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2016年11月30日 (水)

同而不和!

 寒うございますな! 古傷が予報してくれた通り、晩御飯を食べていたら、雨が降りだしました(今は止んでいるみたい)。

 昨夜、YOU TUBEを見ていたら、なんと中国海軍の潜水艦を、韓国海軍の船が沈めちゃったって? ほんと? まさかあ~? なんて思ったんだけど、今日になっても真相はちっともわからない(TVのニュースを見る間がなかった)。

 もしも本当なら、大変なことですよ。ていうのは、軍と軍の船が衝突するなんて、これは戦争ではございませんか! 駆けつけ警護なんて比べものにならない。我が自衛隊の行動なんて、本当に忍耐に忍耐を重ねて、衝突しないようにしているんだろうけど(私は個人的に、頭が下がる思いです。ほとんど尊敬してますね、その自制心を)、あっさり衝突したっていうのなら、それはそれは!

 まあわが日本は平和を愛する国なので、間違っても飛び火したりしないように。人に傷つけられるのも、人を傷つけるのも、やなこった。それが自分や自国のためならいざしらず、他国がやらかしたことのためなんかだったら、誰だって二の足を踏むだろう。ましてや普段から「反日」だのなんだのと、喧しい国関係だったら、誰だって「おれ知らねっと」になっても当たり前なんじゃないだろうか。

 そうでなくても、今は世界情勢が激動期に入っているのに、のんびりと自国内で、やれ大統領を辞めさせるのなんのでごった返しているんでしょ? まあ好きなだけやってくださいな! こちらは隔岸観火でございます。かりにお付き合いするとしても、落ち着いてからにしてくださいな! ってことになりますよね。

 もしもかりに、昨夜見たYOU TUBE情報が正しかったとして、驚いたこと。①中国軍の潜水艦って、韓国海軍に撃沈されたり、拿捕されたりするんだ! ②それでも、あの興奮しやすい中国軍は動かないんだ! ③天安門でのツーショット(他にもたくさんいたけど)は、いったい何だったのか!

 う~ん…… 国際情勢は難しい。

 太平洋戦争で、我が日本海軍はアメリカ海軍の潜水艦に甚大な被害を受けているので(私の親戚にも、そのために戦死した人がいたと聞いている)、潜水艦って強いんだろうねってイメージが強かったので、潜水艦2隻もが敗れたとあっては「?」がつかないわけにはいかない。ましてや軍備増強に力を注いでいる中国海軍なんだからね!

 それに衝突となったら、さぞかし強烈な反撃が、そうでなくても国内情勢が不安定な韓国に加えられたら、大変なことになるのでは? と、私なりに心配はしているのですよ、何の関係もないけど。関係がないからよけいに、とばっちりはやなこった!ってね。

 昨年の9月3日の、我が日本としては、どう考えても好ましくは思えなかった天安門での光景は、ツーショットはまあ流れ上仕方がないとしても(好感をもって見たはずはないけど)、あっという間に崩れちゃうんだねえ。まるで超幼い子供の利害関係みたい。

 そういえば、めちゃくちゃ支持率が高かった大統領も、今では支持率が5%を切って、百万人規模の下野を要求するデモが行われてるんだって? 『韓非子』に、あまりに何かが一方的な支持を得ている場合、そこには意図的な意識操作が行われると考えるべきだって意味のことが書いてあるけど、私なんかは一番にそれを疑いますね。

 人は十人十色どころか百色くらいですからね。あまりに同じ意見の人が多いと、かえって心配になってしまいます。いろんな意見が出るから、人は考え直すこともできるし、より優れた案に到達することもできると思っているから、私は。

 とはいうものの、動くべき時は動かなければならないし、待つときはしっかりと待たなければなりません。他人がどんなに騒ごうと、待つべきときに、人と一緒になって騒いでいたのでは、大事な時を見失ってしまいます。

 鬼谷子は言っています。チャンスを待つときは、伏せた熊の如くありなさいと(残念なことに、私はクマに待ち伏せされたことがないので、実情はわかりませんが)。ただただ、人と同じようにしてさえいれば、それでいいとは思いませんね。

 それじゃあまるで、私が嫌いな孔子が非難した。「小人同而不和(小人は同して和せず)」になっちゃいますからね! あの天安門でのツーショットは、和而不同? それとも同而不和? 

 も~、どっちゃでもえ~けどね!

※ 12月4日は『○○を語る会』の番外編です。同而不和をすごく嫌う私が待っています。よろぺこ!

2016年11月29日 (火)

借りぐらしのあれれれれっ?

 日が落ちて寒かった。夕方(ほとんど暗かったが)、稽古をしたところまではよかった。しっかりと汗もかいちゃったし。ところが夕ご飯のしたくをしていると、冷えた。こりゃいかん、風邪をひいたら「バカ」の名に恥じると、急遽温まる系のメニューに切り替えた。

 食材はいただきもののハクサイや、先日私が採って来たキノコや、これまたいただきものの純米大吟醸(!)である。この純米大吟醸を温めて飲むには忍びないので(つまりは冷酒でいただく)、アテを身体が温まるものにしなければならない。

 しかしながら主賓は大吟醸だ。日本酒の旨さが損なわれては意味がない。こうなりゃ『豆腐百珍』的なものに限る。しかも温め系だ。で大騒ぎ(はしなかった。騒いだところで、どうせ一人である。時々気合を入れたり、試声の練習をしたりはするが、近所迷惑なので、あまり自宅ではやらない…たいていは百間川の河川敷でやることにしている)して作った。

 でも最後は温め系なら、中華粥だよねえ。昨夜のキノコ鍋の汁が残っていたので、あっという間に中華風の味付けに変える。中華粥は健康によい(もちろん作り方…多くは食材に起因するが…次第だ)。

 おかげで今宵も、世は満腹じゃ(粥だけに、すぐお腹が減りますが)。しかも寒くない! Let it Go でなくても、寒くはない。

 しかしながらよく考えてみた。食材は多くがいただきものである。茸は自分で採ったとはいえ、名インストラクターTさんのおかげだし(今年も一度間違えそうになった!)、もともとは山のものを分けてもらっている感じがするので、なんとなくいただき物っぽい。

 う~ん…『借りぐらしのア○エ▽ティ』か? まあ人間に見つからないようにはしなかったけどね、別に悪いことをやったわけじゃないから。いろんな人からいろんなものをもらって、今日のように「お~寒っ」と思った日には、それなりのものを作る。

 ほんとはこんな生活を送るつもりじゃなかったんだけどね。賑やかな家庭にしたかったんだけど、事志とは大きく異なり、今や一人である。まあそれでも半分やけくそで、楽しもうとしているけど。

 寒いときは、孤独は堪えるよ。いつ暖房をいれていいかもわからない。我慢は若いころからの習い性なので、ついつい我慢していると、体調が崩れても気がつかなかったりする。気がついたら凍死してたりして。

 とはいうものの、年が明けると、海外から友人が来日したりするので、その準備が忙しい。考えてみたら自宅にいるよりは、国外に出てた方が、はるかに賑やかにやっているよね。日本が大好きで、日本で楽しく暮らしていたいのに、これまた事志とは大きく異なってしまっている。

 ただどんなに楽しくても、海外での生活はしょせん、「借りぐらしのあれれれれっ?」程度なんだけどね。

※ 12月4日(日)は、『○○を語る会』の番外編を行います。まあ、気が向いたら来てちょ。たぶんとても美味しいものを準備しているはずです(予定が狂わない限り)。

2016年11月28日 (月)

寒い夜には、暖かいのが一番だ

 茸、茸、茸~、茸を食べると~、頭、頭、頭、頭がよくなる~(?) さあさ~、みんなで茸を食べよう~。茸はぼく~らを~、待っている。

 てな具合で、毎食、茸が主食ではないか(ありません!)と思えるような食生活になってしまいました。昨夜は夜市へ持って行ったところ、(一昨日午後)パパになったばかりのマスターが、さすがに素敵な逸品に変えてくれまして、美味しかった(ちょっと飲みすぎたけど)。

 実りの秋とはいいますが、あれもこれも食材が偏りなくそろうわけではないので、どうしても一定の種類が多くなってしまいます。おそらく今のように流通業界が発達する前は、どこでも似たようなものだったのではないでしょうか。

 どんな特産品がある地域でも、特産品ばかりを食っていれば飽きがきます。だいたい栄養のバランスが偏ります。嫌いじゃないけど、もうたくさん!って状態になるのですね。こうなると、美味しいから食ってるんじゃなくて、ひたすら「やっつける!」って感じになります。

 本来、ものを食べるってのは、歯というたいていの人が生まれつき持っている武器を用いるので、「攻撃」に似た感覚を覚えるんですね。最初は美味しかったはずなのに、最後は「どうだ、食ってやったぞ!」って感じになってしまいます。こうならないためには、あまり大量に食べず、「もう少しほしいな」というところで止めておくのが正解なんでしょうけどね。

 ということで、今日も朝から茸料理で、夕ご飯は茸山盛りのキノコ鍋になってしまいました。茸を食べると頭がよくなる?かどうかは知りませんが、いろんな人が「茸は健康に良い」と言っています(ただし毒キノコでなければのお話ですけど)。

 私は基本的に、普通に食べているものはすべて身体にはいいと思っていますから(漢方でいう「医食同源」なんて、だいたいがこんなことを言ってるんじゃないですか?)、別に取り立てていうほどのことではないと思いますけどね。

 いろんなものがあるじゃないですか。これは食べると死ぬとか、これは食べると死ななくても苦痛が襲うとか、これは食べると大変に身体にいいとか、これを食べると興奮するとか。でもあるんだよね、これは食べて食べられないことはないけど、何の役にも立たないってのが。

 茸に限らず、植物にはこんなのが多いよね。人間の消化器官では、消化吸収ができないので、ほとんど食べたまま出てくるなんてのが(それはそれでお通じによい?)。動物もいろいろ食べましたが、それなりに栄養的には意味があるとしても、無理してまで食うもんじゃないよな、と思うものも、少なからずございました。

 まあ、せっかくの「実りの秋」なんですから、せめていいものを食べていたいものです。特に夜になったら冷える最近は、身体を温めてくれるものが一番ですね。

 身体が温かくなる=生理機能が活性化する=免疫力が上がる、ってのがだいたいの関係ですから、暖かいのが一番です。世間が冷たくても、犬すら冷たくても、身体は暖かく保っておくのが、健康を保つ秘訣ですね、こんな寒くなる季節には。

2016年11月27日 (日)

呑んでました

 ひえええええ~… 今日もあと、残り10分だよ。ちょっとのんびり吞んでいると、こうなる。

 明日は天気がいいのだそうな。私は今まで、明日しか見てこなかった。過去のことは1秒前のことでも忘れていた。今と明日しか見ないのが、私の生き方だったと言ってもいい。

 そうしで今、この瞬間も、明日のことしかない。だからちょっと一杯飲んでても、慌てて今日中の仕事にしようとする。

 ま、そういうことで、明日の準備をしよう。

 ちなみに、一匹のネズミを退治しても、次のネズミがまだ悪さをしているみたいなので、また罠をしかけてやろう。

 私は「攻め」のタイプだと思っている人が多いと思うけど(自分でもそう思っていた)、実は守りに入った時に、一番「味」が出る人間なんどよね。

 賭けてもいい、三日以内に次のネズミは捕まえる。人生そんなもんだ。

※ 来週の今日は『○○を語る会』の番外編を行います。食いしん坊と、興味のある人は集まれ!

 今日も、あと残り3分だああっ!

2016年11月26日 (土)

余は満足じゃ

 雨が降りだしてしまいましたが、午前中はよい天気でございましたなあ。

 岡山道高梁を過ぎるあたりから、見事な雲海でございました。そうして伯耆富士こと大山は、七合目(?)あたりまで雪があり、青空に生えて、素晴らしい風景でございました。

 紅葉の季節はもう終わっているのだけど、本日の狙いは「キノコ」。もちろんキノコにもシーズンはあるわけで、今シーズンの最も遅い奴に狙いをつけていたのでございますが、ありました、ありました。

 思ったよりも短時間で、思ったよりも豊作でございました。私は時期的にもう遅いのではないかと、小さな袋しか準備していなかったのですが、あっという間に一杯になってしまいまして、二枚目の袋を出さなければなりませんでした(謙虚に小さな袋しか持っていかなかったのですが、枚数だけはたくさん持っておりました。はたしてどこまで謙虚だったのか、自分でもわかりません)。

 で、もうこの時点で「余は満足じゃ」と言っておりましたが、あまりに短時間でよかったので、そのあと、お勉強に時間を使えたのは、想定外の喜びでございました(なかなか毒キノコと食用キノコの見分けは難しいので、勉強しなければなりません)。

 おやつの時間に昼ご飯を食べたのですが、これがまたバイキング! 朝は忙しかったので、ほんの軽い食事しか摂っていなかったので、久しぶりに食べましたなあ。制限時間1時間で、ここでは「余は満腹じゃ」ということになりました。

 それからお土産屋さんを見ながらゆるゆると帰路についたのですが、時間に余裕があると、「おっ、こんなお店がある」、「こんなところに、あんなお店がある」の連続で、いろんな意味で収穫がたくさんございました。

 このころには見事に天気予報が的中し、曇天。自宅に帰りついてほどなく、雨が降り始めました。朝の好天が嘘のような天気の変化でございます。

 私としては、本日の業務にはすでに天候が関係なくなっていたので、収穫したキノコの水洗いと食塩水の浸すという作業をして、お酒を呑んでPCの前というパターンです。

 いい一日でございました。Tさん、ありがとうございました!

 さて、寝るには少し早いので、ほんの少しだけ仕事をやっておきますか。一昨日の頑張りが、なんとなく後押しをしてくれているみたいで、この波に乗らなきゃね!

 12月4日日曜日は『○○を語る会』の番外編を行う予定です。よろぺこ!

2016年11月25日 (金)

ぶんぶん……

 寒っ! 昼にいい陽気だと油断したら、さっそくくしゃみが出た。

 計画通り、タイヤを冬用に換えまして、冬には冬の楽しみがある?(冬眠だったりして…笑)と余裕をかましていたら、寒いんですねえ。毎日熱燗ばかり飲んでりゃいいわけではないので、このあたりで一発真剣に冬の準備をしとかなきゃならない。

 ということで、明日も朝が早い。その準備もしとかなきゃならない。なかなか多忙だ。「小人閑居為不善」というくらいだが、私は閑居しないから、不善を為そうとしても暇がない。さて明日はどこへ顔を出すのやら……

 帰宅したら、爆睡なんだろうなあってんで、爆睡できるだけの準備をしておかなきゃならないし。疲れたら、「つかれたあああ~っ!」ってひっくり返って、ただ何も考えず寝てればよかった時代は幸せだった。今は一から十まで、全部自分でやんなきゃならないから、思いっきり疲れ切るわけにもいかない。気楽な反面、面倒なことが多い。

 よく頑張ってるご褒美に、また日曜日あたりは飲みに出るか?なんて邪な考えが頭をもたげているけど、これまたどの程度疲労が回復するかにかかっている。疲労が蓄積すると能率が悪くなるだけでなくて、発想が湧かなくなる、物事が不正確になる、いろんな弊害が出てくる。

 考えてみれば、冷蔵庫の冷凍室の中は、冬眠中の食料で一杯だったっけ。これを解凍するのが面倒いくらいになったら、もう打つ手はない。食べ物に囲まれて飢え死にするパターンに入っている。すべては疲労回復の度合いである。

 疲労回復には、なんといっても睡眠だ。最近の睡眠不調の原因が、どうやら判明してき始めたので、一区切りついたら本格的に対策を立ててみよう。ただ横になったからといって、いい睡眠が得られる保証はないんだから。

 横になる前にやっておくべきことがあるようなので、先日からうすうす感じていることをやってみたい。もしも的中していたら、私は「夢の爆睡人間」になれるかも。もっともあまり寝すぎるのもどうかと思うけど。

 さあてと、昨夜妙に頑張って、予定以上のところまで進めたので、今日は新たな作業に取り掛かっている。せっかく昼間にしかけたところだけは、さっさと片付けて、明日の準備に取り掛かろう。

 時は金也、沈黙は銀也、雄弁は銅也!

2016年11月24日 (木)

無為自然っっっ……!

 日が暮れるのが早くなりましたなあ。こうなると晩秋感が強くなります。枯れ葉を見てロマチックになりたいところですが、残念なことに最近では、枯れ葉の片付けの方に意識が飛んで、とてもいい感じではありません。

 昔は枯れ葉→焼き芋というストレートな連想ゲームになっていましたが、実は枯れ葉は火力が弱く、なかなか時間がかかります。しかしながら枯れ葉で焼き芋を作って楽しんでいたのは、今よりも少し、世の中の時間がゆっくり流れていた時代であったように思います。

 ちなみに我が家ではまだKさんの焼き芋を食べ終わっておりませんので、今の時点では焼き芋に対する欲求はありません。Kさんの焼き芋の旨さに比べたら、自作しても勝てませんからね(焼くイモの材質にまでこだわって、焼き方にも拘る人に、落ち葉に火を点けて、ただイモを放り込むだけの人が、勝てるわけがありません)。

 よく「無為自然がいい」だなどとうそぶく人がおりますが、もしも「何も人為的なことをしない」ことが無為だと考えるのであれば、少なくとも食べるものに関する限りは、「有為」には勝てません。料理は人の好みに合わせて人為的な行為を加えるから、美味しくなるのです。

 材料でもそうですね。作物の品種改良を行ったのはなぜでしょう。人が好むように変えたかったからです。より収穫量が多く、より美味しく…… そんなご馳走を食べながら、「無為自然」の「無為」を、「人為的なことをしないこと」などと解釈し、ひと様に「いやあ、人間は無為自然に生きなければねえ」なんて、わかったような顔をして説く人間を、私は信じません。

 私が考えている料理での「無為自然」とは、食材の良さを最高の形で表現する、可能な限り洗練された技術をもって、初めて可能になるのではないかと思っています。こんな店は私のような貧乏人では、そんなに足しげくは行けませんけどね。

 食材の良さがもしも自然なら、それをどうして最高の形で表現すればいいか。私なんかのド素人にはさっぱりわかりませんが、その道を究めた職人さんにはわかるんですね。ではどうしてわかるようになったのでしょうか。

 才能も必要でしょうが、やはり修業でしょうね。努力ができない人には、そんな技術は身につけることなど不可能でしょう。では努力は「無為」なんですか? 努力って自分で意識しないとできませんよね。立派に「有為」ではないですか。

 有為の行為をもって「自然」の最高の良さを引き出す技術に、私は感動します。ただただ何も深くは考えないで、「無為自然はいいよなあ」などと口走り、ひと様にまでそれを勧める人は、基本的に信用しませんし、お付き合いもあまりいたしません。

『老子』の第六十章に「治大國、若烹小鮮(大国を治るは、小鮮を烹るがごとし)」とありますが、ちゃんと気を使えと言ってるじゃん! 何も考えず、何も人為的なことをしないでもいいなんて、ちっとも書いてないんですけどね。

 だから「無為自然」と「無為無策」とは、同じ「無為」でも、まったく違うんだよね。私が高校生の頃、歴史の先生も漢文の先生も、誰一人として教えてくれなかったよ! ま、勉強ってのは、教わるもんではなくて、自分でやるもんなんだけどね。

 ということで、12月4日は、ちょっと「無為自然」に挑戦してみましょう。『○○を語る会』の番外編と一発計画いたしております。よろぺこ!  ……ただし、成功するか失敗するかはわかりませんが(ドキドキ)。

2016年11月23日 (水)

ぷるぷる……

 今日は一日、お世話になりました。なかなか自分の思いや技術を伝えることができなくて、隔靴掻痒の感が強かったのですが、またお会いいたしましょう。次はもっとわかりやすくなっているかも知れません。少なくともそうあろうと努めていますので。

 にもかかわらず、参加くださった皆様のお心遣いのおかげで、私的にはそれなりに実りの大きい会でした。ありがとうございました。

 しかしながら昨夜は、予想通り眠れませんでした。刑事コロンボも見たけど、いつものようにすやすやとはいかないで、きっちり最後まで見ることができました。それでも横になっていれば、いくらかは身体が休まるだろうと、横になっておりました。

 すると朝はさほど寒くなかったのに、会場に到着した瞬間、「なんじゃ、この寒さは?」 万一を思って、グランドコートを持参していて助かりました。なかったら凍死ものだよ、まったく。明日は関東には雪の心配があるそうで、私は遅くとも今週中のタイヤの取り換えを決心しましたね。

 ということで、動いている間は、あまり寒さは感じませんでした。なによりも参加者の皆さんの熱心さで、熱いくらいでしたね。で、こうなると、「乗せられたら止まりません」、「やめられないとまらない」のエビせん体質。けっこうやっちゃいました。もちろんSくんのサポートがなきゃ不可能だったんだけど。

 結果、本日は途中でスタミナ切れ。帰りの車の運転は、ちょっとしんどかったねえ。Sくんを送り届けてから我が家への道、意識が飛んでおりました。ヤバいヤバい。久々だよ、運転中に意識が飛ぶのは。

 どうやったら睡眠を取ることが可能なんだろうねえ。(少なくとも、今晩は爆睡できそうだけど)だいいち、今朝、まだ暗いうちから起きだして見ると、私の睡眠を妨害していた原因の一つ、ネズミが「ネズミ獲り」の罠にかかっておりました。

 あまりに憎たらしいことをするので、火あぶりの刑にでもしてやろうかと思っておりましたが、ネズミの通例に漏れず、水死刑にしようか、それとも…… と悩んでおりましたが、結局、「お国払い」の刑にすることにしました。何も殺しまでしなくてもいいのではと、ついつい仏心が起こってしまったのです。

 お国払いですから(人家に近いところにはお国払いはしない)、あとは自分の生命力と運次第では、生き延びることも可能です。明日あたり、放逐してやろうと思います。殺生は後味が悪いからね。

 鼠大魔王Sくんに「あげようか」と言ったら、即座に拒否されたので、これはもうしかたがございません。これ以上、家をかじられてたまるもんですか! 半分腐りかけた人参に、おびき寄せられたネズミが悪い。これも一つの生存競争でございます。

 ということで、12月4日には、『○○を語る会』の番外編を執り行いますからね。ふるってご参加を!

2016年11月22日 (火)

忙しい夕ご飯だった!

 ひええっ!というくらい忙しい夕食でした(ていうか、食べてる間がなかった)。電話とチャットで、もう頭こんがらかって。チャットは海外からだし。で、それで片付いたと思ったら、後片付けしている途中に、また別口の追撃を食らった。(すでにぼろぼろの状態である)

 出前がかち合うっていうのかなあ。しかもそれが4軒も5軒も(食べきれませんね)。よくもまあ、喋っている内容が、ごちゃまぜにならなかったもんだ。

 私は非常に不器用な人間であって、一度に一つのことしかできない(やれって言われればやるけど、こんがらかる。あまりこんがらかって、好きなことを言われると、最後には切れる。この切れ方は、ちょっと爆発的で、結構迫力があるらしい…本人はわからない。自分の顔が見えないのと同じだ…言ってしまえば、クラカタウ島の大噴火のようらしい…私も映像でしか見たことがないのだけれど)。一つずつコツコツやっていくタイプなんだね。

 とはいうものの、明日は朝が早い。最近の私的には、ちょっと例を見ない早さだ。この時間に寝たことはあるが、起きたことはない。しかも長距離運転だから、寝ておかないわけにはいかない。ということで、今晩は超珍しいことに、「早寝」…私的には死語になって久しい言葉だ…しなければならない。

 ところがこの「早寝」というやつが、私は大層苦手だ。だいたい日付が変わるあたりから、(小さな)目がぱっちりと開いてくる。別に興奮作用のあるものを摂取したりはしない。むしろ鎮静作用があるのではないかと思えるものを摂取していても、である。

 だから早寝できないのは、すでに習慣化しているんだろうと思う。それでも今日は、強制的に早寝をする。目覚ましはかけないから、早く寝ないと絶対に起きられない。私の睡眠と相性がいい刑事コロンボシリーズを、三方向から聞きながら寝るって手を思いついたが、これはなんとなく逆効果になりそうだ。

 とにかく今日は、何も考えないで(と思いだすと、何も考えまいと考えてしまうので、決まって寝られない)横たわろう。横になれば、立っているよりは、少しは休めるに違いない。ということで、今日はここらで『哀しみのソレアード』(私が作業のエンディングでよく聞く音楽である)としよう。↓

https://www.youtube.com/watch?v=7FJoTmeQbsM

2016年11月21日 (月)

なんだか遅くなっちゃった……!

 夕方ちょいと遠出をしていて、晩御飯が遅くなってしまった。先日ドライブしたおかげで、相変わらず夕食の品数が多い(昨夜は『○○を語る会』だったので、家で晩御飯を食べなかった。参加してくださったみなさん、ありがとうございました。またよろしくお願いいたしますね)。

 おかげで今日中に本ブログを打ち終わろうと、後片付けもやらないで、PCの前に座りこんだ。ただし、今晩も食後のコーヒーが旨い。もう半分プロ?(少なくとも自分の好みには合うので、私個人に対してはプロ同様だ。人の好みに合わせられるかどうかは自信がない。だからプロではない)

 嫌で嫌で、もうしょうことなくやっていた作業も、とうとう終わりが見えてきまして、予定通りなら明日には終わりそうになった。ここで気が緩むと、ずるずる終わらなくなるので、取りあえずは頑張ろうとは思うけれど、一つのことをやろうとすると、何事でも下ごしらえが大変だ。私の毎日など、ほとんどが下ごしらえに従事していて、面白いことも楽しいことも、ほとんどない。

 こんなことなら稽古や練習、訓練といったことをやっていた方がはるかに楽だと思うことばかりだ。でも下ごしらえが不十分な料理がおいしくないのと同じで、下ごしらえにどれだけ時間と労力を費やせるかが、出来上がりの質にそのまま反映されると考えているので、地味な作業を、暗くなって続けている。

 インスタントがすべて悪いとはいわない。インスタントだって、それを開発した研究者の努力から考えてみれば、決してお粗末なものだとは言い切れないし、インスタントでなければ間に合わないこともあるからね。かの有名な「浅間山荘事件」でのカッ○ヌードルみたいなものだ。あれはヒットどころか、場外ホームランだったんじゃないかと思いますね。(かくいう私も、カップ麺に嵌っていた時期がある。それなりに旨いし、なによりも便利だ)

 でも本格的に味わいたくなると、ホンモノの職人さんが、きっちりと作ってくれたものを食べたくなる。やっぱ様々な条件下で、一つ一つにかけた職人さんの努力が、何にもまして旨い(時々、インスタントをはるかに下回るお味の店で出くわし、腰をぬかしそうになることもあるが…値段だけはそこそこ取るんだよね~、驚いたことに)。

 ま、今晩もたらふく食べたし(それだけでも十分幸せなのかも。しかしながら人はパンのみにて生きるものにあらず…ワインも副食も必要だってか? 足りないものが多すぎますな!)、明日がしんどくなりすぎない程度には、頑張っておきましょう。

 それにはまず、明日のゴミ捨ての準備をしなくちゃならない。なかなか忙しい……

※ 12月4日日曜日は『○○を語る会』番外編といたしまして、カニを食べる会を催したいと予定しております。またよろぺこ、お願いいたします。(私が食べることが好きなもんで、どうしても食べるものに偏ろうといたします……)ちなみにカニはインスタントではありません。その日の朝に水揚げされた、生きた奴を、焼きガニにしてやろうかと、邪な欲望を燃やしております(笑…ただし予定でございますよ!)。

2016年11月20日 (日)

憂さ晴らし

 ちょっと柚子の収穫をしたら、暑い。蒸し暑い! こんな変な天気の時は、いろいろと警戒した方がいい。風邪をひきやすいだけでなく、他のことも気になる。何故か?

 似つかわしくない時には、似つかわしくないことが起こりやすいからだ。まあ順調なら今週末には、立派に冷え込んでくれるんだろうけど(だからさっさと散髪をして、さっぱりした。不思議なことに、かつて私が散髪をすると、寒くなるの法則があったので、この際この法則を変えてしまおうと考えたのだ。おかげで寒くはならなかった)。

 冬は寒いのが当たり前。だから私も今週中には、車のタイヤを冬用に換えるつもり。冬には冬らしい準備をしておけば、妙なことは起こりにくくなる。これを古代の中華の人は順道と申しました。当ったり前のことをしておけば、当ったり前のことしか起こらない。当ったり前のことは、すでに何度も経験していることなので、対策を立てることも容易だし、あらかじめ準備しておけば、大して困ることもない。

 今はどうだか知らないけれど、昔の中華の人の中には、大変に賢い人もいたようだ。そして次に起こる事態を正確に予測し、人々が生きていけるように手を打った人のことを「聖人」と呼んだ。

 では聖人とは予知能力者だったのか? 古典を読んでみると、そんなわけではなさそうである。ただ僅かな予兆から、次に起こることを予測しなければならないと述べているから、様々な経験と知識を持っていなければならなかった。

 様々な経験を積むには、ある程度長生きしなければならない(若くても凄い人もいるが)。それであちゃらの聖人は、みな髭をたくわえた老人なのだ(禿であるかないかは、あまり問題にされない。身体髪膚之を父母に受く、敢えて毀傷せざるは孝のはじめなり、というので、髪の毛を切らなかった…子供の時は、髪の毛を切らないと、健康に悪いとされたらしい。なかなか不可思議な文化である…。で頭の上でくるくるとまとめ、冠を被って簪で留めたんですな。禿げるとこれはできないけど)。

 簡単に言えば、わずかな予兆から将来を予言するというのが、非常に重視されたんですな。だから経験をたくさん積んだ老人は、大切にされた。おかげでいい迷惑を蒙ったのが、万年生きるとされた亀。

 万年も生きればさぞ智慧があるのだろうと、わからないことは亀に尋ねた。ところが亀は人語を解さない。そこで亀の甲羅を焼き、ひび割れの仕方から、人間が勝手に将来はこうこうであるぞ、ゆめゆめ疑うなかれ!と言いたいことを言ったわけですな。

 他にも長生きとされたものは、予言の材料に使われている(鶴は、私が知っているかぎりでは、占いには使われていないと思う。草を燃やすというのもある。この草は長生きで、千年生え続けると言われていて、これを燃やして、燃え具合…煙の立ち具合?…から将来を予言したんだそうな)。

 儒学では孔子を聖人、孟子を亜聖などと呼ぶようだが、残念なことにこの二人は、この手の予言はやっていないようだ。孔子などは『周易』をまとめているが、彼自身は易には頼らないと言っているので、たぶん彼の人生では予言が外れ続けたのではなかったのだろうか。

 ただその分、易に頼らなくていいくらい、危険察知能力が秀でていたのが、孔子さんですな。「ヤバい!」と感じたら、さっさと逃げる。ここに孔子が生き延び、畳の上で死ねた最大の理由があるように、私は思っている。

 大変な勉強家で、知識が豊富だったところから、尊敬はされたようだが、あまりに現実社会と乖離した主張ばかりをするので、遠ざけられた(これを敬遠と申します)のが、孔子の人生だから。

 まあいいや。こんな話が、必要とあらば出てくるのは、今夜の呑み会(私は呑み会だと思っている。もちろん必要でなければ、もっと楽しい話ばかりしていますが。酒は楽しく呑まにゃ。

 実は今日の私は、あまり上機嫌ではない。というのは昨夜(今朝か?)、日付が変わる頃から霧が出た。霧が出るということは、明らかに強烈な放射冷却が起こっている証拠で、こういう日は天気が良くなる。

 ちょうど洗濯をしていたわたしは、「しめしめ…」と思っていたら、朝起きて「なにこれ?」。空一面の雲ではないか。「人をおちょくるなよ!」 それでも洗濯物は干したけど、とても乾燥には程遠い。

 夜中から明け方の霧は、晴天と決まっている。これは亀の甲羅を焼くまでもなく、誰にでもわかっていることだ。なんで裏切る?(ちなみに私は、亀は飼ったことはありますが、スッポン以外の亀は食べたことがないはず…中国では何を喰わされたかわからないけど。なにしろ訪中すると、食べ物に対する禁忌がなくなるから。食べ物に対する禁忌をなくすために行っているようなもの?…だから亀の甲羅に尋ねたりはしない。だいたい野生の生まれたての亀を捕まえてきて、それを飼育したわけだから、私より長生きしているはずがない。つまり私より智慧が優れているとは思えない)

 ということで、これから憂さ晴らしでございます。呑むぞ~っ‼

2016年11月19日 (土)

日中はずうっと車転がしてました!

 ということで、ほぼ一日中、車を転がしていました。これでドライブ欲求の不満は、かなり解消できたのではないかと思います。かつては東奔西走、駆けずり回っていた時代もあるからね。

 計画はだいぶ変更されて、結局は高速に乗りませんでした。一般道をあちこちとふらふら徘徊いたしまして、道の駅に出くわすたびに立ち止まり、あれこれ買い物に勤しみました。帰宅して見てみると、どれもこれも「酒の肴」ばっか!

 片時も酒から頭が離れていないのだなあと、我ながら頭を抱えたくなりましたな。ま、おかげでしばらくは、酒の肴に悩むことはなさそうです。

 途中の道の駅で、ばったりとIさんに出くわしました。こりゃ奇遇と立ち話をしたのですが、Iさんは私の陸上のお師匠様のお弟子さんで、私からいうと弟弟子(中国風に言うと師弟)という関係に相当します。まあ、そんな意識を持ったことなんかないんだけど。

 で、久しぶりだったもんで、あれこれと長話になりましたな。娘さんと一緒だったんだけど、娘さんは完全に退屈しておりました。ごめんね!

 話は体重移動と重心になり、私の悪い?癖で、場所柄も考えずにすぐに実技になってしまうので、ますますのめり込み…… いやあ、またそのうち、ゆっくりとやりましょう。これからの選手ならば、できるようになれば、1.5流から一流への殻が破れます(この殻は、気がつかない人にとっては、厚さ5000mの鋼鉄の扉よりも厳しい扉。わかってしまえば、ティッシュペーパー1枚くらいの殻でしかありません)。

 で帰宅したらもう夕方というよりは夜が近かった。簡単に夕方の儀式を済ませて、酒の肴を作ったら、なんと15品。どこのホテルの夕食? やっちゃうんだよね、ついつい見境なくこういうことを。

 ドライブだけなんで、そんなにへとへとになっているわけでもなく、食材ばかり買い込んでいる。運転で神経が興奮していたので、お酒が欲しい。こんな時はたいてい、あれこれ作りすぎてしまうんですよ。

 だから今は、酒の肴だけで、腹一杯(飲酒の量は、毎日と同じ)。どうしても私は酒の肴で栄養バランスをとってしまう人だからなあ。晩御飯に栄養が偏ってしまわざるをえないんだよね。これが痩せない最大の理由ではあるまいか。

 ま、でもおかげさまで、お酒の酔いは直ぐに醒めるし、仕事にもあまり影響がない。寝るころには完全に醒めているんで、酒的には悪くはないんだけどね。

 ということで、今日は日中遊びすぎてしまったので、夜は少しは進めておきたいことがございます。それと明日は天気がよさそうなうえに、気温も上昇しそうなので、早めに洗濯でもしておくかな。

※ 明日20日は『○○を語る会』でございます。よろしくお願いいたしますね。

2016年11月18日 (金)

明日はのんびり、マイペース!

 昼過ぎまでは実によいお天気だったんですけどね~。午後4時頃から、なんやらぽつりぽつりと…… おかげで明日の予定はおキャンになるかも(なる)。あ~あ、何ちゅう天気なんだろうね。(とはいうものの、今日も私が屋外で活動する時は、不思議に雨が止んでくれた。感謝、感謝、大感謝!)

 この時期は雨に濡れると、容易に風邪ひきに発展するからね。風邪は万病のもとだ。風邪は人間の抵抗力や活力が低下していることを示すと同時に、活力を低下させる。風邪ひいたかな?と思ったら、私だったら熱燗をグイってやって、風呂で気持ちよく温まり、素直に寝る。しかしながら家から遠く離れていたり、温泉の近くにでもいないと、こんな処置はできない。

 温泉地に掘っ立て小屋でも立てて(空調を寝る設備だけは完備して)、セカンドハウスにでもしますか(金がないので、別荘という発想にはたどり着けず、途中で遭難してしまう。だいたい一人でいるのに、家二軒は無駄というより、運営できない。一軒でもキツイんだから)。でもどうせ飽きるんだろうな、すぐに。

 温泉というものが健康にいいのは確かに実感できる。で、先日、温泉と似たことをするために、夜だけで3度入浴した。すると温まりすぎて、かえって寝つきが悪くなった。今のところ夜の入浴は2度がいいみたいである(入浴時間は20~30分、インターバルレストは20~30分で)。これは冬を健康に過ごす上で、けっこうよさそうなので、寒い日にはやってみようと思っている。(ただし、睡眠時間が減るけど)

 明日は雨のようだが、今の予定では雨中ドライブを楽しむ予定だ。まあ5~6時間も車を転がせば、気分転換にはなるだろう(歩き方を忘れるかも)。雨や曇りの日のドライブげいいのは、目があまり疲れないことだね。高速をのんびりと転がすのは悪くない(一般道は信号やら規制やらが多いので、のんびりとは転がせない。ついでに道を間違えたりする)。

 どうせ雨なら運動はできないので、思い切って気分転換だ。ついでにSAなんかでお土産を買う楽しみもあるし。気が向いたら、それこそ温泉に浸かってくるのも悪くないなあ。

 ま、そんなこんなで、明日の予定は変更になるが、それなりの楽しみ方はある(きっと)。マイペースで、ノンビリ行ってくるのも、それなりの楽しみだ。

※ ということで、今月の『○○を語る会』は、明後日20日の日曜日です。よろぺこ!

2016年11月17日 (木)

狭くて高いところで釣りをする夢、何を意味してる?

 今日も昼はよい天気でしたな! おかげで仕事が捗ったような、はかどっていないような…… 条件が悪すぎると、何にもする気になれないけれど、条件が良すぎると、ついよそ見をしてしまいます。

 気分転換ができていいのですが、なんか気分転換ばかりが優先され、気分転換の気分転換に、仕事をしているような錯覚に陥ってしまいますな。ま、大事なことは「前に進んでいるかどうか」なので、細かいことには気を使わないことにいたしましょう。

 細かいことを気にしていて前進スピードが鈍ったら、アホみたいですからね。ただ、最近は以前よりは少し、バランスを考えるようになりましたな(年の功か?)。やり過ぎると、あとあといろんな弊害が出ることもございます。

 まだ現役の頃、とにもかくにも稽古量(今で言えば、稽古ではなくて、ただの訓練や鍛錬でしかなかったのですが)を稼がなきゃという思いから、たまに時間が取れると、それこそアホみたいにやってた時がありました。

 結果、疲労が予想以上に溜まってしまって、コンデイション調整に、見事に失敗してしまったことがございました。その時の教訓は、「むしろいつものペースを崩さない方が成果が出る」でしたけどね。

 最近の私は、食事も何もかもすべてが、「腹八分目、医者いらず。腹十二分目、猫いらず」の原則通り、あまり無茶はやらなく(やれなく?)なりましたが、それでも時々「エビせん体質」に戻ってしまうので、しっかりと手綱を握っていなければなりません。

 誰が手綱を握るのかというと、まあ一人でやっていくしかないので、心の中の「もう一人の自分」でございます。ただ時々こいつそっくりの「横着心」という自分が出てくるので、こいつには注意しておかなければなりません。

 でもこいつを捕まえて、荒縄で縛って転がしていると、またやりすぎちゃうんだよなあ。卯横着とエビせん体質の両方を、上手にバランスをとる、もう一人の自分が必要だったりするわけで、こうなるともう多重人格?

 幸いなことに、子供の頃からいろんなことに興味を覚えてしまう人間なので、趣味も多く、あれこれやりたいことを、やりたくなった時にやるようにしていたら、今度は睡眠時間が足りない。気分転換をやり過ぎると、今度は寝る間がなくなっちゃうんですな。それなりに楽しい時間を過ごせますけど。

 おかげでとうとう嫌な夢を見てしまいました。高さ100mの切り立った狭い岩の柱の上で、釣りをしているんですな。夢の中で、高さを測ったわけでもないのに、海抜100mとだけはわかるんですな、まことに不思議です。なんと傍にはSくんとTさん(たぶん、今夜会う。なんで私の夢にまで出てきて、あんなところにいたのか、尋問してやろう)が、平気な顔をしてるんですよ。

 本ブログに長らくお付き合いいただいている方は、先刻ご存じかと思いますが、私は高いところがあまり好きではありません。子供の頃はサルのように、どこにでも登っていたのが嘘のようです。

 それでちゃんと魚が釣れちゃったんですよ! でリールを巻き、魚を取りこもうとしたのですが、その瞬間に下を見てしまったんですな。!!!!!!!!……絶句っっっ!

 あ~怖かった。高いところから落ちる夢より怖かったですよ!

 目が覚めると、朝でした。そして今晩も同じような夢を見たいのか、同じような日を始めてしまいました。マイペースとはいうものの、高いところは嫌だな(飛行機の中は、そんなに嫌いではないのだが……)。

 私の心は、なんだってこんな怖い夢を見せたんだろう?

※ 今月の『○○を語る会』は、20日の日曜日です。よろぺこ!

2016年11月16日 (水)

蚊よ、道に順え!

 昼は暖かかった。特に昼頃から、とてもいい日になった。窓際で日向ぼっこ猫になろうかと思ったくらいだ。(朝寒かったんだけどね、私的には)

 夜になるとやっぱり寒いので、とうとうハーフコートを出してしまった(ロングコートはすでにだいぶ前から出している。練習終わった後は、暖かくしてないと風邪ひくからね)。にもかかわらず、まだ吾輩の部屋では蚊が出没する。

 昨夜などは叩き潰さずに、生きたまま捕まえたので、例によって嘴を半分くらいの長さに短くしてあげる刑(よく他の人に笑われますが。暇人とかで。私の蚊に対する怒りの大きさを表す刑罰です)にして解放してあげました。

 古代中国の刑罰風に言えば、膝蓋骨を削る刑は刖刑(yuexingと発音します。ちなみに日本ではこんな漢字は見かけませんよね。刑罰として存在していないから、名前も必要ないんだね)、鼻を削ぐのは劓刑(yixingと発音します。これも日本には存在しない刑なので、こんな字は見かけませんよね)、顔に入れ墨を入れるのは黥刑(qingxingと発音します)といいます。

 言ってしまえば、外形上一番近いのは劓刑かもしれませんが、この寒さになっても人の血を狙う根性が許せません。いつも本ブログで言っているように、蚊だけは自然界になぜ存在しているのか、存在意義がわかりません。他の生物に迷惑をかけるだけじゃないか(ボウフラはカダヤシの餌になっているようですが、カダヤシはミジンコでもなんでも食べます。別にボウフラでないと食べないというわけではありません。だから蚊なんかいなくても構わないのです)、しかも他者の血液を吸血した時に、自分の体内に飼っている病原菌を感染させるという、とても許しがたい悪行を行います。許せるはずがございません。

 一昔前なら今頃の季節には、蚊が飛んだりはしませんでした。確かに天井にとまっていたりはしましたが、ほとんど動かなかったし、吸血行為を行うことなどありませんでした。ところが昨今の蚊は、仁義を忘れてしまったのか(蚊が仁義を理解するはずもありませんが)、冬でも吸血行為をいたしますからな。

 だいたい義理を果たさない奴は、昔から「指切りげんまん、うそついたら針千本飲ます」ということになっておりました。義理を欠くと指を切るのは、有名な集団での慣習ですが、さすがに針を千本飲ますのは、私は聞いたことがございません。

 蚊は夏には「しょうがねえなあ」と思いながらも、日本の夏の風物詩的なところもありますから(迷惑な風物詩だ!)、多少は我慢してますが、こんなに寒くなってしまえば、風物詩もクソもあったもんではありません。

『老子』をはじめ多くの古書に、「道に順えば栄え、道に反すれば亡びる」とありますが、夏の蚊が満ちに従っているとしても、冬の蚊は道に背いております。こういうのには遠慮なく、道に順え!と制裁を加えるべきだと思いますな。

 人間社会では道に背けば、多くの人から排斥され、最後にはいいことにならないようですが、昆虫に対してもそれは同じではないでしょうか。(昆虫にこんな理屈が通用するはずはないのですが。だいたい口が左右に開くやつと、口が上下に開閉する者とでは、意思の疎通は不可能だというのが、私のざっくりした考え方)

 ディスカスやベタの研究で有名な、ドイツの、故ドクター・シュミット・フォッケは、第二次世界大戦のとき、従軍医師として活動していて、塹壕の中で、水溜りで蠢くボウフラを見て、「これをディスカスにやったらどうだろう」と考えたと言われていますが、少なくとも私のところでは、ディスカスはハイブリッドであろうがワイルドであろうが、ボウフラは食べません。

 アマゾンでは水生昆虫を食べているはずだと思ったのですが、私のところではボウフラには見向きもしませんでした(その代わり、エビはよく食べた。しかたなくディスカス水槽の掃除役はコリドラスかパピリオクロミス・ラミレッジ…我々の仲間内では「ラムちゃん」と呼ばれていた。大変に美しい魚…を使っていた。不思議なことに、コリちゃんもラムちゃんも、ディスカス水槽で殖えるという偉業を達成した!よほど環境がよかったんだね)。

 だから、蚊はこの自然界では不要なのです。みなさん、見つけ次第、駆除いたしましょう。

※ ということで、今月の『○○を語る会』は、20日の日曜日です。よろぺこ!

2016年11月15日 (火)

四年目のびっくりうな重

 あれこれと忙しかった。忙しついでに仕事をやってたら、気がついたら真っ暗になっていた。面倒臭かったので、ふと思いついて「びっくりうな重」を作った。めちゃくちゃ美味しかった。自分で作ったので、ちっともびっくりしなかってけどね。

 四年前の今日は、私は死ぬまで(死んでからも意識があるなら、死んでも)忘れることはないだろう。あの時ほど、自分の無力さを思い知ったことはなかった。同時に、人の暖かさを感じたこともなかった。(もちろん、その裏返しとしての、人の醜さも、嫌というほど見たが)

 あの時私が恩を感じた人たちは、おそらく死ぬまで忘れることはないだろう。死んでももしも意識があるのなら、永遠に忘れることがないだろう。ありがとうございました。そしてこれからもよろしくお願いいたします。

 今の私は、あの時から考えたように生きています。しょせん人は一人なんだけど、つまらない私のことだって、親身になって考えてくれた人はいました。そして人は一人ぼっちになると、とてつもなく不安になったりするものだけど、人とつながっていれば、何とか生きてられるもんだと。(死ぬときはたとえ孤独死だとしても。嫌だけどね。言い残したいことや、伝えておきたいことがいっぱいあるもん。『○○を語る会』なんて、伝えておきたいことがあるから始めたようなものだし)

 人はいつ消えていかなければならないかわかりません。それは歳が若いから、高齢だからとは必ずしも関係しません。だからこそ、伝えられる時に、伝えていかなければならないのではないかと思います。エヴァリスト・ガロアのような天才(負けるとわかった決闘に臨んで死んでいった天才数学者。彼が20歳で死なず、せめてその倍生きていたら、現代の数学はどのようなものになっていただろうか)でなくてもね。

 で、夕食が終わって、PCの前に座る前に淹れたカフェオレが、今日はまた切ないほど旨いの。上出来です。100点満点の108点くらいはあげてもいい。まあ今日は変な日で、最近見ない生き物にもいくつか出くわしたから、特別な日だったのかも知れませんね。(久々に、クロコウガイビルも見たし。メスを見たので、絶対にオスもくっついていたはず。この気色悪い変形動物は、ナメクジなどを捕食するときは、けっこう獰猛。ついでゴスンムカデを見てしまい、こちらは反射的に駆除いたしました。誰か噛まれると大変だからね。個人的に恨みはなくても、誰かが被害に遭うかもしれない危険性を減らしておく意味で。これって公を尊重する?精神の現れかも)

 不思議なことに、あまりネズミが騒いだり、穴を開けたりするので、とうとう怒ってネズミ捕りの罠をしかけてしまいました。そうしたらとたんに、ぴたっとネズミが騒がなくなっちゃったんだよね。不思議だねえ。危険を察知するのだろうか。

 さっちするのならするで、罠にだけかからないようにすればいいんだろうけど、ネズミが何を考えているかまでは、ドリトル先生ではないので尋ねるわけにはいきません。ここ何週間か、久々に狩猟本能が刺激されることが多く、なんとなく狩に行きたくなっているんだよね(あ、そうそう、今日は解禁日でなかったかい、狩猟の?)。

 ま、中島みゆきさんの『キツネ狩りのうた』のように、狐を狩ったつもりで、仲間を狩っていたら大変なので、十二分に気を付けなければなりませんが。そうでなくても狩猟といえば、一番に思いだすのは、宮沢賢治さんの『注文の多い料理店』ですからねえ。こちらが食われちゃったら、しょうがない。

※ ということで、今月の『○○を語る会』は、20日の日曜日です。よろぺこ!

 

2016年11月14日 (月)

疲労回復

 予報通り、地味だけど、じっくり降りやがりましたね、雨が。私も予定通り、あれこれと用事をしたので(高速道路では、遠吠えもしました。お蔭で喉が枯れたけど。ヤワな喉に落ちぶれてしまいましたな)、帰宅が遅くなってしまいました。今、大急ぎで今日中に打ってしまおうと、焦っております。

 高速では今日はパトカーが多かったねえ。岡山道みたく、覆面じゃなかったけど。(岡山道では、私は普通のパトカーよりも、覆面しか見たことがない!) こちとら「夜道に日は暮れない」とのんびり構えているので、どっちみち大した影響はないんだけどね。

 夜道は目の疲れ方が少ないので、かなり助かる。冷蔵庫の中には、ブルーベリーの買いだめしたのがあるけれど、年中手に入るわけではないので、目を疲れさせないようにして、消費量を抑えなければならない。(ブルーベリーは眼精疲労には、かなり効果的です。これは私の実体験)

 この夏には、問答無用の眼精疲労に襲われ、ちょっと参っちゃっていたからね。基本私はドライブが好きなのに、目が痛くて運転するのが怖いくらいだったから。この時はさすがのブルーベリーも、効果が表れている時間が短かったよ。

 ということで、無事に帰宅して、晩御飯を腹いっぱい食べて、これを打ったらゴミ捨て準備をしながらコーヒーを淹れる(コーヒーは食事とセットである、というのが私の考え方。ついでに中国茶は今では、仕事の友と化しておりますな)。

 その後はお風呂のインターバル。気がついていなかったんだけど、ちょっと身体が疲労していたので、お風呂(いつもよりややぬるめ)を数回、出たり入ったり(20分入って10分休憩というパターンが、今日の私の予定。寝る時間はなくなる?)をセットにする。

 出ている10分間はストレッチの時間(一般的なストレッチもやるけど、我がクラブ独特のも当然やる)。時間的制約もあるから、3セットくらいかな。これで明日から体調がよくなれば安いものだ。

 こんなやりかたを知らなければ、お金ばかりかかって、効果が得られなかったりするんだろうけど、幸いなことに私には長年の経験があるので、このあたりはいろんな方法を知っている。その日の気分とか、必要に応じて、どんな回復法を使うかが決まる。

 変わらないのは飲酒(この時期だとすでに熱燗)くらいのものですな。そうそう、先日風邪気味だったのなんか、翌朝にはどこかへ消えておりました。だいたい風邪気味かどうかなんか、心拍数でわかるし。

 予定では明後日くらいから、普通のパターンの生活が十二分に送れるところまで回復するはずです。にしても、今日、実はかなり疲れているのに気付いたのは大きかったです。気づけば、手の打ちようなんていくらでもあるから。怖いのは気づかなかった時で。

 あ、そうそう。お風呂のインターバルの水分補給は、今日は鉄観音にしておきましょう。なんとなくそういう気分でございます。(今飲んでいるのは桂花烏龍茶ですが)

※ 今月の『○○を語る会』は、20日の日曜日です。よろぺこ!

2016年11月13日 (日)

すっぱむーん

 明日はスーパームーンなんだそうである。あいにく天気の方があやしいので、見えるかどうかわからないけど(見えたところで、「おっ、今日の満月はでかいっ!」ってはっきりわかる人が、何人いるのだろうか。

 月が大きく見えたとしても、しょせんは伸ばした腕の先にある、五円玉の穴の大きさ。これの大小に気が付くようなすごい観察力の持ち主にしかわからない。人から「今日の満月は大きいんだぞ」なんて言われれば、自然大きく見えてしまうのが人間の目でございますからな。

 まあ、スーパームーンに限らず、満月の夜は狼男が変身する?といわれているので、何かと気を付けた方がいい。月齢とある種の人間の行動は、わりと相関関係があるから。言ってみればスターウォーズのフォースのようなものかな。

 心の弱い人は操られるってやつ。強烈な目的意識とか、使命感に燃えている人間には、影響はほとんどないんだけど。(ジャバザハットに、強烈な目的意識があったかどうかは、謎である。ただ単にフォースはナメクジには通用しなかっただけなのかも)

 ま、君子危うきに近寄らずでございます。私は夕方から夜にかけて、ちょっと動かなければならない用事がありますが(なにしろコウモリの親戚なもんで。いっとくけど「蝙蝠外交」はやらないけどね!私が最も嫌う行動だ)、帰宅後は鍵をかけて、中で震えていようっと(たぶん長風呂につかってのぼせてしまうんでしょうけど…意味不明な人には意味不明)。

 ま、スーパームーンたって、たったの45億5000万年ほど前には、毎日がスーパームーンだったわけで(現在唱えられているビッグインパクト説では、原始地球に火星サイズの原始惑星が衝突して、飛び散ったのが集まって月ができたってんでしょ。で、できたばかりの頃の月は、今よりもはるかに地球に近かったというんだから、毎日がスーパームーンだったわけだ。月齢に関係なく)、人類が誕生したあとでも、歴史記録が残されるようになってからでも、スーパームーンって無数にあった。

 ではスーパームーンの時に、いつでも大事件が起こったかというと、起こったこともあるし、起こらなかったこともある。スーパームーンではない時は、いつも平和だったのかというと、やはり平和だった時もあるし、平和でなかったこともある。確率の問題で、多少の相関関係はあったかも知れないけれど。

 じゃあ明智光秀が本能寺の変を起こしたのはスーパームーンだったんですか?ちゃいますね。光秀さんのように有能な武将は、満月の日に夜襲をかけたりはいたしません。旧暦の6月2日ですから、月齢は2? ほとんど新月ですよ。だって信長さんに気づかれにくくしようと思ったら、暗い方が有利ですもん。

 もちろん光秀さんには「強烈な目的意識」があったと思うから、単純にお月さんの影響なんかで動かされたとは思いませんね。そこはそれ、優秀な戦国武将としての常識の方が勝っちゃうわけで。

 ということで、明日の月が出るころの時間帯は、私は神明よろしく、高速をぶっ飛ばしていると思います…チューンアップしたブルSSSでないのが残念!。さらに残念なことに天気が悪そうなので、遠吠えはしていないと思いますが。「ウォ~ンンン~~~~~」

「雨降りは 狼男も 濡れ鼠 ねずみ男に 殴られる」…ねずみ男って、弱いくせに乱暴だからなあ。    ぺんぺん

※ 今月の『○○を語る会』は、20日の日曜日です。よろぺこ!

2016年11月12日 (土)

この秋二度目の、小春日和!

 実に快い天気でございましたな。昨夜、いつもよりは1時間半ほど早く寝たのと、今朝の天気で、起きてすぐに布団まで干してしまいましたよ。これで今晩の快眠が約束されたようなものです。

 私は睡眠時間は短いけれど、睡眠をとっても愛しているので(時間が短いから、よけいに睡眠が好き!)、今日は大収穫だったなあ。干している布団の影で、ちゃっかりと一人茶会をやっておりまして、ついでに資料の整理をしておりました。

 だからこういう日は、あれもこれも片付いていくんだね。(おかげで、そこそこ忙しい)で、飽きてくると気分転換に稽古やら練習やら。まったく夢のような一日でございました。うとうとしている間なんかなかったなあ。(いつもなら昼過ぎにスタミナが切れて、寝たくなるんだけどね。そして夕方になると、五時から男に変身して、大復活をするわけだけど、今日は復活はなし。復活するってことは、一度滅亡しているわけだから。今日は滅亡していないので、復活する必要がなかった)

 それでも夕方は身体を動かすのが日課なもんだから(一般的に人は、午後4時くらいから午後7時くらいまでが、肉体が最も活性化するのだそうだ。だからこの時間帯は、むしろ積極的に運動した方がいい)、ついついやっているうちに真っ暗になってしまった。秋の陽は岩石落としではなくて、つるべ落としでございます。

 おかげで今日の夕方やるはずだった柚子の加工は、明日に延期になりましたな(とはいっても、12月以降、少なくとも2~3回は同じような作業をしなくてはならないような気がしている)。なにしろ11月はあれこれと、地味ながら様々な催しがあって忙しい上に、物入りだ(12月が忙しい上に物入りなのは、すでに覚悟済みなのだが、11月とか2月とか4月とかは、地味だけど、強烈なボディーブローを食らったように効いてくる)。

 あと、意外に動き回る(これは私の習性かも?)。だからそろそろ車のタイヤを冬用に換えておかないといけないね。いつ思い立ったように、北に出かけるかわからないし、出かけた先で突然、雪が降らないとも限らないし(経験済み)。

 だいたい雪が降る所には、美味しいものがあると相場がきまっているので、美味しいものに惹かれて、のこのこでかけるんだよなあ。で、突然雪が降り始めて、取りあえずほしいものだけを大急ぎで手に入れて、積もる前にとにかく降雪圏を脱出しようと、ぶっ飛ばしたこともありましたっけ。

 無事に脱出できればただの笑い話で済むけれど、事故ったら笑えないし。不入虎穴焉得虎子(『後漢書・班超伝』)とは言いますが、命がけで美味しいものを探しに行くのも、ちょっと割が合いそうにないし。つまるところ人間、ご飯だけ食べてても生きていけるわけですから(人はパンのみにて生きるものにあらず。副食も必要だ…笑…とはいうものの、ご飯はパンよりずいぶんと栄養価が高いですからねえ)。

 そうそう、もう少ししたら田沢湖がきれいになりますね、。紅葉が終わり、スキーシーズンに移行するほんのわずかな間、田沢湖が大変に幻想的な光景を見せることがあります。また行ってみたいもんだなあ(ちなみにその時期は、ホテルはガラガラです。私が行った時は、なんと宿泊客は、私一人でした。サービスがとってもよくって、もう感激ものでした! 特にキノコは旨かったですねえ。岡山のと同じ種類でも、味も風味も全然違いましたもん。実は私は、これからが一番、あの土地を味わえるいい時期ではないかと思っていますんですけどね)。ま、東北は観光旅行ではあまりハズレがないところだと、私は思っていますけどね(あくまで私個人の感想)。

 一番いいのは、観光シーズンからほんの少しだけ外して、仕事をサボって(サボっちゃあいけませんが)行くと、予想外のいい景色が見えたり、美味しいものと出会えたりしますからね。

 身軽な人にはねらい目かも。

※ ということで、今月の『○○を語る会』は、20日の日曜日です。よろしくお願いいたしますね。

2016年11月11日 (金)

バカは風邪をひいても気がつかない?

 朝から、まあまあの天気でしたな。風はあったけど。なんだか非常にだるかったので、窓をすぐに閉めていたら、眠くなるような陽気でございました。

 昨夜は練習から帰って淹れたカフェオレが、久々の絶品になりまして、「おおっ!」。で今日も入れたら、昨夜のを100点とすれば、せいぜい55点。不合格でございます(今飲んでいるんだけど)。体調のせいかなあ?

 気合入れて淹れたんだけどね。なんとなく、ふっ、と淹れた時にいい具合に入る。お茶も似たところがあるけどね。品質を安定させるってのは、難しいなあ。プロにはなかなかなれないよ。(75点程度で安定させることは、難しくはないと思うけど)

 だるかったので、今日は太陽の光は入るけれど、風は入らないようにした。するとうとうととする。室温は何度かと思うと、23℃くらい。私がうとうとするのは、これぐらいの温度が適しているみたいだ。

 でうとうとから正気に戻ったら、少しだけ体調が戻っていた。すると猛然と「釣り」に行きたくなっていた。釣ったばかりの魚を料理して、熱々をいただく。もう脳みそはその妄想で一杯になってしまったのだが、この体調では風にあたるのはよくない(風邪:ふうじゃ…と言いますね)。で、せっかくの金曜日のなのだが、自重した。土日を寝て過ごすのは嫌だからね。

 昔から「バカは風邪をひかない」とかいう。今日私が思ったのは、「バカは風邪をひいてもわからない」んじゃないかということ。すると風邪をひいていないと思っているのは、自分だけで、本当は風邪をひいているんじゃなかろうか。

 大学時代、同級生の間で、「バカの子強い子元気な子!」という言葉が流行ったことがあるが、そのパターンなのかなあ。もしそうだとすると、結構情けない状態である。当時は少しぐらい身体がだるくても、「ん? まあ動いているうちに直る」程度の認識しかなかったからなあ。

 あの頃は、プラナリア並みの回復力だったからなあ。二つに切ったら二匹になる。十に切ったら八つになった(頭の端と尻尾の端は動かないから、確認できなかっただけなのかも。もしそうなら、両方が頭、両方が尻尾の奴ができていて、合計十匹になっていたかも)。くらいの回復力だったら、地球の人口が増えてしかたがなかったろうね。

 ま、高等生物にはできない芸当ですわ。高等生物はふつう、切られたら死にます。それにこの季節だからなあ。たとえプラナリアであったとしても、そうそう早速に再生できるのかどうか(私が実験したのは6月の中旬から下旬にかけて。だいぶ昔のことになりますが)。

 帰宅後、今年初の、我が家の柚子を収穫した。何を作ろうかと思案中だ。昨年、あまりにも大量に収穫したので、今年は疲れてるのかなあと思っていたが、なかなか。ほんの一枝で、買い物袋一杯になってしまった。保存食も含めて、あれこれと挑戦してみよう。昨年のは美味しかったけど、作った量が多かったり少なかったり、あっという間になくなってしまったものや、消化しきれず、先日とうとう廃棄処分したものがあったからね。

 作るのもなかなか面倒しいのだけど、この土日でどれくらいできますでしょうか。で、出来栄えを見て、何を大量生産するかを決めよう。

 ということで体調を鑑み、本日は残りを少しやっつけて、さっさと寝てしまいますね。寝るは法楽金いらず(少しはいるみたいだけど)。

※ 今月の『○○を語る会』は、20日の日曜日でございます。よろしくお願いいたします。

2016年11月10日 (木)

待ちぼうけ

 晴れないと寒いですね、やはり。季節は冬に向かってまっしぐらなので、しょうがないっちゃあしょうがないんだけど。夏にはあれほど恨めしかった(特に今年の夏は!)お天道様が、今になると恋しい(?)。ま、ほどほどの暖かさが恋しいだけですけどね。

 さてアメリカの大統領選挙も終わり、大方の予想に反してトランプさんが当選すると、何か堰を切ったように、ヒラリー・クリントンさんの病気の話などが、目立つようになってきたように感じます。もともと健康問題が囁かれていた人だから、マジで具合」が悪かったのかもしれないけど。

 古代エジプトの昔から、王様は元気なところを国民に見せなければならなかったわけで(なんとエジプトの王様は、みんなの前で走って見せたのだそうです。王様も大変だったわけですね。走りたくない人だっていただろうに)、国のリーダーにとって健康問題は、重要な要素なのではないですかね。

 病を押して、無理に無理を重ねて仕事をしても、いい仕事なんかできっこないからね。(だから私は、健康に気を付け、病気にならないのが一番。どうしてもなってしまったら、治すのが仕事と、普段から言い切っているくらいだ)

 自身の健康管理すらできない者が、正しく集団なり国なると導いていくことはできないと、厳しいことまで言う気はございませんが(本当はそうなんだろうけど。現実問題として不可抗力ってのもあるから)、ま、リーダーには思いっきり頑張っていただけるほど健康であっていただきたいものです。

 さてと、三日連続の『韓非子』でごめんね。今日は北原白秋作の『待ちぼうけ』って歌に関連してでございます。

「待ちぼうけ 待ちぼうけ ある日せっせこ野良稼ぎ そこへ兎が跳んで出て コロリ転げた木の根っこ」という、日本人ならたいていの人が一番くらいは知っている有名な歌でございますね。実際には五番まであって、結局兎を待つばかりで、鋤を取って耕さなくなったので、農地は荒れ放題になったとオチをつけております。

 これは中国では、『守株待兎』という四文字熟語で有名なお話ですが、さほど長くもないので、原文で紹介いたしましょう。

 宋人有耕田者、田中有株、兎走触株、折頸而死。因釈其耒而守株、冀復得兎。兎不可復得、而身為宋国笑。今欲以先王之政、治当世之民、皆守株之類也。(『韓非子・五蠹篇第四十九』)

 一度うまくいったからといって、それを何度も期待して努力を忘れると、物事はうまくいかなくて世の笑いものになってしまいますよ。だから昔の聖王の政治がうまくいっていたからといって、同じことを現代でやっても通用しませんよ。それは田んぼを耕さずに、兎が株にぶつかって死ぬのをまっているようなものですよ、と韓非は言っているんですね。

 ここで韓非が批判しているのは、周公旦に憧れ、その時代に戻りたいと主張した孔子をはじめとする儒家と、い~や、それでも足りん、三皇五帝の時代まで帰らにゃならんと主張した墨家なんですね。当時はこの二つが社会の支配的二大学派だったので。

 まあ、平たく言えば、年寄り(孔子や墨子)が「昔はよかった。昔に帰りたい」というのを、若者(韓非)が「そんなら昔のやり方で、今の世に通用すると思っているのか」と言っている状況です。今の社会でも見られますね?

 歴史はまあ、だいたいは繰り返しているように見えますが、その実、微妙に変化し続けています。だからその変化に対抗するには、以前うまくいったことを後生大事にやろうとしても、通用しないよってことですね。

 これは実はアスリートでも同じなんですよ。調子が悪くなると、すぐに昔の良かった頃に戻ろうとします。でも人間の心身なんて、毎日変化し続けているんでね。だから昔に戻れることは、絶対にありません。変化していく中で、いつも最善の自分を目指すしかないのですが、特に昔、高く評価されていたような人は、「あの日に帰りたい」って、ユーミンの昔の名歌のような心境になる傾向が強いようです。

 だからオマル・ハイヤームは『ルバイヤート』で、「気を付けて この旅籠屋に忘れ物をするな。出ていったが最後、二度と再び戻れはしない」と詠んでいるんですけどね。……大切なのは今。今の積み重ねが過去になり、将来への扉を開く道になるんでございますな。

 ということで、現代の世界は、変動の時を迎えようとしているのかも知れません。経験は圧倒的に有利な情報ですが、経験に拘りすぎると、いいことにならないと、韓非は教えております。経験を踏まえて、今をどう生きるかが将来への扉を開くカギですね!

※ 今月の『○○を語る会』は、20日の日曜日です。よろしくお願いいたします。

2016年11月 9日 (水)

トランプ!(花札ではない…?)

 寒うございますな。昼間は室内にいると、暑いほどだったけど(風があったので、室内で大人しくしていました。でも風はもう木枯らし?)。

 なんと大方の予想を裏切って、トランプ氏がアメリカ大統領に選出された。何のキャリアもないわけでしょ? 言ってみれば「大冒険」だ。まあアメリカ国民がこんな大冒険をしたがるほど、今までの政治に魅力がなかったってことなのかも知れないけれどね。

 ただ大冒険には危険が伴う。そこんところを考えなかったとしたら、投票した人たちの成熟度が問われるところだ。誰を選ぼうが民主主義。選んだ人間にも責任はある。まあ、偉そうなことを言えた義理ではないけどね、わが国も。数年前には、とんでもない政府があったわけだから。

 先が見えないということになれば、わが国はどの国とも仲良くしていくのはもちろんだが、わが国自身がぶれてはいけない。最悪、他国の援助や協力が得られないという事態の準備だけはしておかなければならない。ま、これは国として正常なことであって、わが国の現政権を信頼しているから、あまり心配はしてないんだけどね。

 とまあ、トランプが勝とうが花札が勝とうが、直接的には知ったことではない。学生時代はよくやったし、よく勝ったので、トランプにも花札にも感謝しているんだけどね(負けた人間が、勝った人間に寿司を奢るという、とても可愛いゲームでした。寿司屋の大将は、「何も上げるものがないから」と、精一杯ワサビを入れてくれました。昨今騒ぎになっているようなワサビテロどころの話じゃなかったよ。でも旨かったけどねえ)。

 昨夜の本ブログで取り上げようと思ったんだけど、長くなりすぎるので、控えておいた『韓非子・十過』の九番目のお話(昨夜のは十番目のお話)を、今夜は取り上げてみようと思う。小タイトルは『内不量力』でございますな。

 昔、秦が韓の宜陽を攻めたことがございました。秦は強大で、韓は弱小です。あっという間に韓は不利になりました。そこで慌てた韓の宣恵王に、公仲朋が申しました。「同盟国などはあてになりませぬ。張儀を通して秦と和睦するしかないのではございませぬか? そこそこの名のある城を一つ秦に譲り、秦に働きかけて、ともに楚と戦おうと申し込むのでございます。こうすれば秦からの我が国への害は避けられますし、禍を楚に転嫁することができましょう」

 なんともはや、楚にとっては迷惑な進言ですが、韓の宣恵王は、渡りに船とばかりに「そりゃ、名案じゃ」と、公仲朋に秦への使者として出発の準備をさせます。ところが時代は戦国、どの国にもうようよと間者が紛れ込んでおります。この知らせはあっという間に楚に伝えられました。

 楚の懐王はこれを聞いて、大変に憂慮いたしました。そこで陳轸という部下を召し出し「だないしたらよかろう?」と尋ねたのです。すると陳轸は答えました。「秦は韓の一城を得て、精兵をもって韓と一緒になって、我が楚を攻めようというのでございますな。秦が楚に攻め入ろうとするのは、長年の望みでございますれば、楚の被害も小そうはございませぬでしょうな。ならば大王、大急ぎで韓に信頼できる者を使者として立てられ、多くの車に贈り物を積んで送るのでございます。そして使者にはこう言わせるのです。『我が国は小国とは言えど、すでに将兵は動員されております。貴国はおのれの意志を秦にお伝えになり、その上で和を求められてはいかがでございましょう。また貴国の使者を我が楚に派遣してくださって、我が将兵をご覧になってはいかがでございましょうか』と」

 韓からの使者が楚領に入ると、なるほど楚の懐王は、すでに将兵を韓に向けて整列させており、韓の使者に対して言ったのです。「韓王にご報告くだされ。すでに楚軍は立ち、韓領内に入ろうとしております、と」

 使者は急ぎ韓に戻り、韓の宣恵王に報告しました。「すでに楚軍は立ち、我が軍とともに秦に向かおうとしておりました」 これを聞いて韓王は喜びました。そして公仲朋の、秦行きと秦との和睦を取り消したのです。

 もちろん公仲朋は反論しました。「そんなバカな! 大王、考えてもくだされ。現実に力を以て我らの脅威をなっておるのは秦でございますぞ。楚が口にしておるのは、絵に書いた援軍の話でございます。どうなるかもわからぬ口約束を信じて、現実に強大な秦による目の前にある禍を軽視するのは、わが国に禍のもとじゃとおわかりになりませぬか!」

 ところが韓の宣恵王は聞き入れませんでした。公仲朋は大層怒り、帰宅して十日の間、参内しませんでした。その間にも宜陽城はますます窮地に陥り、韓から楚への援軍要請は何度となく行われましたが、両国の使者がすれ違うことがあっても、楚は援軍を派遣しませんでした。

 こうして宜陽城は落ち、韓の宣恵王は天下の笑いものとされましたとさ。ちゃんちゃん!

 自国の力量を知らずして、他国の力量をアテにすれば、待っているのはこういった事態だけでございますなあ(笑)。他国ばかりアテにしている国もあるみたいだけど。(爆笑)

 ということで、わが国にも頑張っていただきたいものでございます。

※ 今月の『○○を語る会』は、20日の日曜日でございます。19日の第三土曜日から一日、後ろにずれてしまいました。悪しからずご了承ください。

 

2016年11月 8日 (火)

国小無礼

 天気予報は見事に当たり、雨である。明日は上がりそうなので、まあ許しておこう。たまには雨も降らないとね。

 今回は昔々、今は中国と呼ばれている土地に、晋という大国があったころのお話です。

 晋の公私重耳は、国内の内乱を恐れて亡命、各地を転々としておりました。その途中で、曹国を通りかかった時です。この時、あろうことか曹の君主共公は、重耳をはだけさせて、重耳を辱めました。

 曹国は晋に比べれば、吹けば飛ぶような小国です。その小国が、亡命中で弱り目とはいいながら、大国の公子である重耳を辱めたのです。この時、釐負羁と叔瞻は、曹の共公に仕えておりました。

 叔瞻は曹君に、「私が見るところ、晋の公子重耳は、只者とは思えませぬ。ところがわが君は彼に大変な無礼を働きました。万一彼が時を得て晋に帰国すれば、曹国に害をなすのは確かでございましょう。この際わが君におかれましては、かの者を殺しておしまいになるがようかと存じます」と、物騒な進言をしてしまいました。しかしながら曹君はこの進言を容れませんでした。

 もう一人の釐負羁は、帰宅後も浮かぬ顔をしておりました。そこで彼の妻は尋ねたのです。「わが君には、帰宅なされてから、浮かぬご様子。何か気がかりなことでもございましょうか?」

 すると釐負羁はこう答えました。「きくところによれば、人の良いことはなかなか自分の方には伝わって来ぬが、人の禍だけはすぐに移ってくるのじゃそうな。今日、主公は晋の公子に無礼を働かれた。わしはその場に同席しておったので、気になっておるのじゃ」

 すると彼の妻はこう返しました。「お見受けしたところ、晋の公子と仰られる方には、大国の君主となられるに相応しい風格がございます。またその従者の方々も、大国の君主を補佐するに相応しい方たちのようにお見受けいたしました。ところが今は困窮し、我が曹にお立ち寄りになったにもかかわらず、わが君の仰せでは、主公はご無礼を働かれたとのこと。もし晋の公子が帰国なされたなら、必ずや数々の無礼に報復なされましょうが、曹がその第一とされることでしょう。でございますからわが君には、晋の公子御一行と誼を通じておかれるがよいと存じます」 できた奥さんですな。

 これに対して釐負羁は「わかった」と答え、黄金を壺に盛り、若干不潔かと思われますが、その上にご馳走を満たして、さらにその上に璧を乗せて、人に持たせて公子重耳のもとに届けさせました。すると公子はこの使者に会い、何度となく礼を言って、璧は辞退したものの、壺とご馳走は受け取ったのです。

 その後公子重耳は、曹国から楚国に、楚国から秦国へと流浪の旅を続けました。こうして秦に入って三年、名君として名高い、秦の穆公が群臣を集めて言ったのです。「昔、余は晋の献公と交わりを持っておった。これは知らぬ者がおらぬことじゃ。献公は不幸にして群臣から離れ、亡くなってから十年、その後継者、晋の恵公は不肖と聞く。このままでは晋の宗廟は土地の神を清く保ち、穀物の神の祭祀を祀り続けられるのかと心配じゃ。これを傍観しておるのは、かつての交わった誼を損なうのではあるまいか。そこで余は、公子重耳が晋に帰国するのを助けようかと思うておる。諸侯はどうお考えか?」 

 群臣みなが「それはよろしゅうごがいます」と賛成し、秦の穆公はただちに兵を挙げ、革鎧をつけた戦車五百輌、騎馬二千騎、歩兵五万をつけて、公子重耳を晋に送り届けたのでございます。もちろんこれだけの兵力をつけるということは、それを背景に国君になるという事を意味しているわけですが。

 こうして公子重耳が即位して三年、晋の国内をまとめあげると、兵を挙げて曹国に向かいました。そして使者を派遣して、曹の共公に告げて曰く、「叔瞻を城壁から吊るせ。余が殺し、さらし者としてくれる」。また使者を釐負羁に派遣して言うには、「我が軍は今、そなたのおる城に迫っておる。じゃが余は、そなたが余に尽くした礼を忘れてはおらぬ。どうかそなたのおられる所には目印を立てておかれよ。我が兵に命じて、そなたの屋敷は攻めさせぬ」。

 これを聞いた曹国の人々は、我先にと釐負羁の屋敷に詰めかけ、その数なんと七百家族以上にのぼったといいます。これこそが礼の報いだったわけです。

 曹国は晋と楚に挟まれた弱小国家に過ぎませんでした。曹国の君主の立場など、まさに累卵の危うきにあったわけですが、他人にたいして無礼を働くことを何とも思っていませんでした。国が弱小であるにもかかわらず、他人に対して無礼を働き、諫言する大臣の言葉すら聞き入れなければ、滅亡していくのも当然のことですね。

 などということを、韓非は二千二百年以上前に、『韓非子・十過』の一番最後で述べています。なんか現代にも同じようなことをやっているところがあるような気がしますが、みんな昔のエライ人の書いた本を読んでないんだね~。国のトップになろうという人でも。(笑)

 ということで、今月の『○○を語る会』は、20日の日曜日です。よろしくお願いいたしますね。たぶん私はよたよたと歩きながら、(土産を持って?)参加すると思います(席はマスターに、いつもの指定席をお願いしとこうかな。トイレが近いと、よたよたしてても間に合うから…笑)。

2016年11月 7日 (月)

昼間は小春日和でございましたな!

 いや、五時半になったら、もう暗いんだねえ。日が短くなったもんだ。

 先日入れたヤマトヌマエビが、ぜ~んぶヤリタナゴに食われちゃったらしくて、水槽をきれいにするはずが、ヤリタナゴばかりがきれいになって(めちゃ色が上がってます。カネヒラなんか敵わないくらい美しくなってます。きっとエビドーピングで、興奮してんだろうね。早死にしなきゃいいんですけど。そうでなくても我が家の子は、自然界で生きているやつの数倍は長生きしてる老魚なんだから)、水槽はちっともきれいになっていなかったので、夕方取りに行ったんだよね。

 30分もあれば事足りると思っていたんだけど、結局50分近くかかって、家に帰ればもう真っ暗。200匹ほどはあちこちの水溜りに入れて、すぐに仕事に取り掛かってもらったんだけど、残りは日没延長(明日へ。でも明日の天気予報じゃ、おんもでの作業はできるかどうか)。

 さっそくヤリタナゴの馬鹿野郎が「ごっつぁん」みたいな顔して、嬉しそうに出てきやがったので、「食うな!」と叱っておいたけど、絶対わかってないよ、あの顔は。まあいくつかの水溜りに分けて入れているので、たぶんどこかは殖えるでしょ。

 私の得意技、「ヤマトヌマエビが食物連鎖の頂点に立つ水溜り」になるに違いない(いろいろあるよ。ミジンコが食物連鎖の頂点に立つ水溜りとか。詳細はわからないのが、ゾウリムシが食物連鎖の頂点に立つ水溜り。これは知らないうちに線虫が繁殖していたりするので、時々チェックしておかないとね)。エビの殖やし方は、それほど難しくはないからね。(ていうか、放っておいても殖える)

 これが完成すれば、いちいち採集にいかなくても、我が家の庭で事足りる。ようするに私は横着なんですな(山菜はダメです。移植は可能だけど、味が山のモノより数段下がります。やっぱりあれは採りに行かないと)。珍しい植物はすぐに移植するし、もう少ししたら(来年ぐらいかなあ)動物も我が家で……(食物連鎖とか、ニッチとか考えないといけないので、なかなか難しいです)なんて考えているので、大変です。この冬に、入れたい動物に適した環境を作ろうと野望を抱いておりますが(冬は植物が元気ないので、環境を変えやすい)、どうなりますことやら。

 にしても、今日はよいお天気でした。あまりよいお天気だったので、日向ぼっこしながら本を読んでいたら、目が痛くなってしまいました。内容は頭がいたくなる内容で、目も頭もいたく(だからエビなど採りに行った。気分転換、気分転換)、なんとなく熱っぽい。昔から馬鹿は風邪をひかないと聞いているので、風邪ではないと思うのだけど、体調がよくないのは困りもの。

 まあ一昨日、自分でも驚くほど頑張って、ノルマを一気に二日分と半分ほど進めたので、余裕はあるんだけどね。でも油断すると、あっという間に貯金がなくなるから、用心、用心。体調が崩れたら、元に戻すことが最優先。体調が悪くて、いい仕事ができるかってえの!

 いい仕事の源は、いい体調から。いい体調の源は、いい栄養補給と休息から。先日からやっている『刑事コロンボ』を聞きながら(見てなかったりして)寝る効果は絶大で、妙に安眠、熟睡しております。今晩もコロンボさんに頼って、ぐっすりと寝ることにいたしましょう。全69話あるから、二か月とちょっとは安眠が保証されたようなもんです。

 よく眠れるのがわかっていると、なんか、気分が少しだけ楽ですね。

2016年11月 6日 (日)

未熟?未開?

 先日、産経新聞だかで、某隣国の女性大統領の支持率が、なんと5%だと知って、おいおいと思っていたのだが、首都では2%なんだそうな。

 こりゃ、大変ですぞ。俗に「男は敷居を跨げば七人の小人でもなく、七人の恋人でもなく、七人の敵がいる」と言わるけど、敵がいる以上は味方もいるわけで(たぶん)、支持率が12.5%ってわけではない。七人以外は味方かも知れないからね。

 しかしながら支持率が2%しかなかったら、出会う人50人のうち49人に勝ちぬかなきゃ、目的地に行くこともできない。大変だよ、一人で49人を抜くのは。たとえ抜いたとしても、目的地に着くころには、もうボロボロ。病院に行った方がいい。

 しかも!しかもである、地区によってはなんと、支持率0%というところがあったのだとか!これはびっくりしましたなあ。仮にも国民投票を経て大統領にえらばれたお方が、支持率0%とは!

 と、ここで私の脳味噌は、歩くのを停めた。0%は100%の裏返しではないのかと。全否定と全肯定は、裏と表だ。ちょっと待てよ…… 占いって、信じる人がいるから成り立つんだよな。信じるってことは100%なんではないか。信じないって人の中には、「これは信じられるけど、あれは信じられない」ってバリエーションがあるかも知れないけれど、信じるってのは100%じゃあないか。

 ちなみに私は、「半信半疑」って言葉は信じない。「半信半疑」って言葉は、信じたいという願望の現れだからだ。これも0%か100%であって、50%50%を表す言葉ではない。昔、口裂け女ってのが流行した頃、TVのインタビューで、若いお母さんが「口裂け女の存在を信じますか?」って問いに、「半信半疑ですねえ」なんて答えていた。

 私はその瞬間に、この女性の気持ちがわかってしまった。存在を認めてしまえば、非科学的な思想の持ち主だとバレる。でも存在を認めたい自分もいる(整形外科手術が失敗した人はいるかも知れないけれど、100mを6秒で走ることができていれば、多少口が大きくても、十分評価されるし、生きてもいける。だからもしも実在すれば、必ずや表舞台に姿を現すはずだ。それが「当たり前の思考」だ。だから噂にあるような「口裂け女」なんかはいるはずがないのだ)。自分を非科学的な人間だと思われたくない気持ちが、「半信半疑ですね」という言葉を出させたのだ。つまりこの人の正体は、とっても科学的発想からはほど遠い人で、それを他人には知られたくない人ということですね。

 だから支持率0%ってのは、裏側を考えてみると、状況が状況なら100%に容易に変わる。つまりは占いが大手を振って存在していける環境だということだ。

 さて私は、古代には占いと科学は混然一体となっていたことを知っている。何故かというと、すべての始まりは統計だからだ。だからきちんとした統計の上に成り立つ予言には、当然当たるものがある(天気予報の観天望気なんかはその典型ですね)。科学は統計の結果がどうしてそのようになるかを追いかけた学問だ。この方向に進めば、占いであっても科学になる可能性はあった。

 しかしながらいつでも、研究は地味でしんどい。失敗もある。すると占いで当てていた人だったら、失敗したら神通力が失せたなんてことを思われる。なんで神通力が失われたのか? 神様を怒らせたからだ。徳を積まなかったからだ…… こうなると「神秘」のベールをまとって、人を誤魔化すしかなくなる。科学では失敗は許されるけど、占いは失敗は許されないからね。実際は無理だけど。

 こうして「当たるも八卦、当たらぬも八卦」の占いが成立した。それに対して科学は、進歩ののろさを嘲笑されたり、失敗するたびにボロクソに言われながらも、一歩一歩進歩し続けた。これが占いと科学の決定的な差を生んだんですな!

 さて政治となると、誰か責任者が恥をかけばそれですむ問題ではない。だから多くの有識者や最先端の学者の意見を参考にしなければならないこともある。何故かというと政治家先生だって人間だ。すべてがわかってやっているわけではない。鬼谷子は「物有自然、事有離合」と言ったが、事柄によってはその道のエキスパートを集めて審議することがあるのは当たり前だ。その上で決断するのだが、ここには0%か100%かという発想はない。様々な可能性の存在を認めているから、審議する必要があるのだ。

 そうしてそれが、誠心誠意、人々のために政治を行う態度だと私は思っている。(時々、ほんとにこの人たち、有識者なのかなあ、と思うことはあるけどね)

 でも占いだったらこんな感じではありませんな。「○○は▽▽のようになる。ゆめゆめ疑うでないぞよ」 こんな言葉を信じれるとしたら、それは100%の人たちですわいな。そしてその裏返しが0%だとしたら、支持率0%って数字の裏に、占いが信じられやすい土壌があるのではないかと感じてしまいますな。

 こんなことはすでに、今から二千二百年以上前に、韓非が大笑いするような話で書き残してくれております。戦をする前に亀の甲羅を焼いて占ったら、戦う両方の国で「大吉」と出た。実際に戦ったら、片方が大勝利で、他方は大敗北した。では負けた方の亀の甲羅は嘘をついたのか?って話ですな(『韓非子・飾邪篇』)。

 さて近代(現代?)民主主義国家として、占いが関与するとしたら、その国は近代国家として未熟なんでしょうか、それとも未開なんでしょうか。考えなくてもわかりそうなことですが、未熟と未開では、天と地ほどの違いがあるかも。

 騙す、騙されるなんてことを言うけれど、普段人を騙している人ほど、他人から騙されたら、「あいつは俺を騙した」なんて声高に喧伝するじゃないですか。数字が意外な真実を語ることって、いっぱいあると思いますよ。それはその人の心の中まで語ってくれることすらございます。

 数字から得られるデータを、数字でしか考えられない人にはわからないかも知れないけれど、その数字はどんな思いがあるから出されたのだろうかと思うと、いろんな人の心が見えてきます。どこかの国の経済成長率と同じようなもので。

 鉛筆なめなめデータを改ざんするとしても、ちゃんと鉛筆をなめた人の心は反映されているものなんですよ!

※ ということで、今月の『○○を語る会』は、20日の日曜日になっております。今回の内容のような話に脱線することも、十分に考えられます(笑)。乞うご期待。…ただし、筋肉痛で呻いている可能性あり。何をするつもりなんでしょうね?

 

2016年11月 5日 (土)

とっても柿な一日でした……

 昼間はベランダで「一人茶会」を楽しんでいたのだが(なんと、暑かった!)、夜になると寒いねえ。これは紅葉がきれいだろうなあ。近いうち、県北まで行ってみようか、なんて思ったりした。

 昨日、ひっしこいて雑用をすませていたので、今日は気持ちが緩んだのかなあ。なかなかエンジンがかからなかった(それで一人茶会をやった?もちろん茶を飲んだだけではなく、片手にはちゃんと資料をもっておりましたが)。日が傾きかけてようやくエンジン始動。でもまたしても雑用が済んでなかったのを思い出して、そっちへ走った。

 こうなるといつものパターンで、腰は落ち着かない。もともとじっとしているのが得意な方ではないので、動き回る。動き回って気がついたら、飯食って眠くなっていた。コーヒー淹れてようやく正気に戻ったのが、ついさっき。

 いやあ、お師匠さまから柿をたくさんいただきまして、昨夜お礼の電話を差し上げた。久しぶりに懐かしい声を聞いた。またお邪魔しなくてはならないと思いながら、すでに数か月が経過している。どこかでふんぎりつけてお邪魔しないと、このままずるずる行ってしまいそうな気がする。

 基本私は果物が好きなので、ほとんど毎朝食べる。しかしながら今日は、柿、柿、柿…であって、ほとんどお腹が空いた感じがしない。まあ、柿の甘さは和菓子の甘さの基準だと聞いたことがあるので、身体に悪いなんてことはないだろう。

 暇があったら(暇は作るもの!)、干し柿でも作ってやろうかと思うけど、なんとなく面倒くさいってのが本音かな。暇があったら作りたいものなんて、いっくらでもある。食べ物だけでも何十種類もあるし……

 やりたいことが多すぎるなあ。今は整理券を配って、優先順の早いものからやっつけている感じだけど。一日が72時間くらいあったら、少しは片付きそうな気がするんだけどね。一日は誰にも等しく24時間しかない。これが残念だ。

 さてさて、世間ではいろいろニュースがあるみたいだけど、取りあえず私は個人的に忙しいので、世間様のニュースのお相手をしている間がないみたい。とりあえず今日のノルマを果たして、体力回復のため、早めに(?)寝よう。

 実は寝るとき、『刑事コロンボシリーズ』を第一作から見直している(途中で寝てしまうけど、意外なことに寝つきがよい。私とコロンボは相性がいいのかねえ。間違ってもコロンボみたいな友人はほしくないけど)。

 睡眠時間は相変わらず短いけど、短いからこそ睡眠時間を大切にしたい。もともと私は睡眠は大好きなのだ。

※ ということで、今月の『○○を語る会』は20日の日曜日です。お間違えなく。(マスターはカレンダーに書き込んでいたので、予定はたぶん変更しません)

2016年11月 4日 (金)

久々にヒーターを買いに行った!

 寒うございますなあ。昼は、実に気持ちいい日だったんだけどね(夕方を除く)。

 グッピーのところのヒーター管が切れていたので、換えた。最近、ちょっと動きが悪いなあと思っていたら、ヒーター管が切れてやんの。まあグッピーの17℃くらいまでは、ほとんど落ちない(死ぬのがでない)けれど、最近の朝夕の冷え込みが気になっていたところなんだよね。(13℃を下ると、三分の二は落ちます)

 グッピーの場合は、水温が下がり始めると、やたらと子供を産みます。きっと「もう寒くて、父ちゃんや母ちゃんはもたないから、せめてお前たちだけでも生きておくれ」と、生み出すんでしょう。ここで気が付けば、母子ともに生存します(間違っても、お湯を入れ足したりしないように。急激な水温の変化は、致命傷になることがありますからね)。

 ま、ブリーディングの基本的テクニックだわな(しかも初歩だと私は思っているけど)。最近の私は、こんな面倒くさいことはやらないけれど。殖えれば殖えたで忙しくなるばかりだ。殖えちゃったものはしょうがないけど、無理してまで殖やそうとは思わない。

 熱帯魚の一番経済的な飼育方法→生存可能な最低水温で飼育すること。餌食いは悪いので、餌はあまりいらないし、水も汚れないので、水替えの手間は省ける。ただし美しくはなりませんよ。美しくしてあげようと思えば、多少は興奮させないといけないので。ということは美しさを追求すれば、魚は興奮状態が続くので、早死にすることが少なくないんだけれどね。

 ま、私なんかは、原産地の環境をできるだけ調べて、可能な限り原産地に近い環境を作ろうとしますが(するとさすがに原産地、知らない間に殖えちゃってて、ひえええええ~っ!ってことも少なくないんだけどね)。昔は日本語版ではない専門書があったんだけどなあ。(理科系の私には、やすやすと読めるレベルだった)

 まあこれからは、熱帯魚飼いの家では、電気代がかさむ季節になりますわなあ。嫌な季節だ。一番いいのは、日本淡水魚。基本、電気代で心配することはないから。

 熱帯でなら電気料金なんか気にする必要はないんだけどね。日本みたく四季がある地域では、夏にはクーラー、冬にはヒーターが必要なこともあるので、なかなか物入りです。今の私は、かなり投げやりですけど(昔は神経質だった)。

 そろそろ眠くなってきました。寝る前に今日のノルマを果たさなきゃ。

※今月の『○○を語る会』は、20(日日曜日)とさせてくださいね。予約済みなのでよろしく!

2016年11月 3日 (木)

隔岸観火妄想

 秋らしいっちゃ秋らしい天気だったけど、ちょっと風が強かったね(午後)。ベランダで一人茶会を開こうとして、寒いので、早々に退却した(一歩でケリがつく話だし)。もう雰囲気的には冬でねえか?

 秋は紅茶が似合いますね。昨夜、某台湾料理店のマスターのお母さんと話をしていて、実は東方美人茶は、分類上は烏龍茶になっているけど、実際は紅茶だと言われて、見事に納得した。

 そりゃ、作り方(発酵具合)といい、味と言い、紅茶と言われたほうが納得できますわな。なんともいえない深み、ほのかな甘さ、いう事はござんせん。で、「実は私は東方美人が大好きで」というと、どうやら次回にお土産が期待できそうである(私が行っている広州のお茶市場では、実は品薄になっているんだね~。私はまだストックしてますけどね)。美味しくて保存できるものは、いくらあってもいいもんだ。

 R4はクズかも知れないが、台湾にはいい人が多いね~。もちろん、人間は個人個人で特徴があるので、いい人はどこの国の人でもいいんだけど、人口にたいするいい人の割合というと、台湾はいいんでないかい? そのうち暇を作ってお邪魔しよう。何しろ近いからね。

 とはいうものの、西隣の国はどうなってんだろうね。たぶんもう行くことはないと思うけど(最後に行ったのは、まだ母が元気だった頃、マツタケを食べに行った。そりゃあもう、ゲップがでるくらいマツタケを食った。で、「韓国マツタケは韓国で食べれば美味しい」という結論に達した。同じ理由で、岡山のマツタケは、岡山で食べればなおのこと美味しいということになり、じゃあゲップが出るほど食いたいとさえ思わなきゃ、別にパスポートもって、飛行機で飛んで、ホテル取ってなんて面倒なことはしなくていいってことになるわけで、韓国に行かなきゃならない理由は消えうせる。土産に買うようなものもないし。きわめて理性的だね)。

 まあ日本のTVマスコミまでが取り上げ始めたから(ネットの方が、こういった方が速いし、詳しいよね)、事態はかなり深刻なんだろうなあ。まあ、反日などを聞くたびに、日本大好きの私としては非常に気分が悪かったので、見事に隔岸観火を決め込んでおりますけどね。現代は対岸の火事とはいっても、マスコミがあれこれ報道してくれるので、いろいろな情報が入るし。

 それにくらべるとR4の話は、あまり聞こえてこないなあ。もとマスコミで活動していた人には、対応が甘いのかなあ。言ってることとやってることが出鱈目なんで、もうちょっと詳しく教えてほしいもんだけど、S○A▽細胞の時みたく、国営放送あたりで詳述してくれれば、少しは国営放送を見直してあげてもいいんだけど。

 そうしたらひときりついた頃にR4が、『その日』なんて本を出したりして。これがベストセラーになったら、私ゃ怒るよ。『あの日』も、超くだらない本だったけど(くだらなくても、売れれば勝ちってのが出版界? ま、商売は上手だよね)、本人が書いたら、絶対に自分に有利なように描くし、あれだけ嘘をつかれたら、もう何を言っても書いても、どうせ嘘に決まっているし(すでに本人ですら真相がわからなくなっていたりして)。どうしても本を出すのなら、表紙は真っ黒にしてくださいね(って、妄想になってもうた)。

 アメリカの大統領選挙も、勝負あった!と思っていたら、ここにきて「力道山の空手チョップ」がさく裂したみたいなことになっているし。もう何が何だかわかりませんわな。ま、政治と他のことを混同してしまえば、いい方向には向かないように心配しているけどね。

 ま、明日が少しでもまともな世界になりますように。

2016年11月 2日 (水)

気分転換っ!

 頭が煮え詰まったので、台湾料理店で呑んでおりました。いやあ、美味しかった!マスターの腕を堪能しましたよ!ついでに、決めよう決めようと思っていた今月の『○○を語る会』の期日を相談いたしました。

 結果、今月の『○○を語る会』は20日(日曜日)になりました。今月の第三土曜日はなかなか皆さん都合がつきにくいようで、ついでに私も、岡山に帰ってくるのが、(たぶん)夜の8時半を回りそうな気がするので(例年のパターンだと)、翌日の20日ではどうだろうかということになりました。

 もしかすると、またしても、あまり見たことがないお土産があるかもしれません(私が生きて帰ってきたら、の話ですが。少なくとも岡山では、市販されていないものになる可能性があります。私は筋肉痛で、よたよたしてるかも)。これはまだ確約ができないのですが、あまり期待しないで待っていてください。(先々月のサザエ、先月のマツタケより旨いかどうかはわかりません。何しろ行ってみなくちゃわからない。生物分野は難敵でございます。その時に手に入るもので最高のものを提供するのがシェフの腕。台湾料理店のマスターは大変だ。なにしろ私が何を持ち帰るか、予想できないのだから…私自身も予想できませんけど。即興で、ちゃんと料理にしてくれるから、やはりすごいなあと思います)

 さて『○○を語る会』ですが、何をテーマにするんでしょうか? 一応私の方は準備完了なので(すでに年が明けた来年のことを考えている段階です。来年のことを言えば、鬼が笑うんだそうですが)、まったくの話「余裕のよっちゃん」なんですけどね。何か、目新しいテーマがあったら振ってくださいね。

 今日は久々にマスターのお母上にもお目にかかった。懐かし~。ってんで、思いっきり甘えてしまいましたけどね。やっぱ、食事は一人で食べるよりは、わいわいと騒ぎながらがいいですな(私以外のお客さんは、みんなカップルとか家族とかだった。私は店の人と話していた)。

 で煮え詰まった私の脳味噌が、牡蠣土手鍋のようになったかどうかはわかりません。今晩はもうリラックス。また明日がある(きっと!)と、開き直っちゃいました。明日は文化の日なので、少しは文化的活動をやってみたいもんですな!

 今晩はもうDVDでも見ながら、寝てしまうつもりでございます。

2016年11月 1日 (火)

最高の調味料

 寒いですな! この様子じゃ、紅葉はさぞかしきれいだろうな(天気さえよければ)。そのうちチャンスをみて、紅葉狩り(もみじである必要はないけど)としゃれ込んでみますか!

 寒くなった上に、そこそこ風があるので、せっかく「ベランダ一人(片付けさえすりゃ、5~6人、ことによれば10人近くまでは十分可能なのだが、ベランダよりも部屋が片付いていない……)茶会」の準備ができたのに、とても実行する気になれない。なんちゅうイジワルなくそ天気なんだろう。

 お茶を楽しむには、まず気分的な余裕が必要だ(ちょっとした余裕なら、お茶を飲むことでも生まれるけれど)。寒かったり、風が強かったりしたら、気分的余裕はないよね。

 風というやつは、ほどほどだと気持ちがいいけれど、強いとろくなことがないからねえ。だいぶ以前になるけれど、釣りに行ってお弁当を食べようとしたら、突然の突風。おにぎりがすべてごま塩になったことがあった。

 これが食べれるごま塩なら問題はないんだけど、砂やゴミ、埃の類じゃ、食べるわけにはいかない。以後私は、少しでも風が吹きそうな気がしたら、車内とか風が来ないところで食べることにした。美味しさも半減である。何しろ山の爽やかな空気とか、海辺の潮風は、最高の調味料だからね。何を食べても、美味しさは倍増する。

 昔はよく今頃の時期、わずかな暇を見つけて釣りに行ったもんだ。当然身体は冷える。そこへ軽トラのラーメンの屋台が来てくれるんだね。お世辞にも出来がいいラーメンだとは思わなかったけど、美味しかったなあ。どんな美味しい本格ラーメンでも、海辺で冷え切った身体に間に合わなきゃ、意味がない。

 軽トラの屋台はその点、見事に間に合っていた。そして「間に合う」ことも、美味しさの重要な要素だ。間に合わなきゃ、ないのと同じだからね。ちなみにこれに味を覚えた私は、キャンプ用のコンロと水、そしてカップラーメンを持って釣りに行くようになったが、なんと世界に冠たる日本のカップラーメンが、軽トラのラーメンより美味しく感じないんだよね。

 これは不思議な現象だった。家で作ると、変に生麺なんかを買って作るよりよほど美味しいカップラーメンが、海辺で食べると、軽トラ屋台のラーメンに負けちゃうんだよね。やっぱ、あの時は身体は冷えるし、お腹は空くしで、切羽詰まっていたせいかな。その点、カップラーメンを持参してしまうと、心のどこかに余裕があって、それが最後の微妙な味付けを狂わせているのかも知れない。

 ま、海辺で釣りをしていて、初めて軽トラの屋台が来てくれた時は、地獄で仏に出会ったような気がしたから、有難さも100倍だったからなあ。まるで高松城水攻めの時の、清水宗治の心境だ。

 兵糧攻めにされて飢餓状態の将兵を助けるために、高松城主清水宗治は、一人切腹をする。その時に武士の情けか、「湯漬け」を羽柴秀吉軍に食べさせてもらうのだが、「もう一杯いかがでござるか」との申し出を断る。「二杯目は一杯目よりも美味しゅうはござるまい」と。

 かっこええなあ、人生の最期のこの美学。石田三成の柿を遠慮した話にも、同じような感じを受けているけどね。ちなみにいやしい私は、軽トララーメンを2杯食べましたけど(かっこわるぅ)。

 その後、今では疑問視されている(らしい?)秀吉の、中国大返しとつながり、山崎の合戦で明智光秀の三日天下となっていくのだが、これは今のお話には関係ない。

 最高の調味料が何なのか。これはその場その状況で、いろいろ変わるんだろうと思う。人は精神状態によっては、何を食べても味がわからないことがあるからね(亜鉛不足ではなくて)。たとえばお隣の国なんかだったら、今は何を食っても味なんかわからないんじゃないかと思える人もおられますな。

 国のトップになんかならなくてもいい(二番じゃダメなんですか!? と聞かれたら、やっぱり「ダメ!」と答えるけど)。そんなに贅沢な暮らしでなくてもいい。美味しいものが美味しく感じられるような精神状態でいたいもんだ。これだって(小さな)幸せの一つなんだからね。

 ちなみに今日、アミを漬けた。由緒正しい、昔ながらの屋台の飲み屋さんのやり方でである。明日になれば食べられるだろうけど、できたら2~3日待ちたい。食べるなら、美味しい時期を逃さずに食べたい。

 そして屋台みたく、安い酒の肴にする。これがまた旨いんだな~。何も高価で高級なものを食べなくても、美味しいものは美味しいし、それに合った食べ方はある。それこそが最高の調味料かも知れない。

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