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2017年5月 6日 (土)

新たなドーピング

 まず一つ、今晩もジンライム(ギムレット?)を飲むきっかけになったいいこと。それはASEANとのスワップ締結である。信義に厚い、やる気のある新興国とこういった関係を結ぶことは、なんだか明るい将来を感じさせるね!(ということは、今の政府は、いい仕事をしてるってこと? たぶん、そうだ)

 将来の世界がどんな姿になっていくか、想像はできない。でも一所懸命頑張っている人たちへの投資が、悪い方向に向く気がしない。長期的なWIN-WINの関係に育っていくことを期待する。

 もう一つある。これはだいぶ前から感じていたことだが、本ブログでもちょっとだけ取り上げた、フィギュアスケートの浅田選手の引退を機に、何やら当時私(たち)が、「どうにも腑に落ちない」と感じていたこと(なにしろフィギュアスケートに関しては、ずぶの素人だから。私としては、かつて某選手だった人の前で三回転に挑戦して、一回転半に終わり、しかも尻餅をついてしまったのが、唯一の接点かな? 見るとやるとでは大違いってのが嫌というほどわかりましたけどね。その後、明らかに私が彼女…女性でした…らを見る目が、「尊敬の眼」になりました)の数々が、明るみに出ようとしていることだ。

 どうもこれを見ていると、ドーピングチェックは採尿だけでは不完全ということになりそうだ。例えば審判を交えた採点競技の場合には、ドーピングは選手本人に対して行うだけではなく、審査する審判であるとか、周辺の人たちに対しても行わなくてはならないのではないだろうかと思った。しかも肉体面だけではなく、経済面とか、交際面なんかのすべてに関してである。

 私個人に関して言えば、昔から採点競技はまったく信用していなかった。体操ニッポンなんてのは伝統があったと思うけれど、どう見ても日本選手に対する採点は、結構辛いような気がしてたんだよね。だから私は、客観的な数字で勝負がつくものを好んだ。(自分がやった競技では、実力の不足もあって、「判定」なんてこともあったけどね。これもすべてが納得いく判定ではなかった…もちろん自分が参加させていただいた競技会では、審判に対する不満…実は不満どころではなく、不審だったこともある…は、とりあえず口にはしなかったけれどね。正直言って、今でも山盛りありますよ! でも言っちゃいけないと我慢している。…死ぬ前には全部バラそうか。たぶん時効が来ていることだろうし)

 採点方式だなんぞというが、採点ほど胡散臭いものはない。採点者の主観によって、どんな正解でも、平気で不正解にされてしまうからである(オリンピック代表の決定なんかでも、いろんな問題がありましたねえ…)。私が知っている有名なところでは、かのアルバート・アインシュタインが高校受験に失敗したケースだってそうである。

 彼の受けた受験では、試験官の前で黒板に、提出された問題を解いて見せなければならなかったのだそうだ。(この試験のやり方は、私は素晴らしいと思う)ところが、アインシュタインは、試験官が理解できない方法で解いてしまったんだね。当然アインシュタインの解説は試験官には理解できない。それで不合格にされてしまったという。

 そして失意のアインシュタイン(15歳)は、ボーゼン自失のままミラノの街を徘徊し、その途中で見つけたのが、物理学に革命を起こした「特殊相対性理論」だったというのだ。15歳だよ、たったの! ところが一方、15歳の高校受験生に過ぎないという、試験官側の思い込みが、人類史上に残る才能に「不合格」の烙印を押させたのだ。

 今から考えてみたら、アインシュタインが不合格だったのか、試験官が不合格だったのか、誰の目にも明らかだよね! こんなことがよく起こるんです。とくに欲得が絡んでしまうと。

 たとえば浅田選手のバンクーバー五輪の件については、世界中のトップクラスの中にも、世界一だったと認めている人がたくさんいる。ならば何が間違っていたのか?簡単だね。審判が間違っていたのだ。シドニー五輪柔道無差別級決勝でも、篠原選手の一本勝ちだってのは明白だ。間違っていたのは審判だ。

 審判は一応、正しい判断をするものだとみなされている。また可能な限り正しく審判するために、さまざまな機器が導入されたりしている(にしてもバンクーバーのは酷い。目ではごまかせても、機器を用いれば明らかに、天と地ほどの差がついている)。競技する側としては、それを信じて全力を尽くすほかないんだけどね。

 政治力や経済力(いわゆる賄賂?)なんかが審査に影響するのなら、最初からスポーツなんかやらず、政治や経済の場で勝負すればよい。競技する選手だけではなく、様々な段階で、様々な審査をする人間がフェアでなくて、何がスポーツかといいたい。

 アインシュタインなら年を重ねて、科学者として円熟し、大成することができたけれど、スポーツ選手は競技寿命に限りがあるからね。それでも思うよ。これだけ技術が進歩し、映像が残されているわけだから、「疑惑の判定」については、審査のやり直しをやってみればいいのではないだろうか。

 そこで明らかに判定が覆るような事態が起これば、メダルはく奪、そうして正規の勝利者に授与ってことも、やればいいじゃん! そうでなくても最近、数年前の競技会でのドーピング疑惑で、メダルはく奪なんてことが起こっているんだからさ。

 審判まで巻き込んだ新手の、そして一風変わったドーピングに対しても、きっちり対応していく必要がありますね。そうでないと、インチキしてでも、その場で勝った者が得をする、なんて構図が出来上がってしまいますからね!

 正しいものが正しく評価される。それこそが一番大切なことだと、私は思いますね!

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