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2017年3月 7日 (火)

弘法筆を選ばず、私は筆を選ぶ

 自分だけが寒いのかと思っていたら、夕方の地方局の天気予報によれば「冬並み」だったんだそうで、県北では雪が降ったのだとか。ご心配なく。私はたいていタイヤの交換を忘れているので、5月くらいまではスタッドレスのままでございます。

 深夜に站桩をする習慣がついてしまったので、「うああ、寒っ!」と感じる時間帯には站桩で燃え上がっていて(なにしろエアコンもストーブもつけないで、汗が滴るくらいですから…どんな站桩をやっているんでしょうね?)。寒さがわかりません。これは電気代の節約と稽古の、一挙両得になると喜んでおります。

 で、わけがわからなくなって、夕方釣具屋さんに行って、ガッビ~~~ンっ! そうだ、今日は火曜日だった。釣具屋さん、お休みなのね~(なんだか火曜日という、水に縁がなさそうな曜日は、釣具屋さんって、よく休みなのね)。やっぱ、陰陽五行説なんでしょうか。例の五行相生、五行相克ってやつで。

 木生火、火生土、土生金、金生水、水生木;木克土、土克水、水克火、火克金、金克木なんてえことを、二千数百年前に言ったやつがいるらしくて(当時の最先端の科学。ちなみに秦の始皇帝なんかは、強烈な支持者だったんだよね!)、鄒衍(すうえん)さんの陰陽五行説は有名でございますな。

 ちなみにこの鄒衍さん、「白馬は馬にあらず」で有名な、名家(古代中国版、ディべートの専門家)の公孫龍(こうそん・りゅう)を、趙の平原君のところで木っ端みじんに論破し、その日のうちに公孫龍は消えうせて、二度と歴史の表舞台に出てきていませんから、この時代、舌先三寸で天下を牛耳れる代わりに、敗北した時は、天国から地獄へ一直線だったみたいです。ま、説客にとっての舌先は、武芸者の剣みたいなもんだから、当たり前っちゃあ当たり前なんですけどね。

 まあこの五行思想については、現代科学ではまったく納得がいかないものばかりなので、今回は相手にいたしません(何も題材がない時に、使うかも)。当時の人から見れば、きわめて道理にかなっていたんでしょうけどね…それでも「金生水」なんてえのは、さっぱりイメージが湧きませんけど。いくら金属の表面には水滴がつきやすいと言っても、温度が高ければ、金属の表面からは水滴が消えやすいですし。冷やしたグラスの表面なら、水滴がつくことは、現代人なら、たいていの人が知っておりますが)。

 ま、今で言えば、滝にはマイナスイオンが多いってえ類のお話ではないかと思います。

 なんで釣具屋さんに行ったかというと、いうまでもなく釣りを再開するため。釣りってえのは、静と動が、まさに武道的なんだよね。動いた瞬間に合わせられるかってやつで。それまでは相手が動くまで待たなきゃならない。待てなかったら、相手が動くように仕向けなきゃならない。

 しかも相手は言葉が通じない魚で、当然感情もわからない(魚に感情があるとして)。いくら美味しそうなエサをつけても、食いつくか食いつかないかは、あちら次第。これはなかなか難しい。

 だんだん日が長くなっているので、夕方1時間~2時間は、釣りができるかも(釣られたお魚は、たぶんその日の晩には、私のお腹の中。縄文時代の暮らしですな)。鮮度だけは保証つき。(釣れなかったら、晩飯抜きって縄文ルールを適用したら、少しはダイエットにも効果があるかも)

 実はこの釣りってのは、站桩とも密接な関係があって、刺激があった瞬間に、過不足なく反応できるかって練習にもなるんですね。目的は、晩御飯のおかずだけではなかったことを白状してしまいました。

 私はこんなことをよくやるんですよ。2000匹以上の魚が入った、45㎝×45㎝×90㎝の水槽から、特定の種類の魚だけを選別するとか(これは、目の焦点の訓練が目的。45㎝の奥行きとはいえ、手前と一番奥に、同時にピントは合っていて、しかも手に持った小さな網が、瞬間的に反応して動かなければできない。これ1~2か月で、ほぼできるようになったので、今はやっていない…ピントが同時に合うようになったから。Kさんのショップで、ご迷惑をおかけしました…笑)、遊びでできるので、飽きない。

 で、こちらの要求にあう竿や仕掛けを探そうと思ったわけ。竿が鈍感だと、大物は釣れても、微妙な感覚のトレーニングにはならないからね。「弘法筆を選ばず」と言いますが、やはり目的に合わせて、道具は換えないと。トンカチで木は切れないし、鋸で釘は打てないから。

 昔いたなあ、そういえば。弘法筆を選ばずってのが。一緒にドライブに行ったんだよ。すると彼は、そばに生えていたセイタカアワダチソウを引っこ抜き、葉っぱと花を落として、どこかの釣り人が落としていった、釣り針がついた糸を拾い、砂場を掘ってゴカイを捕まえ、それで1時間も経たないうちに、晩御飯のおかずには十分すぎるほどのハゼを釣っちゃったんだよね。

 まさに無中生有を素で実践してた。ああいうのは、好きだなあ。投資「0円」でちゃんとやっていけるもん。ある意味尊敬しているが、今の私の目的は、稽古の一環としての釣りだから、稽古目的に合わせて、ある程度までは道具を選ぶ。

 あとは水際に行くだけの暇を、どうやって見つけるかだけのこと。つまりは私の「やる気次第」ってことですね。

※ 今月の『○○を語る会』は、18日と25日の分散開催になりそうです。よろぺこ!

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