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2018年5月17日 (木)

字心、絵心

夏ですなあ。昨日も暑かったが、今日もなかなかでしたよ。本日の岡山市の最高気温は30.3℃(14:28)。真夏日でございます(笑)。夏でもなかろうに、と思って旧暦を調べたら、なんと4月3日でした。二日まえから夏だった!

 夏日とは何の関係もないが、私は昔から、文字が書けないと、劣等感を持っていた。家族の字が上手かった(習いもしてないのに)のが、大きな原因であろうと思う。長じて他人の書く文字と比べてみたが、客観的に見ても、まあ「普通」の部類には入りるようだ。

 そういえば「字がキタナイ」と叱られた記憶はない。旨い人に比べれば、下手くそだが(当たり前か)、下手な人に比べれば、まあそれよりも下ということもない。以前、安倍総理の文字がネットで話題になったことがあるが、とてもあんな堂々とした文字なんか書けないし、麻生副総理の文字と比べるにいたっては、「へへーっ」と道端に避けて土下座しとかないといけない。

 中国にも知り合いがいて、だいたい男性は字が上手い。聞いてみると、やはり練習をしたのだそうな。そういえば以前、某お茶屋で茶杯を買ったら、包んである紙は、旦那が字の練習をした紙だった(旦那は警察官)。上手くなるには練習はかかせないのは、どこの国でも同じのようだ。

 アルファベットであるが、仲良しのアメリカ青年のアルファベットは、判読が難しかった。帰国するときに住所を書いてもらったが、この文字が判読できず、手紙が書けなかったことがある。今ならメルアドですむから、苦労はしないんだけどね。

 日本では漢字と平仮名という二種類の文字を併用する。これはとても優れた表記方法だと思う。漢字だけなら、誤解することなんかお茶の子さいさいだ。意思を正確に伝える上で、平仮名の働きは、非常に重要である。平仮名、漢字の併用を採用した我が祖先の、いかに聡明だったことか!

 ただ平仮名も、もとをたどれば漢字に行きつくんだそうで、漢字というやつは(昔、「漢字の書き取り」という奴をやらされましたっけね。今となっては懐かしいけど、当時は止めとはねや点やら、煩かったことを覚えている。確かに「太」と「犬」は点の位置しか違わないもんねえ。人の名前だって「太」ってところを「犬」と書かれたら、嬉しい人は、よほどの愛犬家でも、そう多くはいないだろうけど)象形文字なんてのが土台になっているんだそうな。

 小学生、中学生の頃、私は先にもいったような理由で、書写の時間は苦手だった。上手に書く人を見ていて、どうしてあの人はあんなにもすらすらと、上手に書くのだろうと不思議に思っていた。きっと筆になじむ人と、筆になじめない人がいて、私は間違いなく後者だと、自分では密かに思い込んでいた。

 さらにさらに長じて、口先では「オレは恥は書けるが、文字は書けん」などといいながらも(某銀行の窓口でこれをやったら、行員さんにバカ受けしてしまった)、「筆ペン」なるものを購入して、「とにかく慣れろ」と、数年頑張ってみたが、全然上達しなかった。

 これはもう、才能が欠如しているんだから、しかたがない。そういえば、中国からの留学生のある人が、「字の上手下手は生まれつき」とぼやいていたっけ(ちなみにこの人の字は、下手くそだった。少なくとも私よりも…笑)、と諦めた。人生諦めが肝心である。諦めたらその先には新しい道が開ける(こともある?)。

 だいたい書の展覧会などにいくと、芸術的品格にあふれていながらも、ちっとも読めない文字が多い。これは芸術かもしらんけど、果たして「意思を伝える。情報を伝える」という意味で、文字の機能を持っているのか? そんな文字よりは、下手くそでもいい。「あんたの字は読みやすい」と言われる、オレの方がよい(「読みやすい」とは、よく言われます。理科系なので、データ処理する時に読みやすく書くくせがついているんだよね、きっと)などと開き直ったが、それでも私以外の家族の字が上手くて、私だけが劣等生でいるのは忍び難い。

 漢字自体は嫌いじゃないんだよ。そこで漢字の元の形(象形文字)にまで遡ることにした。こうすると、文字の意味がよくわかるんだよね。歴史で出てきた甲骨文字、はっきりいって、さっぱりわかりません。金文、甲骨文字同様でございます。大篆、う~ん…… 秦始皇が統一した(失敗しましたが…笑)小篆、う、う~ん…… 隷書、う~む…

 ただ篆書以前の文字なんかを見ていて気付いたことがある。これは文字の上手下手というよりは、絵心がある人のほうが上手いのではあるまいかと。だいたい書いてて楽しい(もちろん滅茶苦茶時間がかかるので、機能的だとは思いませんが)。童心に戻ってお絵かきをしている感覚になる。

 しかし、こういった文字をたくさん憶えるのは、大変なことだったのではないかと思う。ちなみに秦代の官吏登用試験は、漢字をどれくらい書けるか、みたいなのが行われたという。小篆は、丞相李斯と趙高ら3名に手本を書かせたと言われているが、私的には文字を絵の間くらいの感じだね。

 古代エジプトの文字なんかだったら、人の名前をかくだけで、数十分はかかりそうだし、絵心がない人には、永遠に文字がかけるようにならないのでは(笑)と心配になるが、まあ当時は全員が、読み書きできる必要もなかったので、これでもよかったのかな(読み書きができるだけで、エリート。識字率が高かったわが国では…それでも縄文人が文字を使った後は残っていない。私的には、文字もないのに、かなり高度な文化を築いていた…らしい…のは、どうやったんだろうと不思議に思っているけど)。

 当時もやっぱり、文字の上手、下手があったんだろうね。でもそれを決めたのは果たして、書写の才能だったのか、絵心だったのか、そこが知りたい気がする。

※ 今月の『○○を語る会』は、19日(第三土曜日)でございます。よろしくお願いいたします。

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