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2017年7月26日 (水)

「お前のためを思って」……?

 久々?の青空でしたね、今日は。最近の空は腐っているんじゃないかと思ってたんだけど、まるで冬のC国の空みたいでしたからねえ。(6月上旬にお邪魔した時は、なんだかあっちの方が空気がいいんじゃないかと思うくらいでした…私は北の方には行かない。海辺だからってのもあるんでしょうが、日本で花粉症…最後の方は、あきらかに黄砂でしたけどね…が治らなくて困っていた私は、なんといつもなら体調を崩すはずのあちらで、体調を持ち直して帰ってきたぐらいですから。花粉症の時期には、ありがちなことですけど。お金と時間に余裕があったら、花粉症の時期は、花粉のない地域で過ごしたいというのは、実体験から言っていることなのです)真昼間に、太陽が丸く見えるなんて、普通の日本では、ありませんもんねえ。眩しくて。

 青空になればなったで、なかなか屋外での活動は億劫です。なにしろ、くそ暑い。でも帰宅してすぐに、不思議な植物の苗の植え替えをやり、そのまま庭のトマトを10ほどちぎって食べ(今はだいたい1日平均、これくらいの数が「食べごろ」になる)、そのまま大汗をかきに野外に出かけて、帰ったらもう暗かった、といういつものパターンでした。

 それから晩御飯のしたくをしかけてシャワーを浴び、ようやく晩御飯を食べ終わって、「ふう~~~っ」と一息ついたら、だいたい今頃(23:00)くらいになります。とにかく暑いので、一度動くのを止めたら、次に動き出すのが億劫になるので、動いていた慣性で、とりあえずやらなければならないことを片付けます。なにしろ一人暮らしなもんで、すべて自分でやらなければ、誰もしてくれませんから(親切な『七人の小人』は、我が家にはいないようです)。慣性力を上手に使うのは、巧みな身体運用でもよく出てくるもので、すべてが似たようなものだなあと思います。

 生活の中で習慣化したものは、人はなんとなくやってしまえるものですが、これも広義では「慣性」の一種ではないでしょうかね。たとえば朝起きて歯磨きが習慣化している人には、特別な意識を持たなくてもできる行為でしょうが、歯磨きという習慣がない人には、かなり面倒な行為かもしれません。昔何かで読んだように思うんだけど、C国のかつてのM主席は、歯を磨かなかった(ついでにベッドからあまり起きなかった)そうですから、こういう人にとってはとても面倒な行為だったのではないでしょうか(ていうか、ベッドから起きない。歯を磨かないってのは、なんとなく「ものぐさ」に感じられますが、これまた「習慣の違い」かも知れません。それで結構、長寿だったわけですから、現在言われている健康的な生活習慣というやつに「?」がつくかもしれませんね。私は真似しようとは思わないけど)。

 ようするに、その人その人に適した生活習慣を見つけるのが大切なことなんじゃないかと思いますが、社会生活をしていると、どうしても外部からの影響を受けたり、自分の欲求に忠実に生きることばかりはできません。早出もあるだろうし、残業だってあるだろうし、気に食わないことを言われたり、身に覚えのないことで文句を言われたり、バカにバカにされたり…バカにバカにされるってことは、本当は賢い?…、なかなか自分に正直に生きられない。

 それどころか、自分に正直に行動していると、逆に「我慢が足りない」と叱られることがあったりしますし…じゃあ、叱った人は我慢しているのかというと、その人が我慢しなかったために、誰かを叱ってたりするんだけどね… 他人の話は、ほどほどに聞いておくのが正解であることが多いようです。それでも相手が怒ったら、怒りたい人には怒らせておけば、程度でいいのかも。「好きにする」のが一番気楽な生き方だからね。

 ところが人にあれこれ言いたがる人は、こちらが「好きにする」のが気に食わないことも少なくないようで、あれこれと文句を言ってくることがございます。その「文句を言う」という行為こそが、あちらが「好きにしている」ことになるのですが、それにはお気づきでないことがほとんどで、こういう人は言葉尻に「お前のために言ってんだから」なんて言葉を付け加えます。

 自分の将来を一番真剣に考えているのは、やはり自分であって、それを他人様から「お前のためを思って」なんて言われると、「いや、自分の将来は、自分で心配しますから、あなたは、あなたご自身の将来を、ご心配くださいませね」と言いたくなってしまいます。だいたいこちらの何を知っていて、「お前のためを思って」などと傲慢なセリフを吐けるのか、私なんかにはちっとも理解できなかったなあ、今までの人生で。

「お前のためを思って」なんてセリフを吐いた奴は、いざという時には絶対に傍にいてくれはしなかったし(いても「高みの見物」を決め込む人がいた)、もちろん手助けなんかしてくれなかった。人が困っている時に、すっと手助けをしてくれた人は、意外に普段は目立たない人が多かった。だからどんな目立たない人にでも、もしも触れ合うようなことがあったら、自分にできる丁寧さで、お付き合いをしなければならないと感じたことは多かった。実際、何気なく付き合っていた人に、まったく別のところで助けられたことは、わりとよくあったし。

 ま、そんなこんなで、晴れた日も曇った日も雨の日も、暑い日も寒い日も蒸し暑い日も、乾燥した日も、人は「自分の人生」を生きてかなきゃならない。自分を知り、自分を崩さずってのが、一番いいスタイルではないかと思うけれど、なかなか「自分を崩さず」ってのが難しい。

「自分を崩さず」ってえのを身体運用的に言うと、「軸を崩さない」っていうこともある。では「軸」ってなんなのだろうか? よく「回転する独楽の軸はぶれないだろう」なんてことを仰る方がおられるが、人間の身体は独楽ではないから、人間の軸は、あんな直立しっぱなしのものではない。必要に応じて曲がりもすれば、傾きもする。曲がりも傾くこともできないとすれば、それは軸が立っているのではなく、ただ固まっていて自由闊達な動きができない状態にあるだけだ。

 人間の軸は大きく曲げることも傾くことも、自由自在でなければならない。ただ、曲げたり、傾けたりすることで、次の動作に支障を来してしまえば、「軸が崩れた」状態だと考えられる。つまりいつでも正常な状態に復元可能であれば、軸が曲がろうと、折れようと、傾こうと、まったく「崩れてはいない」ことになるんですね。

 ちょうど生活の中のことで言えば、今日はかなり飲んだくれた。でも明日の朝になれば、いつもと同じ生活が、いつもと同じリズムで再開できるようなものですね。こういうのを「崩れない生活」というわけで、生活の規律を崩さないために、お酒は絶対飲まないのではない(未成年者およびアルコールを受け付けない体質の人、お酒が嫌いな人は例外です)。崩れているように見えても、すぐに元に戻れること、これが「崩れていない」「軸がある」というのでございます。つまりは「安定している…安定とはすぐに正常な状態に復元・復旧可能なこと」ってことなんですよね。

 軸も生活習慣も、実は同じなんですよね!

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