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2017年1月31日 (火)

自給自足への道

 冬だから、寒いの当たり前なんですけど、やっぱ、寒いですね~。肉体的にも寒いし、懐も寒いし、心も寒いし。あまり寒いので、今日は一発、無理してでも派手に… と思ってやらかしたけど、やっぱ自然界の寒さには勝てません。こんな日は、熱いお茶が似合うみたいで。

 春の七草摘み、昼は曇っていたので、今日は止めときたいなあと思っていたんですけど、夕方になったらお天道様が顔をだしてくれたので、採りに行きました。予定の五種類は、わずか5分で採集できました。一人分だから、「あっ」という間なんですね(十人分でも「ああっ」という間くらいですよ)。

 春の七草摘みで難しいのは、春になってからの姿と、冬とでは、外見がかなり違うこと。ロゼット葉なんかだったら、この季節はたいてい、地面に張り付いてますからね。花柄が出て、葉っぱが起き上がりかけるとわかりやすいんだけど、今度は硬い(つまり食べても美味しくなかったり、食べにくかったりする)。

 さいわいなことに私は、お師匠さまのTさんのおかげで、もう全然迷わなくなったので、採集には時間がかからなくなりました。何事でもそうですが、最初は「いいお師匠さん」との出会いが肝心です。

 お師匠様がいなくて我流でやっていると、時々とんでもないへまをやらかしてしまいますからね。特に春の山菜なんかだと、毒草が混じることがあるので、最悪、命がけの問題になることもあります。自信がないものは食べないこと! これは野草や、野生動物を相手にしたときの鉄則ですね。知ったかぶりは、とんでもない税金を請求されることがありますから。(コゴミとイヌワラビを間違えたくらいなら、歯が欠けるか、歯茎を傷めるくらいで済みますが)

 摘んで帰って、我が家の庭に生えているのと比較して、愕然! なんと、我が家の庭の奴の方が、はるかに形が整い、成長もいいので、美味しそう。野草にとっても、人間が管理している庭の方が暮らしやすいみたい(ちなみに、私が練習で使うエリアは、踏み潰されて、生えることができないんだけど。それ以外は害虫も少ないらしく…年に2回は、園芸屋さんに頼んで消毒してもらいます。植木が多いので、ここは譲れない…虫に食われた形跡もございません)。

 ホトケノザなんかは、野生のよりもはるかに大きくてみずみずしく、まるで「今年の七草粥で、食べてくれ!」と言っているような感じ(そんなバカな! 人間はこうして、相手の意思には無関係な擬人化を行い、自己を正当化する生き物かも?)。ナズナなんか、野生のものと比べたら、葉の数もボリュームも、まったく違う! 残念なことに我が家の庭には、ハコベラがいつかないので(相性が悪いのかなあ)、これは比較のしようがない。

 唯一、野生のと我が家のものに差がなかったのは、ゴギョウだけ(我が家のも、野生のも、まだあまり成長はしておりませんでした。セリなんか勝負になりません。なにせ我が家のは、私が抽水性の水草が好きなもんですから、それに付属するかたちで、蔓延っちゃって蔓延っちゃって。

 空気に触れるのは霜にやられてますけど、水中にあるのは、氷が張ってもけっこう元気。氷がとけたら、平気な顔をしてますもん(たぶん。セリの気持ちまではわからない)。あとは、スズナ、スズシロだけだねえ。

 来年は、スズナ、スズシロまで、自分で作っちゃいましょうかね。(横着なもんで、ついつい忘れるんだけど。一月になってから植えても間に合わないのは、すでに実験済みなので…ペットルームに入れて、温度を上げ、光をバンバンに与えたけど、旧暦の七草には間に合わなかった。いまそのプランターでは、ネギが元気に生えています。これもスーパーで買ってきたネギを食べたあと、根っこの部分を植えていただけのもの。あとは自然に伸びていきます。みんなこんなことやってたら、ネギを作っている人には大打撃かも? …ところがいざ食べる段になると、自分が植えているのを忘れて、買ってきちゃうんだけどね)

 こうなると、我が家の庭と相性が悪い、ハコベラだけが問題ですね。ところが野原に出たら、こんなに容易に入手できる植物も珍しいというくらい生えているので、ハコベラは植えるのを止めておこうかと思います。

 少なくとも、春の七草に関しては、「自給自足」への道が確立しつつありますね。一部には、「そんな雑草を植えて、何が面白い?」という声がありますが。

2017年1月30日 (月)

新春の行事

 ちょっとは日が暮れるのが遅くなりましたね。これで「おんも」に出る時間も生み出せそうな感じです。気温も、少しは上がってきたかなとは思いますが、これはどこを低気圧が通過するかで、いくらでも変わるので、まだ安心はできません。

 世はインフルエンザが流行しているのだとか。人ごみでは人と接触せず、呼吸を止めて、足早に通り過ぎましょう(呼吸困難で倒れるかも)。いつも寒さを感じない服装で、防衛体力が落ちないように気を付けましょう。

 とくに疲れていなかれば、お風呂でゆっくりと温まりましょう。お酒は熱燗で、毎晩飲みましょう(未成年者は厳禁)。休息は十二分にとりましょう。ご飯はたっぷり食べましょう。ちょっとおかしいなと思ったら、鉄観音茶を飲みましょう(今も飲んでるんだけど)。万一喉に違和感があっらた、羅漢果を煎じて飲みましょう(これは甘くておいしい。太らないんだろうか、と心配になるくらい、甘い)。

 ってえのが、風邪はインフルエンザが流行したときに、私が心掛ける生活(できているかどうかは、はなはだ疑問。でも近づくように努力はしている)。昨年だったかに、バカは風邪をひかないというのは間違いで、バカは風邪を引いたのに気がつかない、だけだとわかった。そこであとは鉄壁の防御をするだけにした。

 可能な限り、お医者さんには近づかない。だってお医者さんって、たいてい病人が来ているんだよね。風邪やインフルエンザの人だって集まってきているわけだから(私は、待合室にいるときは、できるだけ呼吸しないようにしている…ほんまかいな)、病院で病気をもらう確率は、決して低くないと思うんだよね。

 それでももう少ししたら、耳鼻科にいかないといけない。この時期、気温が上がり始めたら、花粉が飛び始めるんだよ(1週間ほど前から、寝ていて鼻が詰まるような気が……)。花粉症だってバカにならないからね。昨年なんか死にかけたくらいだから。

 今年は先手必勝(昨年も先手は打ったのだが、「浮世の義理」で、花粉濃度が大変に濃いところに行かなければならなかった。ここで大変苦しい目に遭ったのと、帰宅してから2~3週間が、死ぬんじゃないかと思うくらいきつかった。今年からは、「浮世の義理」であろうがなんであろうが、この季節にはあそこには絶対に行かないと決めた)で、先手を打ったうえに、さらに可能な限り外出を控えようと思う。

 自分の身体が苦しいのだけは、誰かに「代わって」と言えないもんね。空腹やトイレと同じで、代役を立てるわけにいかない。

 山が白いのはもう当たり前になっちゃいましたね。現代中国が日本の西にある以上は、どうしようもないよ。なんたって、赤色警報とやらがバンバン出されていても、改善しようとしないんだから。今、NさんとKさんが北京方面に行っておられるはずだが、ご無事なんだろうか。心配になりますよ(空港で、飛行機の離発着ができないくらい、ひどいこともあるらしいから。視界が数十メートルしかなかったとしたら…飛行機の機体の長さぐらいしかない…手探りで操縦しているようなものだ。恐ろしくて乗ってられたものじゃない)。ま、街ごと王蟲にでも食われてしまうしかない?

 数年前、冬の珠海に行った時、あそこですら屋外に3時間いただけで、胸が苦しくなった(それでも北京の汚染に比べたら、十分の一くらいだと、現地の人が言ってた。私はこの時期の北京だと、3分で死ねると思ったね…ウルトラマンか?)。それ以来、冬の中国には絶対に行くまいと決めた。(ちなみに12月から1月にかけて、珠海でも黄砂らしい被害がある。かつて私は練習中に苦しんだことがある)

 とにかく明日は天気がいいみたいなので、夕方にでも春の七草の五種類くらいは摘んで帰ろうかと考えている。そろそろ旧暦の1月7日(今年は2月3日金曜日)が近くなっているからね。スズナ、スズシロは近所のJAさんで探した方が早いから。一人前なら十分かに十分あれば採れるだろう。

 こうしてみると、時間が経過していくのは速いね。あっという間に過ぎていく気がするよ。

2017年1月29日 (日)

やる気

 夜になって、本格的な雨になった。気温的にはさほど低くはないんだろうけど、体感温度が低い。太陽が出てないからだろう。

 昨夜はたいへんお世話になりました。お蔭で安眠、爆睡しておりました。呑みながら話をしていると、いろいろ「実技?」が出ることもあって、やっぱり面白いですね! 実技は実戦なので、座学とかではやれませんもんね(Mさん、ありがとうございました!)。実戦はたとえ座ってやっても、座学ではありませんもん。

 今、思いだすと、まさに昨夜の「交渉術」の実技は、「推手」でしたねえ! 成人してから「勉強は、お酒を呑みながらやるもの」と思ってましたけど、まさにその通りの展開でした。いろいろとお世話になりました。

 マスターの、魚の卵巣を使った料理も、美味しかったなあ(突然のお願いで、ごめんなさい、でしたが)。近々、私も再現してみます。うまくいったら、またメニューが増えそうです。なんといっても、隠し味が「さすが!」でしたね。こういうところが、さすがにプロは違うなあと思うところでございます。お蔭で、飲んだ、呑んだ。

 呑んだおかげでぐっすり寝られて、(Mさん、忘れ物を届けてくれてありがとう!)、起きてしばらく遊んだけど、ちょっとばかし「やる気」が出てきましたよ。今夜はいつになったら寝られることやら(「やる気」が出ると、眠くなくなるので)。

 BGMの選択をしておかないといけない。調子を崩さないためには、リズムを調節する必要があるからね。逆にリズムが狂わなければ、少々の障害は乗り越えてしまえる利点がございますからね。

 こういう時に威力を発揮するのが、私が編集したCDだ。幸いなことに、一枚終われば何分という時間もわかる。自分で編集すれば、好きな曲しかかからないし。今日は天気が悪いけど、少々アップテンポのBGMで攻めてみたい(こういう選択も可能なのが、MY CDだ)。

 あとはそうですね、ちょっと美味しい鉄観音が合いそうですね、今日の雰囲気には。途中で水を補充にいかなくてもいいように、あらかじめ準備をしておくことにしましょうか(短時間で湯が沸く装置は、室内に完備している。故障してもいいように、二つ目もストックしてあるほどだ)。

 力尽きたら、速攻で寝られるように、入浴の準備もしておきますか(入浴するとまた目が覚めるので、そこから仕事再開というパターンも少なくはない。あまりやるとこの季節、風邪の心配がありますが)。 

 さてさて、これから取り掛かりますね。寒いけど、気分が乗りさえすれば怖くない?

2017年1月28日 (土)

間に合うの?

 なかなか素敵な陽気ですな(珍しく、午後4時過ぎから、これを打ち始めた)。暖かくて、寝てしまいそうだ(日当たりのよい室内にいると)。とはいうものの、心配は平昌オリンピックだ。

 新聞を見ると、そろそろ平昌オリンピックを目指す若いアスリートたちの話題を見かけ始めたが、果たして平昌オリンピック自体が開催できるのだろうか、という心配がある。

 政治上の問題もあるし、今や大統領すら何の権限も持たない状態なんでしょ? 世界が激変し、どう対応するか、どの国も一所懸命なときに、わりとのんびりしておられるなとは思うが、絶妙のタイミングで、いろいろな問題が噴出したということも驚きだ。

 しかも経済面ではまだ目標額のお金のメドがついていないというし、競技施設(宿泊施設はいうに及ばず)も完成してないんでしょ? 普通は1年前にはプレ大会ってのが常識で、ここで微調整を加えて、本番に最高の形をぶつけるってえのが、このテの競技会の鉄則ですわな。

 プレ大会は開催されているのかなあ。一応平昌オリンピックって、2018年2月9日から二週間ちょいだよね。いわゆる「おしりに火が付いた」状態で、もう国をあげてオリンピック一色になり、突進していかないと間に合わない時期なんじゃないかな。

 私が心配しているのは、国のことではなくて、4年間、一所懸命努力を続けてきた選手のことなんですよ。1回オリンピックを逃すと、ピークが去っていく選手も少なくないからね(だいたい人生最高のパフォーマンスができる状態が、何年も続くか、という問題がある)。

 オリンピックだけが競技生活ではないという意見もあると思うけど、そのレベルに達している人にとっては、オリンピックは小さな存在ではないよ。

 ま、一度開催すると決めたわけだから、国が傾くほどの負担になったとしても、ぜひ成功させていただきたいものだ。(すでに国が傾いているとしたら、ひっくり返るかもしれないんだけど)。

 私なんかは外国の、一スポーツファンでしかございませんので、開催国の都合など知ったことではございません。オリンピックと言えば、「おお、また感動できる!」と、単純に期待しているだけで、裏方さんの苦労なんかは大して興味もなければ、関心もないのです(知っているけど)。

 でも新しい大統領が決まるのは、今年の夏の初めくらい? なった人は大変だよ。国の政治も大変だろうけど、オリンピックまで半年くらいしかないはずだからね。もう何もかもすててオリンピックに邁進していっても、間に合うかどうか。政治的な主義主張なんか喚いている間はないと思いますね。

 なんとなくこれを見ていると、呉越抗争を思い出します。呉王夫差は越王勾践を破り、父親闔閭の仇を報じるのですが、その後が大変です。あちこちに戦をしかけ、挙句の果ては覇者になりたくて会盟を結ぼうと諸侯を呼びます。

 ところがどっこい、会盟に赴いている時に、越が突然戦をしかけてきます。集まった諸侯も「自国すら安泰に保てない奴を盟主にできるか!」と断ってしまうのですね。ほどなく越との抗争にも敗れ、呉は滅んでしまうのですが、自国を安泰にできないで国際的な大イベントを請け負っちゃうと、いろんな方面が迷惑を蒙り、開催しようとしたところは、大恥をかいてしまいます。

 信用は、身の丈にあったイベントを着実にこなして積み上げるものではないかと、私は思いますね。無理には理がありません。理がなければ、ものごとは上手くいきません。ものごとを請け負って成功させなければ、当然信用が失われます。信用が失われれば、誰も相手にしてくれなくなります。呉国は亡び、夫差は自決しました。

 歴史は何か大切なアドバイスをくれているような気がいたします。

 ということで、今夜は『○○を語る会』です(『○○を食べる会?』)。何を食おうかなあ……

2017年1月27日 (金)

温故知新っ!

 天気が崩れると、気温は上昇するんだとか(南岸低気圧の場合は、北から寒気が入り込むので、気温は低下、大雪ということになるが)昨日の地方局の天気予報で言ってたけど、低気圧が岡山よりも北を通れば、南の暖気が入り込むことになるって理屈らしい。(もう少ししてこんな具合になると、「春一番が~ 掃除したての……」ってことになるんでしょうな。すんません、キャンディーズのCD、持ってます。哈哈……)

でも洗い物をすると、手がとても冷たいです。世の女性がたの苦労が、身に沁みますなあ。一人で暮らさなきゃならなくなった頃は、能天気にも湯を使ってたんだよ。すると手荒れが酷い。最後はぱかっとひび割れができてしまう。でもクリームなんか塗ってたんじゃ、お魚の面倒は見切れないということで、「めんどくせえ。水でええわい!」となって今日にいたります。まあ一人何役もこなさなきゃならないので、仕方ないか。

 おかげで昔懐かしい、ダークダックスさんの『山の友よ』を思いだしたりして(今回は最後に紹介しておきますね。私は名曲だと思っています)、山に行かなくても、けっこう山気分? 山気分でないのは、たった一人ってこと? くらいに思っていますね。(いまさっきまで、洗いものをしてた。今は無事に終了して、コーヒー飲みながら、これを打っている)

 先日は3晩かけて『トラ!トラ!トラ!』を見直した。今晩はなんとなんと、1939年の『駅馬車』を見直した。完全に何十年も見てなかったので(子供の頃見て、どこかでDVD売ってたのを見て買ったけど…もうどこの店かも忘れた。潰れてしまった店かも…、見直していなかった。おかげで全部、きれいさっぱり忘れていて、初めて見る感覚だった。なんとなく儲けた気分になれるのはなぜ?)新鮮だったねえ。

 ジョン・ウェインも若い頃はハンサムな青年だったんだ!(私の記憶にしっかりと残っているのは、中年以降の、貫禄十二分のジョン・ウェイン。ライフルを小型の拳銃のように軽々と扱う、とんでもない巨体のおっさん!) 緊迫感溢れるいい作品で、思わず晩御飯が長くなってしまいました。(そのぶん、お酒は進んだ)

 昔の作品には、昔の作品ならではのよさがありますよね。最近のも決して嫌いじゃないけれど、CGの発達が、若干現実離れした光景を展開し過ぎるような面があるのかも。だから昔の映画を見ると、「このころはCGがなかったから、全部俳優さん…もちろんスタントマンも含む…がやってたんだ。すげえパフォーマンスだなあ!」って感じてしまいます。

 当時の俳優さんって、感情表現の演技だけでなく、こんな肉体的パフォーマンスまでできなきゃいけなかったんだ、と考えると、改めて感心いたします。日本で言えば、松田優作さんなんかは、亡くなる直前まで、ちゃんとアクションしてたんだからねえ。こりゃあもう、凄いの一言ですわ!

 人間って、気候なんかの外的条件が厳しくなると、ついつい横着になるじゃないですか。それよりもなによりも、体調が悪いと、何もしなくなるよねえ。でもあの人たちは、たとえ体調がすぐれなくても、ちゃんと人様にお見せできるようなパフォーマンスができるんだから、凄いよねえ(ちなみに私なら、今程度の外的条件でも、冬眠いたします。おやすみ~、って)。

 プロは凄いよ、やっぱり。ということは、ひっくり返せば、凄くない人は、プロじゃない?ってことになったりして。

 先人が凄いと、それと比較されたら、それ以上にすごくないといけないよねえ。もっともこの原則が守られていれば、かならず「進化」が起こっているんだろうけど。

 昔のものを見直すと、なかなか勉強になりますな。温故知新とは、よく言ったものだと思います。

 客観的に昔が見れない人には、未来はない? ま、難しいことは考えないでおきましょう(すでに考えてたりするんだけど)。

『山の友よ』→https://www.youtube.com/watch?v=DqktbMLLuEs

※ 明日は、今月の『○○を語る会』ですね。よろぺこお願いいたします。

2017年1月26日 (木)

寒中有暖

 冬とはいえ、天候的には穏やかな一日だった。このまま春になってね、と言いたくなる。とはいえ、旧暦の正月も間近だ。ということは、私が毎年やっている、「本当の七草粥(旧暦による七草粥;季節的にはこの方が実感が湧く)」の日も近い。今年は、いつ頃取りに行こうかなどと暦をくってみる。

 もちろん暦だけではいけない。肝心なのは天気だ。寒いのに凍えながら取るのでは、ちょっと悲しい。やはり寒いながらも、早春の風情を感じながら採取したいものだ。

 でないのなら、別によそまで採りにいかなくても、我が家の庭でほとんどがそろうからね。ちょくちょくチェックしているが、我が家のは、私一人分には多すぎる。本来ならば雑草の類なので、この時期に除草しておきたいくらいだ(今除草しておくと、量が少ないので、かなり楽)。

 それでも野のものを食べて元気をつける(場所的には、排気ガスとか農薬とかに汚染されていないはずのところまで行く。これも我が家のも似たような条件だけど)。毎日見ているものを食べたのでは、「ありがたみ」が少ない気がする。

 メーテルリンクの『青い鳥』と同じで、外で苦労してきたから、自分の一番近いところに「幸せの青い鳥」がいたと気付けるようなものかもしれない。(でも、鳥を飼っておかなきゃ、いくら外で苦労しても、青い鳥が自分のところにいた、って結論にはならないんだけど。もう一つ突っ込みを入れると、チルチルとミチルが旅していた間、だれが鳥の世話をみてたんでしょうか? 鳥ってやつは世話が面倒い生き物で、餌は毎日取り換えてやらないと死んじゃうんだけど。まあいいや、名作に突っ込むのは止めましょう)

 春の七草は、基本的に大部分が雑草なので、移植しても根付きやすい。むしろ根付いたあとの繁殖力は強いものがあるので、きちんと管理しないと大変なことになる。一時期我が家では、セリが大繁殖して、庭中セリだらけになったことがあった。(幸いに我が家からそとには侵出しなかったようだが)

 セリが大繁殖したときは、アゲハチョウが増えて、アゲハの幼虫が餌をサンショウからセリに替えてくれて、セリの過剰増殖を抑制してくれた。それ以降、我が家の庭には、必ずどこかにアゲハチョウがいる。(冬は越冬スタイルで。なにしろ柑橘類も植えているから、餌には困らないのかなあ)セリがいつ爆発的増加を開始しても、すぐにこれを抑制できる態勢にあるみたいだ。

 当然こうなればアゲハが増えすぎるので、立派なジョロウグモやトンボも、常時我が家にはいる。さらにさらに、これらを捕食する鳥たちは、糞害に私を憤慨させることはあるものの、常時我が家を訪れる。

 なんとも見事な食物連鎖だ。私が我が家の野草を食べるとしても、この中のほんのわずかを、一年のほんのわずかな時期(柔らかくておいしい時期だけ)しか食べないから、バランスはゆらゆら揺れながら保たれている。(夏はこれに「蚊」が入ってくるから、腹が立つんだけど。蚊は我が家の食物連鎖の中では、せいぜいクモとかトンボとかに食べられるくらいしか、意味がありません。私の血を吸うから腹が立つだけで。だからこいつを退治するのに、グッピー屋外飼育ってことになったりするのです)

 とはいえ冬は、生物の多様性という面からみれば、豊かではありません(ちなみに自然界の酸素量も少ない。植物の光合成量が少ないから)。実は今の地球は温暖化どころか、寒冷化しているという説があちこちで囁かれ始めていますが、こうなると一年中冬になるのかなあ。

 まあ私が生きている間には(もう50年やそこいらは生きているつもり)「全球凍結」なんてことは起こらないと思うけどね。でも寒いのは嫌だな。暑すぎるのも嫌いだけど。

※ 今月の『○○を語る会』は、今週末の28日、土曜日でございます。よろぺこお願いいたします。

2017年1月25日 (水)

厳冬を生きるって……

 冬らしく、うっそ~っと言いたくなるような寒さである。昼間は室内にいると、いい感じだったのに。ずうっと寒ければ、冬眠できても、時々暖かくなると、冬眠ばかりはしていられない。それで冬眠する動物たちは、日当たりの悪い、わりとじめ~っとしたところで冬眠して冬をやりすごす。

 子供のころからあちこちをほじくり返すのが好きで、いろんなところに穴をあけて喜んでいたのだが、小学校の低学年時代だったかなあ、土手の北側の小さなあなを掘っていて驚いた。なんと中は広くなっていて、ヘビが冬眠していたんですね!(気の毒なのはヘビのほうだけど)

 田んぼの畔でも似たようなものだ。日当たりの悪い畦を掘ってみると、冬眠中のカエルがごろごろ出てくる。気の毒なので、可能な限りもとの状態を復元して、戻しておいたが。

 彼らは本格的に暖かくならないと冬眠からさめないようにしている。そりゃそうだ、冬眠から醒めてはみたものの、また気温が下がってしまったら、動けなくなっちゃうからね。

 私の冬眠はただの横着だけど、彼らの冬眠は、本当に身体が動かないから、安全な場所に避難している状態だもんね。動けないときには、何が襲ってきても、身を守ることができないから。とくに今頃のシーズンだと、カラスがかなり必死で餌を探しておりますから、見つかったらカラスに食われちゃう。

 鳥は恒温動物なので、冬でも動けるけど、動くには(基礎代謝にも)餌が不可欠だ。だからこのエサが少ない時期でも、必死になって餌を探して食べなきゃならない。仮死状態のカエルやヘビは、この時期のカラスにとっては大ご馳走だろうからね。(なにしろ、なんでも食べようとしている)

 この必死さが多くの人間様にとっては迷惑なんだけど。ゴミは漁る、本来は食べないはずの花は食べる、もうめちゃめちゃです。私も多大な迷惑をこうむっているときもあるので、カラスについては「愛鳥週間」は認めておりません。

 賢い鳥だとかで、飼えばいろいろと面白かったり、可愛いくなったりするんだろうけど(今は野鳥を飼うには、いろいろ規制があるのでは? そんな規制をクリアしてまで飼いたいとも思わない)、今の私には、煩いだけの、縁もゆかりもない鳥だ。

 そういえば私が幼かったころ、かわいがってくれていた近所のお兄さんの家で飼っていたカラスのことは、記憶に残っている。何しろよく慣れていた。おじさん(もう亡くなってだいぶ経つが)が外出するときは、どこへでもついていっていた。

 なんたって翼が生えているからね。人間は道を通らないと移動できないけれど、カラスは空を飛んで一直線だから(とはいえ、見失わないように、道からは大きく外れなかった)。あの子はどうなったんだろうか。

 人間に飼われていると、いろんな点でメリットがあるだろうけれど、デメリットもあるだろうからね。とりあえずは野生のものよりは長生きするだろうけど。餌は安定供給されるだろうし、外敵に襲われる危険も減るだろうし。

 ただ、別れる時がつらいよね。どんなものを飼ったとしても、必ず「別れ」はやってくるから。これが今は魚しか飼わなくなった最大の理由なんだけど。

 とにかく冬という厳しい季節は、唐突に別れがやってくる時でもある。こんなに寒い夜は、野生動物は、どこでどうやって過ごしているんだろうか。きっと一晩一晩を乗り越えることが、命がけの戦いなのかもしれないよね。朝を迎え、気温が上がり始めたら、「まだ生きていた」って感動を覚えているのかもしれないよ。

 とはいいながら、私はゆっくりとお風呂で温まって寝ているんですけどね。まあ、一応は今のところ、人間やってますから。

 ※ 今月の『○○を語る会』は、今週の土曜日でございます。よろぺこお願いいたします!

2017年1月24日 (火)

冬の鳥

 寒いというよりも、「風が冷たい」って感じの一日でしたね。(私的には「風が冷たい」の方が、「寒い」よりも寒い)まだまだ大雪の可能性があるところもあるようなので、事故や災害などにならないことを祈っております。

 溶けたらただの水なんだけど、この水ってやつがいろいろと姿を変えてくれるので、やっかいです。固まっちまえば、ぶつかっただけで痛いし、時に厄介な切り傷(これが治りにくい)になったりするし、水だって一度に大量にやってくれば、ものを押し流してしまうし。

 水は生存に不可欠なものだけど、取り扱い注意な物質でもありますな!

 先日から庭木の枝にミカンを二つ切りにしたのを突き刺している。今日夕方、帰宅してみたら、なんと皮まで食べておりました。このパワー、間違いなくヒヨですな。メジロは、果実の柔らかいところをつつくくらいしかできないもの。

 それでもよほど空腹なのだろう。ヒヨは突き刺したミカンを地面に落下させることはあっても、普通は皮まで食べないもの。皮にも栄養分はたくさんあって、美肌効果がどうだのというのは人間くらいのもの、野生動物は一般的に「美味しいところしか食べません」。美味しくないところまで食べるってことは、餌が不足しているということ。

 まあこちらもボランティアでやっているわけで、お代は頂いていないから、餌の量を増やしてやろうとは考えてないんだけどね。我が家の鳥の餌を食べる上での基本条件は、「早い者勝ち」です。私が取り付けた直後に来て食べるのが正解です。

 冬は誰にとっても生き延びるのが大変な季節らしく、昔はよく見てたなあ。山の中腹のお寺さんの裏庭なんかで、きれいな鳥が落ちて死んでいるのを。気の毒だとは思うけれど、野生動物なので、自力で生きて、力尽きて死んでいく。こちらはそれを見ているしかない。もっとも下手に餌付けなんかやったひには、少々の餌では足りなくなる。こちらが朝寝坊などしようものなら、窓の外でうるさくさえずる。「餌ねえよっ! 腹減ったよ。さっさと出せっ!」

 甘やかすとすべてがこちらの義務にされる。あくまでこちらはこちらにできる範囲で対応するしかない。それを超えてしまったら、お金は出ていく労力は使う、そのわりには庭中フンだらけにされる、私が植えた記憶がない植物が生えてびっくりする(鳥が食べてきた果実の種子が、糞とともに我が家の庭に落とされたため)。

 せっかく棒を振り回せる広さまで回復したんだから、庭によけいな植物を増やしてほしくはない。鳥とのつきあいで一番苦労するのは、実はこれだったりして。

 そういえば雀が減ったなあ。私が子供の頃は、けっこう嫌というほどいたし、我が家にも巣を作っていた時代もあった。まだ目が開いていないヒナが巣から落下し、面倒だったのでそのまま飼育していたら(当時は野鳥の飼育に面倒な法律はなかった)、えらく慣れちゃって。可愛かったよ。きっと人を親だと思ってたんだろうね、刷り込みで。でも一番面倒をみていた母に一番懐いていたよ。ちゃんと人の区別がついてたんだね。

 もう少しは厳冬が続くみたいなので、鳥さんにも頑張って春を迎えてほしい。鳥は食いだめがきかないから、冬眠するわけにはいかないもんね。私は疑似冬眠をするけど。

※ 今月の『○○を語る会』は、28日(今週の土曜日)です。よろぺこお願いいたします。

2017年1月23日 (月)

冬来たりなば…とは言うけれど……

 大寒を過ぎたというのに、むちゃくちゃ寒いですね。幸いに私が住んでいる地域は、時に雪がちらついた程度でしたが、日本各地では大雪だったところもあるようで、くれぐれも安全には注意したいところですね。

 朝、メジロさんの声が聞こえたので、ミカンを出してあげたら(カイドウの木の枝に突き刺してあげる)、なんと食べていたのはヒヨだった。この厚かましい奴めとは思ったけど、この季節、誰しもが生きるのに一所懸命なので、追い払わないでいた(勝手に逃げてったけど。どうせ戻ってくるんでしょ)。

 昨日、ちょうど移動していた時間帯だったので、稀勢の里関の感動のシーンは見ることができなかったけど、よかったですね!(あとのニュースで見た)久々の日本人横綱、けがや故障に気を付けて、長く頑張ってほしいものです。なんたって、相撲は日本の国技なんだから。

 昨日一日中(ってほどでもないけど)練習していたおかげで、古傷になりかけのところが大変調子がいいです(H老師、Iくん、Nさん、ありがとうございました)。きっとこのまま治ってしまいそうな気がします。私にとっては練習が最高のリハビリであり、体調管理法であり、楽しみです(そのわりには、よく横着を決め込むけど)。次からこれを定期的にやってまいります。

 これで一番調子が悪かったところが改善されたので、二番目に調子が悪かったところが自己主張を始めましたけど(なんでも人間の身体は、一度にに何か所もは不調を感じられないらしいのです。一番悪かったところが改善されると二番目が自己主張を始め、二番目のが好転すると三番目が自己主張するといった具合に、いつまでたっても絶好調にはならないものらしいです。そこそこ動けたら、それで十分だけどね)。何はともあれ、一番の問題点が好転したのは救いでございます。

 さてさて世の中、「冬来たりなば 春遠からじ」なんてことを言いますが、一生春が来ない人生もあるもので、かりに春が来てもそこはそれ、花粉症という春ならではの苦労もあるわけで、人生ハッピーな時期は、果たしてあるんかいなと思ったりもしますが、中島みゆきさんの『親愛なる者へ』みたいに、春の服を着てなきゃ、みんな逃げてしまいますもんね。

 こうなるとまさに「やせ我慢の美学」という、1950年代のハリウッド映画みたくなっちゃいます(これは『ローマの休日』であろうが『カサブランカ』であろうが、あの頃の映画の特徴ですけどね)。いくら身体は太っていても、とりあえずはやせ我慢! いくら飯食ってもやせ我慢! 痩せガエル 負けるな一茶 ここにあり……ちょっと違うか。だいたいこの季節、カエルは冬眠している。

 ま、クマさんタイプの冬眠は、暇と余裕があれば、大変に憧れちゃいますけどね(現実のクマは、そんな楽はしていない。クマは炬燵を持っておらず、布団すら持っていないからだ)。ぬくぬくとしながら炬燵でみかんでも頬ばっていれば、いつか春が来るはずだから。

 一応今の状況だと、全球凍結はここ十年ほどでは来ないでしょ? きっと。地球全部が氷河で覆われちゃうやつ。あれは大気中の温室効果がなくなったから起こったんだよね、炭酸ガスやらなんやらが少なくなりすぎて。(植物が光合成をやり過ぎたんだって?)

 物事なんにでもほどほどがいいってことですね。でも、暖かい季節は待ち遠しいなあ(花粉は要らんけど)。

※ 今月の『○○を語る会』は、28日の第四土曜日に決まりました。よろしくお願いいたします。

2017年1月22日 (日)

推手天国と感謝

 いやあ、岡山は寒い! 岡山駅に降りて、市電でいつもの店に立ち寄って(いまさら、晩御飯を作るのも面倒いから。ついでに今週土曜日の『○○を語る会』を予約してきました。これで本決まり。私が生きている限り、実施されます)、晩御飯を食べて帰宅したんだけど、我が家は寒いなあ。まあ一人暮らしには広すぎる屋敷だから、寒くない方がおかしいけど。

 にしても楽しい一泊二日でございました。至福の時を過ごしたと言っても過言ではないでしょう。こんな催し物を、赤字覚悟で実施してくださったKさん、誘ってくださったNさん、そして久しぶりに相手してくれたI君をはじめ、もちろんメインのH老師をはじめとした奥様、息子さん、それから何くれとなく細かなことにまで気を使ってくださったみなさんの全員に、深い感謝の意を表したいと思います。

 疲労困憊して今は、「寝たら死ぬぞ」状態ではあるのですが、妙な幸福感に包まれております。さすがに今夜は、あとニューヨークに行ったら(入浴をしたら)寝ますけどね。

 止まったホテルが、曰く因縁つきのホテル(幽○が出るとかという)だったんだけど、けっこういい気分で眠れましたしね(睡眠時間は短かったけど…遅くまで飲んでいたのが悪い。すべて自分の責任…眠りは深かった)。

 Nさんは打鬼ってのは中国語では、シャドーボクシングのことを意味するのだと教わって、まさに打鬼(鬼には▽霊の意味があります)をせにゃならんのかなあと思っていたんだけど、気の毒な亡くなり方をした方らしいので、そんなことはしたくなかったし。

 ま、何もなくてよかったです。生きてる時に傷つけられて、亡くなってからも傷つけられるなんて、最低だもんね。そうでなくても、亡くなった人はすべて、いい人なのです(たぶん)。

 まあ、私はそんなことはすっかり忘れて、今や、ますます巨体になったIくんと、推手に没頭していましたけどね。神経を集中して没頭できるほど楽しかったし、何もかも忘れられるほどでしたよ、面倒なことが。

 一応、基本的なことは、フルセットでできたので、もう久々の充実感。充実しないと、生きてる値打ちがないもんね。少なくともこの一泊二日は、一瞬一瞬が充実していたなあ。普段一人でぽつんと生きているだけだけど、こんな時はいろんな人に触れあえて、俺はまだ生きてるぞ!という実感が湧きますね。

 何かを達成したような顔をして、神棚に乗らなくてよかった。本当のことは半分も理解してないのに、さも全部を悟ったような顔をしなくてよかった。荘子が、神棚に祀られる神亀になるよりも、尻尾を泥の中に引き摺って生きている亀でありたいと言ったように、いつも自分が汗と泥にまみれ、時々は血を流しながらでも、自分の身体を使って生きている人生を選択してよかったと思いますよ。

 そうして、それを可能にしてくださった多くの人々に、改めて感謝しながら生きていきたいと思いますね。

 で、明日は雪なんだそうな。今日の帰りが雪ではないかと思っていたので、ちょっと予定が遅れたのかな。明日も出かけなければならないところはあるけれど、これでまた少しは元気を戴きましたよ。

 ありがとうごさいました!

※ ということで、今月の『○○を語る会』は、28日の第四土曜日に正式決定いたしました。よろペコお願いいたします。

2017年1月21日 (土)

日付変更をこえなかった就寝

 おはようございます、にはちょっとまだ早いかな? という時間帯に起き出しております。昨日は(本当の昨日)珍しく、昨日中に寝たので、案外これも気持ちがいいもんだなあと感じています。生活習慣を変えるチャンスかも。

 なにしろ起き出したのは、いつもなら寝る時刻なので(起きてから、しっかりとストレッチをやっておりました。私独特のストレッチでございます……本来、その人に必要なストレッチには個人差があってしかるべき、と考えております)、今日は何時まで起きていられるやら。国内にいてさえ、「時差ボケ」してしまいそうな予感があります。

 しばらく前から、飲酒は日付が変わる前まででないと、翌日は調子がイマイチだなあと感じていました。これはすでに習慣化されていて、年に一度か二度しか羽目を外さなくなっております。できるだけ長くお酒とは付き合いたいので、この程度のルールは守った方がいいのではないかと思っていますけどね。第一、翌日の始まりがぼけーとしていると、スタートで大きく出遅れたレースを走っているみたいで、落ち着きません。

 こう考えると、今日のスタートはフライングもフライング、ドフライングみたいな気がしていますね。水槽の中の魚もまだ寝ているみたいだし(魚が寝ているのは、瞼がない生き物なので、動きで判断するしかない)。

 それにしても、雪が積もらなくてよかった。昨夜寝るころには、雪が再度雨に変わっていたから、たぶん大丈夫とは思っていたんだけど。これで後は計画通りに今日、明日の日程がこなせるとよろしいかと思いますが、何事であれ、やってみなくてはわかりません。

 順調だったかそうでなかったかは、物事が終わってみなければわかりません。順調に行ってるなと油断した瞬間から、順調でなくなったりすることはよくある話で、何事にも慎重であれ、とはこういうところからきた言葉なんでしょうな。

 とはいうものの、新聞屋さんはさすがに早起きで、すでに朝刊が郵便受けには入っており、ドナルド・トランプさんがアメリカの新大統領として就任されたと、一面にでかでか出ていました。アメリカ第一主義はアメリカの大統領なんだから当然として、まあ仲良くやっていきましょうやってのが私の本音ですね。

 本当は世界中の国々が仲良くやっていくのが理想なんだけど、中には100年、数百年遅れた思想や行動パターンしか持たない国もあるみたいだし。とかくこの世界はやりにくい。「話せばわかる」と言っても「問答無用」って好きなことをやってる連中もいるみたいだから。

 話してわからない連中ってのは、自分の都合でどんどん論点を変える連中であって、何か確固たるものを持った者とは、対話はできる。お互い譲れずに物別れすることはあるかもしれないけれど、相手の立場をなんとなく理解することはできますな。わかんないのは、状況しだいでコロコロ態度を変える奴。

 こういうのは最初から話をする気になれないですわ。何を基準に話を展開すればいいのかわかんないからね。時間と労力の無駄。

 昔々ある人から言われたことがある。「いろいろと教えてください」って。 私は何のことやらわからなかったので、「え? 何をですか」と聞き返した。すると彼女(女性だった)は「いえ、だからいろいろと」 私は頭を掻いた。「いろいろとは教えられませんなあ。わかんないから」

 日本語は便利なようで、案外不便である。これは日本語に限らず、どの言語でも同じようなものかもしれないが。

※ 今月の『○○を語る会』は、来週の今日、28日の第四土曜日の予定です。よろぺこ!

2017年1月20日 (金)

雪、降るな!

 むっちゃくちゃ寒いですよね!(岡山ごときが、なにをいう、と言われれば、そうですね、というほかないが)地方局のアナウンサーが、「昨日ほどではないですね」などと言っていたのに腹を立てるくらいである。今日の方が寒いっ!表へ出えっ!(喧嘩をするのではない。とりあえず外に出れば、この寒さ…っていうか「冷たさ」…はわかる)

 まあ大寒だからしかたがないか。大寒だもんなあ……大寒。 この季節、ダイコンは美味しいけど、大寒はいただけない。明日は朝が超早いので、今日は早く寝てしまわなければならないが、いつもは寝る時刻に起きなきゃならないので、いっそのこと起きてようかと思うけど、寒いからやっぱり寝てしまおう。

 琴奨菊関も大変でございましたなあ。一年ほど前、コトバウアーなんてやっていたので、なんかヤバいなあと思っていたら、本当にヤバくなっちゃった!まあプロですから、CMを受けるのは当たり前なんですけどね。(それもプロのうち)

 テーピングだらけの身体を見て、気の毒になっちゃいますよ。私もご多聞に漏れず、古傷はあるので、故障を抱えて戦わなきゃならない苦しさは、いくらかはわかりますからね。一所懸命やっているのがわかるだけに、気の毒というか辛いというか。

 稀勢の里関が頑張っているので、もう二日、しっかりと頑張っていただきたい。二横綱が休場する中、白鵬関と場所を盛り上げてんだから、優勝して横綱にって期待しちゃいますよ。久々の日本人横綱だもんな~。とりあえず後二日、難敵揃いでしょうが、連勝して一気に優勝していただきたいですね。実力的には、すでに横綱なんだから。

 日曜日の予定は(特に夕方が)まだわからないんだけど(物事の流れ次第でどうなるか……)、たぶん気になってしかたがないだろうなあ。

 ああ、とうとう雨が雪に変わっちゃいました?(部屋の中からの観察なので、しかとはわからない。まだ雨かも)明日は朝早くから動くので、嫌だなあ。積もるなよ。(何度も言いますが、私の車はちゃんと冬用にしてますが、まわりの車がノーマルタイヤだったらアウトですからね。そして岡山では大雪の日は、普通にこういうことが起こる。

 さあて明日は久々に、心許せる友人と、心行くまで会えるぞ~。話しできるぞ~。こちらの体調が怪しいだけで。暖かくして行って、身も心もあったまろう(途中から冷や汗? 脂汗?)

 あ、雪ですね。粒が大きくなって、落下速度が遅くなった。積もるなよ。予定が狂うから。

※ ということで、今月の『○○を語る会』は、28日の第四土曜日の予定です。よろぺこ! 

2017年1月19日 (木)

探し物はこれですか?

 昔から、一度にたくさんのことを抱え込む癖があって、そりゃあもう火事場ではないかと思えるほどてんてこ舞いをするのが、私の習性である。にもかかわらず、一度に一つのことしかできない不細工さだから、大変だ。

 ということで、何かをしている最中に緊急の用事が入ると、大変にヤバい。一つのことに集中するタイプだから、緊急事態に囚われたら、今やっていることなんかきれいさっぱり忘れてしまう。

 基本、理科系なので、データや資料を集める作業は、私の一日の中では、かなりの大きな部分を占める。ちょうどひと切りついたところへ緊急事態が発生するのであればまだいい。ところがたいていの場合、緊急事態というのは、発生してほしくない時に起こるから、緊急事態になるのだ。

 すると急いで問題解決しなくてはならなくなる。そしてその時やっていた作業は、頭の中から消えてしまうのだ。当然、集めていた資料やらデータやらは、どこかへうっちゃられてしまったままになる。今までの人生の中で、いったい何百回こんな目に遭ったことだろうか。そのまま紛失してしまうこともある。改めてデータや資料を作り直したことは、何十回あるだろうか(百回よりは多いかも)。

 こりゃいかん。こんな時間と労力の無駄をしていたのでは、人生、前に進めない、と感じて、いつ頃からだったかなあ、集めたデータや資料をファイルしたり、収納したりして、一か所に集めておくことにした。

 するとやっちまうのである。こんどはファイルや収納ケースごと紛失してしまうのだ。今まででこんなことが何十回あっただろうか。どうせ私の仕事場からは出してないはずなのに、見当たらない。不思議である。「Myとmineの神隠し」である。

 そうして同じ資料を作り直したことが、何十回あっただろうか。

 見つかるときは盛大に見つかる。同じ資料がわさわさと出てくる。こんな日にはへたり込んで溜息をつくしかない。もちろん溜息の中にはいくらか「安堵」の気持ちも込められてはいるが。

 実は今日も、以前作ってまとめておいた資料を探していた。だいたいファイルの背表紙に貼ってあるシールが剥がれるからいかんのだ、とかなんとか、ぶつぶつ言いながらである(不思議によく剥がれる)。

 へっへっへ…… ありましたよ。今度はシールなんか貼らないで、資料名をマジックで直書きだ。不思議に見つかるときは見つかるもので、同じ資料がまた別のところからも出てきた。せっかく頑張って作ったのだから、こいつも合体させておこう。そして今度は絶対に見失わないように、PCの真上に置いておこう。タイトルが見える向きで。

 さがしものは これですか? もうこれ以上は探しませんね 遊びましょう 遊びましょう せっかく出てきてくれたのだから 見つかってしまうだけで 心ウキウキからだも軽く 遊びましょう 遊びましょう 絶対二度と探しませんよ

 などと替え歌を歌ってしまった。このおつむの軽さが、何度でも同じミスを繰り返すことにつながっているのだろうが、二度と探さなくてもいいように、PCデスクにでも縛り付けておいてやろうかと思ったりする(すると使いにくいので、またバラシてしまうんだろうなあ… 悪循環だなあ…… ま、私には必要な、「人生の道草」なのかもね?)

※ 今月の『○○を語る会』は、28日の第四土曜日の予定です。よろぺこ!

2017年1月18日 (水)

今晩は忙しい!

 寒いじゃござんせんか! まあ私が散髪したんだから、無理もない(冬に私が散髪に行くと、必ず寒くなる、の法則アリ)。日本全国に迷惑がかかるといけないので、できるだけ迷惑がかかりそうにない日を選んだんだけどね(センター試験の日は外したし)。意外に気を使って生きてるんだよ。

 とはいうものの、ちょっとばかし急ぎの用事ができたので、今晩はそれにかかりっきりになります(終わるまでは寝ない! という固い決意のもと、取り組みます。そのわりには、晩御飯時に『ミスター・ビーン』を久々に見直していて、へらへら笑ってたんだけどさ。

 ま、笑う時は笑う。締まるときには締まる。これが一番ですな。緩まないと締まれないもんねえ。(弾性エネルギーか、私は?) するってえと変形の二乗に比例するってえあれで、緩めば緩むほど、締まるときがパワフルになるってか? ……そうありたいものだ。

 でも緩みすぎると、くたびれ果てたパンツのゴムよろしく、「おらあ、二度と縮みたくねえだ……(情けない……)」てえことになるのが人間という生き物で、ほどほどが一番である。 ま、今晩はそういうわけにはいかないので、たとえ前のめりに倒れようとも、突撃あるのみである。

 ということで、先ほどからコーヒーやら中国茶やらを飲みっぱなしだ(トイレが近くならなきゃいいんだが。残念なことに今日はまだ普洱茶は飲んでない)。

 先日、茶葉置き場をふらついていたら、なんとその昔大量購入した「水仙茶」が出てきた。こいつは便秘には特効薬なのだが、あいにく私は便秘などにはご縁がない。毎日順調である(キタナイ話でごめんなさい)。誰かいる? ものすごく苦いけど、効果は私が保証してもいい(でも水仙って、本来毒草じゃなかったっけ?)。

 ま、中国なら、便秘症の人でも、毎朝水道水を飲んでれば、そのうち間違いなくダムが決壊いたしますから(トイレから5m以上は離れられなくなります。経験者は語る…今でも笑えないねえ)、便秘薬なんか不要だけどね。

 もっとも最近、三峡ダムが決壊すると…… なんて話もちょくちょく聞くので、これまたあまり笑えない話なんだけどね(なんでもお得意の手抜き工事をやったとかやっていないとか)。趙本山の『落葉帰根』は、ちょうど建設中の頃の作品だったっけ。(名作です。ずいぶん前に、本ブログで、完全日本語訳を私が載せたはずです)

 何やら今晩はこれから気合を入れて頑張らなきゃならないのに、下ネタになってしまいましたな。

 そういえば最近長いこと、クサヤの干物を食べてなかったねえ。一度中国に「土産」で持って生きたいくらいだ。私の主観的な判断では、臭豆腐なんかはメじゃないから。なんでも世界で二番目に臭いのがクサヤなんだそうな(一番はシュールストレミングなんだって。次回訪中したら、途中で香港かどこかで探してみよう…買ってきたとしても、いったい誰が食うのっ!?)

 さあ、妄想はこのあたりにして、仕事! 仕事‼

※ 今月の『○○を語る会』は、28日の第四土曜日です。よろぺこ!

2017年1月17日 (火)

わがまま

 昼は比較的暖かかったんだけどね~。夜はやっぱ、冬だよね~。足元からしんしんと……

 なんて岡山県で言っていたら、北国の人には笑われてしまうかも。でも、私的には、けっこう寒い。本当は筋トレでもやらかせば、あったまるんだろうけどね(筋肉の動きは、短時間で体温が上がりますね。だからダイエットには、筋肉を使う運動を推薦するむきもあるようです。私もこれは否定いたしません)。でも最近横着になってててね。

 運動は大好きなのだけど、今日はなんとなく気分が乗らない。気分が乗らない時にはやらない。チョーわがままでございます。何月何日に試合に出るってわけじゃあないから、気楽に暮らすってのが今の私のスタイルで、だいたい調子がよければ、それで十分だと思っております。(もう体調をベストにして、超過回復させて、ピークの頂点で何かするって気持ちもなくなりました…やり方は知っているけど)

 とはいうものの先日のセンター試験では、毎年のことだけど、雪! 雪は絶対にセンター試験の日を狙って降っている!と思いますね。中谷宇吉郎先生の有名な「雪は天から送られた手紙である」という言葉がございますが、上空の情報を寄せてくれるものの他に、天はそこまで受験生に悪意を持っているのか? と思わせたりします。

 それとも「獅子は千尋の谷に我が子を突き落とす」って、厳しい愛情なのでしょうか? で這い上がってきた子供だけを育てるっていうのでしょうかねえ? まあそれでもこの関門を潜り抜けたら、4年間の執行猶予期間(何の執行猶予かは知らないけれど)。ここでしっかりと自分なりの目標を立てて、「獅子」の厳しい愛情に応えられるようになっていてほしいものでございます。

 ま、別にセンター試験だけが関門ってわけでもないけれど。生きていたら「関門」なんてそこらじゅうにあるもん。ことによったら一日に何十も潜り抜けないといけないこともございますな。(最近の私は、きわめて自分勝手に、関門に整理券を渡して、「はい、今日はここまで!」なんてやってるけど。我がままで何が悪い? 人生でわがままができる期間なんて、そんなに長くはないし、また滅多にやってこないし。こういう時に満喫していないと、次はいつ来ることやら……)なにしろ関門の種類は多いですからね。

 それにしてもだいぶ空気が乾燥してきたような気がしますね。喉の具合がちょっと…… 昔は「ウグイスが仁丹飲んだような」なんてフレーズがあったみたいだけど(私はよく、仁丹がウグイス飲んだような、とやっていた。仁丹がウグイスを呑んだら、これはまた一大事なんだけど)、私はやっぱり、○○である(CM効果はないとは思うけれど、一応伏字にしときます)。喉がすっきりするもん。

 これから花粉症の時期に備えて、そろそろストックしておかないといけない。憂鬱なんだよね~、この寒さが終わったら花粉かと思うと。でも2月3月4月は家にいないといけないでしょ? 5月になればGWあたりからそろそろ脱出を考えておくかなあ(実はこの時期の私の花粉症は、大変なことになっている場合が多い。花見も控えめにして気を使っているんだけどねえ…室内で桜の花びらを浮かべたお酒はいただく。この時まったく香りが感じられなかったら、すでに末期症状だ)。

 でもこの時期は私が「山菜の季節」と勝手に決めているので(これまたわがままだけど)、野草に始まり、山菜に至るまで、あちこちを巡りながら採集する(当然、花粉症は酷くなる)時期でもある。途中からヤケクソになっているけど、年中行事なので止める気はない。「ねがはくは花のもとにて春しなむ その如月の望月のころ」という西行法師の歌のように、願わなくてもなってしまいそうな感じである。

 こうなるともう「わがまま」どころではない。呼吸ができていることだけが、生きている証みたいになってしまうので、せめて今くらいは「わがまま」に暮らしていたい。

※ 今月の『○○を語る会』は、28日の第四土曜日の予定です。よろぺこ!

2017年1月16日 (月)

冬の蜘蛛

 20日の大寒に向けて、順調に寒いですな。

 昨日、汗をかいたまま、某食材を1年間食べられるように加工していたら、途中で「冷えたかな?」と感じていたのね。するとさっそく夜から、久々の頭痛。1年ぶりくらいかなあ(それとも2~3年ぶり?)、頭痛なんて。

 寝たら治ると思っていたのだが、なんと朝になっても治らず、昼過ぎてからようやく痛みがひいた。久しぶりの頭痛で、かえって新鮮なくらいだったよ(怪我とかの痛みは、日常茶飯事なので。そろそろそんなに怪我する歳でもなかろうに、と言われることもあるけど……)。

 まあ10月になれば、惑星二ビルとかが地球に衝突するってことで、そうなると頭痛も糞も関係なくなって、めでたしめでたしということになるんだろうけど(なるわきゃ、ねえだろ!)。どうしてこうも地球と人類を滅亡させたがるんだろうかねえ。本当にトンチキ野郎だわ。

 高校生時代の私はSF狂いだった。お蔭さんで地球滅亡なんて話はいくつも読んだけど、あまり心に残る名作は見当たらなかったなあ。

 人類滅亡のテーマでいくと、ネビル・シュートの『渚にて』。こいつはなかなか名作だと思いましたな(確か映画化されていたはず。映画の方も見たけど、小説がそもそも紳士的な作品だったので、映像になるとまったくと言っていいほどインパクトがなかった)。読んでしばらく呆然としたことだけが記憶に残っていて、呆然とするくらいだから、きっと感動したのだろう。もしかしたらこれを読んだのは、中学生時代だったかも知れない。はるかな昔のことなので、記憶が定かでない。本は藏の二階にあるはずだ。

 地球滅亡でいえば、なんといっても小松左京大先生の『果てしなき流れの果てに』。これは太陽系の末期にまで話がとぶので(なんたってタイムトラベル)、あまりのスケールのでかさに、当時いたいけな少年だった私は、見事に飲み込まれた。(映画化された『さよならジュピター』なんかも、小説の方はよかったなあ。映画は、珍しくタダ券が手に入ったので…これはよく記憶している…見に行きましたよ。仕事を早めに終えて。感想の方は「……」。SFXはよかったと思いますよ。やっぱ大スクリーンで見ると、迫力ありましたもん)

『幻魔大戦』によれば、滅びゆくものには「美」があるんだそうだけど(最初の平井和正原作、石森章太郎…当時はまだ石ノ森章太郎ではなかった…絵、週刊少年マガジン連載だった、漫画『幻魔大戦』では幻魔のシグが、アニメ映画の『幻魔大戦』では幻魔カフーが言ってた)、そうかなあ……? 確かに悲壮感一杯の美しい亡び方もあるんだろうけど、「何やってるんだろうかね、あほちゃうか?」って亡び方も、なくはないからねえ。

 中でも「俺だけは助かるんだ。隣の奴を殺してでも、俺だけは生きる」、「全部こいつのせいだ。こいつがあほだから、俺たちも巻き添えになるんだ。死にたくねえ」、「あっちについたら助かるかな? いや、こっちについたら助かるかな?」なんてを全開で喚きたてられると、「はあああああああああ……」とため息をつき続けて、息を吸うのを忘れて倒れそうになる。 見苦しすぎるよっ!

 芥川龍之介さんの『蜘蛛の糸』ではないけれど、下向いて喚いたら、蜘蛛の糸は切れちゃうんだよ。助かる人は、下を向いたりしない。ただひたすら上を向いてのぼり続ける。下向いた段階で、すでに油断が出てるからね。まあ現代では、蜘蛛の糸の構造を参考にして、大変に強力な糸が作られているそうだから、今ならカンタダさんも助かったかも。

 でもどうやって糸みたいな細いものをのぼったのかなあ。ロープ上りでも、あるていど太さがなかったら、上りにくくないですか?お釈迦様が見つけた蜘蛛って、どのくらい大きかったんだろう? 体長100mほどもあったんじゃないだろうか。

 ということで、昨年の晩秋から、玄関横に気合の入ったジョロウグモが巣を張っていたので、「いつまでもつのかな?」と、そのまま放置して観察だけ続けているのだが、まだ蜘蛛の巣の真ん中でジョロウグモは頑張っている(死んだらすぐに、蜘蛛の巣は撤去される)。この季節、いくら頑張っても獲物はかからないんじゃないかと思うが(非常に暖かい日には、ハエは見かけるね)、それでも頑張っている。

 もしかしたら我々地球人類も、こうやって地球上で頑張って、太陽系滅亡の時、地球が太陽に飲み込まれるまで生き続けていられるのだろうかと、共感を覚えるから不思議だ(ただ単に、私の脳味噌が不思議なだけかも知れないけど)。

 ま、そんなことを考えていてもしょうがないので、今、この瞬間を大切に生きた方が、はるかに人生が充実すると、私は思うよ。

※ 今月の『○○を語る会』は、28日の第四土曜日の予定です。よろぺこ!

2017年1月15日 (日)

おさらい

 昨年秋から、一日に一話ずつ、『刑事コロンボ』シリーズを見直していた。なにしろ新旧合わせて69作。毎日見ても2か月以上かかる。私にとってはいろいろと勉強させていただいた作品なので、言わば「おさらい」といった感じか。

 まあ刑事コロンボ(とはいうものの、名はとうとうわからずじまいだったし、「かみさん」もとうとう出ずじまいだった…ピーター・フォークの実際の奥さんは、出演している。もちろん「かみさん」も「かみさん」というだけで、名前はわからずじまいだった)は、勉強にはなったけど、友人になろうとうは思わないキャラだったね。(対岸の火事的に見るから、面白いわけで、あんなやりかたで迫られたら、私だったら「も~いいっ! 十分だっ! 俺がやった、やりました! はいはい、なんでもしゃべりますっ!」って、すぐに白状してしまいますな。それほどしつこい。

 最初に旧シリーズが出た時(すでにVHSで全巻揃えていた。今はDVDでそろったので、邪魔になってこまっている)にさっさと購入したので、後から新シリーズが出たとき(この時も、新と旧両方とも出しやがって、しかも全部そろえたら特典があったらしいのだが、私のように旧を全部先に買っていた者には特典がなかった、。ど~なっとんじゃ?デ○ゴスティーニ!?)、ええ加減にせえよ、とは思ったが、仕方なく買った。

 まあいいや。デ▽ゴスティ―ニなんか信用した私がバカなんだから。(模型シリーズでも、懲りているし)

 そんなことより、新旧の比較だね。基本的に新シリーズは旧にくらべてアクションが多い。なんとあの刑事コロンボがぶん殴られるシーンが何度か出てくる。「こんなの刑事コロンボじゃねえや」なんて思ったけど、まあ大人しく見た。(だいたいピーター・フォークが年なのに、走らせたり、殴られたりするのは、気の毒じゃん!)そして新シリーズの方が、一般的に犯罪(殺人)が起こるまでに要する時間が長い。つまりは殺人に至る経緯を長めに描いている気がする。

 そんな中で私が、新旧69作中で最もお気に入りの犯人は、第43作の『秒読みの殺人(MAKE ME A PERFECT MURDER)』のケイ・フリーストーン(TRISH VAN DEVERE)ですな。最後のセリフは大好きですよ。

It's very odd. They say there's a great sense of relief, that comes when something like this is over. I don't feel that at all, quite the opposite.

 ねえ! 自分の犯罪がすべて明かされて、これからつかまろうという時に、すべてが終わったっていう安堵感がないっていうんですよ。

 そのあとのやり取りが、これまたいいなあ。

Will you be taking me?

 と問うケイに、コロンボは例によって、捕まえた獲物には余裕をかまします。

Yes ma'am,into town. After that......

  これに対してケイは

After that I think I know what will happen.  I'll fight, I'll survive.

 この貧困から自分の腕一本で這い上がり、様々な賞を取り、支社長を目指した女性の意志に、ずいぶんと感情移入してしまいます。

 これからまた戦って、生き残ろうとする女性には、「ほっとした気分」など、湧くはずがないんですよね。

 新シリーズの『恋に落ちたコロンボ(IT'S ALL IN THE GAME)』のローレン・ステイトン(フェイ・ダナウェイ)も、『幻の娼婦(SEX AND THE MARRIED DETECTIVE)』のジョーン・アレンビー(リンゼイ・クローズ)も、なかなかいいんですけどね。

 戦いを続けようとする者、義のために身を捨てるものは、カッコいいものなんですよ。

※ ということで、今月の『○○を語る会』は、28日の第四土曜日の予定です。よろぺこ! 

2017年1月14日 (土)

冬眠宣言!

 朝起きたら、きっと銀世界? と(勝手に)思い込んで、明け方4時過ぎまで仕事して、やや遅いめの朝に目を醒ましたら、なんと晴れていました(雪の「ゆ」の字もありませんでした。風は強かったけど)。そこで「不貞寝」へと移行したのですが、最近の傾向として、この二番寝が眠りが深い。もしかしたら二度と目を醒まさないのではないかと思うくらい深い(そりゃ、死んでるんですがな)。

 寝る前には感じていた空腹も、もう胃袋がマヒしていて感じない。このまま放っておけば、ダイエットだってできるに違いない(得意技、「睡眠ダイエット」ですな。人間、寝てても、死んでなけりゃ基礎代謝はしてるわけで、この基礎代謝がバカにならないほどエネルギーを消費するんですな。寝てるわけだから疲れない。疲れないのにダイエットできるという、夢のダイエット法ですよ……体力の低下が著しくなりますけど)。恐ろしいのは、「気がついたら死んでいた…気が付くはずないか!」という状態だけ。

 ベッドの横に水分補給用のお水か、お茶でも準備して、トイレははしかたがないから行くとして、1週間くらいやったらまちがいなく、足腰が立たないくらいダイエットできているに違いない(笑)。危険なので、よゐこの皆さんは真似をしないようにしましょうね。私はぐうたらしているようでも、今日もこの寒風のなか、きっちり健舞はフルセットで念入りにやってますし、人様にはまだお見せできない練習をやってますからね。

 なにしろこの寒風の中、汗びっしょりになったくらいだから(だから寝られる)。怖いのは汗が冷えて風邪をひくことくらいだ。用心のため、今日は早めに寝よう。

 というか、なんだかさっきから雪がけっこう降ってるんだよね。この調子で降り続いたら、明日の朝にはほぼ積もっている? これで明日は「冬眠」決定! クマ型の冬眠になるか、ヤマネ、リス型の冬眠になるかわからないけど。まあ昼頃まで寝ていたら、そこそこ雪も溶けているでしょう。所詮岡山市内だからね。そんなに何十センチも積もるわけじゃないし。

 幸運にも目が覚めたら、メジロさんにエサを準備しなくては。メジロさんにお食事をさしあげるくらいだから、お魚さんにも食事をさしあげなくては。どーぶつにお食事をさしあげるくらいだったら、自分も食べなければ。と結局、自分が一番後回しになるんだけど。

「寝るは法楽、金いらず」なんてえことを昔の人は言ったそうですが(今は暖房器具にもお金がかかるので、必ずしも金いらずではない)、「な~んにもせんぞっ!」と決めてしまったら、寝てるのはらくだよねえ。ふたこぶらくだくらいらくだ(何を言っているのか、自分でもわからなくなってきたぞ)。

「晴れの国岡山」でもこんな天気なんだから、日本海側なんかだったらとんでもなく降っているんでしょうね。災害が起こらないことを祈っておりますよ。私はこれから(少なくとも)明日の昼頃までは、外出はいたしませんで、「冬眠」に入ります。ではみなさん、GOOD-NIGHT!

2017年1月13日 (金)

雪対策!?

 寒の内のど真ん中とはいうものの、本格的に寒くなってまいりました。「晴れの国岡山」ですらこのくらい寒くなったのだから…と思っていたら、なんと、なんと、気象庁から「大雪に関する警戒」が出される始末。しかも西日本から東日本の広い範囲でときた。こりゃあもう明日、明後日は「冬眠」。

 おう、そうだ。車に積んである長靴を、持って入らなきゃ。車庫までの10m足らずでも、雪が降っていたら難儀をする。雪かき用のスコップは、玄関脇で待機しているんだけどね。なにしろ滅多に雪が積もったりはしないので、このあたりの準備には「落ち度」ができやすい。

 車は当然のようにスタッドレスを履いているけど、私の車が雪に対応したとしても、周囲の車は対応していないことが多い(岡山ではよく見かける光景)。ということなので、積雪が見られたら、取りあえず大方の雪が溶けるまでは、車での外出は控えたい。家の中で好きな音楽でも聞きながら、普洱茶でも飲んでますわ(普洱茶は身体を温めてくれる作用があるので)。

 雪が降ると決まってメジロがやってくるんだよね。きっと山ではエサが手に入らなくなるんだろう。ところが残念なことに、我が家でも「おいしいミカン」は底をついた(私が食べ続けたから)。ゆずはあるけど、まだ木についたままで皮は自分で剥くしかない(鳥はつついて穴を開けるのだが、メジロサイズの鳥では、ちょっとしんどいみたいだ。こちらも寒いと表に出たくなくなるので、まあ頑張って! もしもミカンを買いに行く余裕があったら、補充はしておくけど。喧嘩しないで食べるんだよ。こまった時はお互い様なんだから)。

 そういえば我が家に「鳥の餌場」を作ってやろうとか、「巣箱」をかけようと思っていた頃があったっけ。あまりの多忙さに、どこかへ忘れていた(それに我が家にはアオダイショウもいるし。基本これらは保護獣?である。何故かというと、私と利害関係が一致しているからだ。害虫、害獣を駆除してくれるものは、私は大切にしている…だからといって一部マニアのように、抱いたり、首に巻き付けたりはしない。基本、ヘビの触感はあまり気持ちがいいとは思わない)。

 食物連鎖の頂点に近い生き物がいるということは、我が家の庭には「大自然!」が残っているということだ(梟がいるようになれば、言うことはないんだけどねえ。我が家の近所では、私が小学生時代まではいたんだけど、最近ではいる気配がない)。こういう生き物をみかけると、一人暮らしには広すぎて、管理に音をあげているけれど、ちょっとは「いいんじゃね?」と思ったりする。

 ま、鳥の餌場まで作らなくても、樹木の果実を食べに、小鳥はたくさんやってきますけどね。(おかげで、蒔いた記憶がない植物が生えて、迷惑するくらいだ。鳥はどこへども排泄しますからねえ。あの糞の中に、植物の種子が入っているんだね)明日昼まで雪が積もらなかったら、メジロさんようにミカンだけは買ってきてあげとこう。なんたって、メジロは可愛い(外見と、仕草が。性格は知らない。性格が外見と異なることは、どんな生き物でもあり得ることだ)。

 ということで、この土日は、外出できないことを前提に、計画を立てておこう。降らなかったら降らなかった時の話で、その時に考えればいい(そうだ。雪見酒の肴を作る材料を買わなくては)

※ 今月の『○○を語る会』は、28日の土曜日の予定です。よろぺこ!

2017年1月12日 (木)

トコ

 冬らしくなりましたなあ。外に出ていても、半分ヤケクソ気味にならないと我慢できない。カラスが北西の季節風とうまくバランスをとって、空中の一か所で留まっている。もう少し季節風が強くなると、必死で羽ばたいているのにバックしてしまうという、面白い風景が始まる。(カラスも頭がいいと言われるわりには、地面を歩いた方が前進できるということには気がつかないらしい)

 いずれにしてもこれから自然界ではエサが不足する季節になる。「木守」に残された、たった一つの実まで鳥がつついてしまうと、後は何もなくなるのがこの季節だ。こうなると我が家の庭あたりにも、小鳥が姿を見せるようになる。

 先日から野鳥が毎朝姿を見せ始めている。もう少ししたらメジロが来るんだけど、たいていヒヨが邪魔をする。弱肉強食の世界なので、そのまま放置して眺めていればいいのだが、どうにも人間という奴は「感情移入」してしまう。ヒヨに追い払われるメジロが可哀想に思えてくるのだ。

 だいぶ前になるが、ヒヨのつがいが来て、はでらしく鳴いていた。当時我が家の近所にトコが一匹住んでおり、アクラの木に登って、ヒヨが来るのを待ち伏せていた。ヒヨは我が家の庭では I am a champion! みたいな顔をしていたので、思いっきり油断していた。

 ガサっいう音がしたとたん、ヒヨのつがいの片方はトコに加えられ、トコはトコトコ木から降りたと思うと、南西の方向に走っていった。残されたヒヨはしばらくピイピイ喚いていたが、それまでが勝ち誇った態度で、ビッグな顔をしていたので、「ま、しょうがねえわな!」ですませた。

 ネコというのは、ネズミを捕まえる奴で、鳥を捕まえるのはトコ、ヘビを捕まえるのはへコというのだそうだが、我が家を訪れる猫には、いずれのタイプもいた。時に子猫の時から可愛がった猫は、自分で狩りをし始めると、獲物を献上品として届けてくれる。こちらとしては「有難迷惑」なのだが、せっかくの好意なので、一応納めたように見せなければならない(どうせゴミ捨てに出すんだけどね)。

 人間同士の付き合いでも気をつかわなければならないことが多いが、猫との付き合いでも、気を使わなければならないことはあった。なにしろ貢物はネズミ、小鳥、ヘビ、カナヘビなどなど多種多様にわたった。チャーちゃんが逝って以来、猫との付き合いは断っているので、最近はこういった気を使わなくてもよくなったが。

 さて、ヒヨを追っ払ってメジロだけにしてやると、今度はメジロの中で勢力争いが始まる。より有力な奴が、嘴をパチっと鳴らして、弱い奴を威嚇するのだ。べつにじ独り占めしなくても十分なくらいエサを与えていても、である。どうしても独り占めしなければ気が済まないらしい。

 こういうシーンを見ていると、やっぱりヒヨも追っ払わずに、適当に生存競争をさせておく方がいいのかなと、放置プレイに走ってしまう。ま、あまり鳥がたくさん来るのも、鳥インフルエンザがあれこれ言われているご時世なので、困るんだけどね。

 たいていその前にトコが来るようになって、鳥の数も、一定以上は増えないんだけど。これも自然界の力かなあ。

 わけもわからず、膨張ばかりたがるどこかの国の指導者は、たまには見た方がいいシーンだが、あのくらい空気が汚れたら、鳥はいないわな。ネコも食っちゃうし。鳥は翼があるから、空気が汚染されていないところに逃げ出すだろうし(私もあちらでは、セグロセキレイを数羽見たくらいかなあ……?)

※ 今月の『○○を語る会』は、28日の第四土曜日の予定です。よろぺこ!

2017年1月11日 (水)

二匹目、ゲッチュウっ‼

 朝、ペットルームにエサをやりに行った時は、確かに何もいなかったんだよ。でも夕方帰って、「せめてペットルームの水槽に、足し水くらいはしてやんないと」と思って入ったら、あれ?ネズミ捕りの蓋が閉まっている。

 振動か何かで閉まったのかな?と思って覗いてきると、いたいた。しっかりと罠にかかったおバカさんがいるではないか。前回のよりは一回り小さいように見えるが、間違いなく我が家のあちこちをかじり、私の安眠を妨害する奴である。

 前回のがかかったあと、しばらくかからなかったから(ペットルームの魚のエサが入った容器は、何度となく蹴散らされていた)、学習機能がついているのかなあと思っていた。そろそろ別の罠に換えようかと思い始めていたところである。

 最近は深夜、あちこちでごそごそやっていたので、いい加減腹を立て始めていたところだ。とりあえずこの前の日曜日に、最低限度の防衛対策を講じたまま、あとはずぼらな私のこと、「明日があるさ」と、一日伸ばしに対策を実行するのが遅れていた。

 ところが対策を実行する間もなく、今日の朗報である。かかるときは、かかるものだ。しかも前回と同じところにしかけた、同じ罠である。違うのはエサくらいのものだ(前回は、古くなって、カビが生えるのではないかと思っていた人参。今回は私が食べかけのフランスパンである)。

 あ~、やっぱり。学習機能はあるのだろうが、基本、記憶が長続きしないんだね。ということで、またしても同じ場所に、エサは換えて、また仕掛けておいた。まだいるとしたら、きっとまた捕まるよ。わくわく。

 ちなみに私は捕まえても殺したりはしない。人様に関係ないところに、遠島を申し付けるだけである。この手で殺すのは、なんとなく寝覚めが悪い。大学院でネズミを使って実験していたSくんなどに、「お前が死んだら、地獄の閻魔様は、きっとネズミの顔をしている」と脅している立場上、生き物は大切にする(Sくんも、本質的に、やさしい人間なのだが。研究テーマによってあれこれえり好みできないのは、学生の辛いところだ)。

 おかげで夕方の稽古を始めるのが、1時間近く遅くなってしまったよ(それでもやるけど)。いい迷惑だった。

 でもここで稽古や練習をサボるわけにはいかない。もしも何やらかんやら理由を作ってサボるばかりしてたら、私が死んだときには、きっと閻魔様は、私の顔をしていると思うからね。自分はごまかせないし。今まで適当に誤魔化し続けてたから。

 残りの人生は、せめて自分に(できるかぎり)嘘をついたり、誤魔化しをやらかさないように生きたいと思っているから。

 でもネズミって、昼間でも活動してんだね。昼間に罠にかかったのは明らかだからそういえる。大学時代に、「産卵のために遡上するサケは、エサを食べないのは嘘だ! だって俺のダチは釣ったことがある!」と言ってたやつがいたけど、まあ定説はあくまで定説。例外はたいていのことにあるってことで。

2017年1月10日 (火)

鳥になりたいなあ、飛んでいきたいなあ……

 比較的暖かい一日でしたね。(風はまあ、あったけど。冬型の気圧配置じゃ、しかたがないか) でも遠くの山がかすんでおりましたな。

 クソ厄介な季節が近づいている証拠ですな。国力がどうとか、大国がどうとかいうくらいなら、砂漠化をどうにかした方がいいのではないかと思うけど、まあ国土を掘り返す以外、開発の仕方を知らない連中に何言ってもしょうがありません。

 まあ蝗の大群(蝗害)みたいなものかも知れないので、蝗に何言っても理解しないだろうから、言うだけ無駄でございます(私は、口が左右に開く生物と、口が上下に開く生物とでは、意思の疎通ができないと思っている。子供の頃、何度となく昆虫を飼育した結果、たどり着いた結論だ。ついでに、エビやカニとも意思の疎通は不可能だと思っている。食べれば美味しいだけだ)。

 今年は宇宙服でも買いますか。どこかで安いの売ってない? あまり重くなくて、着脱がお手軽なの。とりあえず今のところは放射線の防護は、さほど重要視してないから(宇宙空間は宇宙線対策が大変だ)。お手軽なお値段でないかな? 可能ならばメイドイン・ジャパンがいい(私が一番信用しているのは、我が母国製だ)。

 防弾チョッキなんかは、某通販サイトで見たような記憶があるけど、宇宙服の通販はあるかなあ? 花粉に有害微粒子から身を守ろうとすれば、どうしても必要になるのが、宇宙服。鎧兜でも守れないもの(だいたい、重たいし。かつて大山祇神社で神主さんに、「ここにある鎧で最も重たいのは?」と尋ねたところ、「源頼朝のもの」というお答えだった。兜なしで20㎏はあるのだそうだ…私の記憶に誤りがなければ… 親切な神主さんで、尋ねれば気さくに教えてくれた。対照的に源義経のは、いかにも身軽に動けそうなものだった。でも当時には花粉症もPM2.5もなかっただろうからねえ)。

 今年の花粉症対策。昨年は死にかけたので(大げさでなく)、悪いけど2月下旬から5月上旬までは、屋外での公の活動はお休みいたします。間違っても杉などが生えているところに呼び出さないようにしてください(呼ばれても行きませんので、悪しからず)。

 お金と暇の都合がついたら、国外逃亡を企てるかもしれません(花粉から逃げるため)。もしかしたら沖縄あたりにいるかも知れません。国内では沖縄は花粉症がないらしいので(久しぶりだなあ、沖縄は。もし行くとしたら。海辺でアンボイナに刺されないようにしないと。それとヒョウモンダコも嫌ですね。もちろんハブも嫌ですけど)あのあたりは珍しい貝がたくさん手に入るはずなので、一発我がコレクションの充実目指して頑張るって手もあります(しばらくコレクションの整理をしてないなあ。入手したものの半分くらいしか整理できてないんだけどね…それでも数百種類ありますが…。2月の上旬は、こいつの整理でもしますか。なかなか大変なんだけどね。1日頑張って2種類くらいしか特定できなかったりするんで)。

 花粉と黄砂とPM2.5から逃げているうちに、日ごろできないことをしっかりやっておくのが、一番時間の無駄遣いにはならないんですけどね。あ、でもこの時期は沖縄は梅雨に入るのかも…… ちょっと悩ましいですね。

 渡り鳥なら、季節に合わせて飛んで行けばいいんだろうけど、なにしろ私には翼は生えていませんからねえ(生えていたら化け物だ!)。どうしても交通機関に頼らざるを得ませんし、宿泊所も考えないといけないし。…先立つものが、ねえ……

 ま、かりに翼があったとしてもこの体重。何百キロも飛ぼうと思ったら、どれくらいの翼が必要なのだろうか。間違いなくケツァルコアトルス(翼の端から端までが十数mほどもあったという翼竜)よりは大きな翼が必要になるんじゃないでしょうか。そんな翼を持っていたら、我が家に入ることは無理なんですけどね。

※ 今月の『○○を語る会』は、たぶん28日の第四土曜日になると思われます。よろぺこ!

2017年1月 9日 (月)

この世の快楽

ふよよよよ…… 寝てました。夕ご飯を食べて、PCの前に座って、さあこれからと気合いを入れたまま、意識がなくなっておりましたなあ。困ったもんじゃ。「寝たら死ぬぞ!」と誰も言ってくれないので、すやすやと意識が消えていきます(それなりに気持ちがよかったりして)。

 それもこれも、日本の平和を守ってくれている人たちがいるから、許されることです。どうにも日本を平和な状態にしていたくないような輩もいるようですが、犬にでも食われてしまえ!と言いたくなってしまいます(おっと、犬を食ったか、食われるんではなく)。

 とは言え、ゴミ出しの日なので、たとえ午前5時になったとしても、ゴミは捨てる準備をしておかなくてはなりません。なかなか面倒なことですな、生きてるってことは。

 今日一番腹が立ったこと。天気が回復するって言ってたのよ、天気予報では。確かに回復はしてたらしい。でもなぜかしら、我が家と太陽を結ぶ線の間にだけは、いつも雲があったんだよね。お蔭で洗濯物が乾かない!寒い! 庭が乾かないので、一人BBQもやる気にならない(正月のお飾りを焼くついでに、そのまま炭に点火して、孜然羊肉を楽しもうという企み)。他のところは青空が見えていたのに、だよ!

 こうなったら風の様子を見て、明日の夕方にでもやらかそうか(季節風が強いと、火が心配なので、庭でのBBQは考えモノ。一応明日の予報天気図を見ると、等圧線の間隔は広くなりそうなのだが、わりと天気図上の予測と、現実の風の強さは、無関係なことが少なくない。風こそは、局地気象予報のむずかしさの最たるものだと、私は思っている)。へっへっへ…… あの匂いはなかなかですからなあ。夕方、近所のみなさんが空腹になった頃嗅ぐと、ちょっと我慢堪りませんわな!

 当然私は、自分ちの庭でやっていれば飲みますから(白酒にしようか。羊肉には白酒が合いますから)、片付けたら速攻で寝てしまえるという利点もあるし。べろんべろんに酔っても、たぶん大丈夫(片付けを考えたら、そんなに酔えない?)。すぐに寝てしまえるってのは、大変にいい点だよね。外に呑みに行っても、準備や片付けの心配はないかわりに、帰ってこなきゃならないのが面倒い。

 あ、一番面倒でないのは、旅行先でかな。旅行先で呑んだ場合は、べろんべろんに酔っても、あとはバタンキューが許されるからなあ。またどこかへ出かけようかなあ。できたら温泉がいいなあ(温泉と、マッサージチェアと、お酒と食事のインターバルトレーニングができる! 後から考えてみたら、けっこう疲れていたりする。インターバルは効く)。ま、お財布(私は財布はもたない主義だが)と相談してということで。

 中国へ行ってる時には、食事とお酒はたらふくだけど(味的には必ずしも日本人の私好みではない)、あちらはみなシャワーなのね。こいつは好きでない。身体をリラックスさせるには、やはり入浴が不可欠だ。そして身体がリラックスすれば、心もリラックスできる。

 一番やりたいことはやはり、完全に自分の好みが満足できる空間を作ることだ。他所で出かけるとそこまでの我儘は許されないから、どうしても100点満点中70点くらいで止まる(これが30点以下だと、二度と行きたくない)。自宅の改造が急がれる(金もないのに、自分で焦っている)。でもなあ、あんまり居心地よくしてしまうと、万年冬眠状態になりかねないからなあ。すると「こもり」の上に二文字ついてしまう。つまりは「ひきこもり」。

 本来は私はアウトドア派だったはずだ。調理器具でもキャンピング用品でも、なんでも車に積んで、ほいほいと出かけていったもんだけど、やっぱ、寒い季節は億劫になりますな。でも今年はちょっとだけ昔を回復させますよ。

 今年は時候がよくなったら、久々に「四手網漁」に出かけることにいたしましょう。焼肉の準備をして。漁が始まるまでは焼肉食べて、漁が始まったら必死で網を手繰って、取れなかったらどうしよう…… 嫌なことは考えないようにしよう。ちなみに今まで私は「四手網漁」で空振りを食らったことがない。潮が悪くても、そこそこは取れた。ついでに釣りの準備もしていけば、退屈はしないだろう(取ったばかりの奴を、その場でそのまま料理して食べれば、これはもう天国)。帰りはきっと疲労困憊しているんだろうけどね。(今までの「四手網漁」で疲労困憊しなかった時は、一度としてない。ま、それだけ採れたってことか)今から希望者を募っておくことにしよう。

※ ということで、今月の『○○を語る会』は、たぶん28日の第四土曜日になると思われます。悪しからずご了承ください。まだ何も考えていません。

2017年1月 8日 (日)

杞憂

 寒いっすね! 今朝3時半頃から降りだした雨が、多少降ったりやんだりはあったものの、一日中続いた。おかげで気温がちっともあがらなかった。

 幸いなことに今日は外出の予定がなかったので、冬眠でもしていようかと思っていたのだが、よく考えると先日収穫したまま放置してあるものがある。こいつをなんとかしなくては、なんとなく落ち着かない。

 ということで、午後はその作業に没頭した。夕方になると、やっぱり寒いので「今日はシチュー!」ということで、特製ビーフシチューの製作に取り掛かり、おかげさんで久々に站桩ができた。シチューってのは温まるけど、作るのに時間がかかるからねえ。

 まあだいたいシチューを作っている時は、いつでも站桩をやっているので、逆に站桩をやらないといけないなと思う時はシチューを作ればいい。私にとっては站桩=シチューだ。待ち時間はまったく無駄にならない。

 できあがったのがなかなか美味なので、これまた嬉しい。一粒で3度おいしいとはこのことだ。もう一ついいことがある。なにしろ一人暮らしなので、一度に食べきることはできない。つまりはこれから何日間かは、メニューを考えなくてもいい(飽きるけど)。一粒で4度おいしい。またお酒にも、ご飯にも合うので、一粒で5度おいしい。こんな便利なものは、あまりないだろう。

 とまあ、午後になってからは食べ物のことしかしなかったので(おまけで站桩ができたのが救い)、仕事がちっとも進まなかった(実は今朝の4時前まではやってたんだけどね)。これから気合を入れないといけない。

 人はなぜ生きるのだろうか? 昔なら少しはましなことが言えたんではないかと思うのだが、最近の私は「食うために生きる」になっているような気がする。(普通は「生きるために食う」のではないかと思うのだが)何かに没頭しているとき以外は、気が付くと「何を食おうか」と考えている自分に気がついて、愕然とする。

 この世の美味という美味を味わいつくさにゃ、死ぬに死ねない。10月に巨大惑星が地球にぶつかるなどとわけのわからないことをいうおっさんがいたりするくらいだから、食べれるうちに食べておかねば。

 もちろん巨大惑星がぶつかるなどとは思っていないんだけどね、私は。こんなことを言って目立ちたい人がいるんですよ。しょうもない。

 1910年といえばもう百年以上も前の話になるけど、この時はハレー彗星が地球にぶつかるなどと騒がれた。ぶつからなくても彗星の尻尾には青酸ガスが含まれているので、これが地球大気内に入れば、人間は全滅するのではないかと言われた。

 今でも当時の人が、水をはった洗面器に顔をつけて、息を止める練習をしている動画が残されていたりする(1分や2分、息を止めても、もしも大気中の青酸ガス濃度が濃かったら、意味がないと思うのだが、当時の人は大真面目にやっているから、笑える)。「どうせみんな死んでしまうんだから」とヤケクソで、全財産を散財してどんちゃん騒ぎをやって、一文無しになった人もいたそうだ(これは記録だけしか残っていない)。

 みなさん、ヤケになってはいけません。確かにハレー彗星の尻尾は、地球の大気をかすめたんだそうです。そして青酸ガスもあったらしいです。ところが濃度がねえ……とても薄かったんだそうです(回りが真空だからね。少しあってもものすごく濃く見えるんじゃないかな)。で、誰も息を止めなくても死ななかったのだそうです。

 でもこいつは本当は危なかったと思いますよ。尻尾でなくて、彗星の核が衝突したり、衝突とまでいかなくてもかすめたりしていたら、大変だったと思いますよ。でもねえ、惑星二ビルですか? たかだか3600年周期でくるくる回っている惑星があって、それが地球と衝突するというのなら、地球誕生から46憶年近くが経過しているわけで、その間のどこかでぶつかってますって、すでに。今は「重爆撃期」じゃあないんだからね!

 だいたい今年の10月でしょ。もうあまり時間がないじゃん。直径数キロとか数十キロ(これでも人類の滅亡の可能性はあるけど)隕石ならばともかく、そんな巨大な惑星が地球と衝突コースに入っていたら、すでに発見されていますって。

 だから息を止める練習もしなくていいし、全財産を使い果たさなくてもいいんですよ。万一億一、兆一、京一、…… それでもぶつかったとしたら、それは地球人類全員に平等に降りかかった災厄なんだから、その時はその時のこと。あきらめましょう。一人だけ生き残っても、寂しいだけだし(その方が苦痛が大きかったりして)。

 いつも通り暮らしているのが一番です。

2017年1月 7日 (土)

ぷふっ!

 今朝のS経新聞を見て、思わず笑ってしまった。『S経抄』である。まことにすんませんが、ちょいと抜粋させていただきます。

「韓非子は国が滅ぶ兆候の一つに、こんな例を挙げる。『無礼な態度で隣の大国を侮り、貪欲のへそまがりで外交もまずいという場合』……」 昨日の本ブログで取り上げた内容と同じではないか。

 ああ、私もとうとうS経抄をお書きになっている方と同じレベル(? そんなに己惚れてはおりませんが)になっちまったか! これじゃあ韓国になんか行けませんな。この新聞社の元ソ○ル支局長Kさんのように、帰国できなくなったら困るからね。

 私にはKさんのような、企業のバックもなければ、世界中の報道機関が味方につくってこともないから、絶対に帰って来れないよ!

 でもご安心を。私は当分の間、かの国に行く予定はござんせん!(キッパリ‼) すでにかの国の首都で、焼肉もお腹が裂けるくらい食べたし(私がいく、岡山のK水の方が1000倍旨かった!)、マッコリも鯨飲した(私はまだ鯨になったことはないのだが)。K国マツタケも、もうゲップが出るくらい食べた(あちらのものは、あちらで食べるとそれなりに美味しいのはわかったが、別に岡山にいたってマツタケぐらいは食べれる。その証拠に、『○○を語る会(最近、○○を食べる会に変わりつつある?)』でも食べたはずだ)。

 キムチを食べたければ、あちらの方よりも上手に漬ける人を知っているし(もちろん、日本人!そのうち習うかも知れない。家は車で10分かからない)、海苔だって、一番好きなのは日本産の海苔だから(興が乗れば、自分で作ってやろうかと思うくらいだ)、行く必要がない。行く気にならない。当然、行く予定など、まったくない。したがって、某国に行って帰れなくなる心配はない。

 いやあK流というのも、流行しはじめた頃、あちらの首都に遊びに行ったんですよ。で、あっちのTVで見たけど、「だっさ~っっっ‼」。こんなものに嵌る奴の気が知れないと、あきれ果てたくらいだ(私は「食べず嫌い」は、可能な限りしないようにしているので、たいていのことは最低でも一度は体験することにしている。ただし危険が伴わない限り。ただしキムチについては、若干の危険性は感じなくなかった)。

 だからかの国に行きもしないで、ダメ出しをしているのではありません(ちゃんとエステも体験いたしました。フルコースを体験したけど、大したことないと思いました。名前ばかりが先走っていた感じで。少なくともマッサージだけなら、私の方がはるかに巧い…自分で自分にできないのが難点… 競技スポーツの現場で鍛えているからね。何も大した知識もない観光客を相手に覚えたものではないから)。少なくとも今のところ、仕事上の関係もなければ、習い事(何か習うことある?)もないし、食べたいものがあるわけでなし、見たい景色があるわけでもございません。

 ということで、まずは過去も現在も関係がないこと、将来関係が生じそうにもないことに一安心。

 いやまあ、韓非って人は、なかなか面白いんですよ。私は全文訳したけどね。(あまりに分量が多かったので、すでに忘れかけていることもあるくらいだ) 別に某国だけではなくて、某国の隣の某国も、そのまた隣の某国も、地球の反対側の某国にも、そのまた隣の某国にも…当てはまることが山のようにあるんだよね。これは韓非が天才だったってことの証明なんだろうけど。

 ということで話変わって、今日は世間一般で「七草粥」を食べる日だったらしい(当然、作って食べた)。スーパーで売っているセットになったものって、だいたい3人前くらいの量を売ってるじゃないですか、でも私は一人暮らしなので、米の量を1人前にしたら、「七草粥」でなくて「七草の水煮」みたくなっちゃったよ。こまったもんだ。

 実は私はこんなことは旧暦でやるもんだと思っているので、虎視眈々と、旧暦一月七日に向けて「真七草粥」の準備をしている(とはいっても、すずな、すずしろ以外は、すべて我が家の庭で、これからでも手に入る状態にはなっているんですけどね)。昔ながらのやりかたで、寒い中、霜枯れの野に出て探し、摘むから、有難味もあるわけで(ただ見つけると、ついつい摘み過ぎて、一人暮らしの私には食べきれないこともある)。

 今年は旧暦の1月7日は、2月3日(金)でございます。そして2月11日(土曜日・建国記念日)が、旧暦でいえば、今年最初の満月ということでございます。

 ああっ!そうそう。お飾りを燃やさなきゃならなかった。今年はお飾りを燃やした火で炭火をつけ、羊肉を大々的に(一人で……)焼いて食ってやろうと思ってたんだけど(今日は朝から出ていたのでできなかった)、明日からちょっと天気が思わしくないみたい(夕方には高層雲が出てたし…)。とにかく、普段は冷凍している羊肉の解凍だけはやっておこう!

2017年1月 6日 (金)

酒が旨い!

 ありがとうございます。昨夜(今朝午前3時50分頃)PCが復調いたしました(復調を確認して就寝しました。あ~眠っ)。きっとどなたかが直してくれたんだね。ありがとうございました!これで欲求不満にならずにすみます。

 S官房長官の談話で、今日はなぜかしら張り切って酒の肴を作る気になった。そうですか! やっと動きますか!まあ動き始めたら、止まらないように(ったって、外交は駆け引きだから、どうなるのかわかんないけどね)してくださいね。はらわた煮えくり返る思いは、もういい加減にしていただきたいので。

 だから酒が美味かった。(量はいつも通り)美味しい酒は、絶対に健康によい!

「勝者之戦民也、若決積水于千仭之渓者、形也(勝つ者の民を戦わするや、積水を千仭の渓に決するごときものは、形なり;戦って勝つ者が群衆を戦わせるのは、満々と蓄えた水を千仭の谷に落とすようにするのだが、それに必要なのは形である『孫子の兵法・形篇第四』)」と申します。

 ま、こんなことは釈迦に説法なので、私ごときが口にする必要はないでしょう。今まで一心不乱に「形」を作っているなあと感じていたので、何も言いませんでしたけどね。

 プロレスでもあったじゃないですか。相手が反則攻撃やらなんやらやらかしているのにじっと耐えて、耐えて、耐えて。最後の瞬間に一発逆転!(昔はTVの放映時間に入らないことがあった。これは消化不良になった。全盛期のアントニオ猪木さんは、見事なくらい放映時間ぴったりにおさめていた。これぞエンターティナー!って感じだった) こいつは溜飲が下がるんですなあ。……もしかして、狙ってた?

「外交とは別の手段で行う戦争」とかいう意味の言葉を残したのは、プロイセンの軍略家、カール・フォン・クラウゼウィッツだった。戦争である以上は、いいかげんな読みや根性でやってもらっては困る。なにしろ国益に影響が出るからだ。

 だから「夫未戦而廟算勝者、得算多也。未戦而廟算不勝者、得算少也。多算勝、少算不勝、而況于無算乎?吾以此観之、勝負見矣(それいまだ戦わずして廟算して勝つ者は、算を得ること多ければなり。いまだ戦わずして廟算して勝たざる者は、算を得ること少なければなり。算多きは勝ち、算少なきは勝たず、而していわんや算なきにおいてをや? 吾これをもって之を観るに、勝負あらわる;戦うまえに廟前で作戦会議を開いたとき、勝てると思うのは、勝てる見込みが多いからだ。戦う前の作戦会議で勝てそうにないと思うのは、勝てる見込みが少ないからだ。見込みが多ければ勝ち、少なければ勝てない。まして勝てる見込みがなければ、勝てるはずがないだろう? こういう判断をしているから、事前に勝敗がわかるのだ『孫子の兵法・計篇第一』)」

 はい。だから援助してもらう方が態度がビッグでは、もうどうしようもないんですな。廟算の少ない方が、偉そうにしているわけですから。

 韓非はもうちょっとストレートに言っておりますな。(時間がないので、原文は割愛いたします)「自国の力量の弱さを知らず、外国を恃めば、領土を削られる」「自国の弱小を知ろうとせず、無礼で、謀臣の意見を容れなければ、自分の世は断たれる」(『韓非子・十過篇第十』)「君主が慢心しており、反省せず、国が乱れているのに己惚れ、国の富を考えることなく、近隣諸国を侮る国は亡びる」「君主が、自国が弱小であるにもかかわらず謙虚さを持たず、軍は弱いのに強国を恐れず、無礼な振る舞いをして近隣の大国を侮り、強欲で、外交が下手な国は亡びる」(『韓非子・亡徴篇第十五』)まだまだ韓非はたくさん、面白いことを書き残してくれているのですが、時間と疲労の関係で、今回は涙を呑んでカットします。

 とまあ、少し真面目に歴史を勉強してれば、当たり前のように注意事項が書いてあるんだけどね。あ、独特の歴史観をお持ちでしたっけ? まあそれも自由でございます。栄えるも自由、亡ぶも自由。知ったこっちゃなかった。

 まあ私の大好きな鬼谷子のお弟子さんたち(縦横家たち)は、栄えるものにはより大きな繁栄を、亡びていくものには、よりすみやかな滅亡を、という方針で活動してたらしいんですけどね。私はそんな危険人物ではないし、蘇秦や張儀みたいな才能も度胸もございませんけどね!

※ 今月の『○○を語る会』は、第三土曜日に私が不在な予定なので(まだ決定ではない)、たぶん第四土曜日の28日になるんではないかと思います。あしからずご了承ください。

2017年1月 5日 (木)

うるう秒の影響?

 うるう秒のせいなん? PCの具合が先日から大変に調子が悪い。この程度のことで使えんネットだったら、もっと大規模な異常が起こったら、どうするの?

 IT、ITと、アホの一つ覚えみたいに喚いていたおっちゃんがいたけど、こんなことになったら手も足も出ない達磨状態になるじゃん! こんなことまでは考えずに、調子に乗って喚き散らしていたんだろうなあ。

 自分が責任のない立場になったら、好き放題言ったりしたりしてるからねえ。(こういうのを老害っていうんだろね、きっと)まあこの人に関しては、現役時代から嫌いだったけどね。

 ということで、今日の天気同様、午前中はゴキゲン、のち午後から不機嫌な私でございます。「天気が腐っとる!PCも腐っとる!」

 便利なものほど、それが使えなくなるとお手上げだもんなあ。でも今更オールマニュアル時代には戻りたくないしねえ。だいたい「うるう秒」なんて無視してればいいじゃん。1秒調節するたびにこれじゃあ、生きてけないよ。一般人の生活なんて、1秒くらいどうなってもいい人がほとんどだと思うよ(そうでない部分もあるのかも? これが現代の恐ろしさ。自分の知らないところで、自分が依って立つ基盤が、秒単位でコントロールされていたりしたら、ひええええ~っ! である)。

 とここまで打って、うとうとしていた。これだけで2~3分は経過している。1秒の何十倍? だからいちいち調節しなくてもいいってんだよ! ぼんやりしている時間のない人間なんて、絶対にこの世に生存しない。1秒くらい、どうってことないんだよ。いちいち調節するな!調節したことで、他のより多くのことを調節しなきゃならなくなるんじゃないか? そんな調節は要らないってことだ。

 どうしても調節しなきゃ支障が出過ぎるところまで来てしまったのなら、保証できる形にしてやれ。

 だいたい「うるう1秒」だって、それまでの誤差が蓄積されて「うるう」になるわけでしょ。それまで我慢していた誤差が、なぜ我慢できない? たった1秒だよ。それが1時間、2時間というのなら問題も出てこようが、1秒、2秒など、よそ見してても過ぎて行く時間じゃないか。

 てことで、誰かが早く、なんとかしてくれることを祈りつつ、今日は2017年最初の練習日である。

2017年1月 4日 (水)

予感

 あ~びっくりした。

 最近、散歩したり、ジョッグしたりしていると、シティ―ジョガーのファッションの華やかさに驚かされる。一瞬、どこの有名選手だったっけ? と目を見張ってしまうのだが、走りを見て「……」(これにはたぶんに、安心が込められている)。そんな一流選手が走っているところで、ちんたらちんたらしてたら、何が起こるかわからないもんね。第一、犬に吠えられるようなことをしていたら(私が)、迷惑になるかも知れないし。

 いや、ファッションが華やかなのはいいことだと思うよ。メーカー各社が一所懸命工夫して、頑張って、そんな製品が売れているんだから。開発した商品が売れることはいいことだ。なぜか? これこそスポーツが日本人の中に、広く、深く浸透したってことじゃないかな。

 こういう定義がある。新しい文化が成立する時に起こることだ。あるもの(行事や行為でもいい)を支えるために活動する人が、それで生計を立てている人数が増えれば増えるほど、それは文化を形成していくって。

 いい表現ができなかったので、例を挙げよう。たとえば千利休さんが、茶の湯を文化に高めたとかいわれているじゃないですか。あれって利休さん「わび、さび」といった価値観を提唱したんだよね。こういった新しい価値観を表現するための道具や環境を作るために、大勢の人が動き、それで生計が成り立つようになったわけ。ここに茶の湯が文化として成立したんだよね。

 だからスポーツをするためにいろんな用具やファッションが開発され、それに多くの人々がかかわって、生計を立てていけるようになれば、スポーツも立派に文化として成立しているわけだし、大勢の人が、いろんなところで、いろんな形でスポーツにかかわっているとしたら、それだけ文化として隆盛を迎えているということなんですね。

 いやもう、なかなかみなさん、ファッショナブルでございます。私なんかの服装は、まるでドブネズミですよ。ドブネズミが時々、何か変なものを振り回していたりするから、そりゃ、犬も吠えるわな!(自嘲)足音もしないし。

 で今日は年があけて初めて、最寄りの家電用品店に行ったんだよね。するとソファの端から、タイツを着けてはいるものの、見事な脚線美が、脚のつけねあたりまではみ出していたんだよ!

 おっと、どっこい! いくらファッショナブルで色っぽいスポーツウェアが流行しているからといって、こんなところで、それはないだろ? と近づいてみて驚いた。なんとマネキンさんだったのね。紛らわしい。(なんで家電用品店にマネキンが?)

 こんなところにマネキンなんか置いとくなよ。新年早々、心臓に悪いじゃないか(だいたいマネキンさんは、ぶっちゃけ暗い所や、予期せぬところにあると、気味が悪いことが多い)。

 どうやら今年も、心穏やかな一年にはなりそうもないと予感させる光景でございました!

2017年1月 3日 (火)

近道

 いやあ、まあ寒い。私の部屋の温度計では、夕方6時頃から夜の9時頃にかけて、室温が急低下する(墜落はまだしていないようである)。もちろん「寒い」と感じればエアコンを入れるので、そこから先はわからない。

 おしなべて穏やかな年末から三が日でございましたな。おかげで稽古はちゃんとできましたよ(こいつァ春から幸先がいいわい)。もちろん鍛錬なんてことに久々に取り組んだので、悲鳴をあげたいところだが、昨日も書いたように、鍛錬ってえのは、自分の中の不純物を掃き出す行為なので、悲鳴を上げたい弱さも十分な不純物だ。

 そこはぐっと耐えて続けなければ、鍛錬ではない。まあ無駄を削ぎ落すってことだね。不純物=無駄ってことで。なにしろ一般的に人間ができることは、しょせんはニュートン力学の範囲から出ていけないから。

 ただなかなかこのニュートン力学のレベルにまで到達できないんだよね。人間には弱さがあるから。鍛錬ってえのは、この弱さを捨て去ることでもあるわけで。

 じゃあなんで弱いのかといえば、たいていの場合は苦痛が伴うから嫌で、嫌だからやりたくない、やりたくないから弱点になるっていう一連の方程式があるんで。

 だから昔の人は、「苦痛が伴う練習=いい練習」って、妙な等式を成り立たせていた。ここには実は一つ条件があって、目的達成のために理由のある苦痛なら、それが伴っていてもいい練習なんで、目的達成には関係ないきつさは、まったくの無意味どころか、百害あって一利なし。

 かの有名な『巨人の星』では、近道を選ぶことをえらくしかり飛ばしていたシーンがあったような気がするけど、近道は通っていいと、私は思っている。ただしそれが非合法な近道であってはならないだけで。非合法とか不合理とかの近道は、たいてい大変な副作用が伴うからね。

 非合法とは、法に合わないわけで、現在の法はたいていの場合、人のためによかれと思ってできていることが多く、これに合わなければたいてい身体に悪影響がある。不合理とは理に合わないわけで、たいていは無理をしているから、どこかで壊れちゃう。

 でも、それさえなきゃ、近道でもいいじゃないか、と思う。むしろ近道ほどいい。というのは人間誰でも、持っている時間は有限なんだよね。自分に許された時間を最大限効果的に使おうと思ったら、合理的な近道を選ぶのが一番なんだよ。

 でも手抜きできないところが絶対にあるわけで、ここはしっかりと時間をかけてやっとかないといけない。卵を石にぶつければ、どんなにスピードを上げても、卵は石に負ける。でも卵が石のように固くなっていれば、こんどはぶつかった石が砕けるかもしれないもんね。

 今私がやろうとしているのは、卵で石を砕こうとしていることかもしれない。

2017年1月 2日 (月)

頑張る

 今日はちと寒かったが、まあ穏やかな一年のスタートである。年末から片付けもせず、ひたすら好き勝手なことをやっている。

 現役に戻るつもりはないが、人生で引退はありえないので(あるとすれば死んだとき)、けっこうやりたいことに専念している(ぼーっとすることも含めて。自治は私は、ぼーっとするのは、決して無駄ではないと思っているので)。

 おかげさんで、正月というのに、あまりお酒を呑まなくなった。酔っている時間が勿体ないからだ。かわりに手足が熱い(これで何をやっているかがわかったら、それはけっこう真面目に鍛錬した経験がある人かも)。

 鍛錬ってのは本来、金属を熱して、叩いて不純物を取り除くことなのだそうな。人間もこれによく似ていて、鍛錬てえのは、自分の中から雑念や、迷いや、弱さを取り除く行為なんだね。これが単なるトレーニングとは決定的に異なる点。

 久々に再開したので、たぶんある程度満足できるところまで戻るには、数か月はかかるかな。でも数か月って、長いようでもすぐやってくるからね。経過してしまえば、あっという間くらいにしか感じない。

 再開してみて、「おおっ」と思いだすことがおおかったよ。やってる最中はけっこうきついんだけど、習慣化させてしまえば、まあどうってことないだろう。まずは最初の一か月かな。これを乗り切れば、あとは「やらない方が不自然」って状態になるだろうし。

 だから年末から今まで、けっこう思い通りに暮らしているのかな。このままやっていければ「我がままに、もっと我がままに」という今年のキャッチ通りにやっていけそうだ。怖いのは「浮世のしがらみ」だけである。

 この「浮世のしがらみ」というやつは、人が一人では生きていけない以上、絶対についてまわる。どうしても必要な「しがらみ」ならばしょうがないんだけど、どうでもいい「しがらみ」はご遠慮願いたいもんだ。(ここ数年、これを整理整頓するのに一所懸命だったかも?)

 まあ「我がままに生きる」ってえのが、本当の自分の人生を生きているってことかも知れないので、今年はとりあえず、可能な限り今のペースで生きていきたいね。今でも十分孤独なので、せめて「狷介孤高」でも目指してみますか。

 とはいうものの「頑張る」って言葉があるじゃないですか。これって「我を張る」とか我が意を貫き通すって意味も、ちゃんとあるんだよね。てえことは、「我がままに、もっと我がままに」ってのだって、けっこう頑張ることにつながっていくのかも……

2017年1月 1日 (日)

むかっ!

 せっかく打っていて、もうそろそろ終わりにしようと思ったら、なんか問題が起こったらしく、いきなり打った内容が全部消えた。ええかげんにせんかい! 新年早々。

 とは思ったが、もう短縮バージョンに切り替える。

 新年あけましておめでとうございます。今年もよろぺこお願いいたします。

 年末年始は思っていないほどの穏やかな天候でございましたが、私個人の中はまったく穏やかではなく、もう「我がままに、もっと我がままに」というキャッチを実践していきたいと思います。

 ま、自分の人生だからね。自分が思うままに生きるのが一番なわけで、誰にも、何事にも邪魔されたくないって気分ですね。不幸なことに完全孤独人生ですから。こいつを幸せに変えようと思えば、せめて我がままに生きるしかないじゃないですか!

 さっきコツコツと打ったのが全部消えちゃったので(消えるときは、前もって言え!)、もうこれ以上打つ意欲が削がれちゃいました。お疲れさん!

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