揮され、物語を面白くする。
禽滑(きん・かつ):田忌の謀士。
墨翟(ぼく・てき…通称、墨子ぼくし)に学び、田忌に仕える。頭の回転が早く、弁舌が爽やか。
かつて孫臏救出に魏へ赴いたとき、その弁舌の冴えには龐涓も脱帽し、彼を配下にと希望した。
鄒忌(すう・き):斉の相国。
威王に仕える功臣だが、田忌が大将軍に任命され、権勢が大きくなり始めると、嫉妬から田忌の足を引っ張ることに狂奔しはじめた。孫臏が田忌の陣営に加わることになって、彼の権勢には衰えが見えてきた。
田国(でん・こく):斉の将軍。
斉の王族につながる名門出の将軍。勇猛果敢をもってなり、孫臏の最初の出陣では反抗したが、あまりにも見事な采配ぶりに、一転して孫臏を崇拝しはじめる。前章では鐘離春とともに敵陣の真っ只中で、龐涓を生け捕りにする大活躍を見せている。
鮑大夫(ほう・たいふ):斉の大夫。
斉の威王に仕える功臣。お目付け役的なことを進んで行い、文人を好む威王好みで、評論はするが、自らの行動は得意としていない。けれども……
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