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2016年6月30日 (木)

蒸し暑いぞ、なにもかも

 雨が上がったのはけっこうなことだけど、いやあ、蒸し暑いのなんの。まあ、今日の場合は蒸し暑いの「蒸し」の方にウェイトが乗っているけど。一応、梅雨前線が北上した?

 さてと、とうとう某産経新聞が取り上げてしまいましたな、それも一面で。他のマスコミは、奇妙なくらい報道を差し控えているみたいだけど。尖閣諸島を巡る、どこかの自称大国の暴挙を(最前線で「平和を維持して」くださっている方々のご尽力には、頭が下がる思いである…頭を下げるくらいのことしかできないけれど)。

 かの国の歴史に通じていれば、これがかの国のやり口だということは、誰にでもわかる。呉越抗争だって、最初は村と村の子供喧嘩ではないの。それに親が加担して、それに役人が加担して、それに国が加担して。どこかで誰かがブレーキをかければ、止めることはできたろうに、どんどんエスカレートしていく。

 ということは誰も止めなかったわけで、止めなかったということは、その国ぐるみが謀略に加担していたわけで(いや、主導していたに違いない)。こんなことはかの国の史書に記録してあることで、正しく過去の歴史を理解し、認識すればどういうことが推測できるかは、今更私ごときが述べるべき必要もあるまい。

 指導者が変わってトラブルが増えたとすれば、それがどういうことを意味しているかは、誰に教えられなくてもわかる。だいたいハーグの常設裁判所にフィリピンが提訴した件でも、「裁定には従わない」などと平気で公言する。ガキ以下ですかいな、このセリフ。

 裁定が出る前から「従わない」と言っていたのだから、どんな裁定が出されるか知っていてやっていたということだ。なぜわかるのか。自分たちが違法行為をしていると自覚してやっていたからだ。そして国際ルールに従わないと公言しているのだ。

 これが何を意味しているかは、これまた今更私ごときが言う必要などないだろう。

 私はかの国に友人がいる。とてもよい人たちだ。私は彼らと今の関係が、今のまま続けられることを望んでいる。だがそれをぶち壊そうとしている人間がいることも確かだ。

 アヘン戦争以後、かの国は辛酸をなめたのだそうである。だが考えてもみるとよい。アヘン戦争で敗れたのは清という国で、今の国とは何の関係もないではないか。日本のように、何千年も同じ国が続いているわけではないのである。国が代われば、中身も変わるはずではないか。それとも清って国の仇を今の国が取るっていうの? どういう関係があるのかな。今の国は清の末裔なのかな。そのわりには辮髪もみかけないけど。

 ま、かの国では「(弱)小国に外交なし」という考え方が歴史的にある。それなりの力を認めないと、相手がどんな交渉をしようとしても、無視してやりたいようにやるってことだ。無視されまいと思ったら、それなりの行動(「戦え」と言うのではないよ。このところは誤解なく。私は友人がいる国とは戦いたくない)をとるしかないよな。

 ただプロイセンの軍略家、カール・フォン・クラウゼウィッツは、「武器を使用することを厭うものは、それを厭わない者によって必ず征服される」と、不吉なことを言っているからね(そんなことを私ごときが心配する必要はないだろう。ただ現代はクラウゼウィッツが活躍した18世紀末から19世紀アタマに比べて、いろんな武器ができたからね。人を傷つけなくてもすむやり方もなくはないし)。

 そういえば前回の訪中の時、生意気なタクシーの運転手がいた。曰く、「今、中国と日本は仲が悪い。いっちょ俺とやりあうか」 と肩に手を乗せてきた。その時私の手がどこにあったか。私はわずかに腕を動かすだけで、彼の腕が折れる位置に置いていたのだが、このアホウにはわからなかったようだ(このドシロートめが! 有文事者必有武備、有武事者必有文備という孔子の言葉を知らんのか。世界中に「孔子学院」を作っている割には、何も知らんのだな…もっとも孔子学院で、はたして孔子の教えを教えているのだろうか…)。

 そんな態勢で、言葉がわからないふりをしていたら(外国人の強み)、状況は変わった。ま、あちらの国で争えば、こっちが一方的に不利にされるのは目に見えているしね。(同じようなことは、在日の中国人の方ですら体験したことがあるそうだ。この方はものすごい勢いで怒って、「乗るな、乗るな。こんなタクシー」と怒鳴って、仲間と一緒に喚き散らしてやったのだそうな。こんなやつと議論しても、議論にならないからね。するだけ時間と労力の無駄。それにしても、感情的になって目が曇ると、同じ国の人間かどうかもわからなくなるんだから、相手にできるレベルではないよ)

 幸いなことに、今の我が国の政府は有能だ。私ごときが腹を立てて、あれこれいう必要などないと信じている(ちょっと前は酷かったけどね。船をぶつけられても、その映像すら公開しないんだから。客観的な証拠として、映像をそのまま公開するのは、大切なことだと思うけどね)。

 参議院選も大切なんだろうけど、こちらの方もきちんと対応してくれるのではないか。ま、この蒸し暑い時候ではございますが、可能な限り平和的な解決を、お願いしておりますね。かの国の友人たちとは、何があっても関係は変わらないと思うけど(私は友情に厚い方だから)。

 私みたいな人間ばかりだったら、世界はもっと平和でいられるのに…なんちゃって!

 

2016年6月29日 (水)

人はいつだって次回作こそが 最高傑作のはず!

 は、どっこいしょっと。今日もよく降りましたなあ。岡山では夕方から少し小降りになりまして、私は最低限度、身体を動かしたのですが、こんなものは子供だまし(最近に子供は、なかなか騙されないってか? 私も、例の「牛乳飲んでると、頭に角が生える」事件以来、子供は騙していないですなあ)みたいなもんで、心の奥底で、何やらわけのわからない炎がメラメラと…

 満腹知らずなんだよねえ、このところの練習は。(やりたい練習が山ほどあって、とても時間が足りないのも事実なんだけど)いつも、腹一分目から三分目くらいで終わってしまう。これじゃあ健康にいいというよりも、栄養失調で餓死しちゃうよ。

 とはいうものの、昨日から「とりあえず始めてやれ」と思ったことは、始めたよ。でも今朝になって、昨日やったのはすべて廃棄処分。気に食わない! もう陶芸家の気分だね。気に食わないモノは、割ってしまうしかない。見る気もしない(ミルキー…見る気…はママの味かも知んないけど、ね)。

 まあ昨日のものを完全廃棄したので、今日はほんの少しだけ前進した気がする。(これ打ち終わったら、もう1㎜くらい前進しておくつもりだけど)これが何もやってないという実感があったりすると、寝ても変な夢ばかりみちゃうんでね(昨夜も見た。変な夢って感覚しか残らず、内容は消えた)。

 私の場合、いい夢を見ようと思えば、いい仕事(すくなくとも自己満足はできるレベル)をするしかなんいんで。これは他者の評価でなく、自己評価。少なくとも「いい夢」「楽しい夢」を見ているのが、私にとって「いい一日の過ごし方」をしたかどうかの評価なのである。

 だから「いい夢」を見たくて仕事をしているようなもんなんだよね。「いい夢」は自分が満足できる指標なもんだから。もちろん、そんな仕事だって、やってしまった次の瞬間からすぐに、「とても満足なんかできないシロモノ」に変わる。やってた時には、「これがベスト! これ以上のものができるものか!」と思って頑張ってるんだけどね。

 その時は満足していても、三日もすれば「あちゃーっ、こんなことで満足していたのか!」となるのは目に見えているから。これこそが人が前進している証で、「昔はすごかったんだけどね~」に陥らないための、重要なキーワードだと思っている。

 だから『企業戦士YAMAZAKI』第四巻の、「人はいつだって次回作こそが 最高傑作のはず!」(倫子ちゃんの実の姉の目の前で、高須相手にいうセリフ)が、たぶん私には、死ぬまで忘れない名セリフだと思えるんだよ(ということは、私にはたとえあと千年生きても、自分で「これが完成作だ!」という作品は作れないんだろうけどね。でも、だからこそ伸びていける。これこそ、「生涯、大人にならない!」と誓った私の生き方そのものだ)。

 そういえば似た言葉を憶えているなあ。「私は1分、1秒でも長く生きていたい。そうすれば、ほんの僅かでも『真理』に近づける」 これは先師のお言葉ですな。私は、こんな神々しいまでの動きになられても、まだそんな高みが見えるんだなと、感心したもの。

 あまり不満タラダラで生きていると、不満という毒気に当てられて、何かに取り組むのに嫌になってしまうけど、だからと言ってさっさと満足してしまっては、その向こうにある何かを見つけることができなくなってしまう。

 人間、ぶら下げられた人参を追いかける馬のように生きるのが、たぶん一番長く、一番速く走り続けていられるのではないでしょうか。  ……しんどいけど。

 人間は神様ではないから、完璧なものは無理だと知りながら、それでも完璧を目指して生きるところに、一番オイシイ人生があるんじゃないかなと、最近は思うようになりましたよ。現実は完璧なんてほど遠いところに甘んじているんだけどね。

2016年6月28日 (火)

梅雨らしい天気でした

 梅雨でございますなあ(地方局の天気予報士の人は、「梅雨末期」と言っていた)、夕方を過ぎた頃から、大したことはないけれど、降るには降りだした。じとっとした気持ちの悪さがあったので、帰宅後何をおいてもシャワーを浴びたが、その後また汗をかいた。

 なぜならば、このところ精神的に「乗り気」になれないんだなあ。うつ鬱、うつ鬱…としているうちに、時間だけが勝手に過ぎていく。今日は昼過ぎから、「どうせダメなら、前進してみろ」という、私本来の姿勢を思いだして、帰宅後六尺棒を取り出して(我が家は、玄関でたいていの武器は揃うので)、棒術の型(棍術ではない)を2種類ほど(数十回!)繰り返したら、せっかく汗を流したのが無駄なほど、汗みどろになった。汗みどろついでに、またしても(毎日やっているんだけど)舞を舞った。

 やればやるほど、自分のものになっていく実感がございますな。「ただ回数だけをこなす練習には意味がない」なんてことを仰るむきもあるようですが、私はそうは思いません。人間、やる気満々で練習することなんか、一年のうちどれくらいあるだろうか(私の場合ずぼらなので、せいでい40~50日くらいのものだ)。じゃあ残りの日は? 間違いなく「ただの義務感」でやっています。習慣になってしまうと強いね。歯磨きとかトイレとかの感覚でやってしまえるから。

 やっているうちに、嫌でも感覚は練習モードに入っているので、それなりにちゃんと成果は上がっているからね。「今日は気分が乗らない」からと言ってやらないのとは、雲泥の差がある「まあお蔭で、大変な汗をかいたわけだけど。

 とにかく湿度が高い。全身がナメクジになったようで、大変に気持ち悪い(何度も言いますが、ナメクジは私が最も忌み嫌う生き物です!)。おかげですぐにまたシャワーを浴びた。今度は本当に気持ちよくなった。同時に猛烈な空腹を感じて、慌てて晩飯の支度をした。(これって、もしかしたら健康の証?)

 で、本来取り組むべきことがらに戻ろうと机についたのだが、やろうと思ったらやっぱり資料が足りないのに気がついた。しょうがないから、せめてネットで調べられる範囲だけでもとあれこれ調べていたら、今度は眠くなった(気合が入っとらん!)。だからといって私は、蘇秦のように、太ももに錐を突き立てるようなことはやらない。そんなことをしたら、明日の練習ができなくなる。

 まあ蘇秦(一説によると、『鬼谷子』は蘇秦の著作ではないかとも言われている。まあ私的には、鬼谷子を一人と考えるには、若干の無理があるので…少なくとも200年から300年生きたことにすれば、話のつじつまはあってくるけど、これは科学的に考えて「人間じゃない」ことになるので)には蘇秦で、置かれた境遇があったから(親戚一同ほもちろん、嫁さんにまで愛想を尽かされてしまって、遊説に成功するしかなかった。いわゆる背水の陣的な立場に置かれていたんですな。それでもなかなか遊説に成功せず、最終的には「戦国の七雄」のうち、秦を除く6か国の丞相の印を帯びることになるのですが、そこにいたる苦労は並大抵のものではなかったらしいです)、いろんなことをやったでしょう。とんでもない成功の陰に葉、たいていとんでもない苦労があったりするもんですから。それでも最後は暗殺されてしまうんですけどね(ただし、その犯人を探し出す術を斉王に伝え、自らの死後、自らのかたき討ちを達成するという離れ業をやっておりますが)。

 ということで、明日は梅雨前線が北上してくるとかで(ということは蒸し暑くなる。そろそろ快適な避暑地を探さなければならない)、かなり気分はブルーでございます。(あの、書き物をしていて、前腕にべっとり汗をかいて、紙がくっついたりするじゃない。ああなると私は、仕事どころではなくなる。学生時代から、あの「べったり」が大嫌いだった…今はPCだから、いくらかは過ごしやすくなったけど。その代わり視力の低下が著しい。どのくらい視力が悪くなったかというと、女性をみたらみんな美人に見えてしまうくらいだ…一説には「それはそれで結構なことではないか」とも)。運動量もかせげないわなあ。

 でも困るんだよね、視力が低下すると。魚が殖えていても見落とすし、物事の変化(目から入ってくる情報)に、鈍感になってしまう。凝視していると目つきが悪くなったように思われるし。こまったものである。

 ああ、やりたいことが一杯で、どれから手を付けていけばいいのか、わかりませんな。来月末か、再来月頭には岐阜のNさんのところに、行きたいし(まだ連絡しておりません。私一人の勝手な、「取らぬ狸」でございます)。行く前にやっとかなきゃならないことも山盛りあるし。

 あまり先のことばかりに気を回さないで、せいぜい1週間程度くらいしか予定を立てないようにしようかなあ。することが多すぎると、結局、何もしないで終わってしまうことがありますが、今の私が下手をするとそんな状態に陥ってしまう危険性がございます。

※ ということで7月の『○○を語る会』は、一応16日(土曜日)を取りましたが、会場が、回転12周年記念とかで、16日は(午後九時くらいまでは)ほぼ満杯状態のようです(雨が降ってなかったら、テーブルと椅子を歩道に出して…まるで中国だ…座ることも可能みたいですが、いかがいたしましょうか)。ただ、「食べ放題」というのは、大変な魅力ですけどね。私はメニューの端から順番に注文するつもりでおりますが(笑)。これもまた、考えておきましょうね。

2016年6月27日 (月)

余裕ない?

 さすがに最近の天気予報はかなり正確で、きっちりと降り始めましたな(しかも、結構な降り方で!)。予報によると、午前中は晴れとかで、後に曇りになり、夕方前から降るとか。私は一所懸命、お天道様(お空の様子)を観察しておりました。

 すると昼前から高層雲かなあ、という雲が現れ、昼過ぎには全天を覆ってしまいましたので、「こりゃ雨降りだわい。あと短ければ2~3時間、長くても6時間はもつまい」と、朝から干していた洗濯物を取り入れに帰り、そこから先は私の「ボケ?」のせいか、今日済ませる予定のことが大幅に長引いて、終わった頃にはしっかりと雨が降りだしておりました。

「誰のせいでもない雨が」? 大好きな中島みゆきさんの歌が頭を過りましたが(最初に、『肩に降る雨』を思いださなかったのは、少しだけ精神状態が上向いてきたから? この歌も、超好きな歌なんですけどね!)、取りあえずは大急ぎで所用を済ませ、家に帰って一息、と思ったらさあ大変! ドジョウが出てきてこんにちは! ぼっちゃん一緒に遊びましょ! なんて余裕はなかった(我が家にはドジョウはおりますが。玄関脇の小さな水槽で、もう何年になるかなあ… 5年や6年ではきかないと思うよ。ドジョウがきっちりと生きております…一昨日、生存を確認済み。ドジョウの寿命ってどれくらいあんの?… 実は私は、ドジョウとは物心ついた頃からの旧い仲良しなので、憎めないんですよ! 今、玄関を入って奥の90㎝水槽をやり直しているので…またレイアウト水槽を作りたくなったのね。最近の私の好みは、数少ない水草による、ド迫力レイアウト水槽なんだけど。久しぶりに各種ドジョウを集めてみるかな…今は梅雨で、田植え時期って、ドジョウが田んぼに上ってくる時期なんだよね。捕まえやすいのは稲刈りの時期だけど)。

 にしても、朝一で最低限度の練習をしていてよかった。これで今日は「練習をサボった!」という罪悪感に苛まれなくて済む。人間誰が怖いったって、自分より怖い者はありませんからね。他人には嘘をつけても、自分には嘘をつけないから(嘘をついても、夢の中で糾弾される。夢の中で糾弾されたら目が覚める。安眠妨害は最悪の刑罰だ…私は寝ることをこよなく愛するから… 自分に嘘をつくまいと思ったら、自分だけには正直に生きなければならない。今はこれをやらなければならない、と思ったら、できない環境になってしまう前に、さっさとやっておくのが正解でございます。だから自分にとって大切なことは、できる時にさっさと、必要最低限度はやっておく、というのが、私が見つけた生き方なんですね)、やると決めたらやればいい。雨が降ろうが、日が照ろうが、槍が降ったらちょっと危ないので気をつけなければならないけどね。

 今(本当のことをいうと昨日)、新たな課題を見つけまして、今日からそいつを追いかけ始めたんですね。まだ曖昧模糊とした状態でしかないので、こんなところで公開したりはしませんけど。今まで何気なく使っていた言葉の中に、「おお、こいつはまだ厳密な定義ができてないぞ」というところがあったのです。(しかもかなり重要)

 日本人のとても優れたところに、曖昧模糊としたままでも、その存在を認めてしまうってところがあるのですが、いつも私が言っていることですが、長所はすなわち短所ですから、曖昧模糊とした状態で使ってもいいけど、いざとなれば徹底的に奥深くまで突き詰めたところから議論できなきゃいけないと思うんですよ。

 それで通り一遍のことで済ませられなくなったんですね。これは昔からの私の性格なんですが。敢えて曖昧模糊とした使い方をすることはありますけど(これ、意図的にやっているのがほとんど。意図的ということは、必ず「意図」があります。その意図について、他人さまにいちいち説明する必要は認めていないけど)、やっぱり「突き詰めたトコロ」まで考え抜いていたいんですよね。

「いい仕事は余裕が生む」ってのは私の信条ですから。10000mの深さまで考えて、10mの深さでものを言うってえのは、私的はいいことなんじゃないかなあと思ったりします(お酒が入ると100mか、もう少し深いくらいの深さまでは語ったりしますが)。余裕ってのは体力的余裕、時間的余裕、金銭的余裕、地理的余裕なんかも含まれますが、一番大切なのは心理的余裕ではないかと思います。心理的余裕はどうすれば生まれるか? いろんなパターンがあるでしょうが、あらかじめ深く深く思考して、広く広く試行しておくことは、その中でも重要な部分を占めていると思いますね。

 ということで、誰のせいでもない雨が降っております。どうも古傷が重苦しいなあと思っていたんだよね。でもお蔭でいろいろと対応した結果、少し良くなってきました。よくない状況に追いやられて、そこで解決策を発見すれば、これはいい成果が得られたことになりますね。するとよくない状況になったから、解決策(改善策)が見つかったと言えなくもないわけで、これは「失敗は成功の母」的なメリットがございます。

 なにしろ失敗を経験したことのない奴ときたら、傲慢で、横柄で、それでいて失敗したら、めちゃクソのヘコんだり、自分の失敗を他人のせいにしたりいたしますからな(迷惑なことだ!) ようするにホンモノの余裕を持っていないんだけどね。

 誰のせいでもない雨が… お前のせいだ! お前が雨降らしたに決まってる! こんな人は最後は、個人の力量ではどうしようもないことまで、自分に都合の悪いことは、他人のせいにいたします。

 私ならばこんな人は、ストライクを1球も投げないで、フォアボールにしちゃうけどな。これを世の中では「敬遠…敬して遠ざける」と申します。本当はちっとも敬してなんかいないんだけどね(笑) …野球では「敬して」いますよ。星稜高校時代の松井秀喜選手の甲子園での「全打席敬遠」なんて懐かしいシーンを思いだすけど。これって相手のM義塾の監督さんに、ある種の余裕があったからできたことなのかなあ、なんて想像しておりますけどね。

2016年6月26日 (日)

不練而練拳(練らずして拳を練る)

 やれやれ、ココログの調子が悪い。これは私の責任ではないので、知ったことではない。ここ何週間かこの調子だが、改善しないようなので、こちらも知らぬ顔の半兵衛である。何をやってもそうだが、何かをするということは、それをすることで影響を受ける数多く(不特定多数)の人に、よきにつけ悪しきにつけ、なんらかの影響が出る。それについては、若干の(100%ではない。人は行動した人間に多くの責任があるわけで、それに影響を与えたモノの責任は、実行した人間よりは、一般的に軽くみられる。これは現行の法治社会での傾向だ)責任を、当然のこととして負うべきだからである。

 とはいうものの、今日は初夏らしい、大変に心地よい一日であった。一年のうちこんな日が、せめて一か月くらいはほしいなあと思ったくらいだ(私が今までに経験した気候としては、ハワイのオアフ島、ハワイ大学からほど近いところで経験した気候に似ていた)。仕事をするにしても、学問に励むとしても、スポーツや武道に勤しむとしても、大変に好適な気候である(もちろん武道的には、さまざまな気候や状況でその能力を十分に発揮できなけらばならないので、酷寒の地、灼熱の地でも、それなりのことはできなくてはならない。でも基礎を学ぶには、厳しい環境よりはむしろ穏やかな環境が相応しいと思える。学生時代は少年保護法に守られているが、これは保護された環境で、伸ばすべき能力…これについては各人、さまざまな意見がおありのこととは思うが…を伸ばせ、という意味合いがあるのではないかと思っている。基礎的な力量を蓄えた後は、発展篇、応用篇へと進むべきなので、これは自己責任で行うべきだと、私個人は考えている)。

 で、そんな貴重な一日を、この私は何をして過ごしたか? すんません、つい昨夜の『○○を語る会』が午前様にめり込みまして(講義じゃないんだから、時間を守る気なんてちっともない。おかげでマスターは、奥さんも店員も皆帰して、最後は一人、とめどもなく話し合う私たちを放置しておいてくれた。このマスターの寛大さに乾杯である! ありがとうございます、いつもいつも)、帰宅してもすぐには寝ないのが私の習い性で、結局寝た(?)のは午前四時頃。まあいつものことでございますが。

 それから午前7時には起きて、地区のお宮さんの掃除。このお宮は私が幼い頃にはいつも遊んでいたお宮で、私が護身本(スキージャーナル刊)『読むだけであなたは身を守れる』の着想の多くを得たお宮さんである。おろそかにはできない。

 幸いなことに「おとうや」さんが日ごろからまめに草取りをしていたらしく、大きな苦戦はなく(昨夜の飲酒で、身体はだるかったが)、1時間余りで終了。帰宅後、朝食を取ったら眠くなったので、ボサーっとしていた。

 ボサーっとしていながら、午後からのSくんとのお遊びの準備をしていたのだが、現実に遊び始めると準備はほとんど奏功せず、基本形の準備だけがやたらと役立った。この場で私はSくんの類まれなる適応能を目撃する。遊ぶにしても、仕事するにしても(基本的に遊びと仕事の違いは、その行為によって、収入が得られかどうかだけではあるまいか)、基本的な能力に依存するところが大きいと再々々々々々…確認した。

 で、その能力を育成するのに必要なのが「典型行為」だということになるのだそうだが(H師父の言葉)、その典型行為を何に求めるかは、その人が取り組んでいることによって異なって構わない(私はこれを確信するのに6年、実証するのに10年を要した)。まあこれについては遠からず『○○を語る会』で言及するかも知れない。(とんでもなくハイレベルな話で、これもお酒が入るからこそ可能な超絶妙技である)

 にしても何にしても、『○○を語る会』に参加してくださる方には、お礼を申し上げたい(昨夜もお世話になりました。お蔭さまで私自身も、今までの人生の総括ができ、さらにもう少し前進していけます。今まで他人が翻訳したものに頼らず…誰も翻訳してないものもあるけど…時間がかかっても自力本願でやってきたことと、妙に符号していて、大変興味深いです)。私の話は、私に語りかけてくれる人によって変化する。(これぞ私が「典型行為」で能力を培養してきた証の一つだが)つまり、誰も何も言ってくれなかったら、ただ、酒(ただざけではない。ちゃんとお代は支払う)を呑んでおしまいなのである。

 誰かが何かの刺激をくれるから、それに対する(私なりの…けっこうしたたかな)お話が出てくるのだ。それは私の中にいつも存在していながら、決して表には出てこない(出ることもあるけど…)お話なのだ。つまり誰かからの問いかけなり、言葉なりが、私の扉を開く鍵なのである。

 私自身も日常生活の中では、認識していなかった「自覚」が、そんな時、ポロッと出てくる。正直自分でも驚くことがあるけどね(その実、その言葉の源をたどってみると、自分の過去の体験がまざまざと思いだされることがあって、なかなか楽しいアドベンチャーである)。

 私が過去に味わったのは、すべて具体的行為であって典型行為ではない。でも長い間に、その具体的行為は典型行為に変換されていたんだね。(何か、特殊なものを学んでいる人でなければ、わかりにくい用語だけれども)

 人間すべて、一般生活で経験するのは具体的な行為だ。だがそれを長い目で見ると、大切な要素だけを取り出して典型行為に変換することができる。(これには「精神的立ち位置の変換が不可欠だ)そうすると、この人の行うすべての具体的行為は、典型行為の延長に変換することが可能になるんだね。

 端的な例を紹介しよう。戦や争いが絶えなければ、人は自らの身を守るために、様々な方法を考える。それはすべて実戦の場で有効なものだ。ところが平和な時代になると、これらの動きは形式化される。これが最初の「型」だ。

 ところが世の中が平和になっても、「遅れてきた巨人」という存在がいて、様々な「型」を再統合する(ようするに自分が習得した武術の有効性を示したくて、腕試しをし、結果、勝敗という形で優劣が示される)。さらに長い平和な時間が流れると、その中でも他からの影響を受けたり、美意識が絡まったりして、様々な「型」が誕生していく(こんな時代があまりに長く続くと、型はある種の「美しさ」ばかりを追求するだけのモノに成り下がり、「華拳繍帯」へと陥っていく。

 型が形成され、洗練されていくにも、短すぎる時間どうよう、長すぎる時間も禁物だ。大切なのは、その型が、具体行為を通じて(型は必ず具体的な動作を行うから)、典型動作でしか培養できない「能力」につながっていることだ。

 すべての動作が典型につながっていれば、その人は、動くだけですべての動きが典型行為となり、練習しているのと同じになる。こうなってしまえばすでにその人には、「型」など必要はない。ましてや相手がこう来たら、こう返す、などと言った招式(空手風に言えば、約束組手)も必要ではなくなる。これが不練而練拳の正体だと、私は思う。

 やっぱ人間、酔っぱらって、右脳で動いている時でないと、わかんないことってあるよね(そのわりには妙に左脳っぽく、理詰めなのだが。まあ、私は理科系だからね…笑)。もちろんこれは、拳だけでなく、人生のあらゆる方面で有効だ。なぜなら、今回語ったのは、具体ではなく典型だから。

※ 次回の『○○を語る会』では、具体から典型に引っ張り込んで、更に具体に戻すことについて語るかも知れません。この関連のことを『鬼谷子』的に論じていきたいと思います。一見難解だけど、お酒がほどよく入ると、私は天才に化けるからね(醒めたら、凡人以下?)。ま、これができなきゃ、ただの理論家で、実践家にはなれないからね!

 ということで、来月の第三土曜日(7月16日)は、ちょうど会場の台湾料理店が、「開店12周年記念」ということで「食べ放題」なんだそうで、店内はすでに予約で満杯(ついでに20日も満杯なんだそうです)。店の外にテーブルと椅子を出せばOKですが(まるで中国そのものだ!)、雨天の場合はどうしようと、マスターも唸っておりました(平日はまだ空きがあるそうです)。

 私は16日にはすでに予約を入れておきましたが、12日~20日の間には、もう一回くらいは行く予定なので、何が起こるか今のところ不明です(たぶん白酒…baijiu…を持参すると思います)。だいたいうちのクラブのメンバーとも、長くどんちゃん騒ぎをやってないような気がするので…あ、2か月足らずでしたっけ?…)。

2016年6月25日 (土)

ピンと来ないなあ、英国のEU離脱……

 イギリスがEUから離脱するとかで、私には何のことやらピンと来ないのだが、大騒ぎのようである。まあもともとヨーロッパというところは、小さな国が(比較的)狭いところに集まっていたので、それを統合しようという考えが起こるのは、きわめて当然のことだ。(どこかの国のように、武力をもって統合しなかっただけ、優れていると思う)

 それでも民族も違えば、言語、文化、歴史、伝統などなど、多くの点で違いがある。しばらく統合された状態が続けば、分裂への動きが起こるのも、これまた自然な流れだ。自然界を見ても、何十億年という時間的スケールで見れば、大陸だって一つにまとまったかと思ったら、また分裂するし、分裂していてもまた一つにまとまる(簡単に言ったけど、大陸が一つになったり分裂したりするときに、全地球的規模の大変な事件が起こったことも、また事実だ…たとえば大量絶滅のような)。

 私も一応、世間一般的な知識や情報は入れてはいるが、なにしろこちらの分野では脳みそがあまり動いてくれない。脳みそが動いてくれないということは、自分の言葉を持っていないということなので、今のところ何も言う気はない。

 ただ昼過ぎてから、BBCのDVDを見ていて、「おお、そうそう。このDVDもイギリス産なんだっけ」と、なんとなく思っただけのことである(ちなみに見ていたのは、まだ日本では紹介されていない作品だと思う。大変できがよい。遠からずどこかの放送局で放映されることだろう。その時は日本語に訳されているだろうから、見るのが楽になっているんだろうね)。

 毎日土砂降りだったので、何もできていない(外での作業のみならず、気分的に塞いでいたので、屋内でできることも三分の一くらいしかやっていない。気分屋である!)。おかげで明日楽しく遊びにいく準備をしていたら、けっこうな時刻になってしまった。これを打ち終わったらシャワーを浴びて、お出かけだ(もちろんお酒が入る。だからバスでお出かけだ。今日は『○○を語る会』である)。

 話の方に力が入るか、お酒の方に力が入るかは、その場その場で変わる。「割鶏焉用牛刀(鶏をさばくのに、どうして牛刀を用いる必要があるのじゃ?:『論語・陽貨』)」 私は孔子は嫌いだが、孔子だって時にはいい事も言っている(そりゃそうでしょ。一応聖人なんだから)。

 状況や要求によって、出すものは変わりますよ。ビールのジョッキを出されて、これにご飯をついだら、「ちょっと待ってよ」ってことになるし、「この板を打ち付けて」と言われて釘と鋸を与えられたら(私なら柄で打つと思うけど)、「あのなあ~」って話になるだろう。それと同じだ。

 ま、雨が降らないことを祈っておるのですがね。傘を持って行く気はないから。大昔の井上陽水さんの歌のように、「傘がない~・・・」なんて悩んだりしませんからね、私は。だいたい晴れ男のはずだし。

 ということで、帰宅後入浴してすぐ寝られるように、準備だけはしておこう(すぐに寝たためしがないのだが)。今日は午前中、身体を緩めていただいたので、もしかしたら爆睡する可能性だってあるのだから(明日は朝から、地区の掃除があったような気が… 忘れよう、今は)。

2016年6月24日 (金)

唇亡歯寒

 あ~、よく食った! あんまりよく食ったので、自分の唇まで食ってしまうところだったよ(唇を噛んでしまった!)。おそらく何か他のことでも考えていたんだろうね。それと昨夜から原因不明の「凝り」が肩首あたりに発生しているから、それとも無関係ではあるまい。

 こんな面倒な器官なら、唇なんかなくてもよいのに…なんて乱暴な考えが一瞬脳裏を過ったが、唇がないとなにかと不自由なことがあると思い直し、この浅墓な考えを打ち消した。唇がなかったら、飲み物なんかが口からこぼれてしまうではないか。

 これは大変にだらしのない光景である。呑んでも呑んでも、口の端からこぼれてしまったら、だらしない上に、ものを呑み込むのに不便なこと限りない。だいたい「唇亡歯寒」という諺が成立しなくなる。

「唇亡歯寒」というのは、わが国ではあまり用いられないが、『戦国策』あたりではよく見かける。本来助け合わなければならないもの同士の関係を述べたもので、多くは小国同士が大国に対する時によく用いられる言葉だ。

『兵法三十六計』の第二十四計「假道伐虢(かどうばっかく)」でよく例として取り上げられる、晋の献公は虞君に対してたいそうな贈り物(垂棘の璧という宝玉と名馬)を贈り、「虢を討ちたのだが、軍を通す道を貸してはもらえないだろうか」と話を持ち掛ける。

 晋といえば春秋の超大国であって、虞国や虢国が単独で対抗できるような国ではなかった。この二国は互いに助け合ってはじめて、晋の侵略に対抗することができていたのだが、虞国の大夫、宮之奇は虞君に対して「虢があっての虞、虞あっての虢でございます。もしも我が虞が晋に道を貸し、虢が亡んでしまうようなことがございましたら、次に亡ぶのは我が虞でございますぞ。贈り物など受け取ってはなりませぬ」と諫言するのだが。鼠目寸光の言葉通り、愚か者には先は見えない。虞君は目先の利につられて道を貸し、晋の大軍はたちまち虢を滅ぼしてしまう。

 あとは虞の大夫、宮之奇が予見した通り、虞も滅ぼされてしまうのだが、この時の晋の献公の補佐をしていた荀息と献公の会話も面白い。荀息が「垂棘の璧と名馬を虞君に贈れ」と助言したのに対し、献公は「それは両方とも余の宝じゃ。そんなものをどうして贈らねばならぬのじゃ」と、惜し気を出しているのである。

 これに対して荀息は「贈ると申しましても、ほんのいっとき、この宮殿の中にあったものが、外にまいるだけのことでございます。虞が亡べば、またわが君のもとに戻るではありませんか」と説得している点だ。

 宝物を持っていた献公は出し惜しみをしているのに対し、宝物の持ち主ではない荀息は極めて客観的なものの見方をしている。ものをたくさん持っているものほど吝嗇ではないかな、と思わせる会話だ。(もちろん吝嗇だから、裕福になったという考え方も、なくはないが)

 まあ、相手のものがほしければ、まずは先に自分のものを与えよという考え方ができるかどうかが、このあたりのキーポイントになるのではありますまいか。(これ、≪老子≫にも書いてあるけど)問題は、おいしそうな餌に釣り針が仕込んであるか否かを見極める目を持っているかどうかでしょうな。

 釣りなどでも、実に腹立たしいことに、上手にえさだけを針から外して食べる魚もおりますから、こういう意味ではそのての魚のほうが賢い?

 ということで、唇と歯は助け合う存在なんだそうな(熱帯魚のディスカスは唇と歯が一体化しております。それで属名はSymphysodonと申します。これでは助け合えないけど)。しかたがないからこれから入浴してしっかりと歯を磨き、薬でも塗っておこうっと。

※ 明晩は『○○を語る会』でございます。せっかく旨いものを食べて、うまい酒を呑むのに、口内炎にでもなったら最悪だからね!

2016年6月23日 (木)

晴れて儲けた気がする

 岡山では、天気予報が見事に外れて、昼頃から「もう完全に夏?」みたいな青空がのぞきました。ただ風向きは北よりだったので、日陰の風通しのいい場所にいると(蚊に襲われない限り)、なかなか快適でございましたな(朝は、あまりの湿度の高さに、「不快指数1750!」と叫びそうになったけどね)。

 実はこの天気、昨夜の雨が降っている時に、すでに予想していて(だってネットで雲の動きを見たら、だいたい見当つくじゃん)、実は昨夜の土砂降りの間に洗濯をしておいた。案の定、先ほど洗濯物を取り入れたけど、見事にカラカラに乾いておりましたなあ。

 こんな時には、なんとなく天気に勝ったような気がして、若干の優越感を覚えるのだが、まだまだ人格がガキのままのせい? ま、生涯、大人にならないと誓いを立てた身なので、ガキで結構、ガキで上等、完全に開き直っておりますよ。

 さて今晩は、この快適な自然条件の中で、死ぬほど汗をかいてやろう。(実際、今日は「熱中症」になりやすい気候だったと思います。皆さんのところでは、異常はありませんでしたか? 身体はまだ夏仕様になっていないところへもってきて、いきなりのこの天気ですからね。水分をたくさん摂取しても、汗腺の方が対応しきれるのかしら? ミネラルも失われるし。儲かるのはスポーツドリンクのメーカーさんかな)

 昔々、站桩(日本では「たんとう」と読まれます)という練習をしていて、気が付いたら体育館の床が水浸しになっていたことがあるけど(もちろんTシャツもトレパンも、汗でずぶずぶ。あの頃はまじめだったなあ…)、最近はじっとしているのが嫌で(子供か? 前述のように、大人になる気がないので、子供で結構なんですが)、動き回る。あたりに汗しぶきが飛ぶことがあるので、近寄らないほうがいい。(講演なんかでも、つい熱が入って、唾が最前列の受講者さんにかかってしまうケースもあるようですが…私じゃないよ)着替えも大量に持ってこうっと。

 暑い時にはしっかりと汗をかく。かいた汗の分だけは、ちゃんと水分もミネラルも補給しておく。これが健康の秘訣だと、私は思いますね。人間も自然界の一部なので、物質の自然界での循環の、ほんのわずかな部分で生命活動をしている。だからいつかも本ブログで書いたと思うけど、人も自分を川の一部だと考えて、水や物質が滞らないように流してやる。水は流さないと腐敗したり、ボウフラがわいたりするからね。我々の身体だと、新陳代謝がうまくいかなかったりして、いいことにならない。ああ、今晩のビールの味を想像しただけでも、今から喉が鳴るよ(それ用のおつまみも準備したぞ)。

 暑くなってくると、なんかどんどんハイになって参りますな(暑くなっているのに、「鬱~…」ってときもございました。だいぶ昔の話になるけど。こんな時は最低だ。儲かるのは酒屋さんだけで、しかも飲んで酔っ払っても、気分が晴れることがないんだもんね。お金と、時間と、体力の無駄だと思います、今では)。これは身体が活動したがっている証拠なんですな。心身不離だから。

 ということで、恐ろしいのは、練習のやりすぎにによる身体の火照りと、それによる睡眠不全かな? こんな時にはクーラーをかけてでも涼しい環境を作らないと、疲れがたまる(ついでにこれは熱中症の初期症状でもございます)。何日かこんな日が続き始めると、夏バテの第一歩になります(冷たいものを飲みすぎて、胃腸が弱ってくる夏バテもあるけれど、これは熱い中華がゆを食べることで、わりと短期間で脱出できます。症状に合わせて中華がゆの作り方は変えられるし)。

 いずれにしても、風向きから考えて梅雨明けはまだ先のように思うので、徐々に本格的な夏に移行してもいいように、練習をさせてもらっている期間なんだろうなと思います。災害なんかになったら、こんなのんきなことは言ってられないんだけど(大変な豪雨に見舞われたり、突風の話を聞いたりしているので、お気の毒には思っているのですが)。

 いずれにしても、今年の夏も、可能な限り快適に乗り切ってやろうと思いますね。

※ 今月の『○○を語る会』は、6月25日土曜日、いつもの場所で行います。よろしくお願いいたします。マスター、ビール飲み放題っての、やらないの? やらないよねえ? ヤバいよ、私みたいな底なしが、世の中にはわりといるから。特に暑い季節になると。

 さあて、冷蔵庫で冷やしておいたバナナでも咥えて、練習に出かけますか!

2016年6月22日 (水)

価値!

 まるで梅雨みたく、よく降りますなあ(梅雨真っ只中なんだけど! おかげでおんもで遊べない。これは大変に欲求が不満いたします。

 昨日、中国からの荷物が届きました。今日になって雨天のおかげで、じっくりと見る気になったよ(ほかにすることがなかいんだから、しょうがないでしょ)。

 とりあえずは茶葉である。次回の訪中までは、なんとかもたさなければならない。(たぶんもつはずだけど) 今回は、あまり「遊び」で茶葉を買わなかったので、大した量ではない。実質的だ。

 書物は例によってマニアックである。なにしろ原典しか信用しない、心の狭い人だからな、私は。そろそろ書庫を整理しなければならない。どーでもいい本はお蔵入り?にして(親父が集めていた名作文学などのセットは、私的にはどーでもいい本の類に分類される確率が、きわめて高い。私は本の装丁で中身の評価を上げたりはしないからである。どんな立派な外見の本でも、読んで心を打たなかったら、あっという間にお蔵入りだ。本は並べて置いたり、積読…つんどく…したりするものではない。読んでこちらの心が動かなければ、それでおしまいだ。逆に粗末なつくりの本でも、こちらの心の琴線を震わせたら、それはもう大変。すぐに2冊目を買いに走る…一冊目は読書用、二冊目は保存用である…本は「足で」買うものである)、でかでかと並べてみようか。

 まあ私に場合、隣に漫画があったりして、「こいつ正気か?」と疑われたりするんだけど(すでに大学時代からそうだった)。漫画だから価値が低いなんて差別は、少なくとも私の書庫に関する限りはない。いいものはいい。悪いものは悪い。おかげで大学受験などによく使われる、文豪KとかKとかの本は、見事なほどない(もちろん読みました。退屈でしょうがなかったので、今はどこに行っているのかすら知らない。気にもしない。私のことだから、古書店に売ったり、誰かに引き取ったりはしてもらっていないはずだが)。

 もちろんその文豪KとかKとかの文章のレベルが低いというのではない。(いやしくも文壇の大御所だった人物だ。レベルが低いはずがない)私の心の琴線を震わせることができなかったんだよね。

 私にとって著者がどんな大文豪でも、心の琴線を震わせてくれなければ、大方の人が眉を顰めるかもしれない、読み捨ての漫画と大差はない。肩書には一応敬意を表するけれど、それで水戸黄門に罪を指摘された悪徳代官よろしく、「うへへへへ~…っ」となるわけでもない。 

 私にとって「価値がある」と判断したものには、そりゃあもう大変な敬意を払う。私にとって「なんじゃいこんなもん」としか感じられなかったものには、それはもう対応が冷たい。この傾向はほかのものに関しても同じで、野草(といえばまだカッコいいが、要するに雑草)でも、「あ、これいいかも」と思ったら、だいたい1週間以内には我が家の庭で、大切に保護されている(数年後にはびこり過ぎて、部分的に駆除されることになっても、である…全部駆除することはない)。

 価値なんてものは、それにかかわった者が判断することなんだからね。世間様が何を言おうと、そんなこと知ったことではない。

 たとえば私が飼っている生き物にとっては、世界動物愛護協会の会長さんが、黄金の食器に入れてくれた豪華な餌よりも、私が薄汚れ、割れかけた食器に入れて与えた、いつも通りの餌のほうが、はるかに値打ちがあるようなものだ。

 私が飼っているものは、餌をくれるものの社会的地位とか、収入とか、外見よりも、日ごろの私との付き合いを大切にするだろうし、またそうでなければ順調な一生を送ることができないし。

 ということで、まことによく降る。今日もご近所様が寝静まったころ、ベランダに出て、健康のための舞を舞うことにしよう。人様から見たら意味不明の舞(全部意味があるんだよ。だいたい私が、意味のないことなどしようと思うはずがない)でもやろうか。

 先人の叡智は素晴らしい。それは理解できない人には、奇妙だったり滑稽だったりするかもしれないが、ひとたび意味が理解できると、これほど値打ちがあるものはない。先人が何十年、何百年と、情熱を傾けて作り、伝えてくださったものだからね。

 値打ちがあると思えば、その値打ちに見合っただけの情熱をかけて、努力するだけの話である(ちなみに、他人さまに教える気…お金を取るなんて大それたことは、考えてもおりません…はございませんが、一緒にやりたいという人は、ある程度の条件さえクリアしていれば、拒絶はいたしません。先人から伝えられたものは、すでにその時点で、大げさに言えば『人類の宝』なんだからね。独り占めできるほど、私のポケットは大きくありません…『ルパン三世カリオストロの城』の真似だ~… これは私の講習会に参加してくださった方は、先刻ご承知かも…今はいろいろとメニューが増えておりますよ…)。

 値打ちに金銭を絡めて考える人は、商売が上手な人ではないかと思う。悲しいかな私は商売が下手で、お金の計算は大変に苦手だ(近所のスーパーでも、時に笑われる)。代わりに「伝える値打ちがあるもの」は、「伝える値打ちがある人」には、一所懸命伝えようと努力いたしますよ。

 それが「知ってしまった人間の義務」だと思っているからね。神様(あるいはそのような存在)だって、私がそれを知る機会をくださったのは、私ごときがそれを懐にしまい込んだまま、墓までもっていためではないと思うんだね。

 大切なのは、「伝えるべき人」に「伝えるべき時」に、「伝えるべき内容」を、「伝えるべきやり方」であるかどうかだけだと思うよ。

 人は一人で生きているわけではございませんからな!

※ ということで、今月の『○○を語る会』は、第四土曜日(6月25日)に、いつもの台湾料理店で行います。一応私個人はテーマを決めてはおりますが、状況次第でいかようにでも変化いたします。おみや(土産)にウィグル産の乾棗子と乾葡萄、千葉県産のピーナッツを持参する予定です(忘れなければ)。どれも本場中の本場モノだよね!(マスター、邪魔になったら言ってよね)。 

 あ、そうそう18年ものの普洱茶もあったっけ。買ったのかなあ、それともお茶店のLちゃんの好意で、分けていただいたんだっけ? 忘れちゃったよ。こんな高価なお茶、飲んだら、酔っ払っちゃいますよ(お茶に酔うって現象はあるんだそうな。中国のお茶屋の、新人のお姐ちゃんに聞いたことがあるよ)。分不相応なんだけど、我が家でも、そろそろ二十年に届こうかという普洱茶(お茶にはうるさい中国の方に、けっこう絶賛されたけど)があるので(我が家で熟成させた)、味を比べてみようかと思ったんですよ!

 ものの値打ちは、それ自身が持っていて、それ自身しかわからない主観的なものかもしれないけれど、お茶の葉は何も言ってくれないから、飲んだ人間が比較して感じるしかないもんね。「リンゴは何にも言わないけれど、リンゴの気持ちは、よくわかるって、超有名な昭和の名曲があるけれど、リンゴの気持ちがわかるってのも、食ってみたからじゃないかな、きっと。だから、お茶は飲まねば!食って比べたから、その食材の値打ちがわかる。飲んで比べるから、酒や茶の値打ちもわかる)

2016年6月21日 (火)

幸という字は辛に似ている…ってか

 蒸し暑い。身体がだるい。だが私のことなど、問題ではない。熊本では未曾有の豪雨だったという。地震に次ぐ水害である。気の毒というほかない。一刻も早い復興を祈っているのだが、この天候はいったいなんだ!? 死者まで出たという。神も仏もないものか? 被害に遭遇された方、現地にお住まいの方の思いを推察すると、やりきれない。

 昨日は岩手県(?)あたりで「突風」が発生したとか。四方を海に囲まれて、海水の緩衝作用で、気候だけは穏やかだと思っていた我が国も、今までになかった時代に突入したのだろうか。

 お天道さまに逆らっても勝ち目はないという。だが、何としても生き延びなければ。この地球に生物が誕生して以来、生命はいつもお天道さまと戦い続けてきた。戦っても無駄だから、などと無気力なことを言った生命はいない。

 人間は「危険を察知する本能」には恵まれていない。だがその分、科学技術を発達させてきた。普段、「科学なんて」と、科学技術を否定している人でも、こういう時は「天気予報」に注意したりする。そして危険回避の準備をしたりする。人間は科学を否定できない。なぜなら人間の生存は、今や科学の助けなくては、ほとんど考えられなくなっているからだ。

 とはいうものの私は、天予報が外れたのをいいことに、洗濯をしたり(慌てて朝やった。夕方には見事に乾いていた)、夕方には昨夜できなかった、「龍」と「虎」になった。汗みどろになったので、風呂に飛び込んだ。こんな生活ができるのは、きっと幸せなのに違いない。

 国外に目を向けると、いろんな問題があるようだ。あれこれ問題が発生するのは、私はきっと無能者が、力量以上のことをやろうとしたり、私利私欲が絡んだ行動をしているからではないかと思っているけど(韓非子も同じようなことを言ってますね)、某国Aが某国Bに高速鉄道を作るとか言って、我が日本と競合して、どんでん返しで日本が敗れるという事態があった。

 あの時は総理をはじめとして、いろいろな方がお怒りのコメントを出しておられたが、まあやらせてみればいいじゃないの、というのが当時の私の思いだった。というのは2011年夏、私が訪中するほんの数日前に、私が乗るはずだった高速鉄道が、同じレールの上で追い越しをかけ、大事故が発生したということがあったからだ。

 有名な、車両ごと埋葬しようとしたこと、それが騒ぎになったらまた掘り返したこと、事故の規模のわりには被害者が少なすぎたこと(まあ、数字に対する考え方が、我が国とは根本的に異なるから、私は理解する必要すらないと思っておりますが)などなど。

 ご存じのようにインドネシアは我が国同様、地震が多い。果たしてかの国の建設技術でそれをクリアできるものだろうか、と思っていた。(もちろん、しばらくはインドネシアに行く予定がないという安心感あっての話だが。自分が乗るかもしれないと思えば、問題の重大性は、大変な切迫感があるんだけど)

 日本との競合には勝ったものの、肝心の工事着工には至っていないようである。かの国にとっては、日本との競合に勝つことが目的であって、工事のことにまでは意識がいっていないのではなかろうか。

 まあ、計画通り物事が進まなくて困るのは、もしかしたらインドネシア? この国は長らく親日国だったんだけどねえ。永遠の見方はおらず、永遠の敵もまたいないという諺が、どこかの国にあったような記憶があるが、物事や状況が移り変わるのは、世の常だ。

「宋之富贾有監止子者、与人争買百金之璞玉、因佯失而毀之、負其百金、而理其毀瑕、得千溢焉。事有挙之而有敗、而賢其毋挙之者、負之時也」  ≪韓非子・説林下≫

 宋の国に監止という富商がおり、璞玉(まだ磨いていない玉)を買おうとした。これに誤って傷をつけたとして、百金で入手し、そのあとでこの瑕を修繕して、なんと千溢(二千両~二千四百両)で売った。物事にはやってみて失敗することがあるが、行動しないよりはいいこともある。それは失敗したことを償ったことだ。

 ちょっとニュアンスは異なるけれど、まあやらせてあげて、それで失敗したら、相手の被るダメージは大きいんじゃない? 何度も同じことを繰り返したら、信用を失う。信用を失うには大した時間はかからないけれど、得るには大変な時間と努力が必要になるからねえ。

 いい加減な商売しかできない国に、その努力と時間をつぎ込むことはできないと思うんだがね。それどころか、そのいい加減さはいろんな方面に波及しているから、問題が起こるときは、あれもこれも一斉に起こると思うよ。

 幸せはなかなかやってこないし、一斉にやってくることもめったにないけれど、不幸というやつは、一挙にやってくるもんだからね。

2016年6月20日 (月)

不快指数750!

 最近、不快指数という言葉を聞かなくなった。言葉の自主規制が強烈なわが国では、「不快」という言葉が嫌われたのかもね。でも不快なものは不快であって、表現を変えたところで不快さが軽減されるわけではない。

 確かに言葉の持つイメージによって、いくらか人の感情はコントロールできたり、影響を与えたりすることはできる。「あと50年も生きる」というのと、「あと50年しか生きない」というのでは、だいぶ受ける感じが異なる(?)。もちろん、その言葉が使われた状況によっても、かなり影響を受けるが。(たとえば幼稚園児だったら、「しか」というのは、あまり肯定的には捉えられないかも知れないし、80歳くらいの老人だったら、「しか」とは言わないだろうという気持ちが湧くかも知れない…達成したらギネス級だよね)

 まあ今日は一日、大変に不快な日であった。なに?このじめじめべっとり感は? こんな日は、感情がコントロールしにくい人や、イライラするような状況にある人は、「キレ」やすくなる。人間、せめて環境が快適ならばキレないことでも、不快な環境下ではキレちゃうことがあるからねえ。

 だからこんな日は、いろんなトラブルに気をつけた方がいい(他にも大きな要素があるけれど、今回はこれには言及しない)。トラブルは自分で起こさないのは当たり前のことだが、巻き込まれないように努力することも重要だ。

 トラブルが発生する確率が高いところは、こんな日は極力避けるのが賢い。どうしても行かなければならない時には、滞在時間を極力短くする。そして表情はできるだけ穏やかに。動作もゆったりとさせた方がいいし、大きな声を出すのも避けた方がいい。大きな声は感情の高ぶりに直結するからね。

 ようするに、特別な用事でもない限り、こんな日には可能な限り、ゆったりと過ごしましょうね、ということだ。もちろん人は一人で生きているわけではないから、外部から急かされたりすることもある。必ず穏やかな表情で、穏やかな口調で、穏やかな動作で受け答えいたしましょう。

 またいい天気の日もあるはずだから(今週は悲惨みたいだが)、その時に向けて、極力体力・精神力を蓄えておきましょうね。

 ということで、つい先ほどまで、ゆったりと舞っておりました。心身ともに健全な状態であろうとすれば、心が少しくらい苛立っていても、身体の動きをゆったりとしてやれば、心も鎮まってくるものです(心身不離なので、当然のことですな)。「風」になって舞って、「水」になって舞って、「龍」になって舞って、「鳳」になって舞っておりました。(これを打ち終えたら、もう少しだけやるけど。深夜、雨降るベランダでやっていたら、さすがに人に見られたらヤバいかも? でも雨も降っていることだし、後は風呂へ入ればいいんだし。自分が満足するまでやって、あとはぐっすり寝るのが、私としてはこんな日の正解だと思います)

 私の経験上よくないのは、「今日は雨だから」といって、動かないでじっとしていること。これは不満の上に不満が蓄積しますから、1週間も続いたら爆発しない方が難しい。我慢していると今度は、自分の体調不良につながります。外に向かわなければ、内に向くんだね、鬱積した不満エネルギーが。

 幸いなことに我が家では、先日このようなこともあろうかと、ベランダを片付けておいたので(80%くらい)、軽い運動ならできるんですな(先見の明あり!)。これを打ち終えたら、とっととベランダで「舞」の続きでもやって、すぐに風呂に飛び込もう(実はお風呂の準備もすでに完了している)。

 少々雨に濡れても風邪をひく心配はなさそうな季節になったので、こんなこともできるよ。案外、普段は気づかない気持ちよさが味わえるかも。そうなると、この不快指数750が、新しい発見につながってくれるかも知れない。人生、多くが塞翁が馬でございますからな。

2016年6月19日 (日)

ミッシング・リンク!

 帰りました。今、帰宅したばかりです!

 いや、もう充実した二日間でした! まずこの充実した二日間を開催してくれたK氏とそのお仲間の方々、そしてそれが開かれるきっかけを作り、さらには私を誘ってくださったNさん、さらに何よりも丁寧なご指導をいただいたH老師とその奥様、お子様に、厚く御礼を申し上げたい。

 私の趣味(?真の姿は本業かも)は多く、広いが、その中でも大変大きな部分を占めるもので、たどり着きたい境地(目標ですな)と現実の間に、大きな隔たりがあり、これを埋めるには、先人(しかも天才!)が何十年もかけて歩いた道を、こちらもこつこつ時間をかけて埋めるしかないのかなと、実はこのところ、大変に気の長い取り組みを開始したばかりだった。

 誰も教えてくれないのなら、自分でそうなりたきゃ、自分でやるっきゃない(私には「諦める」という発想は、なかなか湧かないみたいである)。この取り組みが、実はもうすでにいくつかの成果をあげはじめていたのだが、人生は不思議なものだ。他人をアテにせず、自ら動き始めると、なんと周囲も動いてくれたりするんだね。

 これは親友Kさんが、いつも言うことだが。自ら動かないで諦めてはいけない。自分から動けば、それが何らかの形で周囲を動かしてくれたりする。(相関関係はわからない。ここに運だとかなんだとかの面白さがあるのだが、きっと今よりももっともっと科学が進歩したなら、この巡りあわせなんかまでもが解明されるのではないかと思っている)

 実は先日訪中した時に、H老師を訪ねるつもりであった。ところが雷雨だか暴雨だかのせいで一日半ほどが消え去り(中国東方航空の、まったく親切心が感じられない応対は、おそらく死ぬまで忘れることはなく、語り継ぐであろう。金儲けがしたかったら、せめてグローバルスタンダードなサービスくらいは身につけろ!)、訪問することができなかった。巡りあわせが悪ければ、ここで私とH老師とのご縁はぷっつりと切れる。ところが帰国した時、岡山空港でスマホに電源を入れると、Nさんからのメールが入っていたのであった。

 切れたかもしれなかったご縁がつながっていたので、私は早速にお誘いに応じる返事を差し上げた。それが昨日と今日の、超充実につながった。おそらく私は3年分4年分以上の時間を、一気に短縮しちゃったと思っているよ。だって今までつながっていなかった部分が、少しずつだけど、見えてきちゃったんだ! 見えたら、後は速いのは、私のいつものパターンだから。

 いわゆるミッシング・リンクだった部分が、が明らかにつながるという確証が得られたのである。こうなるとこれから将来何年も(ことによったら何十年も)しなければならなかった「無駄」が省ける。疲れ? お金? そんな問題ではない。知りたかったことが目の前にポロリと現れ、かつまた新たにご縁がつながった(前よりも太くなった気がする)。これを幸運と言わずしてなんと言おう。

 だから汗みどろで、古傷を傷めながら、這う這うの体で帰宅しても、大変にご機嫌なのだ。汗みどろはシャワーを浴びれば改善できるし、古傷のゴキゲン直しなんかいつものこと。疲れているのは、ぐっすり寝れば治る。ご縁はシャワーを浴びてもつながらないし、古傷が再起不能になるほど酷使しても、目標が見えなければ無駄なことだし、疲れ果ててもわかんないことはわかんないままだ。

 少々の苦労は、手に入れたものが大きければ、大した問題じゃない。それは生きる活力を与えてくれると同時に、苦労に立ち向かう勇気を与えてくれる。

 明日からがまた忙しくなる。すでに具体的になにをしなければならないかが見えているからだ。こんな忙しさは人の人生を活性化してくれる。たぶんこれは免疫力を増大させ、少々の負担では潰れない状態に、心身を持って行ってくれるはずだ。

 ということで、昨夜開催するはずだった『○○を語る会』、すでに25日への順延を、本ブログでお伝えしておりましたが、25日には必ず開催する予定でございます。私が活性化されちゃったからね、ちょっと熱いかもしれないよ。

2016年6月17日 (金)

健康一番! ……釜底抽薪……

 天気は、まあまあよかったんだよね、今日は。曇りのち晴れ。この時期、朝からカンカン照りだったら、かえって危険だから、朝の内曇りなんてのは理想的だよ。なのに、今日のこの、身体のだるさはなんだ!?

 もちろん夜更かし(っていうよりは、朝更し?)がよくなかったんだろうとは思うんだけど、それにしてもめちゃだるい。目が覚めた瞬間から「疲れてる~」って感じ。じゃあ寝てれば?と言われても、なかなかそういう具合にもいかない。とかくに人の世は住みにくい(漱石の『草枕』かってえの!)。

 なぜ住みにくいのかというと、やはり人の目が気になるからだろう。するってえと、前漢の東方朔って人物なんかは、さすがに凄いですわな(そりゃそうだ。司馬遷がわざわざ『史記』に取り上げているくらいだから)。

 俗に隠者の生き方として、小隠は山奥に住む、中隠は市井に生きる、大隠は宮中に生きると言われているが、東方朔って人物は宮中に生きて、かの暴君(私に言わせれば、暴君そのものだ!)武帝を翻弄したのが東方朔という怪(快?)人物だ。

 日本ではあまり知られてはおりませんが、かの国ではドラマ化されたりして、日本でいう一休さんみたいな役どころを当てはめられている。そのうちよほど暇だったら、このドラマなんかを紹介してもいいけど、たぶんそんな暇はないだろう(知りたかったら、私が酔っぱらった時に、上手に話をふってね。たぶんかなり長い話になると思う)。

 さてさて、日ごろは大変に孤独な生活をしている私だが、仕事の能率が大変悪い。なぜか? 一人で全部こなさなければならないからである。その中には、けっこうしょうもない(けど、生きていく上で必要な)用事も少なくないわけで、こんなことに時間を取られるのは、大変腹立たしい。

 ただ裕福ではないので、雑務を一任できるような人を雇う余裕はない。で一人であれこれやっているうちに、嵌ってしまうものがあったりする。料理なんかは学生時代から嫌いではないので、ついつい無駄に長い時間と、大きな労力を費やしてしまう。もう完全に、「生きるために食う」のではなく「食うために生きる」状態?

 ただ健康は何事をやるにしても大切なので、食事の問題が生活全体に占める割合は、かなり大きい。You are what you eat(お前はお前が食ったものそのものだ!).だからである。(すると今の私は、夏野菜中心の食生活だから、今の私は「夏野菜」そのものなんだろうか? う~ん…… でも夏野菜って、美味しいよね~♡)

 健康状態が優れないと、すぐに行動体力にも影響が出る。根性とか気合とか精神力とかを知らないわけではないし、大きな力を持ちうるということも知ってはいるが、その精神だって体調が悪かったら、いつまでも気合が入ったままではおられませんからね。

 昔々、大日本帝国陸軍では、暴れん坊の問題を起こしてばっかの兵士には、営倉に入れて、食事から塩分を減らしていったのだそうである。そうすると怒る気力が失われるんだとか。高血圧の人には健康的かもしれないけれど、行動力まで奪われたら、なにしに生きてるんだか!って話になるような気がする。

 元気よく暴れられるのも(行動できるのも)、それを支える身体的、精神的条件が整っているからで、それらが崩れれば、人は元気よく行動することはできない。私の場合は、やらなければならんことに使える時間とか精神集中とが、母がいた頃に比べれば格段に落ちているような気がする。

 活動する人間のコンディションつくりは、表には現れにくいことだけれども、非常に重要なことだ。何も苦労しなくても自分のやりたいことだけに集中できるってのは、大変にありがたいことである。最近ではそれを痛感している。

 国際問題でも、やたらと元気がいい国があったりする。何で元気がいいのか? まさか私が少年だった頃のマンガのように、「世界征服」を狙って頑張っているんじゃないだろうね(「世界征服」がいかに虚しい、「絵に描いた餅」であるかは、ずいぶん前に本ブログで取り上げた通り)。まあ征服の段階でこんなに手こずるようじゃ、維持(経営)なんかはとうてい無理だ。「三日天下」すら無理で、3秒程度で終わるんじゃない?

 なんで元気よく外に侵出するのだろうか。いろいろと理由があるんだろうね、それなりに。でもなあ、もしもそんな考えを持った人が、2~3か月酷い下痢でも続いたら、きっともう気力がもたないと思うよ。指導者が元気でもいいよ。燃料とか食料とかが、ほんの一か月でも滞れば、そんな元気はすぐに消え去る。半年から一年もそんな状態が続いたら、世界征服の野望を追い求めることはおろか、生きていることすら難しいだろう。人間、腹が減っては戦ができない、からねえ。

 昔々、項羽と劉邦という人が、中国の覇権を争って、大げんかをしたのだそうだ。秦の始皇帝が天下を統一した時には、かの国の人口はほとんど減らなかったのに(ということは、大量虐殺をしていなかったことの証明だ)、この項羽さんと劉邦さんの大げんかでは、人工がわずか三分の一になったとか、もっと減ったとか言われている。

 項羽さんは大変に戦が強かったと『史記』では描かれているが(私はそうは思ってませんが)、戦に大変弱かった(別名、百敗将軍。私はそんなことは全然思ってませんけど)劉邦さんに負けている。なんで?

 強ければ勝ち、弱ければ負けるのが一般的な戦というのもであって、弱いものが強いものを完膚なきまでに打ち破り、滅ぼしてしまうなどあり得ないはずじゃないですか! だかか「強い・弱い」なんて一口に決めつけられないって言うんですよ!

 一般的には項羽は、補給を重視しなかった、劉邦には蕭何という傑物が軍丞としており、絶対に補給を絶やさなかったと言われております(物事はそんなに単純ではないんだけどね)。だからいかに項羽とその軍が元気がよかったとしても、元気のもとを奪われたら、みんな落ち武者のごとく元気がなくなっちゃうんですよね。

 まあ、戦というものはやたらとお金がいるんだそうですから、財力をなくしてしまえば戦は起こせないわけで(ちょっと変わった平和主義?)、そんなやり方で、やたらと元気がいいだけの人はおとなしくなったりすることもございますよね(人が殺しあうよりは、はるかに美しい?決着のつけかた???)。

 秀吉の小田原攻めなんかでも、似たようなことをやっていますよね。とにかく敵方の兵糧を買い漁り、自軍の兵糧を豊かにする。相手は空腹で闘志を失うし(短期間は飢え死にしたくないので頑張るけれど、それをいなして長期戦に持ち込めば、もう戦う余力はございません。そこで救いの手をちょっと差し伸べるだけで、意外に問題解決につながったりします…するってえと我が岡山県の高松城の水攻めでの、清水宗治公の姿は、見事なもんですがね。切腹の前に湯漬けを一杯食し、「もう一杯どうか」という武士の情けに、「一杯目ほどは美味しゅうござるまい」と辞退して腹を切ったという美学…だいたい降伏した理由も城内の部下を助けるため…なんてえのは、しょうもない理由で争いをふっかけることしか知らない連中には、理解できんでしょうな!)、こちらは余裕のよっちゃん!(もちろん、最初から戦にならないのがわかっているので、戦を吹っ掛けられても、のらりくらりとかわすだけ…これが『兵法三十六計』の第三十六計「走以上」の最高の形態ですわな。優勢にありながら、戦を避けて相手を疲弊させる。戦上手の戦略家の何人かは、こんな手を使っております)

 ま、異常に元気がいいのは、元気がいい理由があるので、その元気の源を断て!というのが、『兵法三十六計』の第十九計「釜底抽薪(ふていちゅうしん)」でございます。置かれた状況によって、相手の元気の源(薪)は違うので、何をどうやって上手に抜(抽)くかが大切なポイントですよね。

 国際問題に関しては、私は現日本政府の有能さを信じているので、あまり気をもんだりはしてないけどね。有能な人がいっぱいおられるんだよ、きっと。

 だから安心して、明日の用意をして、さっさと風呂に入って、寝てしまおう。明日は早い。

※ ということで、『○○を語る会』は、第四土曜日(25日)にいたします。悪しからずご了承ください。場所は、いつもの(知らない人は、知っている人に聞いとくれ!)台湾料理店でございます!

2016年6月16日 (木)

自由の怖さ

 梅雨らしい天気である(ということは雨が降っている)。

 昔から梅雨を象徴する景色といえば、アジサイにカタツムリというところであろうか。幸か不幸か、我が家にはその両方ともが存在し(きっとアジサイは、私よりも年上)、アジサイはひっそり咲いていて(昨年、大々的に剪定をやらかした)、色の変化などが楽しめるのだが、カタツムリの方はいただけない。

 というのは、どうしてあのカタツムリという「のろい」の象徴は、人が歩くときに、足を下ろす場所にいるのだろうか。植物の葉を、歯舌でこそげ取るようにして食べるのが、やつらの食事風景だが(だから立派な害虫…虫ではない…なんだけど)、草の上にちょこんと乗っかっている、風情のある風景なんぞ、我が家ではとんと見かけない。

 いつだって、人間さま用の飛び石の、ちょうど人間が足を置く場所に、クソ厚かましくもへばりついている。こちらも気がつけば、一応は避けるのだが、夜などだと見えないで「ぐちゃっ!」という音を聞いて気が付くことが多い(いかに軽身功を練習しても、カタツムリの殻が割れないほどの功にはなれていない。まだまだ修行が足りない?)。

 子供の頃(小学生時代)にはカタツムリの観察、なんて気の利いた(?)ことをやっていたのだが、さすがに大人になると、どんなところでも這いまわるから、基本的にナメクジと同じだ(陸上生活への適応という面から見ると、ナメクジの方が適応している。ちなみに飲み残しのビールは、ナメクジの方が好きみたいである。私はナメクジ退治にはビール!だと思っているので、偶然私の好みを知らない人が、私が「どぶの水以下」と酷評しているビール…メーカーさんに悪いので、特に名を秘す…なんかをくれると、こいつで遊んでやることがある。ビールの中に入って、入水自殺するんですね。おかげで我が家のナメクジは激減した)とわかる。

 ちなみに私にとって、地球上で最も嫌いな生き物の一つがナメクジであって、これには悲惨な幼少体験が根底にある(今だとPTSDだとか言ってくれるんだろうけど、私が子供時代には、そんな言葉は存在しなかった。少し大きくなってからかな、トラウマという言葉を聞き始めたのは。だから心的外傷後ストレス障害なんて言葉は、きっとまだ作られていなかったのか、広まっていなかったのか、そのどちらかだ)。思いだしたくないので、この幼少体験については述べない。

 ということで、梅雨だ! 梅雨だ! 私的には、下校中の小学生が、(道草も食わず、学校への道を逆に走りだしたりしないで)傘をさして家路を急ぐ姿に、健全な梅雨を感じますけどね。私だって何十年か前は、あのような一人だったんだ。

 ということで、梅雨らしい天気に、しょうもない枕を振りまくったが、イチロー選手、とうとうやりましたね。凄い選手です。でもピート・ローズがしょもないことをコメントしているとか。記録を比較することに、どの程度意味があるのかという問題ですよね。これは同じ大リーグでずっとプレイしていても、時代が異なり、対戦相手が異なれば、そんなに気にすることではないと思いますけどね。

 でもあんまりわけのわからないコメントをしていると、「おお、嫉妬か? まあ競技の世界は嫉妬の世界だから、しょうがないっちゃあしょうがないんだけど、でもケ○の穴が小さいこと!」ってことになっちゃいますよ。スポーツの世界ってのは、偉業を成し遂げた選手を讃えることで、自分の器も大きくなることはあっても、小さくはならないんだけどね。だってイチローが数字の上でピート・ローズを超えたとしても、ピート・ローズが偉大なバッターだったってことは変わるもんじゃないから。

 記録は必ず後から来た人間に塗り替えられるものなんです! もしも塗り替えられなければ、その競技はすでに進歩・発展していないということで。「日本人はローズをヒット・クイーンにしたがっている」?なんてコメントは、あまり賢いとは思えませんな(だいたいあんなむさい男を、誰がクイーン…女性…だなんかと思うかよ!)。もう引退しているんだし、しょうもない落ち度で野球殿堂にも入れてないんだから(今のところ。未来はわからない)、不要なことは口走らなきゃいいんだけどね。

 だって嫉妬に満ちた言葉を聞けば、「口者心之門戸也(鬼谷子)」で、どんな程度の精神レベルかわかっちゃうじゃない。偉大なバッターだったんだから、何も言わない方がはるかに存在感があるよ。コメントを求められれば、当たり障りのない言葉で称賛する。それが人間としての器だよ。

 21日にお辞めになるとかいうM都知事さんなんかでも、あそこまでわけのわからない弁明やらなんやらをやらかすから、その言葉から人間性にまで様々な推測がなされるようになる。かつて一度は総理として適している人の人気度ナンバーワンと言われた人が、だよ。

 見ていてどんどん表情から生気が失われ、お年を召していくのが痛々しかったよ(私は今回の事件があるまで、このM知事が好きでも嫌いでもなかったのだがはないが)。

「物言えば 唇寒し 秋の風」   松尾芭蕉

 私の母方の祖父がよく口にしていた句である。もとの意味は、人の悪口を言えば、なんとなく後味が悪いものだというものらしいが、嘘をついても心の中は晴れない。(例外として、S▽AP細胞とやらで世間を騒がしたO女史なんかがいるかも知れない。彼女のその心理は私には理解できなかった。それで気になって、『あの日』なんて本を買って、おかげで『捏造の科学者』やら『日経サイエンス』やらを取り寄せる羽目になったんだけど。片方だけの言い分を聞いた…読んだ…のでは、所謂「片手落ち」になっちゃうから)

 芭蕉の句は日本人の心に響く句だと思うけど(私の場合、小さな頃から聞かされていたから、特に印象深いのかも知れない)、人に対する嫉妬や、どう見ても苦し紛れの言い逃れに終始しているのが明白な言葉を吐いたり、国際問題でも、なんでもやった者勝ちだと思っているみたいな連中には、こんな心(私は日本人の良心・良識だと思っている)は、きっと理解できないんだろうね。

 ま、世の中、いろんな人がいるから。(少なくとも日本では)たいていの発言(差別用語以外…これに対する規制は、おそらく世界一厳しいのではないかと思う)は許容されるみたいだけど、その言葉を吐くのも自由なら、その言葉を聞いた人がその人をどう判断するかも、実は聞いた人の自由なんだよね。実は自由の恐ろしさってのは、こんな目立たないところにも潜んでいる。だから昔の人は、自己を律するってことに努力したのかも…

※ 今月の『○○を語る会』は、私個人の理由(大切な御用!)のため、第四土曜(25日)に変更させていただきます。あしからずご了承ください。

2016年6月15日 (水)

金の問題っ!

 部屋の中に入ると蒸し暑いけど、外はまあまあ気持ちよかったなあ。(実は資源ゴミを捨ててきていた)私が捨てる瓶は、ご近所さまとちょっと違っていて、ジンとかウオッカとか、凝りに凝った作りの白酒…Baijiu…とかだったりするので…白酒の瓶には、大変に凝った作りのものが多い。おまけに瓶を開封するにも、凝った作りがしてあって、なかなか開かなかったりする。そのわりに、1、2年呑むのを忘れていたりすると、中身が蒸発していたりする。アルコール度数がやたらと高いので、特に蒸発しやすい…きっと翌朝、変な目で見られているのではあるまいか。

 凝った造りの白酒の瓶は、「記念にとっておいたら」なんて言われることもあるが、そんなことをしておいたら、そこいらじゅうが空瓶だらけになる。確かに瓶も美しいが、のんべの私としては、外側よりも中身を重視したい。人間は外見ではなく本質だというが、お酒もまさにそうである。瓶はいくら美しくても呑むわけにはいかない。呑んで味わったり、酔っぱらえるのは、やはり中身である。(だから強い蒸留酒のことをspiriits…最後のsは、複数形…というのかも)人も外見ではなくて、大切なのは精神(spirit)だよ!(こういうことを力説する人間は、往々にして、外見に自信を持てなかったり、劣等感を抱いていることがある)

 ということで、東京都のM知事が辞表を提出したんだそうな。まあ弁解もあそこまでしどろもどろだったら、きっと自己嫌悪に陥っていたと思うから、無理もなかろう。最初に自信満々だったから(自分以外の人間の総攻撃を甘く見ていた?)、よけいに惨めだよね。だから昔の人は、「謙虚であれ」と教えたんですよ、きっと。もっとも謙虚だったら、政治資金の私的運用なんてことはなかったかも知れないけど。そうしたら最初から今回のような問題は起こらなかったわけで、まあしょうがないですわいな。

≪韓非子・外儲説右下»(恐るべきことに≪韓非子・外儲説»には、左上、左下、右上、右下の四章がある。≪韓非子≫は故事やら逸話をたくさん残した書だけど、ここだけでも読むのに苦労するくらいだ)に、魯の相国(総理大臣)をした、公儀休の話が出てくる。あまり日本では広くは知られていないお話なので、ちょこっと紹介しておこう。

 公儀休は魯の相国となったが、彼は魚を食べるのが大変好きだった。きっと骨が丈夫だったでしょうね! こういった権力を持った地位の人が、自分の好悪を他人に知られるのは、決して褒められたことではないのだけど(韓非子は≪韓非子≫の中で、そう繰り返している)、国中の人間が、「公儀休さまは魚がお好きなんじゃと」と知ってしまったから、さあ大変!

 誰もかれもが魚を買い求め、それを相国府に持ってきて献上する。昔から賄賂の伝統がある国ですから、こういったところはしょうがないわけですが、感心なことに公儀休は、誰からの魚も絶対に受け取らなかったというんですな。

 その理由がまた素晴らしい。「魚を受け取ってしまったら、その魚をくれた人のために便宜を図らなければならない。時には法を曲げなければならない時も出てこよう(韓非は法家ですから、法を守る、守らないの問題について、かなり突っ込んだ話を紹介しております)。そうしていれば必ずや自分も法に触れ、相国の地位を去らねばならなくなる時が来る。こうなってしまっては、いかに魚が好きだからと言っても、魚さえ食べられなくなってしまうではないか」

 世に権勢を誇る人は、こういうことはしっかりと頭に入れておかなければなりません。日本の最高峰の大学で学び、かつそこで教鞭をとっていた人ですら、こんなことも知らなかったんですね(知っていても使えなかったら、知らなかったようなもの。いや、むしろ知っていて使えない…無知…の方が、知っていて使えない…無能…よりも救いがあるかも)。

 使えない勉強ならさっさと止めて、楽しく遊んで暮らした方が、人生ハッピーですよ! もちろん「使える勉強」なのか、「使えない勉強」なのかは、勉強して、実際に使ってみないとわかりませんけどね。

 でもなあ、東京都の知事って、きっとお金は儲かるんだと思うよ。下手な国会議員より、はるかに裕福なんじゃないかな。人には、貧しい時には大変に魅力的なのに、変に小金を握ってしまったばかりに、金の亡者になって人生を暗転させるケースが、わりとよくあるからなあ。

 お金はほしいけど、正統な手段で手に入れないとね。胸張って使うには、それっきゃない。お金は大事なものだけど、これでケチがつくと、終生「あいつは金にキタナイ」というイメージがついて回るからなあ…

※、今月の『○○を語る会』は18日が私の個人的な用のため、25日(第四土曜日)に変更いたします。場所は例によって、例の台湾料理店でございます。まったりと始めて、まったりと終わりましょう(内容は時にシビアになるけれど)。

2016年6月14日 (火)

散髪

 よい天気でございましたな。昼は暑かったけど。夕方は実に気持ちよかった。

 今週は走らない、と決めているので、夕方は念入りに武術系の稽古をいたしました。ああ、気持ちよかった。

 走ると武術系の稽古はできないのか? と言われると、完全にはそうとは言えませんが、所謂トレーニングになってしまって、「稽古」とは離れていくような気がいたします。本ブログで何度か言ったように、「稽古」の「稽」とは、「照らし合わせて調べること」、「古」とは「古いこと、昔のこと」転じて「昔から伝えられていること」のことですから、これだけでも「稽古」と「トレーニング」の意味が異なることは、ご理解いただけるのではないかと思います。

 もちろん私は「稽古」もしますが「トレーニング(この言葉は、私的には訓練に近い)」もしますし、練習もします。鍛錬は、まだ庭の改造が途中でとまったままなので、思うにまかせませんが、きらいではありません。全部意味が違うので、私がこれらの言葉を用いるときは、すべて意味が微妙に(理解出来れば明確に)異なるのです。

 では何故これらの言葉を使い分けるかと言うと、目的とすることが違うからで、しかもそれらのどれもが、物事に上達するためには不可欠だからなんですね。言葉にはそれぞれ意味があって、いい加減に使っていると、知らない間にやっていることもいい加減になってしまうんですよね。

 面倒臭いようですが、何かと一生付き合いたい人は、こんな細かいところが理解できていると、なんとなく取り組みやすくなるみたいです。これは長く続けているとだんだんわかってくるもので、単なる「言葉遊び」ではございません。

 ということで、一応気象庁発表の今日の最高気温は、岡山市で30.1℃。滑り込みで「真夏日」だ。暑いの嫌だけど、梅雨が明けると、もっともっと暑くなるんだろうなあ。気温も気温だけど、もっと気になるのが湿度。からっとしてくれていれば、感じる暑さもまだ嫌みが少なくなるんだけど、湿度が90%で真夏日なんて言われたら、もう肺魚よろしく「夏眠」するしかございません。(ちなみに肺魚という魚は、真正面から見た顔は愛嬌があるけど…犬みたい…、かなりでかくなるものが多いし、歯はとても危険です。咬みつくとあとは自分の身体をらせん運動させるので…これはサメやワニと同じ…下手をすると指なんかだったら、噛みちぎられる恐れがあります。日本には野生のものはいないはずだけど、もしも出会ったら気をつけよう)

 さてこの時期のトレーニングですが、トレーニング後に身体が火照ることがよくございますな。これはごくごく軽い熱中症に近い症状なんで、私は水(お茶の方が多いなあ、私の場合)を頻繁に飲んだり(飲みすぎると下痢をする危険性あり…本当は生理食塩水の方がいい?)、温いお湯から徐々に水に替えてシャワーを浴びて冷やすことがございます。

 要するに熱中症の治療的なことを、少な目にやっていくんですな。気合いを入れて我慢していると、夜に身体が火照って寝られず、それだけで疲労回復ができなくなってしまうことがあるので、ここはまず熟睡できるようにするのが一番。

 人間は二本足で立っていたり、抗重力筋で身体を支えていたりするので、知らないうちにこんなところの緊張が取れなくなっていることがあります。(知らないうちに、背中がカチンコチンになっていたりして…これ、わりと気づきにくい不眠の原因なんだよね) 脹脛なんかが緊張したままだと、やたらと下肢(特に足首から先)がだるかったりしますよね。そんな時は私が一番よく行うのが、脹脛の緊張緩和。ストレッチが一般的だけど、マッサージャーなんかがあったら、とても気持ちがよいです。

 ちなみに最近ではスタティック・ストレッチの問題点が取り上げられることが多くなりましたが(そんなことは私にとっては、十年以上も前から当たり前のことだった。体幹トレーニングなんてえのも、すでに武術の世界では、かなり前から答えがあった…やっていた人が気づいていたかどうかは別として…さらにはそれに重点的に取り組めるトレーニングも存在した)、何でもものは使いようでございます。

 鋸で板は切れるけど、釘を打つことはできません。トンカチは釘を打てますが、板を着ることはできません。道具を上手に使えば、かなりの問題を解決できます。使い方を誤まれば、目的は達成できないだけでなく、身体を壊したりします。では使い方に長じるにはどうすればいいか。

 そりゃ、研究するほかないでしょう。可能な限り自分の身体を使って、ね。(自分の身体でなければ、人とものには、向き不向きがあるもんですから)幸いなことに私の周囲には、こんなことに興味を持つ人が多いので、意見交換はするようにしている。一人では見つけられない答えでも、何人かで研究をすれば、答に近づくことができるからだ。

 ということで、毎日のように、少しでもいいから、自分の身体(もちろん心身不離の世界なので心にも)とお話をするようにしている。

 だから今日の夕方の汗みどろは、いい時間だったなあ。途中で呼吸を整えるのに周囲を見回すと、生えていてはならない雑草が見えたり、朝にはなかったものだ出てきたりしていて。それで少し散髪(自分の頭ではない。自分の頭は6月20日以降にならないと、散髪するつもりはない)をしておいた。たぶん明日以降、この散髪は忙しくなるはずである。もしかしたら、明日は早朝から忙しいかも知れない。

 今はまだ意味不明かもしれないが、そのうち本ブログ上で、何をやっていたかを公開することもあるだろう。たぶん、その時は大笑いされるんじゃないかな?

2016年6月13日 (月)

かんべんしてよ…

 鬱陶しい天気が、ようやく夕方近くになって少し晴れてきた。体調はよくなかったが(バカなので夏風邪をひいた? よく言うでしょ。夏風邪はバカしかひかないって)、ようしこれでちょっとは動ける、なんて思って出たら、本気で降りやがるの。冗談じゃないよ。おかげでびしょびしょだ。(すでに外に出ていた…)

 梅雨だから、雨が降るのは仕方がないとしよう。だがフェイントはいかんよ。晴れると見せかけて降るってのはよくない。根性が曲がっている。そんな小技を覚えたら、大選手にはなれないよ!(何のこっちゃ?)。

 天気が悪いと、デスクワークがはかどる、なんて先日書いたが、やっぱりその日その日の調子が大きく影響するね。今日のきついこと。徳川家康かと思ったよ。「人の一生は重き荷物を背負いて遠き道を行くがごとし」ってね。荷物の重さで潰れそう。

 そうでなくても取り組んでいることが、果てが見えないようなものだから、いい加減嫌になる日も(けっこうしょっちゅう)ある。せめて調子ぐらいは良く保たないといけない(今日は体調だけでなく、脳みその調子も芳しくなかった)。

 こんな胸突き八丁の時は、気分転換もいいのだが、気分転換して能率が上がればいいものの、なんとなく今はそんな気がしない。こういうときはただ、「男は黙ってサッポロビール(古いなあ… ちなみに私は、長年のサッポロ党です。浮気はしない!)」よろしく、ただただ我武者羅に前進する以外ない。

 長年の経験でわかっているのは、やった分だけは確実に仕事は減っているということ。どれほどわずかにしか見えなくても、やった分だけは前進しているし、知識を得た分だけは、それまでよりは賢くなっている(それで出せる結果が良くなっているとは、必ずしも言えないところが、人生の難しいところだ)。

 ただ知識や経験が増えればそれだけ迷わなくなるかというと、案外逆のことが多くて、知識が多いがゆえによけい迷うってこともある。ただ同じ「迷う」にしても、「迷う」質が変わっているんだけどね。

 何も知らないで迷う時には、だいたいが私利私欲ばかりが大きく絡んでいるだけで、全体の情勢なんか見えていないことが多い。これで自分の選択した道が正しかったとしても、それはただの運が良かっただけかも知れない。

 いろんな経験をして、いろんなことを知って、それでも人は迷うけど、これは知ってしまったが故の迷い。迷う上でも自分のことだけではなく、他の人のことや、周囲の状況なんかを考え合わせた上で迷っている。私はこちらの方が結果的によくなかったとしても、値打ちはあると思っている。

 なにせ我々は人間なんだからね。人間は「考える葦」なんだ。「考え」なきゃ、人間ではない。「本能に任せて行動するのが最善だ」なんて乱暴なことを言う人がたまにいるが、では野生の猛獣が跋扈する中に、裸で行ってみればよい。果たして人間の本能とやらがどの程度通用するか。

 我々の祖先は、本能だけでは勝ち残れないことを知っていたから、考えて、工夫をして生き延びる道を選んだのだ。考えることを止めれば、それは祖先が生き延びてきた方法を捨てることだ。

 考える上で重要なのは、可能な限り多くの、精度の高い情報を手に入れることだ。経験を積むのは大切だ。自らの経験を何度となく反芻して、その中から本当に信じられるものをつかみ取ることも、それに劣らず大切だ。これってすでに頭の中で客観的にデータを整理している行為なんだよね。

 これをすることなく、すぐに気分転換に走っても、気分は転換できても、同じミスを何度でも繰り返す。だいたい犯しやすいミスは何度でも繰り返すものなのだ。だから徹底的に分析し、対策を練っておかなくてはならない。(私が尊敬している奈良県のT先生から、すでに20年以上前に伺ったことでもある)

 チャンピオンは同じミスを二度しない、と言われる。チャンピオンになれるかどうかはわからないが、「よりよく生きていく」には大切なことだろうと思う。そして誰にでもできるのが、この「よりよく生きる」ってことなんだよね。

 にしても今日夕方の雨、肚立ったなあ~。お蔭で身体内部で水分がよどんでしまった。もう少しでボウフラが湧くんじゃないかと心配だ。

2016年6月12日 (日)

晴耕雨読ってか!

 なんと、むちゃくちゃな雨降りである。梅雨だからしょうがないといってしまえばそれまでだが、昼ごろまではなんとか降らずにもっていたのが、嘘のようなクソ天気である。

 超キタナイ譬えをすれば、例えば外国に行って水当たりし、お腹がいたくてしょうがないのに、必死に我慢していて、ようやくホテルにたどり着いてトイレに駆け込んだら、もうとめどもなく…って感じだ。海外で水当たり(食中毒でもいい)した経験のある人には、この感じはご理解いただけるのではないかと思ったりする。この雨降りは、こんな嫌な体験を思い出させてくれる。

 もちろんこんな話が出るわけだから、私も経験者の一人である。ちっとも自慢にはならない、と思われるかも知れないが、私が飲んだのは「ミネラルウォーター」である。わざわざ500ml2元も出して購入したものだ(確かに考えてみれば、2人民元ってのは安すぎる気がしないでもない。当時は交換レートがよかったので、25、6円といったところだったからだ)。

 だがミネラルウォーターと銘打って売っているからには、日本人ならば疑わない。名のある有名なミネラルウォーターでなくても、まあそこそこの水であろうと思う。ところがこのミネラルウォーター、ホンモノのミネラルウォーターだった(ただし、どんなミネラルが入っているかは、保証の限りではない)。水道水(大陸の水はだいたいにおいて硬水であって、硬水というからにはミネラルが多量に含まれている)を詰めていたんだね。

 あの時は8月の暑い盛りだったから(そして練習に水はふんだんに摂取する私のことだから)、もろ身体に吸収されて、「ミネラル」の影響は、私を直撃したんだよね。3日足らず経過すると、その影響はもろに出てきて、私はトイレから5m以上離れられない状態になった(何の因果か、この時は滞在期間が長かった)。帰国する頃には、ほとんど干物状態でしたな。

 もう食べ物を食べている奴をみるだけで、どやしつけてやろうかと思うくらい肚が立った。(私は何を…わずかな水でさえ…口にしても、ソッコー、ミルク呑み人形状態だったからである)まあ、身体に力が入らず、闘争などする気にもなれなかったけど。ただただ、日本の穏やかな水と食べ物が恋しかった。

 聞くところによると、気をつけなければならないのは、「ミネラルウォーター」だけではないらしい。たとえばジュースなんかでも、熱い地域だと氷を入れて冷やしているよね。あの氷が曲者なんだとか。ジュースは安全でも、氷は水道水を凍らしているんだそうで、これでも十分、場外ホームランを食らうことがあるんだそうな。

 キタナイついでにもう一発。実は今でも行っているレストランで、生煮えの広東海鮮を食わされたことがある。お客さんが一杯で、調理(加熱過程)で手抜きされていたんだね。でもこの時は、当たったのは私だけ。けっこう情けなかったよ。

 でもそれを言っても、「酒の飲み方が足りない」などと、むちゃくちゃを言われるだけ。胃袋へ入った後で、いくらきつい酒を飲んでも、後の祭りなのだが、生来胃袋が丈夫にできている人に何を言っても、まったく理解されない。この時以来、私の安全対策はかなり厳しくなった。

 たとえば食べる前に食器を消毒する。現地ではお茶などで洗うだけだが、前々回あたりから私はアルコールティッシュ持参である(ちなみに私は、潔癖症というわけではない)。あちらのものは絶対に信用しない。メイド・イン・ジャパンのものを持参して、自分の気にくうように消毒する(今回、私の仲良しの間では、これが流行してしまった)。

「郷に入れば郷に従え」という言葉があるんだそうで、こんな言葉を偉そうにぬかした、国籍不明の(私よりはだいぶ若い)人物がかつていたが(私は一言も信じていないけど)、わかったようなことを悟り顔でいう奴に限って、実は何にもわかっちゃいないことがほとんどなので、自分のやり方を貫いた方がよい。

 若くて物事の本質がわかった人がいないとは、けっして思わないけれど、そんなにあちこちに大勢いるわけではないのだ。若くて権威ぶりたい人ほど、物事をいかにもよく知っている風を装ったり、断言したりすることが多いように感じるけれど(私にもそんな助言をくださった人がいる。S会のU師範である。有難い教えだと、感謝している。私は、私に的確な助言をくださった方は、わりとよく憶えている。的確な助言ではなく、嫉妬とか、自らの権威づけのための言葉をくださった方も、これまたわりとよく憶えている。印象に残っているんだね)、自信たっぷりにものを言う人間を無条件に信じたりすれば、とんでもない方向に連れ込まれたりする。自らを見失わないためにも、必ずや検証、実証はやっておかないといけない。

 たとえば教育者と称する人々。立場はわかるんだよ。今年なったばかりで、経験もほとんどないって人でも、他人から見れば教育者で、いかにも「それらしい顔」をしないといけないもんね。でもそのために自分を見失うと(自分の力量以上の言葉を吐いたりすると)、後が大変なことになったりする。

 己を知るってことは、そんなに容易なことではないけれど、そのために謙虚とか慎重とかという言葉があるのだと、知らなければならない。

 ちなみにS会のU師範のいい言葉として、いつも忘れない言葉がある。「胸を張るのは、心の中だけでいい」 これには後ろに続く言葉があるのだけれど、身体運用上の言葉なので、ここでは割愛する。外見上胸を張って威張るよりも、心の中でプライドを高く持ち、表面上は謙虚であること、これは人生を生きていくうえで大切な姿勢だと思いますね。

 人に物事を指導する立場になっても、すべてがわかってやっている人なんか絶対にいやしない。すべてをわかっていないにも関わらず他人さまにものを教えるなんて、とても傲慢な行為だ。では傲慢にならないためにはどうすればいいのか。いつも自分で自分を磨き続けるしかない。

 ひと時も休まず研鑽をつんでいくしかないのだ。そういう生き方は、私は「心の中で胸を張っていい」と思っていますね。まあ人間だから、酒を飲んで酔っ払うことがあっていいし、楽しいことに興じて、浮世の憂さを忘れるときがあっても、もちろんいいんだけど(それがなきゃ、人間としての他者がわからなくなっちゃうでしょ)。もちろん酒を飲んで酔っ払っても、学べることはいくつでもあるから、酒を呑んじゃいけないって考えかた自体、私は嫌いだけど(とは言うものの、私の身辺には、アルコールを受け付けない体質の人がいて、いつも「気の毒になあ… こんなに美味しいし、いい気分になれるのに」なんて同情している)。

 ということで、今日は雨に降られたおかげで、デスクワークがいつもよりもほんのちょっとだけはかどりました。「晴耕雨読」とはよく言ったもんだなあと思います。でも晴れた日にしっかりと耕しておかないと、雨の日にはそれが気になって、読に身が入らないってこともなくはありません。

 やっぱり人間、その時にできることを、できるだけ、できるようにやっておくのがベストでございますね。

2016年6月11日 (土)

また、やっちまったっ‼

 またまた、やっちまった。

 今年最初のやっちまったは、濁るにまかせておいた大きな水槽でのできごとだ。ここはコイが住んでいたんですね(今も住んでいるけど)。で、私は毎日1回、機械の如くエサだけはあげてたわけ(機械のように正確に、というわけではない。ただ何も考えずに、程度)。

 今年の春、どうも餌をあげたときの様子がおかしい(水の盛り上がり方とか)。で、ちょっと見てやろうかと思ったわけ。すると小さいのがうようよと餌を奪いあってる。「誰がこんな小さい魚入れたの?」

 我が家は私一人暮らしである。私以外でこの部屋に入るといえば、少数の昆虫とかクモを除けば、ネズミがいるくらいのものだ。ちなみにKさん(『ニロチカ』店主である)に尋ねてみたら、大笑いされた。

「そりゃ、誰も入らんかったら、中で勝手に殖えたんでしょ」 身に覚えがあるので、こちらも笑ってごまかすしかない。というのも昔、大々的にディスカスを飼っていた頃。ワイルドばかりをまとめて飼ってたんだよね。で私は横着が服着て歩いているようなものだから、掃除をするのが嫌で、コリドラスって小型ナマズを入れたわけ。

 ディスカスの食べ残しや、糞の後片付けをお願いしたわけだ。ところがこのコリドラスという魚、マイペース(結構アップテンポで動き回るが)の魚で、悠然とディスカスがいる鼻先を掠めるように突進していく。

 しかも三位一体(メス1匹にオス2匹がトリオで繁殖行動をする。しかもスケベなことに、オー○セッ▽スをするのだ…これには独特の生殖形態がある)で行動する。そしてメスはお腹で受精させたあと、その卵を器用に腹鰭で水槽の壁にペッタン、ペッタン貼り付けていくのだ。

 掃除をするのがたいぎでコリドラスを飼うような私である。コリドラスの卵が水槽の壁に張り付いているくらい、気にもならない。そのまま忘れていた(忘却とは救いである?)。しばらくして、水槽の中を体長1㎝強くらいのコリドラスが泳いでいるのを見て驚いた。「誰が入れた?」

 誰でもありません。勝手に殖えただけで。こんなことは枚挙にいとまがない。同じ水槽に、上の段で買っていたグッピーがダイブして、勝手に何千匹と殖えたことがあった(なにしろでかい水槽なので)。ところが、ダイブしたグッピーの種類がよかった(?)んだね。当時大人気で、高価だったメデューサというのが百匹なんてもんじゃなく、うじゃうじゃいた(メデューサは一代雑種でございます。作り方が知りたければ、私がお酒に酔って、いい気分の時にでも)。

 私自身はメデューサはそんなに好きではなかったので、どうってことなかったけど、一度我が家に遊びに来たペットショップのオーナーが、腰を抜かしていた(「売ったら何百万にもなるのに」って)。ところが貧乏性の私は、変な信念があって、見事に申し出を断った。趣味はお金をつぎ込むもので、お金を儲けるものではございません。お金儲けに頭が行った瞬間から、楽しみでなく仕事の苦しみが生まれてきますからね。お金は仕事で儲けましょう!

 こんなアオカビからペニシリンを発見したフレミングさんみたいなことは、わりとよくありましたな。

 ところが今日も、突然起こるんだもんなあ。今日は私は身体を調整する日なので、午前中からお出かけをしていた。出かける前に、トウモロコシが花をつけ始めていたのを確認はしていたのだが、帰宅後は水替え曜日である。(ついでにチョウセンブナの女の子の嫁入りの日でもあった)

 先日から雨が降り続いていたので、外のイモちゃん水槽の水替えでも(本当は水減らし)をやろうかと思って、見もしないで水を抜いていたら、ありゃりゃ、泥の中で蠢く小さい姿が。私は婚姻色を見ていなかったので、「あ~あ、今年は空振りかあ」と思っていたのだが(イモリは住んでいた場所が異なると、交尾をしないことがあるので)、きっちり生んでいた。

 だいたい毎日、視力が悪い上に、寝ぼけ眼で餌を機械的にやっているだけだから、こんな見落としが出るんだろう。急いで水を入れ足したが、まさか吸いだしてはいないだろうな(なにしろ両生類のオタマジャクシときたら、泳ぐのが下手くそですから)。

 またこの頃は水質の変化に弱いので、気になるところではある。でもやっちまったものは仕方がない。放っておく以外ないでしょう。水が増えすぎて流木や石が水面上に出なくなったら、イモちゃんの幼生は鰓がなくなった時点で溺れてしまうし、いずれ早晩、水替えはしようと思っていたんだし。

 それにしても、物事が起こる時には、なぜかしら重なる。そうでなくても疲れてんだから、順序良く起こってくれないもんかね。

※ 今月の『○○を語る会』も、第四土曜日(25日)とさせてください。あしからず!

2016年6月10日 (金)

真夏日!

 いやあ、見事な晴れでしたなあ。おかげで真昼間にはおんもに出る気にもなれなかったよ。出たのは夕方から。どっぷり汗を流しました。ああ、気持ちよかった~。動き始めるまでは、面倒いなあと思うけど、一度動き始めたら、もうあとは「海老せん」です。止められない、止まらないっていう。

 岡山では真夏日だったみたいだけど、私は五月末に海外ですでに真夏日は経験しているからねえ。(韓星橋先師のお墓参りをした日、あれは間違いなく真夏日でした)こんな日は焦らず、ゆっくりと動くのがいいです。水分は早め早めにたっぷりと摂取して。日が当たらない、風が当たる場所がいいですね(猫がよくいるようなところは、だいたい快適です。ネコと場所の取り合いですね!)。

 でも動き始めたのが遅かったので、帰宅したらすでに暗かった。シャワーあびて、ビールとギムレットで夕飯を流し込んで、もう11時。時間が経過するのは速いね。光陰矢の如しというけど(荒淫矢の如し、とも。でも淫っていやらしいことだけを意味するわけではないから、これでも意味は通じるよ)、一息ついている間もない。すぐに日付が変わっちゃう。

 しかしこの日付ってのを初めて考え出した人は偉いねえ。だって夜更かししていたら、日付が変わるなんて意識なんて消えちゃうよ。睡眠が不規則になったら、日付なんて曖昧模糊としたものに成り下がる。(きっと人間に特有な現象ではないだろうか)

 こうなったら正常な社会生活なんて送れない。人間は絶対に一人では生きてはいけないから、社会生活が送れなかったら、生きてはいけないってことだ。(確かに世の中には、いろんな民族や、人々がおり、一般社会とは接触しないような人々もいるようだが、それでもその人たちの中で、小さな社会を形成しているようだ)

 おかげでいろいろな制約を受ける代わりに、いろいろな特典もあったりする。日付を考えた人のお蔭だ。

 おっと、そうそう。チョウセンブナの女の子(年頃の可愛い子ちゃんです!よく馴れていて、私を見かけると、ダッシュして出てきます)を、外に出すのを忘れていた。明日は忘れないように出してやろう。外では大変なイケメン(チョウセンブナの雄)が待っております。もうそろそろチョウセンブナの「恋の季節」だからね(交尾の条件も知っているけど、ここでは公表しない。知りたければ、私が外で酒に酔って、口が軽くなったときに、上手に聞いとくれ!)。今年は子供をとっておかないといけない。チョウセンブナの寿命はわかっているからね。

 彼らはカレンダーは持っていないけど(きっと)、妙に正確に時期を知っている。こちらはカレンダーは持っているけど、時期は知らない。そこでカレンダーの上に記録したりする(今から十数年もまえ、途方もないデータを蓄積した。お蔭で、今は「感覚」でわかるようになったし、人から説明を求められたら、一応の知識で説明するようになれた)。年によって若干の違いはあるが、だいたい帳尻が合うことになっているようだ。

 洪水やら、農耕やらの時期を知るために発達したのが、暦なんでしょ、きっと。だから初期の頃は、暦を制定するのは統治者の特権だったんだよね。(時に織田信長さんのように、その特権を侵害しようとする人も出たりするわけで)暦に従って指示しないと、年貢の取り立てに影響が出るからね。

 まあ中国の少数民族には「数字」の概念がない民族がいて、「犬年、鼠月、兎日」なんてやってたところがあるらしいけど(これが「干支」の始まりではないかと言われている)、私のような古くからのマンガファンから見れば、山上たつひこさんの『ガキでか』でみた「牛時ねこ分犬秒」なんてのが、妙にリアルに思いだされる(やっぱり山上たつひこさんって「天才だったんだなあ」と思うよ)。

 ま、いずれにしろ、季節は確実に夏に向かっている。今日みたいな青空を見上げるたびに(特に夏には)、『青い空を白い雲がかけてった』という名作マンガを思いだす。(作者のあすなひろしさんが途中で亡くなられたので、未完)時々無性に読み返したくなるが、今私が打っているPCを移動させて、開かずの扉をこじ開けないといけない。残念だ……

 今年の夏は、何度、流れていく白い積雲を見上げるのだろうか……

2016年6月 9日 (木)

蒸し暑いぞっ!

 梅雨の晴れ間?かと思ったら、蒸し暑いもんですな。これが日本の夏? 今でも私は言い続ける、「日本の夏、緊張の夏」ってね。(蚊取り線香の宣伝はいたしませんが)

 雲の切れ間から見える青空をバックに、垂直に発達する(まだ発達しきってはいないが)雲が見えた。ははあ、これが「今日は雷が…」云々を言わせた証なのだなと、納得した。

 今日も(大好きな)練習日だ。どっぷり汗をかいて、身も心も軽く(財布…持ってないけど…の中身は、なお軽く?)なって帰ってこよう。身体が軽くなったような気がするからね。(実際に軽くなっているのかも…)

 この時期に以外に私が好きな食べ物は、よく冷やしたヨーグルトである。ちなみに私は牛乳を飲むと大変な」ことになる。一週間は体調が戻らないくらいだが、チーズとかヨーグルトは大好きなんだから困ったものだ。

 子供のころは牛乳も好きだったのだが、知らない間に、牛乳が合わない体質に変わっていた。それからの私は、「牛乳なんか飲んでいたら、牛になる」と主張し続けている。本ブログでも何度も紹介したが、ある小学生に「牛乳なんか飲んでると、角が生えるぞ」と言って、瞬間信じ込ませたことがある。

 きっと学校なんかでは、「牛乳を飲んで強いからだを作ろう」とか、「牛乳は身体によい」とか刷り込まれていたんだろうに、ね。こういう嘘は、さらりと、しかも確信をもって言えば、あとはタイミングの問題。問題の性質によって多少の変化はあるが、交渉の技術としては使えることもある。(私としては)楽しい思い出である。

 とはいうものの、かつて「総理候補か?」とまで言われた、東京都のM知事は火だるま状態みたいだ。連日、TVでこの事件が語られれない日はない。しかも話題の中心的な扱いを受けているので、名のある評論家の皆さんの集中攻撃を受けている感がある。

 こうなっては相手を自分のペースに巻き込もうったって、なかなかうまくいくはずがない。相手を自分のペースに巻き込むには、まずは「呼吸(日本武道界では、呼吸という言葉を用います)」を支配しなければならない(生理現象としての呼吸も含めているし、場の流れの規律などなども含めています)。

 ところがどっこい、同時に大勢を相手にすると、この呼吸は人それぞれ異なるので、なかなかコントロールしきれないんだよね。だから何事によらず、企み事に相手を巻き込んでやろうなんて考えると、大勢の仲間で一人の人間を取り囲んで説得しよう(よく、説得でなくて「脅し」になっている人もおりますが)としたり、自分の仲間を絶妙に配置し、絶妙のタイミングで発言させたりして、説得を試みるんだよね。

 集団の一斉にコントロールするような場合には、それなりの技術があり(集団催眠的な)、これまたいろんな団体が歴史上にやっているので、まあ研究したければしても面白い(細かいことは、またアルコールがほどよく入った時にでも)。周公旦の唱えた「礼楽」の「楽」なんて、この要素が強いんではないかと、私は考えておりますが。

 まあこれだって交渉の技術だ(詳しく知りたければ、今月は第四土曜日6月25日の『○○を語る会』…○○の中に入るのが鬼谷子であったり兵法三十六計であったり、孫子であったり、道徳だったり、その時の気分や題材によって変わる)。知っていて使うか使わないかはその人の自由」だ。(私だって、「知っていて使わない」方法は山盛りあるもの。ただ「知っていれば」相手がこちらにかけようとした罠は、簡単にかわせる)

 知っていて使わないのは、その人間の深みであり、余裕だ。知らないで使えないのは、ただの無能でしかない。無能なものはすぐに「誠意があれば」などと口にする。そして「誠意」とやらを見せるために、お金を支払ったりするのだ。お金が誠意を表すことがないとは言わないけれど、相手だって「金出せ」といえば脅迫になるから、「誠意を見せろ」という言葉に変えているだけのことだ。

 はっきり言おう、「誠意」は要求するものでも、されるものでもない。「誠意」とは、自発的なものでなければ意味がない。誠意を要求された段階で、話が誠意から離れていることは、最低でも知っていなければならないことだ。

 まあ今話題の東京都知事の答弁に「誠意」を求めること自体、ちょっと無理だなあと思っているけどね。(兵庫県のN元県議みたいに「やっとなれたんですよ~~~っ!わあん、わ~ん!」とやらなかったことは、さすがではあるが…有名司会者Sさんは、これをネタに笑いをとっていたけど…私も笑っちゃったよ…)

 まあ賢い人を追及するときのやり方は、いろいろあるけど、今の進め方なら、きっちりと証拠を固めて身動きが取れないようにするしかないだろうね(隠し玉がある場合は別だが)。証拠を固めていく方法は正攻法(正陣)で圧力をかける方法。ここで「隠し玉」(奇策)があると、一気に状況が変わってしまうこともあるんだけどね。

 賢い人たちがやっているので、私としては「隔岸観火」とまいりましょうか。もちろん兵法三十六計の第九計『隔岸観火』は、こんなにのんびりしたもんじゃないんだけど。私には今のところ、関係ない話だもの。

「あっしには、かかわりのねえことでござんす」…木枯し紋次郎(夏に木枯らしでもないもんだ…)

2016年6月 8日 (水)

睡眠ダイエット!

 ね、眠いぞっ! そういえば今朝はやたらと早く目が覚めた。おそらくその影響だ。

 朝起きは三文の徳 などという言葉があるようだが、実は私は朝が大変に苦手である。理由は簡単、寝るのが遅いから。午前3時とか午前4時まで起きていたら、朝は起きるのがいやなのは当たり前だ。

 今はそろそろ一年で最も昼が短い時期なので、いい加減に「早寝・早起き」に切り替えなければならんと思っているのだが、習慣になってしまうとなかなか直せない。なんたって深夜は外界からの刺激が少なくて、集中しやすいからね。そういえば師父も「本当は、深夜型なんだ」とおっしゃっていた。集中するには、深夜のほうが都合いいみたいで。

 特に今のご時世、ネットの発達で、24時間いつでも、必要な情報が手に入る。昔みたいに深夜を過ぎればTVをつけても「砂嵐」ってこともなくなった。だから「寝よう」と思ったら、誘惑や欲望に勝たなければならない。寝るにも「強い意志」が必要な世の中になってきたのである。えらいご時世になったものだ。

 睡眠不足に悩まされている私だが、寝ることは決して嫌いではない。むしろ大好きなほうではないだろうか。「寝るは法楽、金いらず」という」言葉があるみたいだが、(今のご時世、寝ていても最低限度のお金は必要だ)、消費エネルギーを低く抑えることは可能である。

 ついでにことに、寝ていても基礎代謝は行う。寝ている間にものを食べる人は、そんなに多くはいないと思うから(もしいたら、お医者さんに診てもらったほうがいいかも)、摂取カロリーは「0」に抑えることができる。ここから基礎代謝の消費エネルギーを引けば、なんと睡眠をしているだけでダイエットが可能だ(私はこれを「睡眠ダイエット」の名付けている。もちろんある種の危険が伴う可能性があるので、むやみにやっていいとは思わないけど)。

 理論通りに物事は運ばないものだが、一日中寝ていれば、男性の場合は2㎏足らずぐらいの脂肪を消費するはずである。10日も続けたら20㎏近い減量に成功するはずだ(死ぬかもしれないけど)。だからできるだけ寝る時間を増やすこと(もちろん起きている間の摂取カロリー量を制限することは不可欠ですが)は、ダイエット効果もあると思う。

 当然寝ていては、寝返りをうつ(私はよくストレッチをやってますが)くらいしか運動をしないため、筋力の低下は著しいだろう。数日間も寝込んだら、起きて活動するとき、身体が思うように動かなかったり、骨折なんかして1か月程度ギプス固定しているだけで、嘘みたいに筋力が低下していたり、関節可動域が小さくなっていたりすることからわかるように、体力の低下は著しいだろうけどね。

 まあ、健康な生活を行うためには、「睡眠ダイエット」は決して優れたやり方とは思わないので、あまりお勧めはしないけど。

 ただ眠たい時には寝る、ってのは、自分の身体(おそらく精神も)要求していることなので、ぜひにも寝たほうがいいに決まっている。ということで、私はこれからニューヨーク(入浴)に行く準備をしなければならない。眠すぎてろくなネタを思いつかないのも何となく腹立たしい。

 さあさあ、寝てしまいましょう。今日のところは。「明日は、もっとたくさん飛ばなきゃ…」(ナウシカか?)

※ 今月の『○○を語る会』も、私の都合で、第三土曜日ではなく、第四土曜日(6月25日)とさせてください。まだまだいっぱい勉強しなきゃならないことがあるもんで、私自身もゆっくりと落ち着いている暇がないのでございます。悪しからず。場所はいつも通り、例の台湾料理店でございます。 さあ今月は何を語ろうか…(実はすでにおつむの中にはあるんだけどね)。

2016年6月 7日 (火)

突然の晴れ間!

 梅雨らしく、よく降ったと思ったら、夕方になって晴れ空? 勘弁してよ(とは思わなかった)。今日の運動不足を覚悟していた私は、さりとていきなりの方針転換もうれしくはなく、とりあえず庭での稽古にした。

 型をやる。正直言って現役のころ、型稽古くらい退屈なものはなかった。「時間の無駄じゃ~」と思っていたくらいである(ひらたくいうと、大嫌いだった)。それでもお師匠様(ちなみに今までのところ、私のお師匠様は三人いる。その中の一人)が「型は大切だよ」と言っていたので、意味も理解せず、ただただやっていた。私はなかなか人を「お師匠様」とは見做さないが、一度「お師匠様」と認識すると、わりと素直に言うことを聞く(遵守する)。

 型の意味が分かり始めると、これはまたそれなりの面白みが出てくる(いわゆる「型競技」ではなく)。私にとっての型は、型を通じての自己発現(たぶん「型競技」は、こういう面を強く表しているのではないかと思う)ではなく、型を通じた自己との対話である。これがあるからこそ、「型は自己を解放してくれる」ことにつながると思っている。

 もちろん今日は、突然の雨上がりだ(ずうっと降り続くと思っていたから)。気合いの入った型稽古というわけにはいかない。まあ健康体操にでもなればいいんじゃない?程度の軽い気持ちで始めた(いつも生命を賭けた稽古ばかりしていたのでは、生命がいくつあっても足りない。こんな稽古も必要だが、そうそう頻繁にやっていたのでは寿命を縮めてしまう。私はもう五十年は生きているつもりなので…人間五十年、化天のうちをくらぶれば、夢幻のごとくなり。ひとたび生をうけ、滅せぬもののあるべきか…… 今の人生は失敗してしまったので、もう一度生きなおして、もう五十年生きてやろう!と思っているのだ)。

 だから今の私は、健康で、活力に満ちた状態に自分をもっていくことが目標であって、私の稽古の目的は、まさに「無理しない健康」というところにある。ところが人間、年を食ってからいきなり、「これが健康にいいんだよ」なんて他人様から勧められるものは、たいていうまくいかない。

 人は七年で身体を形成するあらゆる物質が入れ替わるというが、七年の何倍も続けたものがある人は、それを通して体調管理するのが一番だ。なにしろ、自分が一所懸命打ち込んだことが、自分の身体(精神も)作ってきたわけだから。

 私が武術(武道?)系の稽古を毎日続けるのは、実はこう意味もある。突然慣れないことをすれば、たしかにその場では新鮮な感覚を覚えることもあるだろうが(これだとアクティブ・レストの感覚ですな)、それを続けて自らを作り直すには、少なくとも七年はかかる(かもしれない)ということを覚悟しなければならない。七年って、けっこう長いよ。その間に、何があるかわかんないし。

 だから私は慣れ親しんだ稽古を続ける(やっているうちに、自然に自分の今の状況に合わせて変化してくる。「守・破・離」なんて、まじめに長年取り組んでいれば、ごく自然に起こる現象だよね(若いころ、無理やり「守・破・離」なんかをやろうと考えると、破ったつもりでもちっとも破れておらず、離れたつもりでも全然離れておらず、お釈迦さまの掌の上で遊んだ孫悟空状態に陥っている場合も少なくはない。無理しないからこそ、自然に起こる現象なんですよ!)。

 ○○がこうやるから、俺は違う方法をやるってのは、結局その○○があってのお話になっているわけで、○○が自分のやっていることの基準になっちゃいますよね。だから○○から離れようと意識することで、かえって離れてはいけなくなるんだよね。意識して離れようとすればよけいに、かえってそこから一歩も動けなくなるという、面白い現象が起こるんだね。

 大切なのは、自分はどうやるかってことで。自分が思うようにやってれば、知らない間に「自分のやり方」ができてくるわけで。かつて師父は私のことを「他是独立的」と、ほかの中国人学生に紹介してくださったことがあったけど、本当に「独立的」(日本語でいう独立よりは、もう少し豊かな意味合いを持った言葉でございます)になっちゃおうとしてるんじゃないかな。

 こうなると「守・破・離」なんて考えもしないからね。ただもう、自分がやりたいようにやる。自分がありたいようにある(ちなみに「Let It Go」なんて意識したことはないし、ましてや「Let It Be」なんか考えたこともござんせんけど)。悩みなんかございませんよ(しょうもないことで悩みたくないから、こういうスタイルになった?)。

 昔々、私の空手のお師匠様は、言うことがコロコロ変わる人だった(これはこれで凄いことだ。今になってみて、やっぱ凄かったんだなあと感心している)。例えば空手の代表的基本技、下段払い、これは私が覚えているだけで5回、やり方が変わった。習っている側としては、「もう、いい加減にしてよね!」と思いますよね。型なんかだったら、何度変わったか、記憶にございません(くらい多かった)。

 人間は絶えず変化する。ある時はこれが最高・最良の答えだと感じるのに、別のある時は、別のことを最高・最良と感じたりする。これは当たり前のことなんだよ。少なくとも真面目に稽古していれば(だって人間は一瞬、一瞬で変わっていくものだもの。もしもずうっと変わっていないとしていれば、その人はすでに死んでいる。人が死んでいないのに、いつも同じことしか言わないとしたら、稽古をしていないか、何も感じない鈍感さの持ち主だ)。

 だから自分が最高・最良・最上・最善と感じることが変わるのは、ある意味あたりまえなんだよね。それを素直に教えれば、弟子は「この前と言ってること、違うじゃん! どーすればいいのさ?」ってことになる。ここに人を教える難しさの一つがあると思う。

 ある流派の師範(素晴らしく魅力的な人でした)は、「本当はな、ちょっとこれとは違うんじゃないかなと思っても、教えるときは自信をもって、いつもと同じように教えなくちゃいかんのだよ」と、お酒の場でおっしゃっていた(私はお酒の場を好む。こんなお話は、素面では聞けないからだ。お酒の場は、稽古場以上の稽古ができる場所である(稽古は肉体を動かすだけで行うものではない。精神も動かなくては。精神を活発に動かすには、案外お酒の場はいいんだよ)。私が『○○を語る会』を飲み屋でやるのも、実はこういう理由がある。素面では言えない本音が出るからね。

 だからといって私は、この師範を「嘘つき」だなどとはちっとも思っていない。むしろ誠意溢れる方だと思っている。お弟子さんを迷わさないためには、そういう教え方がある。そこから奥へと踏み込んでくるお弟子さんには、ゆっくりと本音を伝えればいいからだ。(奥へまで入り込んでくるようなお弟子さんなら、きっとすべてを「本当はな…」の一言で理解してしまうだろうから)

 だから今の私も、人様に教えたりはしないんだよ。ただし、一緒に練習したいと言われれば、やりますよ。いい刺激になるし。人様とご一緒できるなんてのは、人生の最大の福がからね。人間は一人で生きていくものではないし、だいたい武術なんてものは、人が誰とも接触せず、孤独に生きていくのなら必要ないし。(私はトラとも、ライオンとも、犬や猫とも戦う気はありません。襲われたり、害を被れば専守防衛いたしますが…ただし私の専守防衛は、けっこう苛烈ですが。襲われる相手が滅びてしまえば、こちらの安全は保証されますからね)一緒に稽古して、ともに元気に豊かな人生を送るためなら、それは私の望んでいることでもあります。

 とうことで、今日はほかのことをしなかった為に、型ばかりになっちゃったね。10種類の型を何十回(たぶん50回では済まなかった?考えてみれば、毎日20回や30回はやっているんだけど、習慣になっているから、気が付かないんだよね。大嫌いだったことが、習慣になっているんだよ、不思議なことに)かやって、古武器を使った型や基本練習をやって、気が付いたら汗だく(動いて汗をかいていなかったので、水が身体内部で余ってたのかなあ)。熱いシャワーがとても気持ちよかった。

 これでまた免疫力がアップしてるんだよ、きっと。あとはデスクワークが順調にすすめば、今夜の安眠も保証されるんだけどね、悲しいことに肉体が快調になると、脳みその活動は、やや停滞気味になっちゃうんだよねえ。誰か、両立のさせ方、知らないかなあ。

2016年6月 6日 (月)

一言の断りもなく、梅雨入りしていた!

 なんだろうね、やたらと身体がだるくって。面倒だから今日は、ちょっと棒と棍を振り回して、練習をしたことにした(したことにしとかないと、精神のバランスが崩れるから)。これも私が知らないうちに、断りもなく「梅雨入り」してたから?

 なんと岡山では、先週の土曜日に梅雨入り宣言したのだそうな。できたら一言断っておいてほしかったなあ(なんとわがままな言いぐさ…!)。

 ふつう岡山では、「梅雨入り宣言」後しばらくは、意外に天気がいいことが多い(逆に「梅雨明け宣言」後は、雨が多いこともあるが、最近では「梅雨明け宣言」がないこともあって…後から、「実は○月▽日頃、開けていたもよう」なんて、天気後報があったりする。これって後出しじゃんけんなみにズルいぞ…)。私なんかはひねくれているから?、この○○宣言を狙っていたりする。

 こんなに身体がだるいと、思い切って寝てばかりいてやろうか、などと思ったりする。でも梅雨時は、寝ているうちにカビが生えていたらいやだなあ。カビってやつは可愛げがないからね。(同じ菌類でも、キノコなら可愛げがあるやつもあるのに…もちろん猛毒のものもございますが。一般的にこの時期のキノコは、私は食えないと思っているけど)

 中国へ行き始めた頃、最も興味をひかれたのは「冬虫夏草」というものだ。当時は奇跡の漢方薬みたいな言い方をされていて、まさに万能薬のように言われていた。一度などは私は、貯金をはたいて(はたくまではいきませんでしたが)、買い漁ったことがある。でもそれで作った薬用酒はおいしくもなく(まあ、薬ですから…)、漢方で言われているような顕著な効果もなく、最後は捨てちゃったなあ(お金、惜しいことをしました。私はこんな授業料を、けっこうたくさん払っている。あちらで売っている漢方で、顕著な効果が出たのは数種類だけ…10種類はいっていないかな?もちろん、もう試合に出ることもない自分の身体を使って実験したんだけど。何が入っているかわからないからね…ですよ、正直なところ)。

 だからオオコウモリガの幼虫は、寄生するキノコ(?カビ?)の姿の土台だから、よく知っているが、オオコウモリガの成虫は見たことがない(ガは本来、あまり好きではないし)。芋虫が植物に変わったりするんで、昔の人は不思議に思ったんだろうなあ。(同じような理由で、昔の人は水銀にも不思議な力があるように感じたらしい。ありましたよ。有毒だけど)

 世の中に不思議なことは数多いけど、知識が乏しければ、不思議の数は増えるからね。でもその不思議を研究して解明し、少しずつ科学の世界に引きずり込んでいけば、不思議は不思議ではなくなる(絶対になくなることはないと思うけど)。

 ということで、本日はSDカードの安売りがあったので、ちょっと多めに買い込んできました。あんな小さなものの中に、たくさんの情報が詰め込めるんだからね。これだって古代人から見たら、不思議そのものだろう。(このSDカードを用いる機器は、まだ稼働状態に入っておりません。何かと忙しいもんで。稼働状態に入る前に、SDカードばかり買い漁っていると、今に無用の長物化しちゃうんじゃないかという心配はありますが。これはすでにフロッピィでもやっている)

 何はともあれ、梅雨時はうれしくない。傘がないから遊びに行けないわけではないのだが、心が晴れない。びしょ濡れ覚悟で遊びに行っても、びしょ濡れになってもいいほどの成果がない。

 雨が多いということは川や水たまりの水量が増える。アマゾンなんかだと、雨季に入って流れが強くなると、強引に稚魚が親離れさせられたりすることもあるようだ(子育てをするシクリッドなんかの場合)。きっと日本の川の中でも、似たようなことは起こっているんじゃないかな。

 だから日本の場合は、水田という恰好の産卵場があって、豊かな生物相を形成する土台になっていたんではないかと思うよ。(Sくんから、そろそろホウネンエビが発生し、小ぶりだけどカブトエビの姿を見たという報告がありました)泳ぐ力が弱いこういった動物でも、水田ならばなんとか生き延びることができるんだろうね。

 そういえば私が田んぼの教えを受けたのは、田植えが終わったころの水田だったなあ。あの水田も今では住宅が建ってしまって、私が子供のころの面影なんかどこにもないけど。

2016年6月 5日 (日)

さがしものは何ですか?

 探し物はなんですか? 見つかりにくいものですか? 大きなお世話である! こう言ってネタにしていたのは、人生幸朗師匠だったと思うが、実は私も今日、やっておりました。探し物はなんですか? もちろん、探しているくらいだから、私にはわかっている。

 確かにこのあたりにしまっておいたはずなのだが、見つからないというのが肚が立つ。こちろんこの数年は、私にとって激動の時代だったから、激動の荒波にもまれているうちに、「置いたはず」のところから、はるか4万キロメートルとちょっとだけ移動しているかもしれない(地球の周囲+ちょっと)。

 こういうときは諦めて、新しいのを手に入れるのがよい。人生、あきらめが肝心である。間違っても「明日探そう」なんて思わないほうがいい。流れが変わる。で、新しいのを手に入れたら、決まって探していたものがひょっこり出てくる。悔しいが、そんなことはどうでもいい。間に合わなければすべてがダメ。間に合えば、法律を犯したり、人様の迷惑になってさえなければOKである。

 疫病神はえてしてこんな罠を仕掛けるものなんだよ。そこでモノに拘るか、流れに拘るかで、その人間を判断しているのだ。私は流れを重視するタイプなので、モノに対する拘りよりは、流れを大切にする。

 ちょっと前(だいぶ前?)にパスポートが見えなくなったことがある。内心「このくそ野郎!」とは思ったが、探すだけ探して(それなりにベストは尽くす。だがタイムアップにならない程度にとどめる)見つからなかったので、躊躇なく新しいのを申請した。おかげで今の流れにつながった。

 だが疫病神とは言っても、すべてが悪いわけではない。探し物が見つからなかった代わりに(明日か明後日あたり、ひょっこりと出てきそうな気がするんだけど…)、懐かしいアルバムが出てきた。今から12~13年前のものだ。そしてそこには、相変わらず食いしん坊の私の写真があった。

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 これは初めてネズミ(竹鼠)を食べたときのもので、2003年12月のものだ。暗くて見えないが、ここにネズミが超満員状態で詰め込まれた檻がいくつかあり、お客さんが檻を選ぶ。すると30分ほどして、食べれる状態の竹鼠が出てくるのだ。懐かしいなあ。

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 こんな感じ。ネズミだけに骨は細い(けっこう丈夫だけど)。尻尾がわずかに残されているので、「ネズミを食っているんだなあ」という実感がわく。この時はZさんが招いてくれた(今も付き合いの深いZさん…今では四兄弟妹とまで呼び合う仲良しになってしまった…である)。今でもこの時の話は、ちょくちょく話題になる。

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 これはそれからちょうど一年後、2004年12月(日付も同じ)に、今回の最終日に晩御飯を食べた店だ。ずいぶん今とでは風景が違う。毎年発展しているからねえ。中国全体としては、かなり無理をしている部分があるかもしれないが、少なくとも珠海に関する限りは、キレイになったよ(これは中国人でさえ憧れるほどだ)。中国で最も外国人(中国人以外の国民)が、住みやすいと感じる町なんだそうだ。

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 こんな水槽がずらりと並び、広東料理の海産をウリにしていた。そこで食べたのが、沙虫である。当時、どんな具合で売られていたのかというと…

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 こんな感じだったんですねえ。釣りの餌ですわ。で、これを食うのか?という疑問はあったものの、当時の私は、「沙虫を食った」と一言自慢したいばかりに、こいつを注文したんですな。まだまだ青かった……(脂汗)。

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 はい、こんなふうに。おいしいはずないじゃんっ‼ 私はむかつくお腹を我慢しながら、3匹食ったよ。もう二度と食うものかと、その時は誓った。でも先日の沙虫料理は、なぜかしら食えたよね。人は付き合う人によって変わる。人は行うことによって変わる。同様に、食材は調理法によって変わる。

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 これとじゃあ、雲泥の差だよ。こいつなら確かに食える(喜んで飛びつくほどではないが)。釣りの餌を食ってる感じはない。12年経過して、少しだけ沙虫に対する認識が変わった。

 12年前のこの次の日、さらに衝撃的なものを食った。古くから本ブログとお付き合いされている方ならご存知かな。ニシキヘビである。

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 ニシキヘビは皮を剥いてもニシキヘビ模様が入っている。これは目の前で実物を見れば、一発でわかる。(調理風景は、ちょっとだけ悲惨なので、割愛する)これを鍋に入れて一時間強、ぐつぐつと煮る。師父、師母が連れていってくださった店である。思えばあのころから、すでに大切にしてくださっていたんだよなあ。

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 熱が通ると、こんなふうになる。蛇だけに弾力に富んでいて、なかなかかみ切れない。美味しいか否かよりも、日本にいてはできない体験であった。(蛇の血…実は胆汁…を入れたお酒もいただいたが、白酒が十分きついのに、ニシキヘビの胆汁が混じると、ますます自己主張が強くて、1週間ほど、このゲップが止まらなかった…止まった頃には帰国した)

 当時の香港は、空がきれいだったんだよ。それは私の写真が証明している。

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 どうです? 真っ青でしょう。珠海も早朝とかは霞んでいたけど、昼はけっこうきれいだったんだよ。写真を残していると(今日みたく、運よく発掘できたら、だが)、たかだか十年少しで、いろんなものが変わったことがわかるよ。

 探し物は何ですか? 探しているものが見つからなくっても、何か新しい発見や、新しい認識がありそうな気がして……

2016年6月 4日 (土)

Those were the days(悲しき天使)

 資○堂だったかどこかだったかのCMに、私には懐かしいメロディが流れていたのは、少し前のことだっただろうか。きっとお肌に、若かったころのみずみずしさを、なんてイメージがあったんではないかと、私は勝手に想像している。

 もと歌はロシア民謡ですね。『遠い道』という。実は私はロシア民謡も好きなのだよ。ただこの歌がイギリスのメアリー・ホプキンの歌で大ヒットしたのは、まだまだ幼かった私も何かで知っていた。何せ名曲ですからね(その証拠に、レコード持ってるもん!)。

 同じメロディでフランスのヴィッキー・レアンドロスも『花の季節』(意味はよくわかりますよねえ。若い頃って誰でも、花の季節ですもん。年を食っても、「時分の花」を咲かせようとすれば、世阿弥クラスの修業が必要になるけれど)を、同年同月同日に発売しておりますけどね。

 若いころはヴィッキーのもよく聞いていたけど(CD持ってます。今我が家のレコードプレイヤーは壊れていて、レコードは聴けません。ぐすん…)、今はメアリー・ホプキンのが好きだなあ。下手すると一日中聞いているもん。(深夜、デスクワークしているときには、最近はメアリー・ホプキンを聞いていることが多い)

 きれいなイギリス英語で、なんたって声がいいなあ。もうとうの昔に還暦を過ぎているんだろうけど、若いころはかわいかったし、なんたって歌がよかった(単純にうまいとかどうとかというより、神様から与えられた声をもっていたんだろうね。それ以後もカレン・カーペンター…カーペンターズの女性の方ですね…だとかサラ・ブライトマンだとか、シセル・シルシェブーだとか、いろんな「神様からもらった声」も持ち主の歌手が出てきたけど、メアリー・ホプキンの私に対する影響の大きさは、なんたって英語が嫌いにならなかった…むしろ好きになった…ことだ)。

 中学に上がって最初の英語のテストは、なんと惨憺たる有様だったのである。(私はだいたい一回目は、うまくいかないことが多い)ここで支えてくれたのが、当時隆盛を極めていたアメリカン・ポップスだったんだね(メアリー・ホプキンはイギリス人ですけど。まあ中学生ですから、イギリス人もアメリカ人も区別はつかなかった)。

 ビートルズ(ちなみにメアリー・ホプキンをスカウトしたのは、ポール・マッカートニー)なんかもいたけど、サイモンとガーファンクルは当時の私のお気に入りだった(例によってLPがございます。プレーヤーが壊れて、今では聴けないけど)。もちろんものすごい数の名曲が生まれていた時代で、私は英語のテストの惨憺たる結果には、たいしてメゲなかったような記憶がある。(英語のテストで点が取れなくても、英語国民は英語をしゃべっているしね。だいたい「ミミズのパンツ」という妙な綽名を持った、当時の英語の先生の発音はよくなかったなあ。やたらと授業中、唾が飛んできたし…今では一所懸命授業をしてくれてたんだ、と思っているけど)

 この「神がくれた歌声」を持った歌手の歌は、意味がわからないのに、なんとなく何を歌っているのかわかっちゃうんだよね。歌ってのはすごい力を持っているなあと初めて感じたのはこの頃だ。

 でも「なんとなくわかったような気がする」のと「わかった」のとは、根本的に違う。好きだからわかりたい、こうなると子供は放っておいても勉強しますよ。英語の教科書なんか開かなくても、レコードについている歌詞カードを開いて、辞書を引きますよね。これが私にとっての「英語の原点」でしたな。

 でメアリー・ホプキンの『Those were the days』ですが、歌詞のどこにも天使が悲しんでいる様子はない。ただ若かった頃はよかったなあ…って歌詞ばかりでね。それでも『悲しき天使』。当時の歌は意味もなく「悲しき○○」ってタイトルをつけることが多かったみたいだね。(私が当時秀逸なタイトルだと思ったのは、P.F. スローンの『From a Distance』を『孤独の世界』と訳していたことかな)

 大学に入ってから私は池袋当たりに生息していたのだが、暇なときメアリー・ホプキンのレコードを探してあるいたことがあるよ。すると決まって言われていた、「そんなもんあったら、シングルでも一枚が何万円もするわい」(すみません、当時の私は岡山の実家に、何枚も持っておりました)

 ところがそれからさらに時代が変わり、今ではネットでいくらでも聴けるんだよね(それで、深夜にメアリー・ホプキン、オンパレードをやらかしていられる)。なんだか時代が移り変わったような気がしないよ。全然懐メロって感じもないし。

 と、今日になって、かの偉大なるボクサー、モハメド・アリさんの死去を知った。ビデオからDVDに移し替えないといけないけど、この人のファイトは芸術品だったね。で、思わず「Those were the days!」って喚いてしまったんだよね(広い我が家に一人暮らしの私は、誰に憚ることもなく!)。

 We'd fight and never lose, For we were young and sure to have our way.ってね! こう考えれば、『悲しき天使』って言えないこともないなあ。どんなすごい人だって、必ずこの地上から消える日が来るんだからね。

 まさに三国志で有名な曹操が詠っている通りだ。

  神亀雖寿…神亀いのちながしといえども
  猶有竟時…なおおわるの時あり
  騰蛇乗霧…騰蛇は霧に乗ずるも
  終為土灰…ついには土灰となりぬ     (『歩出夏門行』より)

「Those were the days」 天使が悲しいのかどうかは知らないが、少なくとも人間の私には、十分に悲しいよ。

Those were the days(悲しき天使)→https://www.youtube.com/watch?v=y3KEhWTnWvE&list=RDEMm0J3qGU013Q37dNK-0Bnlw

2016年6月 3日 (金)

合目的的

 まったく、トレーニング向きのいい季節ですね。おかげでデスクワークがちっとも捗りやしない。まあこれは、うれしい悲鳴の類かな。基本的には私は動くほうが好きだから。

 今年は遅まきながら、ようやく汗腺を開く練習に入ってこれましたよ。これは快適な夏を送るには不可欠なんだよね。汗腺が快調に働いてくれれば、汗はかくけど、体温調節は順調にいくからね。

 いつもならGW明けから入るはずのトレーニングが、今年はGW明けになっても鼻炎の症状が改善されなかった。それで動くに動けなかったんだ(今も若干鼻づまり気味だが)。

 毎年いうことだが、人をはじめとして生物はすべて川の一部だ。自然界の水の循環の一部を(ほんのわずかな一部だが)占めている。川は流れてナンボ、滞れば水は腐敗する。排泄も大切だが、こと体温調節では汗腺の働きは大きい。

 ジョギングをしている人を見ると、みんなファッショナブルだ。最近はこういった、「国民全員スポーツ愛好家」みたいな傾向が強い。もちろん私も公認コーチなので、こういった風潮は嫌いではない。(推進しないといけない立場ですし)

 ひと昔前だと、「運動…当時の人はスポーツとは呼ばず、運動と言う人が多かった…なんか、頭の悪い奴がやるものだ」などと、モロ朱子学か何かの影響を受けすぎているんじゃないかと思える言葉を吐く人だっていた。

 スポーツだってほかの多くのことと同じで、アンポンタンでは大成できません。ちょっと身体的な能力んび秀でていただけで勝てるほど甘い世界ではございません。おそらく私が幼い頃までは確かに生存していた、「運動は頭の悪い者がやるもの」という考え方の人は、肉体を使うことを蔑視する人たちであり、こういった傾向が顕著だったのは、たぶん朱子学の影響があったのではないかと思います。(日本では朱子学の巨頭というと、私なんかはすぐに徳川光圀…わかりやすく言えば水戸の黄門さま…なんかを思い浮かべますが、この人の朱子学は、そんなに害があったばかりではございません。幕末にはけっこう大きな影響を与えてますからね)

 この世界には面白いことに、朱子学を信奉するあまり、国が数百年間進歩(どころか、退化した)しなかった国もあるわけで、ここに実生活と、哲学のどちらを重視するかという、人間の生き方の問題が出てきます。私なんかはどちらかというと、実生活を重視したい方ですが、けっこう自分の考え方にこだわる部分もあるので、なんとも言い切れないところがございます。

 さてジョギングをしていて、みなさんファッショナブルなのは、とてもけっこうなことだと思いますね。それこそ、スポーツが文化として根付いている証拠だと、私は考えていますから(ちなみに私はとてもファッショナブルでない。今でも「機能重視」の考え方に凝り固まっているのかも)。

 一つのものが文化として成立するには、そのために何らかの働きを行い、生計を立てる人が多く存在しなければならない、というのが、新しい文化を創造する上では重要ですから。

 たとえば「茶の湯」。もとはといえば中国からはいってきたもんだよね。でも中国の茶道(とは呼ばないけど。しいて言えば茶文化かな)と日本の茶道は、かなり違いますよね。

 日本の茶は、栄西(なんと岡山は吉備津神社の関係者)が鎌倉時代に中国から持ち帰ったものが、茶道の始まりと言われておりますが、最初は漢方薬だったのでございますね。(今でも私は「漢方薬なんじゃね?」って感じでいますけど。そのわりにはがぶがぶ飲んでるなあ…)これをいわゆる茶道として、一つの文化としたのは、言わずと知れた千利休さんでございます。

 入るのに窮屈な茶室を作り、「わび」「さび」などという新しい価値観を持ち込み、そういった価値観に沿う茶道具を製作する人々や、茶室を作る人々、掛け軸から花瓶、もちろん茶葉などなど、あらゆるもにおを、千利休の創造した価値観に沿って作る人々が必要になったわけです。

 こういった人々はそれで生計を立てるわけですから、茶道で飯を食う人々は、お茶の先生以外にもたくさん生まれました。こうなると立派な文化(言ってしまえば、日本茶道文化)なんですな。

 もちろん中国にも、当然のことながら茶文化は存在しております。日本のとは少々趣が異なりますが、私は決して嫌いではない(その証拠に、ほぼ毎日飲んでいる)。まあ一つの価値観のもとに、その価値観を維持する集団が形成されるのが、文化の成立には不可欠だと思うんですな。

 だからスポーツも、シューズを作り、ウエアを作り、試合道具を作り、選手や指導者を作り、その他サポーティンググッズを作る人など、大勢の人々がそれで生計を立てるほどであれば、立派な文化なんでございますよ。誰かさんから見れば、少々風変りに見えたとしても、ね。

 一番わかりやすいのはファッション。人に訴えやすいのもファッション。で、みんなファッショナブルになっていくんだね。私はいいことだと思いますけどね。

 ただ自分を振り返ると、ファッショナブルじゃあないなあ。例えば今の時期なら、ひたすら汗腺が活動しやすくなるのが最大の目的なんで、そのためにはファッションなんか二の次、三の次、四の次、五の次…最下位に近い。

 おかげで散歩中の犬にほえられることもあるし、ときにかみつかれそうになったこともある(犬はキャイン、キャインと鳴いて逃げたのは、咬みつかれたと思った瞬間、私の蹴りが入ったんだけどね。飼い主さんは大慌てで謝罪に来られたけど、実は犬は咬んでません。咬もうとした瞬間に、わずかな動きで躱して、私の蹴りが入っていたのです。もう時効だろうから、白状しちゃいますけどね。きっとびっくりしたのは犬の方じゃなかったかな。まさかあの距離…超近間…で、あのタイミングで蹴りが来るとは、知らなかっただろうから)。

 ジョギングにしろ何にしろ、運動にはすべて目的がございます。目的にさえ適っていれば、ファッションにはこだわらない。それが私のスタイルでございます。

2016年6月 2日 (木)

羽をもがれたゴキブリ…‼

 このところ、日本の空にも「抜けるような青空」と形容できる日が少なくなったような気がしているが、とりあえずこの二日間は気持ちよい。

 お天道様とか水とかといったものは、多くの場合毎日見るもので、少しずつ変化していくので、だんだん環境が悪くなっているのに気づかないことも、決して少なくはない。私の場合には、自分がアホみたいに走っていた時代があって、現役生活が終わってまた走り出したりしたので、鼻の詰まり方や、見かける風景の変化から、「こりゃあ、どこぞの国のせいではないかい?」と思うに至った。

 時に「PM2.5 は国境を超えない」なんて能天気なことを言う人がいるが、どこかで発生した物質は、長い時間かけて自然界に拡散される。熱い湯と冷たい水を混ぜたら、次第に温い湯になっているのと同じだ。だいたい継続的にトレーニングなんかしたことがない学者先生や、その場その場で思いついたことをいう評論家先生は、こういった大きな間違いを犯しても気が付かない。経験(体験)が不足しているからである。これはその人が100歳であっても同じだ。

 一般的に年齢が大きければ、経験が豊富とみなされることが多いが、研究室に何百年籠っていたとしても、外界の変化には気が付かないものだ。それでいかにも「権威」らしい口調で物事を主張しても、現実社会では通用しない。

 ということで、帰国は香港まで出て、上海を経由し、岡山というルートをとった。Zさんによれば、香港は毎日何百便も離発着しているので、上海のようなことはないだろうとのこと。そりゃそうだ。時間が守れなきゃ、忙しい空港はマヒしちゃうもんね。

 ということで香港に渡った。ところがである、いつまでたっても搭乗口が示されない。「おいおい、12:10には搭乗案内と書いているのに、いつまで待たせるんだ?」 搭乗口が判明したのは12:00過ぎ。それから乗り継ぎ乗り継ぎで搭乗口に向かった。

 ところがどっこいしょ、なかなか搭乗口に係員が姿を現さない。現れたと思ったら、この人が乗ったら果たして飛行機は離陸できるのか?と疑いたくなるようなふくよかな(ぶくよかな?)女性。もうどうにでもなれってやけくそな気分。(地上勤務の人だったから、問題はなかったんだけどね)

 やけくそついでに、香港空港を撮影した。

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 さすが香港である。まだいくらか青空(?)が見えている。なんと「晴れ男」の私がいた間は、雨が降らなかったけど、この日の夕方からはまたしても「暴雨」の予報。Mちゃんは「さすがに晴れ男」と言って笑っていた。

 それでも空港の端っこはカスミがかかっております。私が初めて訪中したころは、こんなことはなかったんだけどね。もう少しはきれいだった。これでも「暴雨」とやらで、時々微粒子を洗い流しているんだよ。

 香港なので、飛行機は定時に飛び立つはずだという、私の淡い期待はまたしても見事に裏切られ、地上を這いずり回ること1時間(これから私は中国東方航空のことを、「羽をもがれたゴキブリ」と呼ぶことにしよう!)、ようやく離陸態勢に入った(言っとくけど、態勢に入っただけだよ)。

 それまでの私は、今回中国東方航空を選択したことで、後悔ばかりしていた。上海での乗り継ぎの時間は2時間少々。間に合うのかいな、と若干心配になったが、もう半分あきらめていた。

 さすがにあまり飛ばないので、英語を話す人がパーサーに「いつになったら飛ぶんだ?」と詰問する風景も。パーサー氏いわく、「我不知道」。お前は仕事をなんだと思っているんだ。ちなみに地上にいるときも飛び立ったあとも、アナウンスは一度としてなし。遅れたことに対する詫びもなし(一般的に中国人は謝らないけど)。日本ではとても考えられないことだ。これで国際舞台で金儲けしたいのか、ばかやろーっ‼

 上海で乗り換え手続きはまあよかった。それほど大人数ではなかったからだ。おかげで乗り遅れることもなく(中国の友人と、日本の友人に電話をかける余裕さえあった)、ゲートが開いてシャトルバスに乗せられた。そして乗り込む飛行機のところへ。

 ところが地上勤務の女性(美人だったが、基本、サービスの何たるかは、まったく理解していなかった)がその飛行機のパイロットらしいのと連絡しても、操縦席に姿は見えない。女性、慌ててタラップを上り、機内に入ったり出たりを繰り返しながら携帯らしきもので連絡。しばらくして操縦席に座る機長らしい男が見えた。こんな奴に生命を預けにゃならんとは、なんの因果だ?

 さらにこのとき、シャトルバスには空調がなかった(あったのかも知れないが、少なくともスウィッチはOFFだった)。乗客は全員汗だくのまま、だまって待たされていたのである。日本人ビジネスマンらしき人たちの間から、不平の言葉が漏れ始めていた。

 ただこの日も雨ではなかったのだが、上海空港(浦东)の様子がどうなのかを記録しておいた。

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 はい、数百メートル離れれば、これこのように巨大な建物もかすんでしまいます。(雨とか霧とかがかかっているんじゃないよ)

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 滑走路に移動するところでは、ほれこの通り。駐機している飛行機なんて、もう霧(スモッグ)のかなたに消えようとしている。こんなところで離着陸しなきゃならないんだから、パイロットのみなさんは度胸だけは満点なんだろうなあ。(もちろん管制塔の指示に従っているんだろうけど。スイカ割りなんかでも周囲の人の指示に従っていたら、とんでもない明後日の法をたたいたりするじゃない。怖くないのかねえ。それとも慣れ?)

 搭乗してもやはり同様で、すぐには離陸しない。中国東方航空の飛行機に乗るたびに、「この飛行機の燃料は、離陸する前に空になってしまうんじゃないか」と思わされるのはさすがである。

 やっと離陸した時にはほっとしたよ。あと100分で岡山空港だ。岡山に帰れば車で家までちょっこー。だが、飛び立った後も、なかなかこの腐った空気は晴れなかった。こんな空気を毎日吸って生きてられるんだから、あちらの人の胚は丈夫なのかに鈍いのか。

『風の谷のナウシカ』コミック版でナウシカがいうように、「清浄な空気を吸えば、肺から血を吹いて死ぬ」んじゃないだろうね、もしかしたら。

 だが上海空港、今回が初めてだったわけではない。以前、師父に招かれて無錫で練習したとき(午前中は観光だった。師父、師母がガイドしてくれる、とっても贅沢な観光だった。呉越戦争で有名な史跡がいくつもございました)は、行く直前にかの有名な「高速鉄道追い越しを試みた大脱線事故に引き継ぎ、車両をユンボで埋葬する」事故(?事件?)が起こった時だ。

 この時は7月末から8月アタマにかけてだったせいもあるのか、もう少しはきれい(?ってほどきれいではなかったか)だったような気がするんだけどね。あれから5年も経過しているから、何があったも不思議じゃないけど。

 まあ生きて帰れたから、いいんだけどね。

2016年6月 1日 (水)

記的!(憶えてるよ!)

 ということで、上海で思わぬ足止めを食った以外は、ルンルンだった。当然朝ごはんも通常のスタイルに戻る。

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 これはごく一部だ。一番下は「中国風粽子」。じつは私の大好物なのだが、糖質を取りすぎるとお腹の出っ張り方が「名実ともに充実してしまう」ことになるので、我慢していた(糖質を取りすぎない限り、そんなに肥満は進行しない。外見上はおなかが出たように見えても、体重は変わっていなかったりする。おかげで今回の中国行きは、けっこう腹いっぱい食っていたのに、訪中前と帰国後の体重は同じ。今日現在の体重は、それよりも2㎏も落ちている。タンパク質は豊富に摂っているので、だんだん筋肉が充実してきており、なんとなく動きやすくなってきたような気がする)。

 最初の一枚は、いつでも再現できるレベル。二枚目のものは、再現する必要性を感じていない(それなりに美味しいんだけど、日本だと入手手段が限られてしまうから)。粽は私が一人暮らしをしている以上、再現することはないと思う。一つや二つ作るのは不経済だ。

 練習は、もう好きなことをやっていた。型にはまらないというかなんというか。よっぽど途中で空手の型でもやろうか(実際に身体が勝手にやってしまいそうになったくらいだ)と思ったくらいだ。(前日、師父が料理をしてくている間、空手に興味がある中国の人のために、型を二つほど披露したくらいだ。彼らの曰く、「プロみたいだ…」。いいえ、私はこれでお金をいただいていませんから、プロではございません。ただ何万回やったかわからないので…おかげで教わったものとは若干変わっているはずだ。すでに完全に私のものになっているから…こなれているだけで) 

 前日の夕食のとき、師父のお孫さんにあたるお嬢さんが、私のお土産を身に着けてくれた。とても気に入ったらしく、ずうっと身に着けていてくれた。一年半前(ちょうど生後12か月くらい?)にもお土産を進呈したが、これもずいぶん気に入ってくれたみたいだ。

 このとき師父は、指導でよそに行っておられ、私は帰国直前にお会いし、一緒に食事しただけだったが、私が「一年半も前のことなので、憶えていないかなあ」というと、まだ2歳半の女の子が「記的!(憶えてるよ!)」。 感激したなあ。それと、頭いいなあ。

 今はお父さん(師父の息子さん)、師母(師父の奥さん)に、そっくりというほど似ていて、めっちゃ可愛い。そのうち成長して、美人のお母さん(師父の息子さんの奥さん)に似てくるんだろうなあ。これは長いお付き合いになりそうだ。(少なくとも私が生きている限り。私はもう五十年は生きているつもりなので、少なくとももう五十年は続きそうだ)

 夜は一応今回の最後の夜なので、いつもの四兄弟(姉妹)で会食。行った店が、」かつてのMちゃんのお店から100mもない広東料理店。実はこれが3回目で、2回は12年前のお話。本ブログでもはるか以前に紹介したことがある。

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 昔は路上?にテーブルとイスを展開していた店だが、今ではこんな派手な電飾である。昔の名残といえば、通行人にこれみよがしに食材を見せる水槽の群れくらいのものか。ちなみに当時の私はまだ中国語の会話に耳がついていかず、広東料理の何たるかも知らなかった(そろそろ知り始めたのは、その年の12月、ネズミを食ったあたりからである…竹鼠という、サトウキビの根っこをかじる害獣。ただ食べているエサは一番清潔。大きさはドブネズミよりも一回りくらいは大きいかな。これも以前、本ブログで紹介したと思う)。

 今回はZさんもいればMちゃんもいる。Wさんもいる。なんとこの店が初めてなのはWさんだけだ。(日本でもよく、中国人留学生に言われるよ。「中華料理をいろいろと食べているという点では、あなたのほうが私たちよりも絶対に多い」って。なにしろ訪中したらあちこちで、食い散らかしているからね。もうちょっと交換レートがよければ、実は荒業を考えているのだが。カブトガニに続く大物だ。…ちなみにカブトガニは、あまりおいしくなかった。日本なら逮捕されるよね、きっと)

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 これはただの鶏でございますね。そこそこ美味しかった。こういうのがあると、強気で勝負できる。万一ほかのものが食えなかったとしても、こればっかを食っていればいいのだから。

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 これは豚の小腸ですな。本来はソーセージみたいなものなんだろう。ただしまったくソーセージとは味も(調味料を変えれば変わるよね!)食感も異なる。食えなくはない。

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 これ、黒いのはなすびなんですよ。中国料理ではなすびは出色だ。なんてことないなすび料理が、食べてみると美味しい。中華の中でなすび料理は、盗むべき値打ちを持ったものではないかと、私は個人的には考えている。

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これはイカを(たぶんミンチで)ぐじゃぐじゃにしたものを茹でたものだが、イカの肉は加熱すると固くなりやすい。ところが素敵に柔らかい。どうしてなんだろうなあ… と思うので、これからわが国でもイカは安価に入手しやすくなる季節だから、再現実験をかましてみる値打ちはあるかも。
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 これ、何だったか、きれいに記憶から抜け落ちております。間違いなく食ったのだけどなあ。まああれこれ食ってるから、多すぎて憶えきれないってのもまた現実だ。あっ、しまった!今回、広東料理の本を買って帰るのを忘れていた!(いろんな料理本を買って帰っているけど)

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 そしてこれが12年ぶりの沙虫料理である。12年前は、どんなふうに調理してくれとか、難しい注文ができなかった。そうしたらただの塩ゆでで出てきたんだよ、沙虫(強引に訳せば、砂虫とでもいいましょうか)が。(これについても、はるか前の本ブログで、私が口から砂虫を足らりと垂らした写真を紹介したはずである。めちゃ不味かったんだよね!…我記的!)

 こいつは太陽系から飛び出すほど美味しくなかった。ゴムを塩ゆでして、へんな癖をつけたみたいな生臭さで。今回はZさんが注文したので、そんな手落ちはない。すると、なんということか! 美味しいんだよ。不思議だねえ。これが環形動物(ミミズやゴカイの仲間)?って味だ。

 馬鹿とハサミは使いようという言葉がある。食材も調理の仕方一つで、別物に変わってしまうってことだろうか。人間も、似たようなところがあるけどね。
 

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