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2017年5月 2日 (火)

人生は「一」だなあ……

 夜になると少しは寒いですね。来日されている師父、師母ご夫妻と食事してるときには、寒さなんか感じなかったけど、帰宅して、帰路立ち寄ってくれたSちゃんと立ち話してたら、結構寒くなった(こういう時には站桩に限るんだけど)。とりあえず紅茶を淹れて飲む。

 先日ネパールからのお土産の紅茶をいただいたが、昨夜は岡山産の紅茶をいただいた。香りはネパール産のと近かったけど、味の丸みがね。今晩は中国紅茶である。飲み慣れているので、なんとなく安心する。

 人間、時には革命も必要だけど、だいたいは慣れ親しんだことをしていることのほうがよかったりする。(『○○革命』なんて本を書いた割には、日常の、代り映えのしない、何気ないものを大事にしている私である。だからこそ『革命』という発想につながったのかもしれないが。毎日革命なんてことをやっていたら、一つのものを大切に育てあげることは、難しいかもしれない)

 だから「毎日規則正しく…」といいたいところだが、そうはいかないのが私の生活であって、そこには「革命」などという高尚なものは存在しない(たまに宿るけど)。ようするに動けるようにしか動いていないんだね。動けなくても動こうとしていた若い頃とは、かなり変わってまいりましたね。

 昔なら、「寝ているのは、何もしていないのだから、死んでるのと同じ」なって考えかたをしていたけれど、今はまったく違いますもん。寝ることだって、生きるうえで行う大切な行為なのだ。などとずいぶん穏健な人になってしまった。

 実は今日師父と話していて、やっぱり!と確信することがあった。(これは私の個人的な確信であって、必ずしも師父が仰った言葉そのものではないが)人生はたった一つであり、同時にあらゆる瞬間が、まったく新しい新鮮なものだということだ。寝ることは「明日になれば目覚める、一時的な死」の状態ではなく、寝ることすらもまた毎度毎度新しい、新鮮な睡眠だということだ。

 というのは、死んだように眠っているとは言っても、全身が死んでいるわけではない。内臓だって、脳だって、循環器だって活動している。それは休息をとって、また新たな日の生活に備える準備で、押しなべて見れば、一つの生の様々な局面でしかない。しかも二度と同じことは繰り返されない。

 っていうことは、寝ることで前日やっていたことが途切れるわけではなく、ずうっと、少なくとも死ぬまでは続いた一本の道のようなものだ。(過去のことで忘れたいことがある場合もあるが、仮に忘れたとしても、それがなくなってしまったわけではない。時々「人生はリセットできる」などという人がいるけれど、私はそうは思っていない。ただ新しい方向に歩き出すことは、決して不可能ではない。人生は途切れたりせず、少なくとも人は、生まれ落ちた瞬間から、死ぬ時までつながっているのだ)だから昨夜(すんません、正しくは今朝ですが)私が「続きは明日(正しくは今日ですが)またやればいいや」と思ったことは、決してズルでもなければ、途切れたわけでもなく、ましてや間違ったことをしたわけでもないんだ。

 人生は「一」であって、「二」でもなければ「零」でもなく、ましてや「0.25」なんかでもない。だから自分の思うことを(人様に迷惑をかけない範囲で)堂々とやればいい。気にすることではないんだね。

「天才は振り返らない」などという意味の言葉があるんだそうな。迷いがないんだね。でも迷いがないから、天才なのかもしれないよ。するとどこかの「砲〇の天才」なんてのは、迷いの塊だね。迷っているのが見え見えじゃない。

 あれを言ったら人がどう反応するか、これをしたら人はどう反応するか、そんなことばかり見ている(つまり気にしている)ってことは、迷わず自分の道を歩いているってわけでもなさそうだね。するとホンモノの「天才」と言えるのかな。

 迷い始めると、相手の反応を見て、自分の行動を決める。っていうことは、相手の反応に誘導されて、自分の反応を決めているわけで、こうなると操られてしまうことだってなくはない。凡人が天才を真似しようとすると、大変にしんどいだけでなく、どこかでボロが出ちゃうものなんだよね。

 そして高いところにいた人ほど、ボロが出た時のダメージは大きい。10㎝の台から落ちても、人はなかなかケガなどしないものだが、10mの台から落ちると、被害は甚大だ。100mの台から落ちれば、まあ普通は死ぬ。きっとホンモノの天才ならば、落ちそうになっても、そこからより高みを目指して跳べるんだろうけどね。

 凡人にはそんな真似はできないから、落下してしまうか、落下したくなければ、そんな高みに上ろうとしなかったり、登ろうと思っても、一つずつ箱を積み上げていくようにする。人間、誰にでも、似合った生き方があるのだから。

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