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2016年10月31日 (月)

はっぴい・はろうぃんと「機能不全」

 ハロウィンなんだそうである。カボチャは健康にいいんだそうで(意外に中国粥風にして食べると美味しい! 白粥作るときに、カボチャ入れて作っても、なかなかイケます。粟にカボチャを入れたお粥も美味しいですよ!)、くり抜いて、ジャック・オー・ランタンにするほど、私は暇ではない。(だいたい、カボチャは固いし…)

 ま、私はケルト音楽が好きだから、ケルト起源のお祭りも、どうとも思わないけど、お子さんが「トリック・オア・トリート!」ってやってる分には、「可愛い」と思う。でも悲しいことに我が家に葉、「辛いお菓子」しか今はない。食べさせたら、泣きだすといけない。(まあ、日本だから、「わさびテロ」なんて叫ぶ非常識人間はいないと思うけどね。四川省出身の辛党の人物でも「わさびは辛い!」と、目を真っ赤にして言っていた。ワサビの辛さはトウガラシとはちょっと違います)

 辛いといえば「発狂煎餅!」。どこかのだれだかが(今日も会ってきたけど)、親切に私のために「お土産」と称して、買ってきてくれた。せっかくなので、美味しくいただいたけど(確かに辛かった!)、別にどうってことはなかったねえ。当時は今よりは筋金の入っていない辛党だったんだけどね。普段の私は、普通のものを食べてますよ。ただ辛味でのキャパが広いだけで。甘いのは、まあ人並みかな?

 昔からお菓子は、だいたいが甘く作られていることが多いんだね。今では甘いものも、人並みには食べられるようになって幸せである(太るけど)。

 さてさて、海の向こう(西側)では、はっぴい・はろうぃんとばかりも言っていられない人がいるようですな。どこだかの女性大統領が、女性占い師(?)に、機密情報を漏らしていたとか、不正?なお金の流れがあったとかなかったとか。

 ま、私にとっては、まったく意味もなければ、興味もない話だけど、P大統領とその政府が「機能不全」というTVニュースの報道を見て、やっぱりツッコミを入れたくなっちゃった。

「機能不全に陥る」なんてえのは、それまでに機能していた場合に言えることであって、それまでも機能していなかったとしていたら、「常態」なんじゃないかな。別に反日活動したからといって、自国にそんなに利益があったとも思えないし(損害は、少なからずあったと思うよ)。国益にならないという点から見れば、以前とどこか違うのかな????

 該当国家で、その国の国民が騒ぐのは理解できる。そりゃあもう、自国の将来を占い?で決められていたとしたら、時計の針を一気に数千年戻さなきゃならないわけだし(でも半万年単位で物事を語るお国柄だから、そんなに不思議ではないのかも)。ましてや国民の税金で特別待遇を受けていたとしたら、腹を立てて当たり前。

 でも機能不全ったら、例の修学旅行の高校生を乗せた船がひっくり返ったときも、十分機能不全だったわけだし、ねえ! 今に始まったことではないよ。あのとき、日本の救助を受け容れていれば、だいぶ助かったんじゃないかと、残念だったけれど、あの時も占いで「日本の救援なんか、絶対に受けてはなりません!」って出たのかな?

 私自身は、占いってのは、自分自身で決断しかねるときに、誰か第三者に決断のケツを押してもらう分には、あってもいいかなと思っている。そのかわり一度決めたら、あとは全身全霊をかけて努力する。結果の如何によらず、「あれは占いの結果だから」なんて、占い師さんに責任転嫁なんかしてはならないと思っているのだが(残念なことに、今まで一度も占い師さんに占っていただいたことがないもんで)、要するに、決めかねたときに、ケツを押してもらう存在ではないかと思うんだよね。

 結局、成功するも失敗するも、自分次第なんだからさ。だからあの占い師さんはよく当たるからなんて、あまり気にしない。当たる当たらないじゃなくて、自分が当てるか外すかなんだよね。行動の主体は、いつだって自分だ。

 不安になるたびにすぐに頼っていたのでは、努力がいい加減になっちゃうんじゃないかと思うんだよ。どんな占い師さんだって、目的達成のための努力まではできないわけなんだから。それは個人個人の自己責任だわな。

 もちろんトップともなれば、ブレーンは必要だ。独断は見落としがある。独断に陥らないために相談役を決めておきたいのなら、相談役という公的な立場を与えていればいいんだけどね。まあ公的な立場が与えられない程度の信頼なら、機密文書を見せてはなりませんわな。

 トップはいつだって孤独だ。孤独に耐えられそうになければ、しっかりとした絶対に信頼できるブレーン集団を作っておくか、最初からトップになろうなどとは考えないことだ。孤独という毒と戦い続けるよりは、子供と一緒になってコスプレして「はっぴい・はろうぃん」ってやってた方が、はるかに気楽だし、幸せになれるよ。

 私の住んでいるところでは、ハロウィンの「ハ」の字も聞こえてはきませんのですけどね!その代わりに今晩は、ケルト音楽でもBGMにしながら、しこしこと地道な作業に勤しむことにいたしましょう。努力は占いよりは確かだから。

2016年10月30日 (日)

飯袋子な日

 世の中に 豆腐ほど 旨いものはない。第一、皮をむく手間もなければ、骨もない……

 いやあ、『徂徠豆腐』ですな。『徂徠豆腐』といえばもう一つ、「豆腐屋さんや。ちょっと考えてみてはもらえまいか。小さいものがないくらいの者に、大きいものがあるだろうか、と」という名台詞がございますな。わたしゃ、ああいった会話が大好きでして、だから「かくれ落語ファン(私自身は落伍者?)」なんだけどね。

 もしも興味がおありでしたら、ぜひこの古典落語を聞いてきてください。大変に面白く、(人によっては)ためになるお話でございます(落語でなくても、講談でもかまいません)。今日は久々に落語でもきいてみるかと思う日でございました。

 とてもいい天気だったのですが、なぜかしら気力がわきませんで、取りあえずは健舞とかなんとかは、起きてすぐやったんですけどね。その時にはすぐエンジンがかかるんだけど、すぐにぷしゅう~…って抜けてしまうんで。

 飯食って、○して、寝るだけの、とっても飯袋子状態だったんですね。別の言い方をすると、「気が抜けたビール(飲めたもんじゃない)のような日」とでも申しましょうか。幸いなことに、玄関脇に古武器が置いてあるので(とても危険な家だなあ…)、外に出るたびに古武器の基本練習くらいはやったけどね。これまた、ぷしゅう~……

 こんな日には何をやってもしかたがないので、ぼさーっとDVD見てた。たぶんこのボサーっは、必要なぼさーっではないかと思っている。まあまあこのところ、頑張っていたからね。で、アクティブレスト的に、エビを捕まえにいってたりしたわけだから。(ちょっとまた、ミナミヌマエビが不足気味なんだけど。小さくて食べやすいらしく、どんどん見えなくなってしまいますわな)

 このアクティブレストというやつ、使っていない筋肉や神経を適度に疲れさせてやると、きわめて効果的なもので、昔ならいわゆる「気分転換」ってえやつですな。疲れていると、完全休養なんかとったら、一気に疲れが出てしまうので、アクティブレストをして、心身のバランスをとっていこうというもんじゃないかと、私は勝手に考えていますけどね。

 おかげさんで、今日は、稽古もいつもとはちょっと変えたし、動きも変えちゃいましたね。見てるDVDもいつもとは違うし。いろいろと勉強になることがたくさんありました。外見上は、飯食って、○して、寝ているだけなんだけど。たぶん1週間くらいしたら、少しずつ効果が出てくると思いますよ。

 しかしながら豆腐(ほとんど毎日のように食べる)は美味しいもんですな。荻生徂徠でなくても「豆腐屋さん、豆腐屋さん」と呼びかけたくなります(今は豆腐を売りに来たりはしませんけれど)。

 で、お勘定を支払う段になって、金欠で「あいにく、細かいものがないので、後日まとめて」などと嘘をつき、5日目に豆腐屋がお釣りように、小銭を山のように持ってくると、「豆腐屋さんや。ちょっと考えてみてはもらえまいか。小さいものがないくらいの者に、大きいものがあるだろうか、と」。う~ん…… 江戸の人たちは、貧乏でも粋だねえ。

 あたしゃ、大好きですよ。とくに古典落語が。言葉の魔術師ですな!

2016年10月29日 (土)

静と動

寒いではないですか! 昼を過ぎるころから北風が強くなって(上空の風は、けっこう強い北風だったよ)、なんだかどんどん寒さを感じてしまった。こういう時は、人類は毛が生え変わらないので(ペットも、屋内で人間と同じようにして飼うと、毛が生え変わらないのだそうである)、服を重ね着するしかない。(一日中、お風呂に浸かっているという方法もあるが、あれはノボせる。よく冬に、頭に雪を乗せたお猿さんが、温泉に浸かっているシーンを見るが、昔から不思議に思っていた。ノボせは頭の上に雪が乗っているくらいだから、いくらかは軽減できるとして、湯から上がったあとは凍り付くんではないかと。気化熱を奪われると、堪えるからねえ。簡単に凍死してしまいますよ。当地のニホンザルはどうやって過ごしているんだろうか?)

 私は昨日身体を緩めすぎたおかげで、今日は恐々動き始めた。なにしろ昔から、使いたい放題に使った身体なので、関節もいい加減になっている。普段はある程度筋肉が緊張しているから、もっている部分もあるのだ。

 こういうときの調整は、規則正しく基本的な動きを繰り返す。こうして筋肉が自然に、少しずつ緊張してくるのを待つのだ。動きなんかで「悪いくせ」がついている場合には、徹底的に理想的な動きを繰り返す。そうして自分で「これでよし」と思うまでやりこむのだ。こうすれば「悪い癖」は知らなん間にどこかへ消えていく。ま、いってみれば動き方のリセットですな。

 なまじ健康だったらなかなかこんなことはできないけれど、「も~知らん、ど~なってもええけんね」といった状態だったら、白紙化してやり直すことができる。物事はすべていいとかすべて悪いとかといったことはない。

 昔々、「ピンチはチャンスだ」と口癖のように言うおばちゃんと、同じ職場にいたことがある。私は「ピンチはやっぱりピンチだ」ということを嫌というほど知っていたし、そのピンチをチャンスに切り替える方法を知っていたから、ただニヤニヤ笑いながら、「そうですねえ」くらいに相槌を打っていただけだった。

 するとこのおばちゃん、見事にピンチで不要な動きをやらかして、死んで(社会的に)しまった。まあ自己中気味の人だったから、しょうがないっちゃあしょうがないんだけど。周囲が見えなくなっちゃうんだよね。そうすると客観的な判断もクソも、なくなるんだよ。

 こんな言葉を、宗教信仰みたく信じている人には、なにを言ってあげても効果はない。ピンチがピンチに見えなかったら、100%人は死ぬ(生物的な死だけではなく、社会的な死を含む)。これが客観的に情勢を見るということであって、客観的に物事が見えなかったら、打つ手はない。

 ピンチというのは、言ってしまえば、局面ががらりと変わるターニングポイントでもある。そのまま放置していたら、こちらがくたばらなくてはならない状態だ。だから人はピンチと感じるのだ。しかしながら局面が変わるということは、どう変えるかという舵取りによって、変わり方を変えることができる。

 うまく舵を取れば、局面はこちらに有利になる。問題は舵をどう切るかだ。だから西洋の諺に言うのだ。「ピンチとはナイフのようなものだ。刃を握れば自分の手が切れるが、柄を握れば相手が切れる」と。柄の握り方を知っている人間にとっては、ピンチはチャンスなんですね。

 じつは柄の見分け方と握り方を知っている人間にとっては、ピンチとかチャンスとかといった見方はなくて、「局面が動き出す」とか「膠着状態だ」といった認識しかない。動けば、必ず自分の方に有利に持ち込むことができるからだ。こういう人にとっては「ピンチはチャンス」なんだよね。

 そのわりに今の自分を顧みると、全然動いてないじゃないか、なんて思う。でもねえ、実は人間には、休息が必要な時もあるんだよ。運が悪かったら死ぬまで休息することになるかも知れないけど。

 動かないときには、しっかりと休息をとらなくてはいけない。ここで休んでいなけらば、次に動かなくてはならない時に、息が続かなくなるからね。やたらと焦っても、陸上競技の長距離走みたく、自分から何度となくしかけて、いざレースの勝負時になったときに、すでにスタミナ切れを起こしてしまう選手みたく、へろへろになってしまうからね。

 休むときは休む。そういう人が、勝負では一番怖い。

2016年10月28日 (金)

計画通り

 はいはい、くそくらえですな、この天気は。また夜に入って雨ですがな。まあ、幸いなことに、今日は私が外にいる間(車を運転している時は除く)は、ほとんど降ってなかったけどね。

 すっかりぐれちゃって、今日は身体を緩めてきました。たぶん明日、明後日は爆睡でしょう。起きてても、立ったまま寝てるような状態だと思うので、呼びかけても反応しないかも。まあ、こんな時期は必要だ。

 幸いなことに、肉体だけでなく、おつむも疲れ果てているらしく、なかなかいい夢を見てるらしい。実はあまり覚えていないのだが、起きたあとが気持ちいいからだ。悪夢を見ると、起きたあとも、なんとなく具合が悪いからね。

 身体と精神がバランスよく疲労していると、わりと面白い夢を見ることが多い、というのがいままでの私の経験からは言える。逆に精神だけ疲れると、案外悪夢をみたりするし、身体ばかりが疲れて、精神が疲れてないと、「金縛り」なんて忌まわしいことが起こったりする。

 健全な睡眠は健康な生活の基本なので、逆説的に、健全な睡眠が得られるような生活を心掛けたいものだ。

 現在の私は、精神的には疲労しているので、肉体的疲労をそれに追いつかせた状態だ。おかげで睡眠時間は短いものの、けっこう充実した睡眠が得られている。可能ならばも2時間ほど寝たいのだが(明日、明後日はこれを狙うかもしれない。だから今日、身体を緩めた。こうなると睡眠も計画的である)、浮世の義理がなかなかそうはさせてくれない。

 明日、明後日は浮世の義理も何も捨てて、ただひたすら寝るつもりである(どうせ仕事…新局面に突入するかも…をしないはずがないのだけど。時間的には限定的だろうなあ)。起きて運動して、好きなことやって、一休みして、また運動して、酒飲んで、飯食って、疲れたら寝てれば、絶対に心身に悪くはないはずだ。もし悪いものがあるとすれば、「こんな生活してていいのかなあ?」という、罪悪感くらいのものかな。

 ところがである、私は十分狡猾なので、その罪悪感をなくすために、「計画」を練る。「計画通りなんだからいいじゃないか!」 こうして自分の心に湧き上がりそうになる罪悪感を説得してしまう。(その分、頑張らないといけないときには、それこそ寝ないでも頑張るんだけど)

 ま、明日は計画通りに進むと、少しは元気が回復するかもしれない。そのために身体を緩めたんだから。

 ……ああ、さっきからもう、眠くて眠くて……

2016年10月27日 (木)

チャーちゃんノスタルジー

 昼過ぎに曇ったが、まあ許せる天気だった。秋だと認めてもよい。

 では、先日までの天気は何というか? 「腐った秋」である。とても食えたもんじゃない。

 これくらい天気がよくなると、物事が計画通り行き過ぎるというか、やらないでもいいことにまでちょっかいをかけてしまうというか、なかなかゆっくりと季節の移ろいに、感傷的になっている間もない。(トレーニングしすぎて、若干疲れが残っております。昔のえびせん体質が残っていたんですな!)

 にもかかわらず、やっぱりトレーニングした方が体調がいいんだから、これまた「やめられない止まらない」もえびせんでございます(藤谷美和子さん、今はどうしておられるのやら。可愛かったんだけどね~)

 暗くなってしまう前に、スジエビとミナミヌマエビを分けました。どうもさいきんタナゴが尋常でない色上がりを見せているのだが、まさか水槽に入れたエビを食ってないだろうな? 以前ドワーフネオングラミーで、とんでもない現象が起こったことがあるからね。

 日に日にめちゃくちゃ美しくなっていくのだ。ところが泳いでいる棚が、どうもおかしい。底を這うように泳いでるんだね。この子、お店で150円で購入したのだけど、小売で一匹300円だったビーシュリンプのおチビさんを、ぱくぱく食べていた。

 きれいになるはずだ。おそらく最終的な単価は、数万円の魚になったと思うよ(値段の大半は食ったビーシュリンプ代)。値段は人間がつけるもので、食物連鎖はそんなこと、知ったこっちゃねえっていってるんだろうけど。飼い主としては、なんとなく大損こいた気がしましたね。

 ま、できることなら安い魚は、もっと安い値段の餌で飼いたいと思います。高い魚だったら、しょうがないと観念するけれど。

 ということで、今日は木曜日。きっちりと練習してきましょう。ま、私の運動は、稽古、練習、トレーニングの三種類に分かれているんだけどね。今日は練習するつもり、練習しているうちに、「あれっ?」と気が付くことがあったら、稽古に移行するかも。(トレーニングではあまりこういった移行は起こらない)

 一番お酒が美味しいのは、トレーニング後なんだけどね。お酒のためなら、トレーニングばかりやってればいい(若い頃はそうだった気がするなあ)。稽古の意味なんか、わからなかったもの。(わかったところで稽するためには、古を知らなければならないから、それはそれで大変だったろうね)

 ま、年齢相応に、取り組む運動も変わっていくのはあたりまえで、いつまでも若い頃と同じことをやっていたら、いくら慣れ親しんだこととはいえ、健康にいいはずがない。あれこれやって、その時にできることのバリエーションを増やしていたのが、実は大正解だったような気がいたしますね。

 あとは何を食うかという話ですが、今日は、チャーちゃんと暮らしていたころ、チャーちゃんが大好きだった(私と同じものを猫のチャーちゃんが食べていただけで、私がキャットフードを食べていたわけではない。修業時代、キャットフードで頑張った、有名人もいたりするが)ものを作ろう。ちょうど今が旬なのかな。

 だいたいチャーちゃんは、がつがつとおいしそうに食べてくれたが、一度だけ、酔っぱらってお砂糖を入れすぎたときは、「猫マタギ」をやられてしまった。そんなにマズイ? と私も一口くって、廃棄処分にしたけどね。

 今夜は帰宅が遅くなるけど、深夜にチャーちゃんのことでも思いだしながら、一杯やろうと思う。

2016年10月26日 (水)

秋の寄り道と戯言

 う~ん…… なんだか蒸し暑かったよね、今日は。

 昨日深夜(日付が変わる頃)、とうとう水槽に入り込んだヤゴを捕えまして、屋外の水溜りに移転しました。まあまあこんなにも巨大化して!というくらい巨大になっておりまして(同じ水槽に入れたエビは、おかげで全滅した)、脱皮した殻も残っておりました。

 これで水槽の中の掃除屋さんを食べる奴がいなくなったので、夕方、ダッシュしてシラサとミナミヌマエビを取ってきました。ところが薄暗くてよく見えなかったので、いったん水槽に入ると非常に面倒くさい、極小サイズの昆虫(一見カイミジンコに似ていなくもない)が入りこみ、帰宅した頃はもう薄暗かったので、エビ数十匹を水槽に移しただけにとどまりました。

 シラサはアホ(?)なので、そこいらへんじゅうを泳ぎ回り、よく見えますが、ミナミヌマエビは小さいし、仕事熱心なので、どこに行ったかわかりません(少なくとも30匹くらいはいれたはずなので、どこかにいるはずなんだけど)。

 ま、1週間もして、アオミドロが減っていれば、ミナミヌマエビはきっちり仕事をしているということになります。シラサは何でも食うので(魚も食べます。ただし弱った魚を食べてくれるのは、自然界の摂理に従っているので、歓迎です。なにしろ水槽に病がはいるのは、弱った魚からですからね)、若干心配ではありますが、これからゆっくりとニッチの占めあいを通じて、バランスが取れていくでしょう。

 狼は草食獣を食べるので、「あの可愛い顔をしたシカを食べるとは!」と怒った人たちによって、絶滅寸前に追いやられました。ところがそうするとシカたちは、瞬間増えたのですが、引き続き激減してしまいました。

 食物連鎖でよく言われることですが、殖えて餌を食べすぎれば、餌がなくなるから餓死するなんて簡単なものではなかったのです。というのは、狼は健康なシカは襲いません。狼bの襲撃は実に巧妙で、最初に健康な個体(体力がある個体)かどうかを見極めます。そして健康な個体は襲いません。

 弱い個体を食べるわけですが、弱い個体は、病気に対する抵抗力も弱くなるんですね。こういった個体を間引いてくれることは、その群れ全体に、病気が入らないということにもつながるわけです(病気の個体を食べる場合もある)。つまりシカの群れからみれば、食べられることによって、群れに伝染病などが入らない状態を保てるわけ。

 だから食われているのか、食っていただいているのか、よくわからないのです(食物連鎖を考えるのであれば、せめてこのあたりまでは考えておかなきゃ)。結果として、それぞれの生物は、ある一定のつり合いを保ちながら、生き延びているんですからね。

 私がシラサに期待しているのは、まさにこういう役割。ただしあんまり豊富にエサを与えすぎると、餌ばかり食って、仕事をしなくなります。このあたりは、よく顔や動きを見ながら決めないといけません。

 そうそう、今日はヨシノボリのおチビさん3匹と、ドジョウのおチビさん(体長約3㎝)も捕まえちゃいました。ヨシノボリはわりと好きな魚だし、ドジョウも嫌いではありません(我が家の玄関脇には、10年選手がいますけど)。これの移転は、明日の仕事だね。

 なんと今日、連れて帰ったエビをあれこれしていたら、どこに巣を作っていたのか、アシナガバチの襲撃を受けました。巣はすぐに見つかった(というか、だいたい知っていたんだけど)ので、「誰のおかげで、今まで生きてこれたと思っとるんじゃ」と、突然下品な私の人格が顔を出し、殺虫剤で全滅させました(だって刺そうとするんだもん! 浅く刺されたところが1か所あるよ。毒は入ってはなかったみたいだけど。こちらも反応が速いから)。

 お互いに、いい関係を続けようと思ったら、相手に譲る部分がなけりゃあね。どこかの国みたいに、あまりに調子に乗りすぎたら、そりゃあ制裁だって厳しくなりますわな。調子に乗りすぎる奴って、周囲の状況や、相手の心が見えていないからね。どうせ遠からず全滅する運命にあるんだ。私は今の我が国の政府みたく、気が長くないからね(それはそれで、凄いなあと感心してるけど)。

 一か月後に死に絶えるか、今日、私の手にかかるかだけの違いだわな。口が左右に開くやつとは、絶対に意思の疎通、感情の共有はできないと私は思っているので、遠慮はしませんよ。ただ逆らったとはいえ、武士の情けで、一思いにやっちゃうけどね(蚊は例外。蚊には、数えきれないほどの恨みがあるから)。

 おかげで今日は、やっとこれから仕事に取り掛かる。ま、昨夜頑張っていたおかげで、そこそこには進むと思うけど。

2016年10月25日 (火)

ムース・ドライカレー

 いやあ、久々にトレーニングらしいトレーニングをしましたわ。もうへろへろだもんね。トレーニング終わって買い物に行ったけど、まともに歩けてない。「青春は長い坂を登るようです…」(うわっ、懐かしい!奈々ちゃ~んっ‼と)

 いやもう、坂道だったら、死んでますね(トレーニング中は、「なんだ坂こんな山」だったんですけどね)。でも放っとくと誰もご飯を食べさせてくれないので、作りましたよ。ちょうど冷蔵庫を覗いたら、先日食べかけにしておいた(さすがTさんの北欧土産なので、内容量が、平均身長1m90に相応しい量! 一度では食べきれなかった)ムース(オオヘラジカ)肉の缶詰が見え、味がコンビーフに似ていたのを思い出したので、ええい! ここは一番、ドライカレーと決まった。

 材料と、私の疲れ具合との接点が、ムース・ドライカレーという結論に達したのだ。この缶詰の生産地である北欧に、カレーという料理があるのかどうか、私は知らない。カレーの本場インドには、ムースはいない。牛はいるけど、神聖な動物なので、食べるはずがない(いいですか!インドには、ビーフカレーはないはずなのです。…もしあったら教えて。もしかしたらR4議員の二重国籍よりも凄い問題になるかも、インドでは)。だからインドにはムース・カレーはない筈だ。

 おそらくは、私が(疲労のあまり、凝った料理をするのが嫌で)ムース・ドライカレーなんかを作ったら、とてもレアなケースになるかも知れないのだ。

 で、作りました。

 食べました。

     ……旨かった!

 やっぱ、牛の仲間なんだね~。とはいっても、ビーフカレーとは一味違いましたけどね。私はカレーに一番合う飲み物は、ビールだと固く信じているので、ビールでぐびぐびと… まあ、旨かったのなんの! いやあ、ムース、なかなか……!

 私はムースは生きたのを見たことがない。剥製になったのを見たことはあるけど。体重2tっていうんだよね。冗談じゃない大きさだよ。でも、こんな味に化けるのね。日本国内でも試しに販売してみたら?

 明日はアトミック・カフェの真似をして、ムース・ドライカレー・カレーに挑戦してみよう。まずは間違いなく旨いと思う。残念なのは、ムースが次はいつ手に入るか、わからないことだ。

 HCに寄って、ベランダ茶会用の椅子を探したら、帯に短し、たすきに短し(つまり、まったく話にならない)でした。明日は少し違うHCを探してみようと思います。

 とは言え、今日は少々疲れているので、どこまで頑張れるか(これはいきなり意識を失うパターンだ)。そうそうに仕事に取り掛かりましょう。明日はムース・ドライカレー・カレーなんだから。(意味不明)

日付が変わっていた!

 今日は思いっきりいい天気だったんだけどね~。明日はまたしても……  あ~あ……

 今年の秋は、なかなか好天が続かないようで。これだけ世間に嘘つきが多いと、何もかもが嘘つくのかなあ(先日から、だいぶ天気予報には騙されたし)。ま、でも気象庁には悪気はないから、もう少し精度を上げていただけるよう、切にお願いすることにして、こちらはへんてこな天候で健康状態を崩さないように、せいぜい気を付けるだけのことだ。

 なんたって健康でなけりゃ、やりたいこともできないからね。

 って、そろそろ県北から、鳥取方面に行く気になっているのだが、地震は大丈夫なのかな。一番気にしているのは、私が通った直後に、意外に地震がよく発生することがあるから、気にしているんだよね(私が通らなくても、起きる地震は起きるのだが)。

 古くは1995年1月17日の阪神淡路。実は二日前に、震源のすぐそばを通っていた。伯父の退院祝いの帰りだった。2004年10月23日の新潟中越の時も、ほんの数日前、実業団の試合で通過していた(私が乗っていたのと同じ新幹線が、新幹線史上初めて脱線した)。同じく2004年12月26日のスマトラ島沖地震の時も、わりと近くにいたんだよね~(12月28日に、無事帰国したけど)

 そして今回も、それほど近くはないとは言え、岡山県の北部に温泉旅行としゃれ込んでいたら、帰宅してほどなく鳥取県中部でしょ。やっぱ、気になるよ。(熊本の地震には、まったく関係していません。九州は私は大好きなところですが…すんません、日本中たいていのところが好きなんですけど…、最近お邪魔する機会がなくて……)

 そろそろ落ち着いてくれないと、紅葉を楽しみに行く計画に、狂いが生じますし、キノコ狩りにも行きたいし、その他にも大切な用事があるし…… べつにナマズを飼ってるわけじゃないんだけどね~(昔、国産のナマズを飼っていた時がありましたが、あまりに他の魚を食べるので、自然界にお帰り願いました。稚魚の時はとても可愛いのですが、餌食いは稚魚の頃から凄いもんね。そしてみるみる可愛くないサイズに成長していきます)

 ナマズったって、アマゾン原産のコリドラスとかプレコの類なら飼わないこともないですけど、あれって日本の地震予知に使えるのかね? コリドラスは水槽の掃除屋さんで飼っていたら、勝手に殖えたし、プレコはあまりに巨大化しすぎて、掃除だけではなくて他の生き物に迷惑になりだしたし(掃除するかわりに、他の魚に飛びついて、体表をかじります。かじられた側は、下手すると死にます。他の魚にテナガエビをエサにしてやろうと、採ってきて入れたら、入れた瞬間にプレコが食っちゃったことがありました。水槽の掃除屋さんなんて、人間が勝手に仕事を振っても、彼らは平気で無視します)。

 もうナマズを飼ってまで地震予知しなくても、どうせ来る地震は来るんで、知ったこっちゃあありません。一人暮らしで生きている人間が、何を恐れる必要がありますのん?(でもヤダけどね)

 ま、先日持ち帰ったメダカで十分でございます(何百いることやら。とても数える気にはなりません)。エビがいたのでそれも入れて掃除させようとしていたら、なんかエビみ擬態してヤゴが入っていたらしく、一番にエビが食われました。今も自分の棲み家を作っているのはわかっているのですが、逃げるのが速くてつかまりません。近いうち捕まえて、庭の水溜りに移してやるつもりです。今まで見たことがないヤゴなんで、どんなトンボになるのやら。

 でもメダカがすっかり懐いちゃったので、怖がらせないようにヤゴだけ捕まえるには、どうすればいいかと、目下思案中です。誰かヤゴだけ捕まえる仕掛け、作り方知らないかなあ。知ってたら教えてくださいね。

 と、気づいたら、日付が変わっておりました。こんな日もあるんだね~

2016年10月23日 (日)

ネズミ

 うん、仕事は順調にいきましたよ、今日も…… でも晴れるのが遅くねえか? おかげで朝干した洗濯物が、気持ちよく乾いてくれなかった。明日まで晒しものである(明日は、たぶんいい天気のはず)。

 天気があまりよくないと、仕事が順調というのは、私の悪い癖だ。天気がいいと、なんやかんや理由つけて、屋外で遊ぼうとするからね。天気が悪いと、表に出なくなるから、否応なく仕事するしかないんだよ。

 で、目途がついた段階で、県民の権利と義務を遂行してまいりました。今日は県知事選だったんだよね~。でも投票の人、少なかったよ(少なくとも私が投票所を訪れたときは。地元テレビ局の出口調査の人も、暇そうにしてた…だからって、私に聞かないでいいってことはないだろう?ちゃんと聞け!)。

 帰宅後、そのまま、先日買ったネギの食べたあと(根が出る部分)を水に浸けておいたのを、新しい根が出てきたので、プランターに植え替えた。お店でネギを買ったら、こうして根本の部分だけを保管して植えると、あらまあ立派なネギが生えてくる。(すでに立派なネギになったものが何株もある。お店で買い忘れても、ちっとも怖くない。庭に出れば、無農薬の折り紙つきのネギが、すぐに手に入るのだから)

 ネギ生産農家の人には悪いけれど、よく買い忘れるので、ずいぶん重宝している。もちろん切り取っても、根っこの部分が残っていれば再生するので、ほぼ永遠に、ネギは買う必要がない?(冬になれば、鍋物での消費が爆発的に増えるので、さすがに買わないと追いつかなくなるけど)

 ま、我が家には、ノビルやワケギをはじめ、ネギの仲間は、普通に自生しているので(どういう庭じゃ?)、違和感はまったくない。ついでにニラも自生しているし(面倒なので、買って食べておりますが。実は私はニラが大好きなので、消費量も半端ない。一時期母が元気だったころは、キニラを作ってたりしたっけ。さすがに私にはその暇がないけど)。

 昨年初めて作った柚子塩は大変美味しかった。今年からは計画的に、もっと大量に作ってやろうと考えているけど、収穫も大変(柑橘類には、鋭いとげがある。先日も怪我した)だけど、製品化するのは、よほど気が向いた時に一気にやっておかないと、ついつい横着の虫が吠える。

 柚子の収穫まで、あと一か月?くらいかなあ。わりとバタバタしている時期なので、つい忘れたりしてしまうんだけどね。今年はいろんな塩を作って遊んでみようか。(血圧に悪い? 残念ながら私の血圧は、きわめて正常なはずです)

 おっと、そうそう。沈没船からは鼠が逃げるっていいますねえ。私は実際に見たことはないんだけど。先日の鳥取地震の夜、ネズミ避けをしているのに、また騒ぎやがりましたよ。ってえことは、少なくとも我が家は、巣くっている鼠は無事なくらいの無事さは保証されたわけだ。

 人が寝るころになると騒ぎやがるので、せめてこんな予知にくらい役立ってもらわないとね! だからもう私は個人的に、最大警戒態勢は解除しました(警戒態勢は年中布いていますけど)。退治してしまってやろうかと思いましたが、危険の予知に使えるかも知れないので、少しの間、猶予を与えることにいたしました。

2016年10月22日 (土)

鬱陶しい天気の日は、笑え!

 一日中、しょうもない天気でしたなあ。明日はどうなるんかしらん。

 今日はお蔭で、仕事だけは順調に進んで、あと残りわずかとなりました。飽きるたびに型やったり、健舞をやったりして気分転換。汗かくほどのことではありませんでしたが、気分転換にはなりましたな。

 夕方に入ってからは、気分転換がてら、久々に料理をやったなあ。先日、おいしそうな小蕪を売ってたので、購入してた。こいつを相手に、珍しく和食に挑戦。日ごろなかなか挑戦する暇がないからねえ、こんな日でもないと。

 でも明日も同じような日だったら嫌だな。毎日料理のことばかり考えるくらいだったら、きっと料理人になってる。私は料理はするけれど、基本「食べる人」であって、「作る人」ではない。まあ一人暮らしなんで、作っても、誰かに食ってもらうわけにもいかず、張り合いがないのが大きな理由なんだけどね。

 あんまり暇だったので、雨に濡れていない部分のベランダをぼんやり眺めていたら、それそろ中国茶をベランダで飲めるようにしようか、なんて思い始めた。時々、深夜に稽古したりするので、邪魔になってはいけない。どこに、何を、どうセットしようかと、思案のしどころである。

 それと、食材が豊富なこの季節だから、明日あたり、どこかへ食材探しに出かけてみようか。鳥取にも行きたいなあ。鳥取は食事が美味しいところだからね。今回の地震は長引くのかしらん。

 この秋から冬にかけては、私は少なくとも数度はお邪魔しますからね。地震が怖くて、旨いモノが食えるかっての。温泉も気持ちいいし。ましてや紅葉の季節だよ、紅葉の。岡山県の北部では、今年はツキノワグマが大量に出没しているんだそうだけど、もしかして地震を予知してたの?(クマは嫌です。「クマ殺し」とは握手したことがあるけど。でかくて、足が私のみぞおちまであったのには、神様は不公平だと思いましたけどね)

 そういえばこの「熊殺し」さんをパロったCMがありましたっけ。https://www.youtube.com/watch?v=DmYtN1IyWe8 これですね。『地上最強のカラテpartⅡ』とはちょっと趣が違いますけどね。

 このCMを初めて見たときは、腹を抱えて笑い転げましたけどね。だって後ろ蹴りしたり、ローキック出すクマは、そうそうはいませんからね。それにしても、クマにキ○蹴り、効くのかしら?

 ま、こんな鬱陶しい天気の日には、こんな動画でも見て、腹をかかえなきゃ、ね!

2016年10月21日 (金)

義務と権利と責任

 あ~驚いた。なんせ21年ぶりだからねえ、震度4は。阪神淡路大震災以来だ。スマホがなんか喚いていると思ったら、この体たらく。震源はどこだ?と思ったら、私がちょくちょくお邪魔する、鳥取中部ではないか!

 家の方は、水槽もひっくり返っていたりはせず、ほっと安心したが、鳥取の被害が心配だ。県北や鳥取の方々は大丈夫なんでしょうかね? ちょうどこれから岡山県北とか鳥取方面にお出かけする予定をいくつも組んでいたので、特に気になるところだ。

 夕方頃には私の気分も落ち着いたので、昨夜Tさんからいただいた、オオヘラジカ(ムース)の缶詰を開けました。さすがの私も、ヘラジカを食べるのは人生初のことなので、緊張。もちろん緊張しなくても、缶詰の中からいきなりヘラジカが現れるなんてことはなかった(現れていたら、びっくり箱ならぬびっくり缶詰だ)。

 肝心なお味の方ですが、はっきりいってコンビーフですな。 まあ考えてみればヘラジカは、偶蹄目シカ科ヘラジカ属なので、言ってしまえばウシの親戚。コンビーフは牛の塩漬けなので、ヘラジカも似たようなお味なのは、当たり前っちゃあ、当たり前。

 でも感激だなあ。日本にいながらにして、日本に生息していない動物の肉が食えるんだもんね。ありがとうございました、Tさん! 次は恩返しにシュールストレンミングか何かを探してきますね。(こいつは私も一度、実際に食べてみたいと思うので。ただし絶対に我が家では開缶いたしませんけど。ま、百間川の河川敷かな…かかってこい!私がジョギングしているときにBBQやってる人たち。腹減るんだぞ~…。入手できたら本ブログで公表しますから、世界で一番臭い食べ物に挑戦してみたい人はどうぞ…ちなみに世界で二番目に臭いのは、クサヤだということなので、「んじゃ、大したことない?」と、私は軽はずみにも考えていますが)何事も実際に体験するのが一番でございます!

 ということで、この日曜日は岡山県知事の選挙でしたな。どこかに遊びに行こうかと思ったけど、選挙はサボりません。県民の権利であり、同時に義務でございます。税金を納めている代わりに、きっちり投票させていただきます。無効票にはさせないからね。

 そうそう、税金で思いだした。なんでも国籍の問題で、某国会議員がヤバいのだそうな。本来国会議員となるための、被選挙権がなかったのだとかあったのだとか。詳しいことは専門家さんに聞いてもらうとして、もしも資格がなかったのなら、その間に与えられていた特権は、すべて返却していただかなくてはならないことになりますな。もちろん議員報酬とやらは当然だ。

 私は一度もこんな一に投票したことはないけれど、議員報酬は税金で賄われているそうだ。ということは、私が投票したことがない議員さんにも、私が支払った税金が使われているということだ。

 すでに十数年も国会議員をつとめているということなので、参議院だから、年間ざっと1億として、すでにこの人は税金を10億以上も使っていることになる。(参議院3期目だから、少なくとも12億?) 日本の人口をざっと1億2千万として、国民一人当たり10円は負担してたんだねえ。

 もちろん成人してるしてないなどの問題もあるんだろうけど、私はこの人が議員さんになった時は、すでに税金を払っていたので、もしかしたら20円くらいは支払っているのかもしれない。この20円は大きいぞ! 数千万の人々が列をつくって、この人の前に並び、20円ずつ返還を迫ったとしたら……

 かりに人数を日本人の半数とすれば6000万。一列に並んだとして、人間の感覚を50㎝としたら3万キロメートル。なんと地球の周囲の四分の三。光の速さでも0.1秒かかる。一人に20円返還するのに1秒要したとすれば、6000万秒、つまり16666時間と40分。寝ずに頑張ったとして694日あまり。こりゃあ大変だ!20円返してもらうのに、最後の人は2年近く粘らなきゃならないんだからね(もっともこの人が、返却するような気はしないけど…)。アタマ痛っ‼ でも、きっちりケジメはつけとかないと……

 まあ震源震度がわずか10㎞で、M6.6ってえのは、けっこう激しい地震だったわけだけど(地震対策がない国だったら、壊滅的な被害が出かねない?)、復興にもお金がかかることだから、事業仕分けとかなんとかで、防災予算を削ろうとした人からは、(もし不正が明かになったら)しっかりと徴収していただきたい。

 エリ立ててる暇なんかないんだよっ! エリマキトカゲなら、エリを巻いたまま、走って逃げだすんだろうけど(あの三○ミ▽ー□ュのCM、秀逸でした)ねっ!

2016年10月20日 (木)

田んぼの土

 今日は一日晴れる予定だったのに、ずいぶんと曇ってくれました。お蔭で予定が若干ではあるものの、狂いました。ついでに昨夜(今朝)は気合が入りすぎて、目が冴えて眠れず、今日は動くのがしんどい。

 と夕方のTV番組まで、人をおちょくっておるのか、と思ったら、プロ野球のドラフトの日でしたっけ。みんな夢と希望に満ち溢れて、自分の好きな道に進んでいくんだね(球団はどこになるかわからないけど)。

 見ている人を感動させるような選手が出てくると嬉しいなあ。つまるところ、スポーツ選手の社会に対する最大の貢献は、そこにあるんだからね。選手個人のギャラについては、赤の他人のこちらには関係ないことだし。

 話変わって、我が家には玄関を入ってすぐのところに水槽が、え~っと6本おいてある(考えなきゃわかんないのか)。もちろん外にもおいてあって、庭には水槽もあるけど、水溜り状にしたのもある。とうとう庭の真ん中あたりにある水溜りは、トンボの産卵場と化してしまったようだが(だから我が家の庭の上空は、アキアカネの群れが飛行する。ご近所様にはお邪魔しない。エライ風景だ。棒とか棍の練習をしていて、この先端にトンボがとまることも、あまり珍しくはない。慣れているわけじゃないけどね。ただのトンボの習性)、基本的には外の水溜りは水生植物(ほとんどが抽水性植物を植えるためのものなので…ということは、そういう環境に暮らす動物は、いつでも飼育開始が可能である)用だ。

 水生植物って、可憐な奴が多いんだよね。最近は用水がコンクリ製になっちゃったので、昔ほどみかけることがなくなった。そこで我が家の庭でだけは、せめて昔のあぜ道が再現できるようにしているんだね。

 もちろん畔を作るのは、ホンモノの田んぼの土だ。爺ちゃんの田んぼが売れる前に、いくらかは確保しておいた。爺ちゃんの前の祖先は誰がどのようにやって作っていたのか知らないが、私の記憶には爺ちゃんが田んぼを作っている姿は、今でも焼き付いているからね。

 だからなんとしても、田んぼの土は、いくらかでも残しておきたかった。幸い私には、水生植物を植えて楽しむ趣味があったので、早速そちらに使わせていただいた。たぶん江戸時代くらいから、百年以上もかけて作って来た田んぼの土のはずだから、値打ちは間違いなくある。

 都会の人とかにはわかりにくいだろうけど、新しい田んぼはまだ土ができていないので、冬になったら、いろんな肥料を入れたりするんだよね。昔だったら春にはレンゲを植えたりしてたものだ。田んぼを作るには、なん十年も、ことによれば百年以上もの時間と労力が必要なんだよね。いまじゃ宅地造成で、あっという間に赤土の下敷きにされているけれど。

 土ったって、ただの土と同じように考えちゃいかんのだよ。水田の土は。

 その証拠に、水田の土を使って水生植物を植えると、まず失敗がない。水上葉があるものは、水上葉になって、花をつけて、種子ができる。ここからお金儲けをする気がない私は、ついつい放置してしまうのだが、きっとこの種子を撒けば、次の世代が生えてくるんだろうね。(こんなもの、売ったって、儲けなどにはならないでしょうが)

 ただただ毎日の生活で、ほんの少しの感動が欲しいから、しょうもないことをやってみるだけだ。ただそれこもれも、爺ちゃんの田んぼの土があったればこそ可能な芸当だ。田んぼの土って、ただ備前焼の土になるだけじゃあないんだよ(採取する深さが、全然違いますけどね)。

2016年10月19日 (水)

スポーツの秋、なのかなあ……

 ちょっと蒸し暑かったけど、おかげでどっぷりと汗をかくことができました。ありがたいことでございます。運動しても汗も出なかったら、なんとなく「時間と労力の無駄」をした気分になりますからね。

 ちょっとばかり、感覚が戻ってきましたよ。へっへっへ…… やればできるもんですなあ。できないってのは、きっと(弱い)心がきめてるんじゃないのかなあ。よくあるじゃない、若いころあんなしんどいことができたけど、もう二度とやりたくないってときに、もうできないだろうなあって考えてしまうことって。

 やってみたら案外できちゃったりして(もちろん『年寄りの冷や水』は止めといた方がいいけど)。毎日とか毎週何回とか、定期的に続けていたら、案外落ちてなかったりするんだよね。もちろん微妙な感覚にはずれが出てるけど。

 私には自分の全盛期の記憶がきっちりとある。某地元のTV局さんが取材に来られたころだ。あの頃は本当に全盛期だったと思う(ちなみに私の全盛期は、半年でした。毎日限界近くまで追い込んでいると、落ちてきたらすぐにわかるんですよね。理科系なもんだから、データを全部残してたし…実験ノートならぬ稽古日誌ですが)。いやあ、数ミリで相手の技を躱すのが、私のように体格に恵まれない人間には絶対必要な技術なんだけど、意識しなくてもできちゃうんだよね。

 でも油断して1週間も稽古をサボると、避けたつもりの相手の技を、全部もらっていたりして「あれ? なんか変」なんて感じてもんだ。あの某TV局の取材映像、たぶん藏の二階かどこかにあるはずなんだけどね。もし再発見したら、DVDに焼いて保存しとかないと。(って、それを目指して稽古するつもりではないんですよ。人は年相応に変化していきます。この変化に逆行するように、若い頃に戻ろうったって、うまくいくはずがありません。自分の身体に起こった変化に逆らわない、最高の境地を目指すのが目標です。だいたいやってる稽古だって、当時とはまったく変わってしまったもの…たぶん瞬間の速さは、今の方がはるかに速いと思います。ただまあ、速ければいいってものでもないので)

 速さってのは実に微妙な要素なんですな。ただ速ければそれでいい、なんて思っていると、まったく通用しないことがあったりするのです。特に対人競技なんかだと、速すぎて失敗することなんてざらにあります。相手に合わせて、一番適した速さが出せないと、ベストパフォーマンスにはつながらないんですよ。

 相手の速さを活かしながら、こちらの速さが最大限度の効果を発揮する状態でなければ、ベストパフォーマンスは得られませんからね。ただ速いだけだと、「空回り」しておしまいです。もちろん、それで勝つことも負けることもありますけどね。

 大切なのは、相手がこちらの予想よりも速かった時にでも、対応できる速さを持っていなくてはなりません。だから速く動けるように練習するわけで、いつも最高速度が必要とされるわけではありません。

 10の速さが出せる人は、相手が5かな?と思っていて、予想を覆されて相手が8の速さであっても、十分対応できますからね。相手が5だと思って、こちらが6しか速さが出せなかったら、もしも予想がくるって相手が8だったときには、対応ができませんから。

 だからいつだって、「もっと速く、まだまだ速く」ってことになるのです。

 と思ったら大谷選手は165㎞/時を投げちゃいましたね。先発完投を目指さなかったら、やるんじゃないかと思っていたら、きっちり出しちゃうところが凄い。どこまで伸びるか、楽しみだけど、できたらいつまでも日本の球界で見たいですね(大リーグが放っておかないだろうけど。そうでなくても、高校から大リーグって話はあったくらいの選手なんだから。パシフィックリーグに帰ってきた、かつての怪物M選手なんかを見てると、やっぱり不安はありますね)。

 と思ったら、広島カープの黒田投手の引退発表でしょ。これで日本シリーズで勝ちでもしたら、最高の野球人生だろうなあ。(もっとも大リーグ時代、私は黒田投手が押さえている試合で、味方の援護がなくて、いくつも負けた試合があって、あれ見るたびに、「どうしてこの人は、こんなに運がないのだ!?」と思っていたんだけどね。あれなかったら、通算220勝くらいにまでいってたんじゃないかな)

 いずれにしても、カッコいいなあ。引退発表でも、晴れ晴れとしたお顔で、ますますかっこよかったし。人生、こうでなくっちゃいけないね。

 こういう顔で引退できるように頑張らねばと、励みになりましたよ!

 スポーツってのは、こういう、有形無形の、他人を元気づける効果があるから、いいよね!

2016年10月18日 (火)

「ついで」がついででなくなったりして……

 昼間はちょっと暑いくらいだったけど、夜に入ってなかなか涼しくなりました。同時に風も出たけど。

 今日は調子が悪くて、何もする気が出ない。ので、仕方なく泣き泣き、頑張っておりますが、果たしてどこまでいけることやら。

 日淡水槽(日本産淡水魚水槽の略)に昨日入れたばかりのメダカが(何の気なしに用水に網を入れて、何がいるのかなあと思って揚げたら、この夏に生まれたメダカが一杯と、エビが少々。ザリガニが一匹とタニシが入っていた。これはもうご縁があったのかなと持ち帰り、日淡水槽に入れておいた)、もう私の顔を見ると寄ってくる。まさか、一晩で懐いちゃったわけでもあるまいに(エサはまだ一度しかやっていない)。

 エビさんには水槽内のコケ取りという重大な使命があるのだが、メダカくんにはこれといって重大な使命があるわけではない。ただ大量のメダカって、案外落ち着いた美しさがあるので、「ついでに」入れただけのこと。

 来年の春にはけっこう大きくなって、産卵して殖えるんだろうなあ(私の日淡水槽は、水草が繁茂しているので、放置しておいても勝手に、魚もエビも殖えてしまう水槽である)。ま、外敵がいない場所に来れてよかったじゃん!確実にエサはもらえるし。

 だいたい野生のメダカは、長生きしても2年ってとこでしょ。川に普通にいる小魚は、2年くらいのものだと思うけど、人間に飼われると、けっこう長生きしますからねえ。さらには魚類には成長抑制中枢がなかったと思うので、長生きすれば大きくなります。

 体長5㎝のメダカなんて、見てても可愛くはないけれど、それなりに値打ちはあります。滅多に見ないサイズだから。魚を巨大化する技術なんて、簡単なものなんだし。(いったい何十種類の熱帯魚で、大きすぎて可愛くない…その代わり、存在感は圧倒的…のを作り出したことか。みな、我が家で生まれた奴ばっかりだったけど)大きな水槽ばかりが必要になるので、もうできるだけ巨大化はさせまいと思っているんだけどね~。飼い方がね~……

 人間(飼い主)の側の習慣が変わらないものだから、魚が決めることができない巨大化抑止。困ったもんじゃ。プロに、いつまでも大きくしないで飼い続ける方法を教えてもらわなきゃ。

 んでも、馴れられると、なんでも可愛いから、ついついエサあげちゃうんだよね~。ま、今は一人暮らしだから、私が不在のときは「お預け」状態だけど(帰宅したあとしばらく、魚たちの機嫌が悪いこと!)。

 魚って脳みそが小さいから、おバカさんだと思うでしょ。ところが案外賢いんですよ。ニロチカで180㎝水槽にもたれて、お煎餅食ってたことがあったのね、昔。すると何度か、ごーん、ごーんと水槽の壁にダトニオが体当たりするわけ。それでも無視していたら、水をかけられたことがあるよ。

「自分だけ食うな。俺にもよこせ」と言ってたんだね。似た経験は何度もあるから、あいつら絶対に、人間が何をしているかわかってる。喋れないから、我慢ならなくなると、実力行使に出るんだよね。

 メダカさんが増えちゃったから、しかたがない。明日はメダカ用の餌でも買ってくるとするか(基本、私は沈水性の餌を与えるのだが、メダカは見ての通りで、水面に浮いているものを食べやすい顔をしているから)。私だって、お酒が切れたら不機嫌になるくらいだから、メダカだって自分用の餌は欲しいだろうし。

 何気なく網とバケツなんかをもって野外に出ると、こういった事態が起こる。たまにはこんな変化があってもいいけどね。

2016年10月17日 (月)

途中から気持ちいい秋の一日になった!

 午後からいい天気になりましたね~。ちょうど見つからなかった探し物が(この三日間探していた。「探すのを止めた時、見つかることもよくある話で」ではなく、やっぱり探し続けていた)ようやく見つかって、青空と同時に、気分も晴れたよ。(あの、あるはずのモノがなくて、探し続けている嫌な感覚って、たまらないよね!)

 気分が晴れると、さすがに「天高く……」と思う余裕も出てくる。現実には秋は、一年で一番点が低い時なんだそうだが、空気が澄んでいるので、高く感じるんだそうな。でもなあ、だいたい空が青いんだって、空気中の微粒子だとか、期待の分子があるせいなので「澄み切った青空」という言葉を聞くたびに、「ぷっ‼澄み切った青空だって!」と、内心噴いていた私には、ビミョーに感じられる言葉だ。

 厳密に言えば、波長の短い光ばかりが、目に入る天気ということなのだが、まあいいや。ご家庭でも簡単な実験で調べられることなんだけど(同時に夕焼けが赤いことも調べられます)、いちいち実験するのも、面倒くさいよね。

 話変わって、眠い。どうやら先日の温泉三昧で、どこかが壊れたようである。ひたすら寝ていたい。ちょっと早めの冬眠?と思ってしまうくらいである。当日はさすがに脱水症状だったけれど、帰宅して朝から深夜までお茶を呑み続けていたので(夕方はお酒か?)、もう脱水症状はない。でも眠たい。心の脱眠状態なのかも知れない。

 脱水状態の時は、本人が「もういらない」というまで水を飲ませる。脱眠状態の時も、本人が「もう眠れない」というまで眠らせるのが正解ではなかろうかと思うのだが、どんなものだろうか。

 金欠状態の時にも、本人が「もういらない」という間で、お金をくれればいいのだが、そうは問屋が卸さないみたいである。

 お金は無理としても、睡眠時間はある程度までは融通がきくはずなので(時間をやりくりすれば)、今日も寝ちまおう!(どうだ、この景気の良さ!) だいたい夕方、庭で棒術を型をやりこんでいたら、最近仲良しになった(どこの子か知らない)黒猫が、不思議そうな顔をして見てるんだもん。一気にやる気が棒術から猫との会話に移っちゃったからね。(けっこう愛想のいい子である、この黒猫は…宅急便ではないよ)

 さすがにまだ、棒を振り回している私のそばにやってくるほどまでの仲良しではないので(これはこれで迷惑だ!)、相手も用心してたみたいだね。以前いた猫など、絶対に稽古させてくれなかったもの。

 人が站桩やっていたら、足に頭をこすりつけてこられたり、定位摩擦歩やってたら、足にじゃれついて来たりして、屋内でないと稽古できなかった。基礎練だからいつも決まったところに足を置いているのに、かならず踏まれるところにやってくるし。踏むとけっこう怒るんだよ、猫は自分勝手な生き物だからね。

 知り合いのNさんは、北京留学時代に、ペットで飼っていたサルに站桩をさせていたんだそうだけど、どうやって仕込んだんだろ。站桩って、人間でも意味が解らない人が多いんで、なかなか続けられないんだけどね。Nさんの指導力あっての神業かも……

 ま、そんなこんなで、明日の仕事の準備は、もう一台のPCがやってくれたので、私はあとニュウヨークに行って(すんません、入浴しての間違いです)、DVDでも見ながら、寝てしまいます。ああ、気持ちいい秋の夜長、寝るが一番、金いらず!

2016年10月16日 (日)

あいでんてぃてぃー

 まったく蚊という昆虫は、始末が悪い。おそらく気温が下がり始めたので、奴らも焦っているのだろう。やたらとブンブン飛び回る。殺虫剤を片手に作業をしているので、遠慮なく駆除しているのだが、仲間がどんどん撃墜されているのに、自分が殺されるまでは、平気で寄ってくる。

 先日などは、右目の上瞼を刺された。痒いけれど、瞼ということで、かきむしるわけにもいかない。そこで常に持ち歩いているウ○ク▽ルというかゆみ止めを塗ったのだが、こいつが固く瞑っていたはずの目に入った。

 あれは思った以上に堪えますね。しばらくは右目が開かなかった。それでもよそで作業していたので、車を運転して帰らなくてはならない。で、丹下左善(若い人は知らないだろうなあ……)よろしく、右目た瞑ったままで車を転がして帰った。

 幸いなことに、私の中にも縄文遺伝子がちゃんとあるらしく、右目をつむったウィンク状態でも、口角が上がったりせずに、平然と運転して帰って来れたので、遺伝的にも自分が日本人であることが確認できてよかった。

 日本人としてのアイデンティティーだのなんだのと、最近小難しい言葉ばかりを使いたがる、タレント上がりの政治屋女史(政治家だとは思っていませんでしたが)が、二重国籍だとかなんだとかいって騒ぎの中心にいたようだが、本当に二重?だったのか、わけがわかんない方向に話が転がっているみたいだ。二重ではなく一重だったんじゃないか?(それが日本だったのなら、何の問題もないわけだけど)となると、これはまた面倒な問題だ。

 なにしろ外国籍の人が、日本の政治を仕切ろうとしていたことになるからね。こいつは、「もう問題は片付きました」って、簡単に話が終わらない可能性があるねえ。なにしろ過去にさかのぼる話になるから。

 過去ってのは、「もう済んだこと」で済ませてもらえないケースがあるわけで、この件についてはまさにそのケースに該当する。また「時間が解決してくれる」タイプの問題でもないから、きっと行き着くところまで行くんでしょうな。

 まあ、どのように問題が転がっていき、どのような結論に到達するか、興味津々、対岸の火事見物の気分で、見させていただきますわい(『隔岸観火の計』ではない)。それでも最初の立候補のとき、そんな問題については考えてなかったのかねえ。その時点で手を打てば、どうにでもなったろうに。

 それを問題が起こってから、あれこれ嘘をついて(最近の私はひそかに、「うそつきは○4の始まり」とかと思い始めましたが)、嘘を塗り隠して厚化粧するみたく塗り固めようとしたあげく、今や大問題でしょう? もうちょっと早く正直だったらよかったのに、とは思っても、だいたい他人を攻めることしか考えていない人は、受け(守り)は考えていないことが多いから、仕方ねえっちゃ、仕方がねえのかも。最初から「正直という文字は、私の辞書にはない!」だったりして。

 生まれの責任は、当人にはまったくないけど(頼んで産んでもらったわけじゃなし。私は国籍については、あまりこだわらない方である。人間はその人の個人的な人間性だと思っているし)、後の手続きは、面倒でも自分でやっとかなきゃいけないよね。特に公人として活動しようって人は。基本、公人にはプライバシーなんてないようなもんだから(タレントさんでも、やれ誰それと密会してた、なんてスクープされるわけだから。ましてや国益に関係する立場の人なら、なおさらだよね)。

 私はこの女性に関しては、タレント時代は興味なし、政治屋さんになってからも興味なし。事業仕分けの時に、世界トップレベルの科学者(私なんかからだと、尊敬するレベルの)に、上から目線でエラソ―にものを言うのを見て、大っ嫌いになったんだけどね。

 経済上の観点から、資金繰りが苦しいので、若干予算を減らさざるを得ないことも、ないわけではないだろうけど、モノには言いようってものがあるから。科学者としては比べるべくもないけれど、今、あんたがモノを言っているおじさんは、世界的に功績のあるおじさんで、あんたとは科学、人類への貢献って観点から見れば、存在の値打ちが違うんだぞと、TVの前で怒鳴ってしまったくらいだから。(存在としては対等なのかも知れんけど)

 R▽女史が今後、この日本と人類社会にどの程度の貢献をするのか知らないけど、批判した人々には、すでに日本と世界人類に、大変な貢献をしてきた人たちなんだぞ、ということなんだよ。

 この女性が消えたとしても、人類社会全体から見れば、それほど影響がないだろうけれど(良くなったりして!笑)、社会や科学のために献身的な努力をしてこられ、これからも続けていかれるだろう方々が消えるのは、大変な損失なんだから!

 ま、「人生大病只是一傲字」と言いますからな。退き時も見えないんだろうな、この人は。組織のトップとしてのアイデンティティ―を、どのように考えているかが試されますわな。

 ということで、話変わって、昨夜はお世話になりました。『三十六計』の話でもしようかと思っていたのですが、来るはずだった人に組織論が必要なのではと、組織論のレジメだけ作って持って行ってたら、話がそちらに行ってしまいました(結局その人は来なかったんだけどね!)。

 途中でお土産に持参したマツタケが美味しくて、つい飲み食いに一所懸命になってしまって、話せなかったことが少なくありません。また同じテーマで、延長戦をやりましょう。ま、お酒が適当に入ると、舌の回転がよくなるので、話題があちこちに逸れていくんですけどね。でもだいたい私の話は、「枝葉の部分に神宿る」ことが多いので……

2016年10月15日 (土)

犬が歩いたら、棒に当たっちゃった!

 昨夜からちょっくら温泉に行っておりました。単なる気分転換だったんだけどね。

 まだ紅葉には早いんだけど、土日は予約で塞がっているので、金曜の夜をセコく狙ってみたんだけど、正解だった。

 到着してすぐ入浴。晩御飯食べて、また入浴。お酒飲んで、また入浴。朝起きて、部屋が広かったので(太極拳ができるぐらい)、小一時間練習してまた入浴。朝ごはんを食べて、また入浴。なにしろ温泉に一番近い部屋だったので、都合がよかったですね~ あらかじめ希望を伝えたりはしていなかったんだけど、ホテルに人にテレパスがいた? ありがたいことで。

 いやあ、もう脂っ気が抜けてしまいましたね! 美肌効果があるとか書いていたので、少しは肌が美しくなっただろうか?

 温泉と聞いて譲れないのは、マッサージチェア(ほんとは人間にしてもらうのが一番なんだけど)。お風呂とマッサージチェアのインターバル・トレーニングだ。これをやると、少なくとも直後は、ぐにゃぐにゃになったのではないかと思うほど、身体が軽い(帰りに運転してて、どんどん凝りが溜まってくるのが、実感できます。金返せ~!と言いたくなりますが、さて、誰に言えばいいんでしょうか?)。

 でもま、気分転換程度の軽い気持ちでいったので、一泊で5回温泉に浸かり(合計3時間ほど)、マッサージチェア4回(1時間)で朝食をつけたので、元は取れた?

 元を取るよりもなによりも、周囲にでっかい温泉ホテルがたっているので、目立たなかったわりに、結構由緒があるところでしたね。なんと今上陛下が皇太子殿下であられた頃の昭和41年に、美智子妃殿下をご一緒に訪れられていて、その時の記念の写真やら品やらが展示してありました。

 これって、時が時なら、めったなことで宿泊なんかできないんじゃない?私レベルの人間では。今回の私は、ネット検索して「空きがないなあ~」なんてぶつくさいいながら、「お、あった、あった」と決めたところだったんだよね。そんな由緒あるホテルとはつゆ知らず……

 温泉とマッサージチェアまではそこそこ遠いのに、そこを何往復もしたり、無料提供のお茶(予想に反して美味しかった。もっとも入浴のし過ぎで、若干脱水気味だったみたいだけど)を何杯も飲みまくったり、ホテルにとって一番オイシイ夕食をとらなかったり…… すんませんでした。これからは心を入れ替えます。

 帰路はいい天気だったので、例によって寄り道。なにしろこの季節、おおかたの日本人が大好きな(その代わり高価な)ものが売られてるからね~。予定通り咥えて帰りました。今晩の『○○を語る会』にお土産で持っていくつもりでございます。こうご期待!(添える柑橘類、我が家の裏庭にものを取っていたら、とげが刺さった。痛かった。思わず、「この野郎!何か恨みでもあるのか」と罵ったが、きっと恨みがあるに違いない。昨年が大豊作だったせいか、ことしはそれほどでもないみたいだ。今年の一月に作った柚子塩、まだ使いきれてないよ~。一人暮らしにあんな大量には必要ないのだと、つくずく思い知らされた)

 ま、眠いけど(おそらく身体から緊張が消え、緩み切ったのではないでしょうか)、これからもちょくちょくやらかしてみよう(帰宅したら、魚どもが、「餌が遅い!」と怒っていましたけどね。

2016年10月14日 (金)

健康って、なんだ?

 秋である。なんだか秋を通り越して、冬が近いような秋である。こういう季節は、紅茶の季節だ。

 紅茶は漢方的には、身体を温める。この時期、急な冷え込みなんかで体調を崩しやすいので、私はもっぱら中国紅茶を嗜む。夜は熱燗だが。

 本ブログでは何度となく取り上げたが、飲んだ後トイレが近くなるような飲み物は、身体を冷やす作用があり、飲んだ量のわりにはトイレが近くならないものは、身体を温めると、ざっくり考えておけばよい。

 これからもっと寒くなれば、きっと普洱茶中心になる。あとは喉の具合を相談して、羅漢果かな。いずれにせよ人間は、水分補給をしなければ生きていけない生き物なので、同じ水分補給するなら、ちょっとは身体に役立つものを添加してやった方が効果的ではないかなと、なんとなく考える。

 もちろん効果が劇的なものは、必ず副作用も劇的なはずなので、やはりそこはそれ漢方で、まったりと影響が出るものがいい。先日、ネットを徘徊してて見つけた記事の中に、なぜ日本人男性は女性と比べて平均寿命が短すぎるのかという記事があった。

 読んでみて「ほら、みろ」と思う内容だったので、その記事を見られた方もおられるかと思うが、紹介しておこう。なぜ男性は女性に比べて平均寿命が短すぎるのか?

 男性は女性にくらべて、仕事場での「健康診断」を受ける機会が多いんだって(そうでない職場もあるけど)。人間、一年取れば、どこもかしこも、全身健康体であることはまれだ。そこで異常が見つかると、すぐにお医者に行って検査せいの、治療せいの言われる。

 そこでお医者のお世話になるわけだが、この時やはり薬を使う。この副作用で、別の病気を引き起こすことが多いんだって。それと検査とはいっても、身体に異物を入れることが多いから、これも健康上よくないと。

 自分の健康状態を把握することは大切だけど、知ることで健康状態を狂わせていたら、何のための検査なのかわからない。まして現代、患者さんの顔も見ないで、机の上のノートパソコンとにらめっこしながら「診察」するお医者だって少なくないんだから。

 そんなことで気を使うくらいなら、すっぱりと「人間、死ぬまでは生きてる」と開き直って、好きなものを食べ、好きなことをやり、ストレスを溜めないで生きてる方が、はるかに健康的だし、自分の健康(心身ともに)に気を使っていることにならないか?

 で、私の場合は。まず自分の身体に訊いてみる。どこか具合悪くない?って。これは暇な時にはいつでもできるから、大変に便利だ。身体を使っている時に、疲れやすくなっているかどうかは、もっとも注意する点だ。ある程度負荷をかけると、異常があるときにはすぐ出てくる。

 そうしてあとは、好きなのもを食べ(お金がないので、あまり高価なものは無理だが)、好きなことをする。もちろん体力や時間や金額的な制約は受けるけどね。(だいたいこの制約を超えると、健康状態が悪くなることが多い)

 こういうのが健康っていうんじゃない? たとえば入院したままで、100歳ぐらいまで生きたとしても、はたしてその100歳は健康だったのか、って私は考える。60歳でくたばるようなことがあっても、「おお、これで十分だ。俺は満足してるぞ」という生き方の方が、生き方として健康な気がするんだけどね。

 で、そこには、欲しいものは身体が要求するって考え方をしているので、欲しいものを手に入れ、食べる。魯山人が言った「味覚は栄養を保証する」だ。(私は生煮えのタニシは食べないけど。タニシは何度も食べたよ。昔は岡山市内にも、食べさせてくれるお店があった。中国なんかへ行くと、湖南料理の店では食べさせてくれるところがある)

 ま、そんなこんなで、お医者さんも必要だけど(かかりつけ医さんは、大変にいい人です、私の場合。それに死亡診断書はお医者さんでなきゃ、書けないし)、できるだけご厄介にならない生き方が正解だと思ってますよ。

 だいいちこの季節くらいから、お医者さんの待合室に行ったりすると、なんだかこちらまで不健康になりそうな気がするからね。お医者さんってのは、基本的に健康でない人が集まるところだから。

2016年10月13日 (木)

酒が飲める幸せ

 はい、よっこいしょっと!

 無事にスマホも回収し、一安心。でも天気が思わしくなかったのよね~。まあ、昨日、いい天気だったから、ゆるしてあげてもいい。明日、明後日がいい天気だったら、なおのこといいんですがね。

 春には薄曇りも似合う気がするけど、秋はやっぱり晴れないとね。天高く馬肥ゆる秋、なんちゃって!

 ということで、昨夜の呑みは、よく酔っ払いましたよ。また料理が純和食でね。職人さんの腕をみさせていただきました。素晴らしい! 和食は、こうでなきゃ、ね! もっとも若い頃なら明らかに量が少ないことに不満を漏らしただろう。

 もしかしたら若い頃には、純和食は似合わないのかもしれないね。とくに私は理科系体育部だったから(なんじゃ、そりゃ?)。人には年相応の食べ物があると、つくづく思いましたね。

 くわえてお酒の旨かったこと! 私はお酒を覚えたのは、二十歳の誕生日にウィスキーで始めたので、なかなか日本酒の味がわからなかった。すると親切な人がいるもんで、酒どころから上京していた同じアパートの住人が、「それじゃあ、こんど、上手い地酒を飲ませてやる」ってんで、本当に帰郷した時、一升瓶を持ってきてくれた。

 はじめて「おお、日本酒も捨てたもんじゃないね」と感じた。その人はSくんというが、今でも感謝している。だって新しい味を教えてくれたんだからね。それ以降、日本酒の等級が廃止され、日本酒はどんどん旨くなっていった。同時に私も、日本酒をけっこう飲むようになっていった。今では大好きである(ちなみに最近では、ウィスキーからはとんとご無沙汰している。もちろん「呑め」と言われれば飲みますけどね)。

 お酒の好みも変わっていくもんだけど、昨夜のはちょっと絶品でしたな。おかげでしたたかに酔ってしまったけど。帰宅して何をする気にもなれず、ブログ打って、さっさと寝てしまった。私としては珍しいことだ。

 しかしながら、朝まで残らないのが名酒の条件で、まったく残りませんでしたな。久々に早く寝たので、睡眠時間的には十分だったはずなのに、眠かったけど。

 春は花粉症が酷いので、なかなか花見酒としゃれ込めないのが不満だけど、秋ぐらいは紅葉を肴に一杯やりたいもんですな。まあ紅葉が見えるところまで出向かなきゃならないので、宿泊を伴うことになりそうですが。(温泉地なんかだと、予約で埋まってるんだろうな~)

 せっかく日本人に生まれたのだから、日本の良さを満喫しないとね。いいものを経験しておかないと、人間が腐ってくるから。苦労はすればいいと思うけど、いいことも経験しとかないと、性格がアンバランスになってしまいますからね。今以上バランスが悪くなると、倒壊しちゃうよ!

 ということで、久々の純和食の素晴らしさを満喫し、これからの生活のあり方を考えさせられた昨夜でございました。あ~、美味しかった!きれいだった!

 ということで、明後日は『○○を語る会』でございます。毎日のように飲みに出れて、なんとも幸せな私でございます。これでお腹さえ出なかったら、ねえ!

2016年10月12日 (水)

罰当たりな!

 いやまあ、飲んで帰るとスマホを忘れるってパタ―ンで、我ながら呆れております。スマホに換えてろくなことがないってえのが私の包み隠さぬ感想でございまして、明日は朝から捜索に動かなければならない。

 スマホは便利だという人もいるけれど、私にとっては便利さよりも、「足を引っ張る」道具でしかございませんな。便利さの十倍は、持ち主に迷惑をかけております。誰がこんなこましゃくれたものを作ったんだ? 

 ガラケーの頃には絶対になかったトラブルが大すぎるよ、このところ!何度へし折ってやろうかと思ったことか。メモリーさえ無事なら、こんな道具には何の未練もないわいな。ということで、明日は朝から捜索を開始しなければならない。ま、行ったところが限られているから、すぐに見つかるとは思うけどね。

 せっかくの旨い酒が、台無しじゃあないか! 私に最初にスマホを進めた某社員を、どつきまわしたい気分である。ざけんじゃねえよ、テメーの都合で進めやがって。

 私はスマホは嫌いだが、片付け云々で世界的にブレークしているらしい○まりという奴も好きではない。人にはそれぞれ、自分のライフスタイルというものがある。てめーの生き方に一番合っているのが、一番いいんだよ!(○まりに言いたい。卒業証書は大事にしろよな! 使わないから捨てればいいんだったら、最初から学校などへ行くな! 一人前の社会人なら、テメーの言ったことに責任が取れるような言動をしろよな!たった一枚の紙きれだけど、それには何年間かの、もしかしたら嫌々だったかも知れない生活を我慢した、苦難の日々が込められているのだ。もしかしたら何物にもかえがたいものかも知れないんだぞ)

 とまあどーでもいいことだ。今私は眠い。ついでにキーをまともに打っていない。今日はもう寝ちまおう。飲みに行く前に、明日のための調べ物はすませておいたからね。寝ても、私にとっての明日は、もうすでに始まっている。

 その最初が、スマホ探しとは、情けない限りだが。

2016年10月11日 (火)

我儘と傲慢

 寒いんじゃね? と思ってたら、岡山は、最高気温が20℃に届かなくなっていたんですね! 驚いた。昨日、お魚の水替えをしたときには、屋外の溜め水が26℃~28℃もあって、「まだまだ大丈夫」なんて思ってたんだけどね。

 季節は誰にも挨拶なく、勝手に移っていく。我儘なのは、何も私だけではない(人間、みんなわがままだ!)。こうなったら我儘をやっていた方が、はるかに自分に忠実な人生を歩いているんではないかと思ったりするので、フィールドワークの秋には、もう一つなにかオプションをつけるつもりである(さらに忙しくして、自分の首を締めあげる…苦笑)。

 どうせ一人である。他人の都合なんか、知ったことか!と割り切ってしまえば、我儘は簡単だ。第一、他人の都合に合わせてたって、今までろくなことはなかった。他人は他人で、他人の人生を勝手に生きているんだから、知ったことじゃないというのが、本来我々が知っていなければならないペース配分だ。

 昔こんな子はいなかったかな、身近に。「今のマラソン大会、一緒に走ろうな!」って打ち合わせしてくる奴が。(嘉門達夫さんも、歌っているように!)実は私の小学生時代、こんな奴がいた。で、本番になると、やたらとそいつは飛ばしやがるの! 人と一緒に走るのは大変だなと思ったよ。途中から私の足が速くなったので、「いいよ。ついて来れたら、一緒に走ってあげる」なんてことを言いだしたけど。

 勉強となると、「今度、オレ、全然勉強してなかったからなあ」なんて人を騙すやつは昔からいた。高石友也さんが『受験生ブルース』で歌っているくらいだから、きっと私が生まれる前からあったのだろうと思う。

 それでおぼえたのは、絶対に他人のペースに合わせてやるまいということ。哀しいことに、年齢を重ねて、何人かの人をまとめなければならなくなったときに、他人のあまりの鈍足に、もう退屈して退屈して。化石になっちゃいそうでしたよ(この時期、私の血圧は上がった。今ではまったくの正常ですが)。

 故平井和正先生のウルフガイ・シリーズには、青春時代に出会っていたけれど、「狼は足が速いから、ついてくるのは大変だぞ」ってのを言いたかったけど、ウルフガイは一匹狼だし、私は人間社会で生きていかなければならないしで、もういい加減嫌になったころがあった。今は自慢だったスピードも十分すぎるほど鈍って、人様についていくことすらできなくなっているけどね。

 変わっていないのは「一匹狼」ってところかな。でも時にこんな一匹狼を可愛がってくれる人(全員男性です!)もいるから、厄介なんだけどね。時に「Leave me alone!」って言いたい時もあるけれど、それでも人は一人では生きられないし。

 人が本当に一人になるときは、死ぬときですからね。生まれてきたとき同様、死ぬときは一人で死ななければなりません。一緒に何人死のうが、死という現象は個人個人の上に訪れます。ま、知ったこっちゃないけどね!

 人は勝手です。自分が遅れそうになると「待ってくれ」という癖に、こちらが遅れそうになると、待ってはくれません(待ってくれた人とは、おそらく死ぬまで付き合うと思います。私はこういう恩義は忘れないことにしていますから。今までに何人かいましたね。こんな人が。いい奴だなあと思いましたよ、心の底から。これがまだ「生きてやろう」と私が思う原動力ですから。まだ人間も捨てたもんじゃないと思いますけどね)。こんな奴は、本当は知ったことではないはずなんだけど、「こいつ、こんなこともわかんねえで、将来苦労するぞ」なんて惻隠の情が湧いたりしましてね。厄介なもんです、私という生き物が。人は勝手な生き物です。

 しかしながら自分勝手だけで生きていると、少し調子がいい時があっても、すぐにまた落ちていきますよね。どこぞの国みたいに、日本の先進技術を学んだり盗んだりして、世界のトップだと自慢して。

 日本が「これじゃあ不利だから、撤退しよう」って、その分野で退いたら、今度は技術を盗む相手がいなくなって、結局は自滅って。大笑いですわ。そういえば以前、私も似たような経験がありましたな。

『ナンバ』とかいう身体運用で。「これまだ、研究途中だから、撮影は不可。発表も不可」と言っていたのに、勝手に表ざたにされたたケースが。おかげで正しい『ナンバ』の姿は、皆さんの前に知られるチャンスが失われてしまいましたね(私のあの後、何冊か、この発表を訂正する記述を出したけど、ブームが去ればだれも見向きもしないのが、この業界ですからね。最初が肝心なんですよ。見せなきゃよかったと、今は後悔していますけど。後悔先に立たず)。

 盗んだってしょうがないんですよ。途中経過であっても、そこに至る経過がわかんないんだから、その次にどう発展していくのかがわからない。盗んだ人は、永遠に独り立ちできません。盗んだやつには、自分で自分の道を切り開くなんてことは、不可能なのです。

 泥棒をすればお金は手に入るかもしれませんけど、そのお金を元手に事業を起こして成功できますか? 事業に成功するには、それなりの経験もいればノウハウもいるんですよ。次のお金はどうやって稼ぐんですか? また泥棒する? そのうち、きっと捕まっちゃいますよ!

 ま、これは物事の当然の帰結でございまして、こういうのを「道」と、昔のエライ人は言いました。「道」に順えば栄え、「道」に背けば亡びる、なんちゃってね。

 では「道」に順えば物事は楽か、といいますと、そんなわけでもございません。だいたい「道」を見つけるのが、そんなに容易なことではない。だから「盗作」する奴が出るんですからね! でもこつこつやってると、いつの間にか見えてくるものがあったりするわけで、それが見えるようになった瞬間が面白いので、私なんかは今のような生き方を続けてるんですけどね。

 でもそれをも「我儘」だと思う人も、いないようではないみたいですよ。性根が腐ったものは、腐ってないモノを見た時に、「あれは正しくない」と思うみたいです。ま、知ったことじゃないし、知ろうとも思いませんけど。

 昔はこんな生き方を邪魔する奴が大勢いました。今は以前に比べると少なくなりました。私が何を言われても、耳を貸さなくなりましたし、長年続けていると、それなりに理解してくれる人も増えてきましたからね。

「結果を出さないと、誰も見ない」なんてえご立派なことを仰った有名人もおられましたが、これを聞いた時、私は「へ?」と思いましたね。少なくともその有名人よりは私の方が結果を出してましたからね。

 ただ有名人さんは、宣伝がお上手なので、針小棒大に自分のやったことを宣伝される。私は勝負師の端くれですから、いつだって謙虚でしたよ。自分の成果なんか自慢したことも、自分の口から出したことも、ほとんどないんじゃないかな。

 だって勝負師ってのは、今は勝っても、次の瞬間には負けるかもしれないって、嫌というほど知っていますからね。実際に勝負をしないと、このあたりは傲慢になっちゃうんでしょうね。「我儘」と「傲慢」は全然違うものです。そんなことも、実際に勝負をしない人には区別がつかないんでしょうけど。

 ま、いいや! 今日は、わずか数ミリ仕事を進めるために、長い時間を費やしています。こんな日があるもんなんです。そしてこれも、自分の足で前進していく者しか知らないことで、盗作するような人には、永遠にわからないことなんですけどね。

 さあ、心にたまった毒を吐きだしたので、仕事に復帰しようっと! 明日は飲みなので、明日の夜の分も、頑張るぞ~っ!

※ 今月の『○○を語る会』は、15日土曜日です。私はその時、その状況でしか話さないことが多い人なので、興味がある人はどうぞ。聞き漏らすと、きっと生涯二度と聞くことはできないと思います。また質問などがある人は、遠慮なくどうぞ。わかる範囲でお答えします。わからなかったら、「困った~」っと、一緒になって頭を抱えてあげます(笑)。よろしく!

2016年10月10日 (月)

秋らしい一日だったなあ……

 はい、今日も秋らしい、いい天気でした。夜に入ってちょっと寒かったけど、風邪ひきには気をつけないとね(私には、「魔法の薬」とバカがあるので…バカは風邪をひかない。でも夏風邪はバカしかひかないというので、もうちょっと警戒しとかないとね)。風邪ひくと、何にもやる気になれないもん。

 予定通りお出かけいたしまして、車を運転している間、好きな歌をかけて、一緒に歌っておりましたら、喉の調子がよくなって、「お、声が出てるぞ!」状態になってしまいました。昔は声が大きかったんだけどね。最近はすっかりと大人しくなっちまって(いくつになっても大声で騒ぎまくっているのも、ちょっと迷惑かも?)イケマセンや。

 昔、道場で教わったので憶えているのは、「気合を入れろ!」、「下がるな!」この二つだけだったような気がしますけど(今から考えたら、大変にありがたい教えだったような気がします)。

 気合を入れないと、事が始まりませんしね。下がってばかりだったら、何事も前進しませんし。一番うれしかったのは、どうすれば下がらずにすむかを教えてもらえなかったこと。相手の圧力を受けたら、どうしても下がっちゃうんですよ。でもそこは個人個人も工夫のしどころでね。

 結果として下がってなかったら、「よおし。よくできた」ってね。このいい加減さが、私なんかみたいな才能のない奴を育ててくれたような気がするんだよね。下がらなくてすむ方法は、工夫してるといくつかは見つかるから。

 自分にあった方法を見つけるのが、自分の練習であり、古きを訪ねたら稽古になるわけで、肉体を鍛えに鍛えて体力をつければ、トレーニングになるわけで。どっちにしても「気合」を入れなければ、できないことですもん。

 答えは一つじゃないから。要するに、目的が達成できればいいんでしょ、反則せずに。(人生だったら、法律に触れることなく。また人としての道に外れてさえいなければ)これって、学校時代に優等生だった子は、案外苦手かも。

 だって奴らは、唯一無二の答えを探そうとするからね。そんなことはないんですよ、人生は。やろうと思ったことが、他人に迷惑をかけることなくできたら、その方法は何種類あったとしても、全部OK。心は広く、頭は柔軟にしておかなきゃ!

 ま、心の広さとか、頭の柔軟さってのは、個人差があることなので、若干問題が生じることもあるけどね。説明が必要なときは、説明すればいいし、それで相手が理解しなきゃ、仕方がないことだし。(ときに、話さえ聞けば、全部理解できると己惚れているようなヤカラもおりますが。こんなヤカラを相手にするほど、私は暇人ではありませんから…肥満児?ではないと思うけど)

 たった一度の人生ですから、やりたいことをやった者勝ちですし! 批評は他人がしてくれますが、自分の人生の味は、自分しかわかりませんし(おう、先師みたいなことを言い始めた。これはヤバい、ヤバい。味道だわなあ)。人に味わえったって、無理な話だしねえ。

 …と、今、蚊を撃墜しました。直撃弾ではなかったのだが、(人間風にいうと、気を失った状態?)ぴくぴくと動いているので、ピンセットで羽をつまんで、嘴だけを三分の一の長さに切ってあげました。どうです、これで頭(顔?)が軽いでしょう? あとはどこへでも行ってください。どうせ、二度と血は吸えないと思いますから(私の蚊に対する憎しみは、そりゃあもう、大きいのなんのって! 蚊は自然界に生息する価値はありません!ハエにでも生存する意味があるのは認めているけれど、蚊にはございません)。

 すんませんね、根っからの理科系なもんで、机の上にいつでもピンセットとか、ちょっとした小道具は揃っているんですよ。いろんな用途に使えて、実に便利なもんで。科学実験道具は、非常に重宝です(最近は百均でもだいぶ手に入るようになりましたね。便利な世の中になったもんです)。

 それでもさすがに、ビーカーとか試験官とかはいらないなあ。大学生のころ、72時間、ぶっ通しで実験したことがあるんだよね。相方もいない状態で。もちろん、不眠不休で(ちなみに、この時の74時間不眠不休というのが、今のところ私の最高記録です)。

 この時、お腹が減ったので、でっかいビーカー(たぶん1ℓだったと思う)でインスタントラーメンを作り、割りばしがなかったので、ガラス棒をお箸の代わりにして食べたけど、…あれは不味かったなあ。せめて鍋から直に食べる方が、まだましだ。

 ま、いろんな経験が、人生にいろんな彩を与えてくれますわ。もう半分以上、ヤケクソなんだけどね。

 そうそう、今日は昔やっていた練習方法を、我が家の庭でやることを思いついた。さっそく明日から設備を作ろうかと思っている。なんだかこの調子だと、現役時代に近づいてるんじゃないの。スタミナとかパワーとかは現役時代には戻らないだろうけど、素早さとか、上手さは、まだ向上の余地があるからね。第一、現役のころにはなかった、経験と知識とがあるし。

 なんだか毎日に、ヤケクソ気味な楽しさがあるよ。現役時代だと、こんな雰囲気の時には、必ず力がついたもんだった。さて、今回はどうなることでしょうか。不安1割、期待9割ってところですね!

※ ということで、今月の『○○を語る会』は、15日の土曜日です。よろしくお願いいたします!

2016年10月 9日 (日)

酒のアテの話

 明け方(っていうか、午前2時頃)降っていた雨も朝には止んで、しょうがないからお宮の掃除に行ってまいりました。面倒くさいので半袖Tシャツで行ったら、蚊に二か所も噛まれてしまいましたよ。

 帰ってきてもうひと眠りしようかと思ったんだけど、昨日のノルマにまったく届いていなかったので、そのまま突撃。昼頃までかかって、ようやく昨日分が終わった。あ~、しんどかった。

 明日はすでに予定が入っているので、今晩はしっかりと頑張って、明後日に仕事を残さないようにしとかないといけない。気が緩み始めると、とめどもなく緩んじゃうのが私だから。ま、自分の弱点を知っているだけに、対策も立てられるんだけど。

 夕方になって、涼しいを通り越して、ちょっと寒くなった。こりゃいかん!風邪でもひいたらことだ!とばかりに、熱燗を飲みましたよ。やっぱ、身体があったまるね!アテを作るのが面倒だったので、湯豆腐なんか作っちゃったし。(冬ですな!まるで)

 一人暮らしで病になると大変なので(練習をやり過ぎて、しょっちゅう動けなくなっていますが、そんなことは学生時代から慣れているので、なんとかしちゃいますけど)、可能な限りは病対策の食生活を送っております。(もちろん病になる前に、ストップする方向で)

 ということで話は突然、春秋戦国にまで逆戻りしてしまいますが、あの時代の歴史ドラマを見ていると、酒宴のシーンってよく出てくるのね。で、食いしん坊の私としては、「何を食ってるのかな~」と思うわけ。

 すると優勝カップか何かの出来損ない(失礼!)みたいな容器に、肉が(たぶん、ブタか羊ではないか)デデーンと乗っていて(乗ってる感じから、そう思う。実は私もあちらで、でで~んと乗った豚とか羊とかの肉の塊…もちろん骨もついてます…を食べたことがあるので)、他の器には、どう見ても桃みたいなのがでで~んと乗っていて(誰かに尋ねたら、桃ではないかと、私の推測の正しさを証明してくれましたが)、みんな「乾!」の合図で一気飲み(当時はまだ白酒…baijiu…は発明されていませんから、アルコール濃度が18%より高いということはありえません。アルコール発酵の菌は、それ以上のアルコール濃度になると、自分が作ったアルコールのため、「消毒」されてしまいます。つまりこれ以上の濃度のお酒は、すべて蒸留酒ということなんで、蒸留の技術が開発されるまでは、スピリッツは存在しなかったんですね」!)。いやあ、豪快ですわ。

 でも日本人の私としては、豪快よりもおいしいお酒の飲み方がいいわけで、あのアテで美味しいのかなあ~…… と疑問符をつけたままにしております(ちなみに、お酒のアテに桃は合いません。少なくとも私の味覚では)。

 肉を食べるにしても、味付けが大切なわけで、当時は当然のことながらお醤油はありませんし、みそはあったのかなあ(発酵させる技術と豆類がドッキングしていたら、可能性はあるんだけど、お醤油らしきものが入った容器を見た記憶がない。たぶんなかったはずだ。またかの国のお醤油…日本のとはかなり異なる…とかお味噌の歴史を調べとかないといけないね)。何もつけなかったら、大して美味しくないんだよ、あんなふうにでで~んと置かれた肉って。

 まあ鴻門の宴で、樊哙は項羽に出された生の豚の肩肉を、楯の上に置いて、剣で切り裂いてアテにし、酒を一気飲みしたとありますから、どんな味覚をしていたのだろうかと、今もって疑問に思っていますけどね(なおこのシーンは、樊哙の孫に、司馬遷自身が取材して記した場面なんだそうです…岡山のS大学のL教授に、直に聞いたお話)。

 そのあと樊哙は劉邦を護衛して灞上の陣まで徒歩で帰っていますから(劉邦は馬に乗っていたものの、護衛の四人は歩きだったそうです)、酒に強かったのか、酒が弱かったのかわかりませんけどね。

 まあこういった話には「自慢の尾ひれ」が付きがちなものなので、話半分に聞いてればいいんですけど。私の興味と関心は、どんなお酒を、どんなアテで呑んだか。そしてそれは旨かったのか不味かったのかということですな。(劉邦一行は命がけだったと思えるので、きっとお酒の味なんかわからなかったろうと思いますけど)

 お酒で私が忘れられないのは、高校時代の古文の授業で聞いたお話。N先生が(きっとご自身もお酒が好きだったに違いないと想像してますけど。だってお酒の話を魅力的に、生き生きと語る先生だったから)お話しになった、北条何さんだったかな、鎌倉幕府の執権の一人です。

 夜中に目が覚めて、どうにも酒が飲みたくてたまらない。そこで詰所にいる侍に、酒と味噌を準備させ、味噌を肴に、ぐびぐび呑ったってんですよ。私は授業中であるにもかかわらず、「こりゃあ美しい風景だな」と、私の脳裏に浮かんだ情景を愛でたもんです。

 以後、二十歳の誕生日から私の酒の人生は始まりましたが、何度かこれに挑戦するも、「これだ!」って味に出会ってないんですよね。こうなったら一発、鎌倉時代の製法でお酒と味噌を作って試してみるしかないか?とさえ思うほどでございます。N先生は罪作りだ。あんなに旨そうな情景を、古文の授業中に語ってくれさえしなければ、こんなことで悩んだりはしなかったのに!(ちなみに授業内容はすべて忘れました。憶えているのは、お酒のシーンだけです。ごめんなさい)

※ 今月の『○○を語る会』は、15日の第三土曜日でございます。よろしく!

2016年10月 8日 (土)

そろそろ徘徊癖が再発しそうな……!

 いやあ、今日もやっちゃいましたよ。昨晩、気持ちよかったからねえ。当然、量と質は10%増し! 負荷は少しずつ上げていかないと、トレーニング効果が得られませんからねえ(なら百歳になったら、今の何倍も練習するのか? 現役時代よりすごい練習をするのか? という問題になりますが、もし実行したら死ぬでしょう…笑。年齢と体調相応の負荷のかけかたがあります。単純な数字の問題ではありません。そのためにも、自分の身体に詳しくならなきゃ。自分の身体に詳しくなるのは、自分の身体の声を聞かなきゃ。自分の身体の声を聞くには、静かにしてなきゃ……ってんで、今の私がやるような練習体系にたどり着いたんですね!) 

 でも補強練習はいいですね! いつも最後の最後にやるんだけれど、最後の汗の一滴まで絞り出すのが、なんとも快感! それから一息ついてシャワーでしょ。もうこのあたりになると、気分は天国ですね!(実際に、天国が近いのかも?…笑)

 今日は最後の方は雨に降られてしまったんだけど、もともと小雨は好きな方なので(高校時代、必死こいて走っているころから、小雨は好きだった。あの頃は、洗濯してくれる母の身になって考えたことがなかったなあ。今は全部自分でやるしかないので、今晩も洗濯である。もちろん洗濯機がやってくれるので、私はボサーっとしているだけでいいのだが。洗濯機は働き者だなあ……)

 さてさてこの秋雨前線に伴う雨は、どうなることなのでしょうか。明日朝、降っていないとお宮の掃除なんだよね(秋祭りが近いので……)。私は秋祭りの日には、家にはいないと思うので、本当はどうでもいいんだけどね(ここだけの話…と言って、世界中に発信しているのだが…だいたい宮司さんがどなたか知らないくらいなので。他のお宮さんの方…趣味で回っていた、狼様関係のお宮さんなんか…が詳しいくらいで)。

 昔々、今は亡き平井和正先生(私は大ファンでした!)の関係で、狼の足跡を探して、休日と言えばうろつきまわったことがあって(空手の現役を退いた頃のお話です)、美作の貴船神社とか、備中の木野山神社なんかには、しょっちゅうお邪魔してたんだよね。

 木野山神社は高梁のちょっと先にある(当時は岡山道が開通していなかったので、下道を車で移動した。けっこう時間がかかった。今は高梁で降りるのだが、高梁で降りるときの道が螺旋状で狭く、冬なら確実に凍結しそうなので、これはこれで怖い)けれど、なかなか立派な神社だ。

 ところが貴船神社ときたら、津山のちょいと手前の、いかにも「日本の田舎~」って感じのところで、縁日にはそれでも出店が出る(神社としては大きくないんだけどね)。このひなびた雰囲気が好きで、私は何度となく訪れたことがある。そうそう、今年はフィールドワークの秋が私のテーマなので、久しぶりに行って写真でも撮影してこようか。

 美作の貴船神社は、後の征夷大将軍、坂上田村麻呂が備前の国主をしていた時に関係がある神社なので、(山賊討伐に出向いたとき、地の利がある山賊に包囲されてしまったのを、真っ白で巨大な狼が現れて救ったのだそうな。その狼を祀った神社)、なかなか由緒あるところだ。

 坂上田村麻呂と言えば実は帰化人で、後漢の献帝の子孫ですね(『中国刀剣』皇甫江著、情報)。なんでも朝鮮半島を通って、最後は海を渡って日本に来たのだとか。後漢の献帝の頃と言えば、日本でいえば卑弥呼よりも少し前の時代で、なんとなく大陸と、わが国との関係が密接だった頃のような気がします(今も密接らしいけど、友好的か?と言われると、若干の疑問があります)。

 坂上田村麻呂の佩刀は鞍馬寺やら播磨清水寺やらなどに収蔵されているそうなので、機会があれば、興味のある人はごらんになればいいのではないかと思います。何しろ時代が時代ですからね!刀剣は世につれ、戦につれですから。刀や剣の形を見ると、だいたい使い方がわかりますし(剣は早い時代に、実戦性が乏しいとして、身分証明の代わりの飾り物になってしまいましたが)。

 ま、天候が秋らしく、いい天気続きになれば、いろんなところへ出ていくつもりですよ、今年は。昔、徘徊したところが、今はどうなっているかを見てみるのも面白いし(愕然とすることがあるかも…)。

 幻のニッポンオオカミをおっかけているころ、あちこち行ったけど、中国山地には、いそうな気配がなかったんだけどね~。またロマンでも追いかけてみますか。あおおおおおお~~~~ん‼(今日はたしか、満月ではなかったと思うのだが…)

※ 今月の『○○を語る会』は、15日です。よろしく!

2016年10月 7日 (金)

いろんな試み

 久々に気分よくトレーニングしたので(終わったころは真っ暗でした!)、ちょっとPCに向かうのが遅くなってしまいました。ああ、気持ちいい!

 いつも事務局長に笑われるんだけど、私はトレーニングというと、どうしても限界を極めたくなる癖があるんですな。いつまでたっても成長しないんで。で、年甲斐もなくへとへとで、皆さんの前に姿を晒したりいたします。

 これはもう若いころからの習性なので、ちょっくらごめんなすってという他ありません。(飲み会の席に、へろへろで現れることも、何度もあったと思いますね。直前までトレーニングしてたりしたんですよ。まあトレーニングとか、稽古とか、練習とかが思うようにできたら、それだけで幸せになる人なんだけどね。(ちなみにここでいるトレーニングと稽古と練習は、すべて内容が異なります。私はこういうことにはこだわる人なのです。若いころやってたのは、圧倒的にトレーニングと、せいぜい練習だけでしたね。稽古と呼ぶにふさわしいものが出来たのは、そうですね、ここ十年?、もうちょっとは長いかな)

 この幸せな感覚は、言葉では表現できないなあ。全身が温かくふわっとしているというか、心も身体も、つっかえが取れたというか。今晩は仕事をするにしても、寝るにしても、密度が濃い時間が遅れそうな気がいたします。なんせトレーニングから帰宅して、まだ気になっていた稽古をやったぐらいだからね(その後で余力があったので、さらにトレーニングをやっときました♡ こうでなきゃ、ね。明日は一応、自分の仕事以外、予定は入ってなかったと思うし)。

 で、今、今日が残り十数分という段階で、コーヒー(ホット。もちろんブラック)を飲みながら、キーボード叩いております。コーヒーぼ横には、高山烏龍茶が「オレを呑め!」と言わんばかりに居座っております。さらにその隣には蜂蜜までが「私を飲んでね」と侍っております。ああ、忙しい。

 最近、高齢者の身体運用について、少しだけ(本当はたくさんあるのですが)、気が付いたことがあります。「若い頃はできたんだけどなあ。今はもう無理ですよ」と仰る方の多くを見て気が付いたこと、一番変わったのは何ですか?

 実は筋力の低下なんかではございません(怪我なんかをされている場合は別)。一番変わっているのは「姿勢」なんですよ! 「姿勢」が若いころと同じだったら、やればたいていのことはできます(視力とか聴力の低下に原因がある場合は、この限りにあらず)。できないとしたら、「もう年だから」という思い込みが、最大の原因ですね。

 こんなことを言いだすと、高齢者医療で、たんまりお金を儲けてやろうかと思っている人から恨まれるかも知れないけれど、そんなに姿勢が崩れていなければ、やり方はいくらでもありますよ。若い頃に近い動きをする方法は。

 ただいま、そんなエクササイズやドリルが、山のように出来上がりつつあります。政府はこんな研究にまで手を伸ばしている私のような人物に援助してくれれば、高齢者医療は、だいぶ減るんじゃないかと思いますよ(これ、マジで)。

 私の研究の真価に一番に気づいたのは、元衆議院議員の某氏だったんだけどね。まだいい方向に進んでいないだけで。今ならお安くしときますよ。私は他にもやりたいことがあるので、こちらにばかりかかっておれませんからね! 興味がある人は、某出版社(私の著書を出版している)某氏なんかからコネつけてくださいな。

※ 今月の『○○を語る会』は、15日の第三土曜日でございます。なんか前日まで忙しいみたいですが、当日は(きっと)大丈夫だと思います。よろしく!

2016年10月 6日 (木)

夢見

 秋でっせ! 台風が行っちゃったら、やっぱり気持ちいい秋でした。

 なぜかしら朝早くから目が覚めたおかげで、もうスタミナ切れかなあ。眠くって。(ちょっと、朝型に戻そうかと、無駄な?努力をしているせいもあるか?) なにしろ秋でしょう? 朝早くから活動状態にしておかないと、一日が短くて……

 これが冬なら、諦めもつくんだけどね。「もう、冬眠だ~」って。なまじ気候がいいから、寝坊などすると、時間を無駄にした気がして、一日中気持ち悪い。気持ち悪かった日は、夢見が悪い。私は睡眠時間は短いけれど、寝ることは大好きなのだ。なぜかというと、夢が好きだから。

 私の見る夢は、そりゃあもうストーリー性があって、色彩が豊かで、時に大作映画一本見たくらいの豊かさがあるからね。寝るは炮烙金いらずとかいうらしいけど、金はあまりかなってないので、コスパは最高だ。

 ところが気分悪い一日を過ごしたら、たいていがろくでもない夢に化ける。一刻も早く獏にでも食べさせたくなる。意味わからんわ、気持ち悪いわ、怖いわ…… 睡眠は快楽であるべきだ。そして快楽の睡眠を得るためには、起きている間をいい時間にしなくてはならない。(まるで、旨い酒を呑むためにトレーニングしているようなもんだ!)

 昔、体長30mはありそうな大ウナギが夢に出てきて、(夢の中で)腰を抜かしたことがある。さすがにあの時は、「このウナギで、かば焼き何人前かなあ」と考える余裕はなかった。どうも巨大なひも状の生き物は、私の脳味噌の中に、サルの時代の記憶があるのか、あまり得意ではない(体長数mのニシキヘビまでは食べたことがありますが……)。

 ま、基本的にあまりにも巨大な生き物を見れば、人間誰でも驚きます。子供のころ夢の中に出てきたゴジラに追っかけられた経験もありますが。あれも怖かったなあ。しかもカラーで。今でもゴジラの背後の、紺碧の空を憶えているもん。(シン・ゴジラなんかとは程遠い、レトロなゴジラでしたが。なにせ小学生中学年くらいだったと思うので)

 唯一夢の中で、とてつもなくでっかいものと出会って、ものすごく心が安らいだことがある。とんでもない一大スペクタクルだったけどね。これも今でもしっかりと憶えているなあ。目を閉じると、光景がありありと浮かんでくるくらいだ。いったい何に影響されて見たんでしょうな、あんな夢。

 そこで私の、「いい夢を見るための条件」と一発。

○充実した一日を送ること。「今日はよく頑張ったな」という日は、いい夢が多いなあ。または全く憶えてないか、どちらかだ。

○お酒は控えめに。泥酔していると、きっとどこか具合が悪くなるんだろうね。あまりいい夢を見たことがないなあ。最近の私の場合は、寝るころには酔いが醒めている場合がほとんどなので、最近はあまり気にしなくなった。あと、食べ過ぎ、空腹で寝るのも、あまり良くなさそうな記憶が……

○なんてたって健康状態がいいことですね。昔現役のころ、アバラを骨折すると、悪夢しか見なかったもん。これってやっぱり苦痛とか、圧迫感とかが関係しているんじゃないかな。

○快適な環境で寝ること。暑いのに無理して空調を止めたり、寒いのを我慢して寝てると、ろくな夢を見ない。

○寝る前に、怖いお話は厳禁。夢の中まで追っかけてくるっていうより、脳が記憶しているから、逃れようがないよ。寝る前は、「大笑い(あまり笑いすぎて興奮すると、眠れませんが)」が正解かな。やさしい気分になって、涙が出そうになるお話なんかだと、悪い夢にはならなかったような気が……

 善良な人間が、善良に、最善を尽くして生きていれば、だいたいは悪い夢はみないように思うんだけどね(それでも、高いところから落ちる夢は、見るかもしれないけど)。

※ 今月の『○○を語る会』は15日です。よろしく! 準備はほぼ完了。後は忘れないようにするだけ?

2016年10月 5日 (水)

ざまあ、カンカン!

 眠いぞ! PCの前で寝ていた。

 台風18号は、幸いなことに私の住んでいるところでは、たいして暴れなかった。強風が吹いたのは、ほんの数時間だったし、雨もたいしたことなかったし(雨量だけなら、先日の秋雨前線の方が、はるかに多かった。高知では竜巻?が発生したのかも知れないのに…ちなみに私は、高知は大好きなんですけどね! 暇ができたら、遊びに行きたいくらいだ)。

 夜になったころから風もおとなしくなり(天気予報だと、今晩一杯は気を付けるように、ということだったけど)、明日は朝から天気がいいみたいな雰囲気だ(さ~、洗濯、洗濯。今日はやってなかったもんね)。

 台風一過で明日起きて天気がよかったら、またじっとしていたくなくなるんだろうなあ。何しろこの秋は「フィールドワークの秋」と、私はもうテーマを決めちゃっているからね。そうそう、久しぶりに釣りもしたくなったし。

 台風明けの釣りって、変なところで、変なものが釣れることがあるから(坊主の時もあるけど)、わりとわくわくなんだよね。以前は海で鯉(しかもかなりのサイズ、2尺はあろうかという大物)を釣ったことがあるよ。大量の雨が上流に降って、きっと海にまで押し流されたんだろうね、きのどくに(なら、さっさと川に帰ればよさそうなものを、海でつまみ食いなんかしているから、私に釣られたりするんだ!この食いしん坊め!)。

 釣って帰って疲れているのに、サバくのは面倒いなあ。切れ味鋭い包丁もないことだし。だいいち明日は木曜だよねえ。夜が遅い日ではありませんか! 釣りどころではございませんな。練習第一、釣りは…… ええっと、三十五番目くらいかな(間に何が入るかは、私もよく知らない)。

 もしかすると川の上流では、たくさん雨が降ったかもしれないので、しばらくは川には近寄らない方が無難かも。

 ま、練習はできないものと諦めていたのに、今日もできましたよ(調整程度だけど。もともと今日は休養日にするつもりだった)。だから眠いのかなあ……? おかげで今日は、丁寧に型をやりました。(さすがにランニングコースは水浸しだろうから、最初から却下しておりました)

 おっと、そうそう。帰宅して車を車庫に入れてると、近所のクソ犬が、路上にクソを垂れ流しておりましたな(飼い主はだいたい想像がつくけど)。で、私が車庫入れをしていると、それをせっつくように走ってきた兄ちゃんの車が、見事に犬糞を轢いていきました。少し待ってれば、教えてあげたのに。(たかだか1分も遅くはならないのに)人をせっつくようにしたから、「ざまあ、カンカン」でしたよ。

 たぶんどこかの会社(これも見当がつく)の車だから、会社に帰ってから、いい匂い(?)がするんじゃないかな。「情けは人のためならず」。少し私を焦らせなければ、避けられた災いなんだけど、私を焦らせたから、見事に罰が当たったね! おめでとう!

 ま、ウンだけに、ウンがついたかも……  っくっさぁ~‼

※ ということで、今月の『○○を語る会』は15日の第三土曜日でございます。着々と準備は進んでおります。さあて、今回は何を食って、何を呑もうかな。

2016年10月 4日 (火)

好きは好きが目的なので、欲が無欲になる

 へええええ~…… ちゅかれたじょいっ!

 まあ、よく頑張りましたな、今日は。もう、自分で自分をほめてあげたいっ!(誰も褒めてくれないから……)

 にしても3年連続のノーベル医学生理学賞ってのもすごいもんですな! こんな凄い研究者を輩出する、同じ日本人に生まれて幸せでございます。

 しかし毎度思うことだけど、自分の好きなことをやって大成する人はいるけど、自分の嫌いなことを嫌々ながらやって大成できる人はいないってことですな! まして最初からノーベル賞を狙って研究するような「欲の塊」にも、なかなか栄冠はいかないようで。

 特に今回の大隅さんの場合は、「ノーベル賞なんて、考えたこともなかった」っていうんでしょ、研究生活に入ったころは。いやあ、こうであってほしいですね。そしてこんな研究者に、恵まれた研究環境を与えられる日本であってほしいですね。

「二番じゃダメなんですか」なんて、ギスい顔で詰め寄る姿勢からは、絶対にこんな成果は得られないと思うよ! もう一つ、実験ノートに「ノーベル賞とるんだもん!」などと書く神経からも、やっぱりこんな結果は出ないんじゃないかと思いますね。

 好きだからやる。好きだから研究が進む。そうして成果が出て、それが評価される。これこそ研究生活を送る人間であってほしいものでございます。

 研究者に必要な欲ってのは、どこまでも真実を突き詰めたいという知識欲くらいかなあ。名声なんかは成果が上がれば、放っておいてもついてくるもんだし。最初から名声を目指してしまえば、名声のために無理をしちゃうからね。

 この無理が、自己責任で矯正できればまだしも、真相を曲げるようなものであったら、取り返しがつかないからね。どこまでも真理を追究する姿勢こそが研究者に必要なわけであり、そこに名声を求める欲はないよね。

 このところ日本は、ノーベル賞受賞者ラッシュに様相を呈しているけれど、どなたにも共通しているのは、まず「世のため、人のため、後の世のため、科学の発展のため」だ。どこにも「自分」が入っていない。

 素敵だなあ、こういうの。 ほれぼれとしちゃいますよ。こんな人たちが世界的に評価されるべきなんだ、当然なんだって。

 ノーベル賞受賞と言えば、神経質になる国もあるみたいだけど、もっともっと人類のためとか、純粋に科学の発展のためとかに目が向けば、きっとノーベル賞も遠くないと思いますよ。そういう思いが抱けなければ、永遠に無理かも。人間、誰にだって才能はあると思うから。要するに、向いている方向性の問題でしょ?

 私も好きなことばかりやろうと思っているので、少しはいいことがあるかも。少なくとも、自分の人生に、自分が主体でやっていることで、後悔はしたくないからね。(相手が必要な場合は、……難しいですねえ…涙)

 ということで、台風18号、やたらとのろいね。呪いがかかっているんじゃないかと思うくらいだよ。おかげで今日も洗濯物が乾いちゃった!(さすがに明日は止めとこう)

 このまま北上して、朝鮮半島を縦断するのかと思ったら、東に進路を変えるみたいだけど、あとは偏西風に乗ってすっ飛んでけ~っ!今年はもう、日本では水不足にはならないんじゃないかと思うので、どこにも災害なんかが起きないように、時速1000kmで飛んでけ(あ、ここまで速いと、衝撃波が発生するか? 別の害がありますね。もうちょっと遅くていいです)。

 我が岡山に台風18号が最接近するのは、なんと明日の夕方らしい(当初の予報より2日、遅刻ですな!。みゆきさんの『バス通り』には「ねえ、一年半遅刻よ」という歌詞がありましたっけ……泣けるね)。トロトロせず、さっさと行け!蒸し暑くて仕方がないよ。おかげで今日なんか、エアコンをつけてるんだぞ、10月だというのに。

※ ということで、今月の『○○を語る会』は、15日の第三土曜日です。よろしく!

2016年10月 3日 (月)

味覚ノスタルジー

 今日の洗濯チキンレースは、私の勝ちであった。我が家の近くの、私なんかよりもはるかに洗濯熱心な方のお宅でも、さすがに今日は干しておられなかった。この近くでは、私だけが洗濯物を干して、見事に乾いちゃったよ(乾燥機にかければすむことなのだが、こんなくだらないことに熱中する年頃なのである!)

 で、明日も曇りマークがついていたけど、さすがに明日はヤバいんじゃないかなと、私も気弱になっている。なかなか秋雨前線に伴う雨雲が、台風の方に引き寄せられてはいないように見たからだ。

 言ってしまえば台風に伴う雨雲も、秋雨前線も、筋のようなものだから、筋がほんの数百キロずれれば、雨は降らない。この「筋」を読み違えると。ざあざあ降りに遭遇してしまうのだ。明日はどうなるのかなあ… 試しに今晩も洗濯しておくことにしよう。夕方、汗かいたことだし。

 雨風がひどかったら、私は夏眠にはいっちゃうからね。(その前に、洗濯物を取り込みますが)乾季でなくても、私の場合は、「精神的乾季」だと判断すれば、夏眠に入ります。同様に秋であっても、自分に気に食わない環境になれば「秋眠」、冬ならば当然「冬眠」、春なら「春眠」に入ります。

 半分死んでいるようなものだから、応答はできかねます。(気分次第、相手次第で、応答することもありますが…笑)

 おっと、今日はせっかくホームセンターにお邪魔したのに(けっこう遅かったから)、椅子を見る間がございませんでしたな。とりあえずはベランダ用の椅子を購入しなければ、と考えております。台風18号が通り過ぎた後は、たぶんかなり涼しくなるので、お茶の季節になると踏んでいるのですな。

 ま、その後はしばらくジタバタと動き回りますが、ギンナンの季節までには、数回はお茶の機会もあると思うので。そうこうしているうちに、BBQとギンナンの季節が過ぎていけば、あとは「冬眠」あるのみ(そう暇ではないんだろうけど。きっと飲み歩くんだよ。これがクマとの最大の違いかも)

 ただ冬眠前はしっかりと食って、脂肪をつけておかなきゃならないからね。きっとまた、一般には出回らない珍味を掘りだしてくるんだろうなあ(私の呑み会に付き合ってくれる人には、分けてあげるね!)。なんたってフィールドワークの秋だからね。

 犬も歩けば棒に当たる。私があるけば旨いモノに当たる? 消化器官が元気なうちに、旨いものは全部食っておかないとねえ(少なくともあと五十年は食い続けるつもりである)。食えなくなってから、「ああ、あの時食っとけばよかった!」なんて後悔したくはないもの)。後悔先に立たずである。(当たり前だ、後悔は後からするから後悔ってんだもん!)

 にしても今更ながらに思いだすなあ。爺ちゃんが食べさせてくれたハヤ(岡山ではハエという。オイカワのこと)の味。本ブログを始めた頃書いた記憶があるが、爺ちゃんが孫のために食わせてくれた、釣りたてのハヤを焼いたものだ。

 生臭くて、普通は美味とは言わないんだろうけど、幼かった私には、死ぬまで(きっと死んだ後でも)忘れられない味だよ。そうして、あまりに有難くて、おそれ多くて、再現しようと思ったことすらないのだが、そろそろ再現に挑戦してみてもいいかなあ?

 美味であるとかないとかより、私にとっては幼い日の、何物にも代えがたい味覚だからね。わざわざ、洗い立てのお米で、芯のあるご飯を炊いて(飯盒で挑戦するつもりである)、メスのオイカワを自分で釣って、こいつを焼いて食べるだけだ。

 そんなに難しい作業ではないが、きっとあの時の(私が小学校の低学年)味は、再現できないのだろうなあ。もう絶対に戻ってこない、あの瞬間の味付けは、いくら巧みに調理しても、再現できないだろうからなあ。

 調理の上手い、下手なんか関係ないんだよ。ただただ、懐かしいばかりで。

 なつかしさは、どんな味付けをしてくれるのだろうか。

 この秋は、意外と多忙になりそうである。

2016年10月 2日 (日)

台風を読む……洗濯チキンレース

 う~ん…… 予想した通り、よく寝ておりましたよ。で、今日は元気いっぱい頑張れると思ってたんだよ。ところがなんと、眠い、ねむい…… 身体はだるい、気合は入らない、集中力はない。なんだか放っておくと、一日寝てしまいそうでしたね。

 そこは鋼の精神力で(実際はプリンくらいの硬さ)起きましたが、残念なことにお頭が起きてくれない。私も愛用している、ドライブ中の眠気覚ましなんて、口は目が覚めても、目のほうも、お頭も、寝たまま。

 でも泣き泣き仕事をしましたよ。能率は最低だった(おかげで、本日の予定は三分の二しかこなせてない。もう30分ほどあるので、どこまで詰めていけるか)。途中でやけになって練習を始めると、これはよかったですなあ。否応なく目が覚めるんで。(空手時代の稽古ですよ。站桩なんかやってると、途中で寝てしまうから。あれは気合が入らないときに、やっつけでやるのに適しているけど、やろうと思ったら、本当に気合が入りまくらないと、意味の大半がないから…疲労がすごくて、そのあと爆睡する。どれほど疲れる稽古なんだろうかと思う。一日数時間はやっていたころもあるけど、めちゃくちゃ眠かったよ)

 最近は朝、夕方、深夜の三部制の練習をするのだが(朝は「お目覚」なので、激しくはやらない)、メインは夕方かなあ。気合が入っているうちに、あたりが真っ暗になっているよ(世間では夜という?)。深夜は、人が寝静まっているので、気合を入れたりはできない。まるで泥棒さんか何かのように、静かにやっている(自宅の中かベランダなので、泥棒とは間違えられないとは思うけど。…そうそう、ベランダでお茶を楽しめる準備をしとかないと。時候がよくなってきたので。茶器とテーブルはあるので、あとは椅子だけかな)。

 だいぶ故障も癒えてきましたな。あとは家の片づけだなあ。稽古場の確保が、まだできてないんだよね。私の稽古は結構動くからなあ。(動かない実戦は、ありませんからなあ)

 にしても今日の天気は、読み通りだったね。以前から雨だとか、せいぜい曇りくらいの予報だった。私は実は「晴れる」と読んでいたんだよね。台風って雲を吸い寄せるじゃない? だからそのへんに散らばっている雲は、台風のほうに行っちゃうんだよね(台風との距離とか、台風の規模とかを読まないといけないけど)。で、私の出した結論は、悪くても「曇り時々晴れ」、普通にいけば「晴れ時々曇り」くらいじゃないかなって。でもちろん、洗濯はやらかしました。はい、見事に乾きました。晴れ時々曇りだったもんね、結果は)。

 近所の奥さん方も、私が洗濯してたら、参考にすればいいのに……(笑)

 問題は明日だ。明日は台風の進行方向と、雲の発達方向、台風の速さを考えあわせて読まないと(私は、少なくとも私が住んでいる地域では、案外晴れ間が出る…午前中を中心に。さすがに午後は自信がない…んじゃないかと思っている)。もちろん今晩も洗濯はやらかします、なんせ汗をどっぷりかいたからね。

 長年、汗とは切っても切れない世界にいるんだけど、私は汗臭いのは、あんまり好きじゃないんだよ。練習が終われば、必ずシャワーを浴びるし(汗かいたままってのが嫌いなんだよね)、洗濯もまめにやります。これは学生時代からそう。道場から帰っても、一番にやるのは道着の洗濯だったくらいだから。

 おかげでTシャツやトレーナー、下着の類はたくさん必要ですね。一日に何枚も着替えるから。私的には、着替えない人のほうが理解できない。新しい道着にしみ込んだ汗の匂いは嫌いじゃないんだけど、それをそのままにしておく気にはならないなあ。

 とは言うものの、明日の天気はしっかりと読んでおきたい。台風18号は、なかなかのツワモノっぽいし、台風が来たら、だいたい2~3日で天気は回復するんだけど、台風が来ている間、何もできないからね。

 この調子でいくと、けっこう10月は、忙しくなりそうな気がしますな。もちろん洗濯だけじゃないよ。

 ま、私は動けないときはデスクワークに専念しますけどね。時々居眠りしながら……(先日も、椅子から転げ落ちた)

※ 今月の『○○を語る会』は15日(第三土曜日)です。場所と時刻は、いつも通り。さあて、何かいいお土産でもないかなっと。

2016年10月 1日 (土)

この感覚……!

 なかなか忙しかったような気がする一日だった。午前中はのんびりしてたんだけどね。

 また、招待もしてないのに、台風が近づいているんだそうで、偏西風に乗って、そのまま大陸にぶつかって消滅しちゃえばいいのに、律儀に台湾のあたりでブーメラン運動をしているらしい。 

 ブーメランなら、そこと関係ある、某政治団体の女性首領だけで十分だってえの(ブーメランの名手らしいから)。台湾にはいい人が多くて、親しい人もいないわけじゃないけど、まあどこの国にもいろんな人がいるからね。

 日本では言論の自由は保障されているけれど、口から出た好き勝手な言葉を聞いて、それをどう感じるかは、これまた聞いた人の自由だからね。自由、自由と喜んで、なんでもかでも好き勝手なことを言ってればいってもんでもない!と思っちゃいますが、まあ、どうかなっていくのもまた、その人の自由ですから、ひとつ、「自己責任」ってことで。

 この自由な国のせいにはしないようにしてくださいね、思い通りにならなくっても。私はこの国の、今の時代を生きていることを、幸せだと感じているんですから(私自身、運がいいとは思ってないけど、これから劇的変わるかもしれないし。だって人生に肯定的な人には、あまりひどい人生はやって来ないから)。

 ということで、夜になって帰宅したころには、体調不良もかなり改善されていて、この様子じゃあ元気に頑張りすぎるんじゃないかと、心配はしてたんだけど、幸いなことに昨夜突入した新章のアウトラインが、頭の中でようやく固まりかけたばかりなので(豆乳に加えるニガリの量が少なかったのかな?)、今夜はまだ動き始められそうにはない。

 こりゃ、今夜は爆睡のパターンかな。今朝も私としては、結構寝たんだけどね。今夜から明日の夜くらいまでは、きっと爆睡パターンだ。今までの経験から、そんなにおいがする。今もブラックコーヒーを飲んでいるが、私は寝るときには、コーヒーの影響など、微塵もないから、気にしたことがない。

 また雨が上がったら(台風次第だけど)、ちょっとフィールドワークが忙しくなるので(今年の秋は、久々にフィールドワークの秋になりそうな気が……)、天気がぐずついている間に、新章の「うったて」くらいはやっておかないと。(実はもう、昨夜から準備を始めてたりして)

 ケツに火がつく忙しさはよく知っているけど、やることなくて退屈することだけはないわな(やる気になれなくて、ボーっとしているときはある。こういうときはたいてい、自己嫌悪の塊になっている)。

 ということで、今月の『○○を語る会』は15日に本決まりです。私が死んだりしないかぎり、必ずこの日になります。話の内容は、今までによそで誰かから聞いたことがあるとしても、まったく違う角度から、まったく異なった話の展開になると思いますよ。請うご期待!

 なんか最近、昔の自分に戻りつつある感じがあるんだよね。「自転車人生」ってうそぶいていた頃に。なんで自転車人生なんだって? 自転車って走ってなきゃ、倒れちゃうじゃない。しかも息せき切って高速で走っているほど、まっすぐ走れるよね。まさに私の生き方だったんだよ。最近、ちょっとスピード落としたら、左右へのブレが始まったので、こりゃいかん、と思って、昔の自分を思い出したんだよね。

 全力疾走するために必要なのは、まずは健康でございます。あとはそこそこ生活していければ、なんとかなるんじゃない? っていうくらい、いい加減な野郎ですが、スピードを上げ始めてからは、なんとなく調子がよくなっていく感じがよみがえりましたよ。

 生きて泳げ 涙は後ろへ流せ…… なんか、中島みゆきさんの『サーモン・ダンス』が聞こえてくる気がします。(また救われました!みゆきさんに。この人生、何十回目?何百回目?)

 やっぱ、私の生き方はこうでなきゃ。時々、人間、自分の生き方を忘れちゃうもんで。たまに思い出さなきゃいけないみたいです。

 さあ、今日はとっとと寝よう! 明日がある、明日が来る、明日を呼ぶ‼ 明日よ来い‼‼

 とりあえず今晩は、おやすみなさいね…… ぐうぐう

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