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2017年3月23日 (木)

用間だなあ……

 曇っているのか、全天を黄砂が覆いつくしているのか知らないが、気持ちがよくない。こんな空じゃあ、洗濯物も干せやしないよ、ったく。

 さてさて、ウキウキと証人喚問とやらを見ておりましたが、お蔭で時間がなくなっちゃいました。今日は練習日だったのね……(帰宅後、深夜に改めて見直そう)。

 いつも歯切れのいい質問で、きっちりと問題を追及してくださる。J党のN議員さんの質問までは見ました。(1時間ぐらいかかったかな)まあ、相手が議員ではないということなのか、いつもほど鋭い質問ではなかったような印象がありましたが、もうだいたい答は出ているみたいですね。

 まあ嫌なのは、国会審議が停止して、この激動の時代に、何をやっとんじゃ!?という思いがあるので(ということは、国会審議を停止させる目的は達成している?)、いい加減にケリをつけていただきたいというのが本音なのだが、まあ乗りかかった船なので、この際、「臭いニオイは元から断たなきゃダメ!」もいいかなとは思う。

 さて私は昔、『孫子の兵法』に凝った時代があって(まだまだ若かった!)、一番に思いだしたのは(凝った時代があるから、こういう時に思いだす?)『用間第十三篇』である。

 孫子は間者(簡単にいうとスパイのこと)には5種類あるという。郷間、内間、反間、死間、生間だ。簡単に説明しておけば、郷間とは敵国の人間を利用して、スパイ活動に使う場合。これは本人の意思とは関係なく、郷間にされていることもあるから、要注意。

 内間とは、敵国の官僚や大臣など、要人を間者にしてしまう場合。やり方は買収して寝返らせることもあれば、敵国に自国民を潜り込ませて、これを官吏や官僚、大臣などにする場合などがある。

 反間は、敵から送り込まれたスパイを寝返らせたり、利用する場合。死間は、敵国に嘘の情報を流して混乱させるもの。生間は敵国に潜入して、活動目的(情報収集なり破壊工作なり)を達成した後、自国へ生還するというもの。007なんかがこの典型ですかな(実際はあんなにカッコよくないんだとか)。

 今の国際情勢なんかを見ていたら、「うわああああああああ~~~~っっっ!」と思いません? もう誰も信頼できなくなったりして(笑)。

 昔、大好きなサイモンとガーファンクルの『アメリカ』って歌(大好きですよ)の歌詞に、”She said the man in the gabardine suit was a spy
I said “Be careful his bowtie is really a camera”って一節があって、「ふうん…アメリカってそんなに身近にスパイがいるのか」って思ったことがあった。

 でも考えてみれば、これほど自由に国家間を移動できる世の中になれば、スパイなんてそれこそ自由に行き来できる?んじゃね、と思うよ。それに何代も前から該当地域に潜入していて、普段は普通に日常生活をしているのに、何か指令を受けた瞬間からスパイ活動をするってパターンだってあるし(我が国では武田信玄あたりがよく使った?)。

 孫子は言っている。間者(スパイ)が最も大きな効力を発揮するのは、敵国の君主や将軍に信頼されている時だって。そりゃその通りだよね。一般国民まで知らない機密を敵国に握られていたら、もうお手上げ状態ですわ。(ただ、有力者の名前を口にすれば、それでその人と親しいとアピールできるわけであはありませんが。だって今売れっ子のスーパーアイドルは、たいていの人が知っているけど、あちらはこちらのことを、全く知りませんもんね!)

 ましてや民主主義国は、有権者の選挙で、国を運営していく人が決められるシステムだから、いろいろと問題が発生しやすいことは確かなんでしょうな。(ポピュリズムに支配されなきゃいいんですけどね。こんなこと韓非も言ってますけど)

 ま、どんなシステムでも、しょせん人が作ったもので、完璧なものは存在しないので、置かれた状況でもっとも素晴らしい形になるよう、改良を加えていかなければならないんですよね。(私的には、そのための国会審議をやっていただきたいものだと思っておるのですが)

「雨降って地固まる」って言葉もあります。(先日の雨で、我が家の庭は、今がちょうどいい感じなんですが、黄砂が酷くて、何もする気になれません!)「臭いニオイは元から断たなきゃダメ」状態になるといいですね。一国民として、そう願っておりますよ。

※ 今月二回目の『○○を語る会』は、今週の土曜日開催です。よろぺこ!

2017年3月22日 (水)

ウキウキ……

 明日は3月23日ですね~。慌てて、神棚にお供えしていたお菓子を食っちゃいました。賞味期限が3月23日だったから。

 日本の食品の安全性については、自分が大学時代に勉強しているので、消毒法なども含めて熟知していると自認しているが、それでも日常生活の中では、ついうっかりとしてしまうことがある。だから賞味期限が近づくと、遠慮なくパっクリこと食べてしまう。

 食品衛生について、かなりルーズなところだと、ちょっと笑えないことが起こるから、賞味期限なんてものも信用していないけどね。たとえば某国でミネラルウォーターを呑んだ時の話など、本ブログでも取り上げたからご存じかと思うけれど、ミネラルウォーターという名前に騙されてはいけない。

 どんなミネラルが混入しているか、まったく保証の限りではないからだ。一たび当たれば、特大ホームラン(WBC,残念でしたね。でもまあ、立派に試合になっていましたから、気落ちせずにまた頑張って。今年のシーズン開幕も近いことだし)。所謂、水当たりというやつだ。

 ダイエットしたいのなら、こういう国のミネラルウォーターを輸入して、「ダイエット効果抜群!ダイエット・ミネラルウォーター」なんて銘打って売りだせば、儲かるかも(便秘にも効くと思います)。保健所が黙ってないかも知れないけど。なにせ正体はあちらの水道水なんだからね。原価はただ同然だから。

 広東の海鮮料理でも、貝の生煮えは堪えましたな。潜伏期が16時間ちょいくらいだったかな。さすがに何もできずに、大急ぎでホテルに帰ったよ。でも当地の人は「酒の飲み方が足りん」などという。アルコール消毒だって、できるものとできないものがある。第一即効でばい菌が死んでしまうほどのアルコールなら、こちらの身体がもちませんって。

 それに酒は味わいと気分を楽しむもであって、食物を消毒するために呑むものではありません。日本ならこういうレストランは、たちまち保健所が入ることになって、営業停止だよ、きっと。

 ま、衛生の観念が希薄なところでは、滅多なものは口に入れないこと。もう一つは、可能な限り手洗いをすること(例の水道水でも、手洗いなら問題はないようです)。ったく、何を食わされるかわかったもんじゃない。(こちらが敢えてリクエストしたのなら、自己責任になるんだけどね…私はよく、特注することがあるので)

 前置きが長くなってしまった。23日というと、先日まで国会で喧しく議論していた、某学園の理事長さん(元? まだ辞めてない?)の証人喚問があるという。これはもう下手なTVドラマでは勝てないほど、面白くなるんではないかと、密かに期待しておるのですが、どうなりますことやら。

 ま、私はふだん、ほとんどTVは見ないから、よくはわかりませんが、当然ネットで流してくれますよね? 「普通のTVドラマ<選挙速報<今回の証人喚問」てな具合で、期待するところが大なんですわ。

 ただ残念なことに、強気で攻めていた野党の腰が引け気味なので、なんとなく勝負の行方が想像できるところが、若干気にはなるんだけどね。ただまあ、どういったストーリーを展開するのか、これには興味津々っていうのが偽らざるところかな。

 久々に、明日になるのが、待ち遠しい気分だね。夜寝られるだろうか? 遠足の前の晩のように、なかなか寝付かれなかったりして。(站桩をやれば、爆睡いたしますけどね。昨夜もそうでした。そのうち爆睡しすぎて、永遠に起きてこなかったりして…笑)

 なんとなく、海外旅行に出る前の晩の気分ですなあ…… ほんとは花粉症がかなり重篤で(嗅覚は98%奪われております)、機嫌は最低なんだけどね。

※ 今月二度目の『○○を語る会』は、25日土曜日に行います。よろしくお願いいたします。計画に狂いが生じなければ、ノビルでビールをグイっと一杯(二杯飲んでも三杯飲んでも、10杯飲んでも、お店は喜ぶばかりですが)のイメージがございます…花粉と黄砂が渦巻く中、採りにいく私の健気な姿が見えるような気がする(ただし採取するのにかかる時間はわずかなものですが。面倒くさいのは、持ち帰って洗うこと)。

2017年3月21日 (火)

登仙の欺瞞

 東京あたりでは、ちらほら桜が咲きはじめているのだそうである(開花はまだ宣言されていないが)。桜情報では、日本で最も早く春がやってくるのは東京だということになる。(東京って、温暖化が著しいの?)岡山での開花予想は、県南で4月1日くらいらしい。

 だいたい例年、3月の最終週には開花していたと記憶しているので、いつもよりちょっと遅い?のかなあ。で満開は4月5,6日というのがパターンだったと思うが、今年はどうなりますことやら。

 世間では桜の季節が近づくと、なんとなくうきうきしてくるように感じるが、悲しいことに私は花粉症の症状が最も重篤になるのが、ちょうどこの時期で、もう生きた心地もしない。先ほどコーヒーを淹れたけど、なんと嗅覚はほぼ通常の10%くらいしか機能していないと思う。

 第一、先日からの黄砂の攻撃で、鼻やのどの粘膜が痛い。何度も言うが、自称大国さんよ、いい加減に環境問題に取り組め。海外に脱出することばかり考えずに、自国を「人が住める国」にしろ。もしもすべての国が、「移民禁止令」をそろって出したらどうするんだ? 汚染された空気や水や、破壊されつくした環境のなかで死滅するだけだぞ。

 昔、感心な(?)女の子がいて、「夏休みの自由研究」とやらで、お父さんに瓶の中にタバコの煙を吹き込んでもらって、その中にカエルを入れて、どうなるか観察してた子がいた。可哀想なのはカエルだ。全滅したそうである。(このほかにも、化学洗剤の中にナメクジを入れて観察した子もいたそうだ。描写するのも嫌な状態になって死んだそうである)

 煙の中のカエル、化学洗剤の中のナメクジになりたくなかったら、少しは自分が立っている足元が抱える問題を考えるとよい。十何億も人間がいれば、それなりの教育さえ与えれば、優れた人材だって現れるに違いない。今の自分さえよければいい、というのでは何百年も前の皇帝(にも、いい人もいたんだろうけどね)とちっとも変わらない。一番進歩していないのは、人々のトップに立つ人間じゃないのかね、まったく。

 天気は昼前には回復したみたいだったけど、その後はお決まりの北西からの強い風で、何度となく通り雨があった。おかげでちょうど郵便局に用事で出かけていた時、きれいな虹が見えた(今年になって3度めである)。なんか儲けた気分になったが、それでも喉が痛い。鼻の奥が痛い。

 これで明日、地面が乾いて風が吹きまくったら、ますます花粉と黄砂の害が広がる。明日は屋外では呼吸をしてはならない、なんてことになりやしないだろうね。(個人的には、すでにそのレベルに近いが)

 私なんかがあの国に生まれてたら、もうすでに死んでるだろうなあ。空気と水がやられたら、生き物はもうおしまいだよ。だいたい上海空港なんか、天気に関係なく怖い。視界は何メートルあるわけ? 飛行機の速さだったら、1㎞2㎞はあっと言う間だからね。事故が起こらないのが不思議だよ。

 ま、人の生命が特売日の商品よりも安いんだろうね、きっと。『孫子の兵法』を書いた孫武は、死んだ人は生き返らないと書いている(だから、めったやたらと戦争をしてはいけないというのが、彼の基本姿勢なんだけど)。

 戦争で死ぬのも環境悪化や事故で死ぬのも、生命が消えることには違いはない。だから戦争も回避しなければならないし、環境悪化も防がにゃならんし、事故が起こらないようにしなければならない。

 環境が悪くなるのがわかってても、環境問題を考えず、事故が起これば埋めておしまい。一事が万事、この分じゃ戦争だった、何考えているかわかったもんじゃないよ。

 人はいつかは死ぬ。しかしながら、寿命の限界までは生きていたいし、生きてる間は健康でいたい。庶民はこき使って、自分だけは不老不死を願うのは、某国の権力者のパターンみたいだが(一番酷いのは前漢の武帝である!武帝が不老不死を願ったため、どれほど異常な事件が起こっているか。だから私は、武帝が大っっっ嫌いである!)、お笑いなのは不老不死の仙人になったとしても、皆、白髪や禿げの爺の姿しかしていない。

 不老不死でも楽しいかも、と思うのは、青年の姿のままでいられればの話で、杖にすがって歩かなくてはならない状態で不老不死になっても、楽しくなんかないわい。さらに笑えるのは、仙人になると「昇天」するという(あちらの本にはそう書かれているケースが多い)。

「昇天」って、言ってみれば死んでるんじゃね?(あるいは18禁用語か?)まあ、水銀なんかをこねくり回した仙薬を呑んだら、死ぬのが当たり前だろうけど。ようするに仙人になった、仙界に入ったって、ただ言葉の上での誤魔化しでしかないんだよね。

 それに比べて昨今の日本の女性の化粧品などは、本当にびっくりする。アンチエイジングっての? 日本語にすれば年取らない、老けないってことだから、ある意味不老ってことなんだけど、実年齢より20歳くらい若く見えることも、わりとよくあるね。(それはそれで、「……」…絶句している…となることも、なくはないけど。でも20歳以下の女性が、20歳若く見えることはございませんが)

 だからあの国の女性には、日本の化粧品の人気がめちゃくちゃいい。とくにS社のものは超ブランドでございますよ。最近はあちらでは、女性が不老(不死は無理としても)を目指しておられるようですが、違和感があるのは、あの大気と水だ。

 あの空気と水(ついでに土も)の中で、果たして不老なんて可能なんだろうか(昇天はできると思うけど…笑)。何千年か放置していたら、あの空気の中から王蟲が這い出してきた、ってのはやだよ! 基本、超巨大ダンゴムシはワラジムシみたいなもんだから。

 喉と鼻と目のお蔭で、今日も立派に不機嫌な私でした。

※、今月の2回目の『○○を語る会』は、25日土曜日でございます。よろしく!

2017年3月20日 (月)

面子の軽重

 先ほどから雨が降り始めましたね。私は今日は屋外ですることが、ほとんど終わっているので(あと一つだけございますが)、「雨雨ふれふれかあさんが…」の心境です。ここのところの黄砂で、汚れきった車を、車庫から出して、屋外に駐車しておこうかと思うくらいです。

 ま、久しぶりの雨なので、今晩は許す、って感じかな。特に夜降るのは、あまり大きな問題じゃない。(それでも明日一日、降り続けるみたいな予報ですが…今回に限り、許そうじゃないかって気分です)

 今日も黄砂が半端じゃなかったからね(昨日よりも多かったんじゃない?)。この雨で少しは撃墜しておいてもらいたい。(乾けばまた空中に舞い上がるんだろうけど)

 ある人のご著書を読んでいる真っ最中だが、かの国は紀元前からすでに、森林を伐採はしても、植林をするという発想のなさから、砂漠化が始まっており、今や首都を移転しようかという状態になっても、「植林」「緑化」という発想はわかないらしい(まさしく「蝗」ですな)。で、すめなくなったら、どこかへ移住すればいいという発想だというから(著者のご意見ですよ。実際には海外へ移住したくても、できない人の方が圧倒的に多いんだから。私の知人でも、こういう人がほとんどだ)、もうすでにつける薬はない状態。

 ま、砂漠化するのはご勝手にといいたいが、他国への迷惑はかけないでいただきたい。自称世界一流の科学技術をお持ちなんだそうだから、きっと本気になれば(いや、死ぬ気になればかな? 死ぬ気になって、死んでしまったりして)、環境改善なんか容易にできるよ。

 まここは一つ、自分が生まれ育った土地に、骨を埋める気で、きっちり頑張っていただきたいもんだ。だって「落葉帰根、入土為安」でしょ。落ち葉は根に帰る、土に入りて安と為す、だもんね。生まれ故郷の土に還んなきゃ、魂は迷ってしまうよ!ちょっと困ったからといって、どこかへ逃げようなんて、卑怯な考えはしないよね~、きっと。ま、面子、面子と気にするんだから、せめて面子に相応しい誇りと責任感も持っていていただきたいもんだ。

 いや、仕事をしててもいるじゃない? たいして能力もないのに、妙にプライドばかり高い人って。そして他人がやったことなんか、自分ならもっと速く、もっと上手にできると思い込んでる輩が。正体は、実際には何もやったことがないために、自己の能力を過大評価するばかりで、客観的に把握していないだけの人なんだけど。

 実際に物事に当たれば、思っているよりはやっかいだし、時間も労力も、時にはお金もかかったりするんだけど、やったことがない人は、そんなこと知らないからねえ。知らない人は気が楽だ。「盲目(最近、言葉狩りのせいか、本来の言葉通り打つと、PCが変換してくれない。これって言葉本来の意味や力を殺していないのかなあ…?)ヘビに怖じず」ってやつじゃない?

 誰もいなくなって、本当に一人で生きていかなきゃならなくなった時に、初めて自分は本当は何もできないんだと悟っても、もう遅いかもよ(私だって一人暮らしなので、あらゆることを全部一人でやらなきゃならないから、しみじみと実感したことだ。幸いなことに、身近にいるに違いない疫病神を怒鳴りつけながら、何とかこなしているけど。幸いなことに、母にやってもらっていた頃だって、「そんなこと、俺だったらもっと上手にやれるのに」なんて、一度も思ったことがなかったから…していただいたことに対しては、やっぱり感謝と尊敬の念を持っていた…今自分が悪戦苦闘しながらやっても、当時の有難さを再確認するだけですんでますけど)。

 ま、プライドってのは、能力に比例すべきというのが私の持論なので、高いプライドを持っている存在には、ぜひともその能力を、実際に証明していただくようにするのが、私のやり方ですけどね。面子ばかりを気にする人に対しても、やっぱりその面子に相応しいだけの内容を持っているかを、一番に見ますもん。(相応しくなければ、お付き合いはいたしません! キッパリ)

 ん…… だから、黄砂とPM2.5、なんとかしてね。面子にかけても、一流の科学技術をお持ちなんですから、きっとできますって! そうしたら、私の見る目も「そんけーのナマコ」じゃなくて「尊敬の眼」になるかも知れないから(あくまで、「かもしれない」で、確約はいたしませんが……)。

 実は今日は、鼻水が止まらなくて、目がめっちゃ痒い。当然、上機嫌とは言えないので、ついつい「鼎の軽重」ではなくて、「面子の軽重」を問うてしまいました(笑)。

※ 今月の2度目の『○○を語る会』は、25日(土曜日)でございます。よろペコ!

2017年3月19日 (日)

黄砂で山が見えなかった一日

 今日の黄砂は、なかなかのものでしたね。お蔭で私の周囲では、様々な被害があったようです。ほんまに、ええ加減にせえよ!

 天気は悪くなかったので、昼過ぎからワカメを採りに行きましたが、まあその途中で見かける(見かけない…かすんで見えない)山々。もはや「春霞」などという雅な言葉は似つかわしくない。黄砂でござる、黄砂。

 こんな日に、もしもかりにピクニックなどしたら、お弁当を食べるのか、黄砂を食べているのかわからない。ちゃんとした対策も立てないで好き勝手なことをやっている人間を、黄砂とPM2.5が充満した部屋に1か月ほど監禁して、どうなるものか見てやりたい(もちろん、それ以外の条件は、日常生活をさせればいい。そうしないと実験としては不完全だから)。

 とはいうものの、取って来たワカメ(だけではございません。名前は知らないけど…なぜか味は知っている…海藻もございました)で汁を作って食べましたが、まあ旨かったこと。どうして自分で採って来たものは、お店で売っているものより美味しいんでしょうかねえ。

 鮮度という面では、自分でとってきたものが断然有利なのですが、鮮度だけでここまで違うのかというほど美味しかったんですな。

 今日はSくんと二人で言ったので、けっこう楽だった(一人で行くと、両手で同時進行的に二つの仕事をしなければならないので、なかなかしんどい。それでも一人暮らしの私が食べる分くらいなら、5分もあれば十分に採取可能だけど)。分業制はいい。でもそのうち一人で来ることもあるから(先日は一人で採りに行きました。この時は、さすがに一人で食べるのは多すぎたので、苦戦しているうちに鮮度が落ちてしまいました…ワカメ・フルコースで頑張ったんですけどね)、また両手で二つの道具を器用に操ろう!

 でも今日はクラゲを2匹見かけましたね。ビゼンクラゲとミズクラゲ。暖かくなると、クラゲが増えてくるので、なんとなく嫌な気がします(別に刺されるわけではないんだけど)。いっそのこと、クラゲも採ってきて飼ってやろうかなどと思ったりもしますが、クラゲも幸せでないだろうし、私もきっと2~3日で面倒くさくなるような気がするので、取りあえず止めておきます。ま、クラゲを眺めて、ぼーっとしているほど暇はございません。

 とりあえず気が向いた時には車を走らせ、取って来ればいいだけのことなので、あまり悩みはございません。一人分なら、ほんの数分でOKですから。後は潮の状態だけかな。明日の分はまだあるし、明後日は天気が悪いそうなので、海岸方面には出向きません。

 その後は気温がどうなるんでしょかね。あまり寒いと行くのが嫌だし。べつに海に出向かなくても、この季節はそこいらじゅうで春の息吹を感じさせてくれるものが芽吹いてますから、それを採っても十分ですし(ただし、お酒が欲しくなるのが難点)。

 ほんの小さな頃から、両親に連れられて野草を摘んでたので、その頃からの知識が役立っております。子供の頃に覚えたことは、もう知識というより、自分の血肉になっているようなもので、ごく自然に手が伸びていますからね。(当然、毒草などは、きわめて自然に除外しています)

 そうそう、釣りも再開するんでしたっけ。こう考えてみると、けっこう忙しいですね。哀しいことがただ一つ。すべては食い気が基本になっているってこと。まあ、人間は食いでもっておりますからね。しかたがないっちゃあ、しかたがないんだけど。

※ 今月二度目の『○○を語る会』は、25日土曜日に行います。よろぺこね!

2017年3月18日 (土)

サボりの上手な使い方

 まったく、曇りなのか黄砂なのかよく、わからない空模様である。お鼻の具合から、ただの曇りではないことは確かなのだが、鬱陶しいったらありゃしない。仕方がないから(何の脈絡もなく)普洱茶でも淹れて飲もう(ここ二日ほど紅茶に浮気をしてたので)。

 それでもだいぶ暖かくなりました。夜は昨夜も寒かったですが、私には站桩、強い味方がいるので昨夜(じゃないなあ。午前1時くらいから始めたから)もやりました。おかげで寒さ知らず? それとも寒さを感じていないだけ?

 子供たちの様子を見ていると、「子供は風の子」というように、寒くても元気に遊んでいる(私の周囲には、まだそんな風景があります。時々「倍返しだ!」なんて可愛い声で叫んでいる子がいて、「おう、こんなところにも半沢くんがいた」と、こちらが微笑ましくなってきたりしますが)。

 子供と大人では、若干の体型の違いはあるものの、まあだいたい似たり寄ったりだと考えれば、ベルクマンの法則に従えば、身体が大型化した方が、熱発生量を体表からの放熱量の比率から考えて、寒冷気候に強い筈なのだが、図体のでかい大人が「寒い、寒い」と言っているのに、子供は元気に外で走り回っている。

 走り回っているから寒くないのかも知れないが、じゃあ大人に走り回ってろと言ったら、これはしんどい。出力は大人の方が大きいけれど、持久性では子供の方が遥かに勝っている。もちろんこれは身体を形成する筋肉の質によって、子供の方が持久性が高くなるとはいっても、子供は強い。

 いつのころから、こんなに寒さが嫌になったんだろうかねえ…と思いながら、(古傷の都合もあって)站桩を再開したんだよね。するとなんと、答らしきものが見えてきたからおそろしい。犬も歩けば棒に当たるとかいうけど、なんでもやってみるもんだね。もちろん、やってみようにも、こんな練習のやり方を知らなければ、できないわけだけど。

 幸いなことに私は、あれこれやってきたので(野次馬根性は発達していると思います。それととにかくやってみる。やってみて興味が湧くと、けっこうのめり込む。のめり込んでしまうと、それなりの感触が掴めるまでは止めない。基本、私はそういうタイプの人間なので)、普段は忘れていたり、「時間がないなあ」などとサボっていることでも、比較的短時間で回復してしまう。要するに、身体内部の活性度の問題みたい。

 だからエンジンの新しい子供は、たとえエンジンが小型でも効率がよくて、大人はエンジンは大型になっていても、そこここに錆やゴミが詰まっていたりして、効率が悪く、実は動きが悪くなっているんだね。時々エンジンオイルは換えてやんなきゃ。プラグも交換しなきゃ(私の車も昨日1本交換して具合がよくなりましたが、近いうちに全部交換します。Hくん、お世話になりますね!)。

 このように、一度鈍ってしまったり、サボってしまうことも、全部が全部悪いことはない(サボってはいけないこともございますし)。上手に使うと、サボっていた間が、サボっていたことにならなくて、一休みしていた状態に変わる。中断している間に、以前にはなかった感覚が育っていたりして、再開した時に気づくことがまた山盛り出てきたりして、とても楽しい。なんか儲けた気になりますね。(例えれば、本に栞代わりに差し込んでいたお金が見つかったような……よくやります)

 もう今となっては、知っている練習法を全部やろうとおもったら、24時間でも一通りはできないし、ある程度自分の感覚を信じて、「今日やりたいこと」、「今やらなければと思っていること」を優先いたします。昔みたいに、「しんどくても頑張るんだ!」なんて気持ちは、少ししかございません。疲れが抜けにくくなっているので(さすがに年か?)、翌日も楽しく稽古しようと思ったら、腹八分目医者いらず状態を保つのが大切です。

 ということで、今日はこれから『○○を語る会』の今月1回目でございます(来週もやります)。準備は半分しました。時間が足りないで、残り半分はできませんでした(どうせ「食い気」関連の準備なので、「語る」ことにはまったく影響がございません)。

 これから、生気一杯の食べ物が手に入る季節なので、それはそれで多忙です(たぶん明日も、Sくんと出かけると思います。二人いると、一人に比べて能率が3倍くらい上がるので)。ついでに新鮮な空気(この季節に新鮮な空気があるのかどうか、疑問ですが。これは西に環境問題がまったく理解できない、自称大国がある以上仕方ありません)を吸って来ようと思います。

 この季節、自然から生気をもらえる季節でもあるのですが、いざ手に入れようとすると、けっこう忙しいものです(笑)。

2017年3月17日 (金)

風と共に去ってくれないか、花粉と黄砂……

 何年ぶりかで『風と共に去りぬ』を見直している。おかげで晩御飯が長引いて……(なにしろ4時間近い大作なので)。

 私はビビアン・リーという女優さんも、クラーク・ゲーブルという俳優さんも、今一好きではないのだが、ことこの『風と共に去りぬ』という映画に関しては、他の女優さんや俳優さんでは、嵌らなかったような気がする。

 ビビアン・リーのスカーレット・オハラ、クラーク・ゲーブルのレット・バトラーでないといけない気がする。ようするに「はまり役」だったわけだ。このほかにも同時代に(1939年の作品です。なんと80年近く前の作品で、どこかで読んだけど、当時の日本喜劇界の大物、エノケンこと榎本健一さんは、これを当時上海かどこかで見て、「こんな国と戦争しても勝てない」と思ったとか。まあ、映画業界では、当時の日米の差は、月とスッポン、クジラとメダカ、ゾウとアリンコくらいの差はあったでしょうね、客観的に見て)名優、名女優はいるけれど、女優さんをスカーレット・オハラに当てはめても、うまくはまんないし、レット・バトラーに俳優さんをはめようとしても、どこかしっくりこない。

 これができた頃、当然私は生まれてなかったし、両親だってほんの小さな子供だったわけで、出会ってもいない(両親の出会いには、岡山空襲という、とんでもない戦争がらみの事件が、決定的な役割を果たしていた…んだそうな)。

 現代の豊かで便利な社会に生きていると、アメリカ南北戦争という、明治維新よりも前のアメリカを大動乱に叩きこんだ大事件のイメージは湧きにくいが、映像の美しさと、世間知らずだったはずのスカーレット・オハラの、苦難にもまれるたびに、シン・ゴジラ(?)化していく姿には、見ていて何とも言えない感動を覚える。

 もちろん私個人は、スカーレット・オハラのようなタイプの女性は、とても相手にしてもらえないという自信があるけれど。名曲『タラのテーマ』は、多くの人がご存じ(それとは知らなくても、どこかでッ身にしたことがあるんでは?)だと思う。これが象徴的な楡の木(?)だっけを逆光にした、キーとなるシーンで流れるんだけど、そりゃこんなシーンを巨大なスクリーンで見せられたら、1939年当時の人なら、間違いなく度肝を抜かれただろうね。

 タラのテーマ→ https://www.youtube.com/watch?v=HcgO_7DLc3Y&list=RDHcgO_7DLc3Y#t=61 私は仕事中のBGMとして、よく聞いてます。

 それに対して全然度肝を抜かれないのが、国会で問題にされているM学園に関する問題。今の世界の中で、特定の利害に関係した国で、似たような問題が、同時多発的に起こっているから、よけいにその感があるね。

 というのは、時間的なずれがあってこういう問題があちこちで起こることは、政治を行うのが人間である以上、起こらないことはないんでは、と思うけれど、同時多発的に、特定の国で起こるとなれば、そこには何らかの意図があるんではと勘繰らせてしまうからだ。

 ましてや同じような利害関係も持つ国で、こんなことが続発すれば、あとはミステリーと同じですね。「犯人」がいて、その犯人とは、一連の問題が起こることで得をする存在だということになってしまうんだけど。

 枝葉末節を捨て去って、この一連の騒ぎが起こることで、得してるのは誰? こういう読み方は、ミステリーを読むときの、基本的姿勢でございます(そして私は、大のミステリーファンでございます)。

 きっと何か自分たちにとってマイナスのことをしてほしくない存在があって、必死にあれこれしかけてるんだろうね。だから脇が固ければ取りつくシマがないけれど、脇が甘いと対応に不要な時間や労力を消耗させられる。

 地位や名誉や責任のある地位にいる人は、こういった苦労があるから大変だ。でも責任ある地位で頑張ってくれる人が」いるから、社会はうまく回っていくのだし、普通の人間が明日を心配しなくても生活できるわけだから、すいませんが、しっかりと頑張ってくださいね。

 昔々(今から2200年あまり前)、大陸には秦という国がございました。この国は戦国の七雄の一つだったのですが、他の6国を併合して、最終的に統一してしまいました。その統一するための手段ですが、初期にはけっこう大戦もやっていますが、統一の完成期(秦王政…後の始皇帝)に入ると、徹底して「戦って勝てれば戦う。戦って苦戦しそうなら、敵国の重臣を買収する、忠臣を暗殺する」という方針で物事を進めております。まず敵国を混乱させ、弱体化させてから戦う、なんてことも普通にやっておりますな。

 ではもしも秦に征服されたくなかったら、どうすればよかったのでしょうか。それはまずは自らの守りを固めて、団結することだったんですね。

『風と共に去りぬ』ではスカーレット・オハラは、まるで認知バイアスのような行動をとるシーンがあそこここに見られます。そうして何もかも失い、最後にはタラに戻って、楡?の木の下で、有名な「Tomorrow is another day(明日は明日の風がふく…誰が訳したのか、世紀の名訳だと思います)」と言うのがラストシーンですが、最高に物悲しいシーンでもありますからね。(スカーレット・オハラのキャラクターを見せつけられた後では、それでもこの女性ならなんとかするかも…と思わせるシーンでもあるのですが。それにしてもあまりにも感傷的なラストでございます。名演だと思います)

※ 明日18日は今月の『○○を語る会』のpart1でございます。今日は大変に花粉にやられて「きゃふんきゃふん!」と言ってしまいましたが、明日までにはなんとか調整するつもりです。よろペコ!

2017年3月16日 (木)

黄砂と選民思想…喉が痛い!

 この喉の痛みは、間違いなく黄砂が原因である。今年は上手に花粉とも付き合っていっていると、自分でも感心していたのだが、ここへ来て山が黄色に見える日が増えたなと思ったら、やっぱり喉にきた。

 該当の国は、しょうもないことばかりして、サンダーバード人形に妙なことを口走らせる暇があったら、この環境破壊を何とかしろ! それこそが「先進国」への門だ。こんなことすらわからないで、時には「先進国」ぶってみたり、都合が悪かったら「発展途上国」と自称してみたり、手前勝手な使い分けをする暇があったら、「人がすめる環境」を作れ。

 とまあ、喉の痛みは、いろんなことを私に口走らせてしまいます。ま、自分の国を「いい環境」にすることは、国民の生命と健康を大切にする、一番の根幹だから、最初に考えていただきたい問題でございますな。これは地球上のどの国、どの地域に対しても同じように言いたいです。

 自分の国が住めないくらいひどくなったら、他所へ移住すればいい、なんて考えは、蝗並みの思考ですからな。よくあるでしょ、あの国の史書を読んでいたら、蝗害ってのが。植物という植物を食い荒らしたら、蝗は次の場所に移る。そこも食いつくしたら、また次に移る。最後は食べるものがなくなって、餓死するって。

 歴史は正しく勉強しなければ、ってのはどこの国も同じだけど、なんでも人のせいにしたり、自分の都合のいいような解釈しかしないのは、正しい歴史の勉強ではございません。それは勉強とは言わずに「利用」と申します。

 縦横家の昔から、史実を自分の都合のいいように曲げて、話を展開するのが得意でも、人はその時は騙せても、自然は騙せませんからなあ。このあたり、「大自然」と、人間が勝手に「自然規律」と勘違いしたものを一緒くたにしてしまった人間は、迷路に入って出て来れなくなる。

 迷路に嵌るのは、個人個人も勝手だし、自由だけれど、他人まで巻き込んではいけない。まあ、天から選ばれた民族なんて妙な選民思想があると、こんなところがまともにはクリアできないのかもしれませんけどね(天は「選んだ」とは、一度も言っていない。誰か聞いた人はいるの? 墨子は「天命など聞いた人はいない」と言ってるよ。時々、ジャンヌ・ダルクみたいな人も出てくるけど))。

 そうそう。自分の落ち度には寛大でも、他人の落ち度には容赦ないって人がいるじゃないですか。あれも局所的、限定的な選民思想だからね。「俺は(私は)許されるけれど、他の奴らは許されない」って。

 こんな人は、お話をしていても、上手に誘導していくと、見事に選民思想を持っているのがバレます。バレたらたいていは、爆発または発狂して誤魔化すことが多いみたいだけど。

 わりとこんな人は、日常生活でも、あの人よりは自分の方が上だとか、○○よりは▽▽の方が上とか、意外にたくさん口にしたりしているんですよね。酷い場合には家族の中にも、上下関係があるなんて、臆面もなく口外していたりして。

 こうなれば、もう自分が選民思想に取りつかれているってことにすら気づいていない状態なので、中国語で言うと「哎呀(アイヤ~)」ってことになってしまうわけですが(この言葉、使っているうちに口癖になることがあるから、要注意です!…笑)。

 自分だけが許されて、他人は許されないって、いったい誰が決めたんでしょうね。確かに入学試験とか入社試験とかだったら、合格した人間しか、そこの学校や企業に通うことはできないので、「許された人」と「許されない人」に分けられるわけだけど、これは採用する側に「必要な人材」あるいは「要求される能力基準や適性を有する人材」を要求する資格があるからできるわけで、我々が一般的な社会生活を送る上では、一応こんな選別は必要ないと思うんですが、いかがなものでしょうか。

 昔の選民思想って、普通神様から選ばれたって、一部の人間が勝手に言いだしていたわけでしょ? でも現在の民主主義社会だったら、誰に選ばれているわけ? 勝手に思い込んでいるだけ? 子供の時に親戚一同から、「この子は賢い。神童だ」と言われ続け、「あなたは他に人よりもエライんですよ」と言われたから? それとも民主的な選挙で選ばれたから?

 最初の二つは、限定された範囲の人間が作った選民思想で、よく考えてみると、世の中の人みんなが認めているわけではない。三つめのは「選挙で選ばれたから、俺は(私は)エライ」と考えているのであれば、自分は偉いから他の人に投票してもらえたのだという発想に、容易にすりかわる。

 するとおかしな現象が起こっていますね。自分は自分を選んでくれた人よりもエライと認識しかねないわけですよ。不思議だなあ、人に選んでもらったから、偉くなったような気分に陥っているだけで、次の選挙で落ちれば、自分は偉くなくなっているんですね。ジェットコースター?(実際、落選した元議員さんって、話をしてみると、やっぱりどこか違うなって雰囲気が漂っているんですけど、議員さんでなくなった時には、「ただの人」以上でもそれ以下でもないんですけどね…ただし真っ当な活動を展開していた人には、それなりの人脈はある。真っ当な活動をしていなかった人は、落選した瞬間から、人が去っていく。こうなれば天国から地上に落ちてきたよりもひどくて、天国から地獄へと、絶対値は変わらないで、プラスとマイナスの記号が変わる。大変な職業だなあ……)

 どんな手段で選ばれたとしても、結局は人は人でしかなくて、エラクなんかなっていないわけで、自分の果たすべき義務が、普通の人より少し変わっただけ(ものすごく責任が重くなったり、大量のことをしなければならなくなったりするんでしょうが)なんですよね。

 だから「選民」なんていないと考えた方が、人生、しんどくないですよ。リーダーになれば、その人が多くの事柄のかじ取りになったり、推進役にならなければなりませんから、大切にはされるべきだと思いますけどね。でもその分、重責を担っているんだから(寿命が縮むんでないかい? 私なんか、死んでもやりたくないもん…死んだらできませんが)。

 何もしないでエライ地位にとどまっている人は、歴史を見ると、やっぱりどこかでコケてますね(これは歴史がそういうんですから、私の個人的な意見ではございません)。コケた時が、何もしていなかった分、打つ手を知らないというんでしょかね、ますます下手を打ってドツボに嵌ることも、少なくはないみたいです。(絶対値は変わらないで、記号が変わるから)

 ま、なんでもいいから、毎年黄砂を飛ばすんでない! お金持ち国家になったのなら、お金持ちらしく、自分の家を立派に管理しなさい。お金持ちがゴミだらけの屋敷では、つり合いが取れていないよ。豊かな国には緑あふれる豊かな大地がお似合いだ。それがわからなきゃ、いつまでたっても先進国にはなれないよ。

 とまあ、喉が痛いので、怒りのあまり書いてしまいましたが、渡瀬恒彦さん、残念でした。存在感のある俳優さんだったのにねえ。もうあの方の演技が見られないのかと思うと、寂しい限りです。

 昔出演しておられた番組、どんどん再放送してくださいね!(できたらゴールデンタイムに…って、さすがにちょっと無理か?)

※ ということで、今月の『○○を語る会』は、18日と25日の分散開催です。よろペコお願いいたします。 

2017年3月15日 (水)

妄想!櫛名田比売命

 なんでこうも風が強いんだ? おかげで目が、目が~っ!のムスカ状態ではないか。山が黄色みを帯びているから、花粉だけじゃないんだよね、きっと。疲れ目に花粉、加えて黄砂。いったいぜんたい、どうなっておるのか!(怒り狂って、日本の西に、国…環境保全も考えられないような国のことですが…はいらないとまで思う、ここ十数日の私です)

 さてさて、昔々、ヤマタノオロチってえ怪物がいたのだそうです。頭が八つに尻尾が八つ、そんでもって胴体が一つと言いますから、どこかに行こうと思った時は、八つの頭で相談しなければなりません。

 議論がうまくまとまればいいのですが、まとまらなかったらどうしたんでしょうか。またまとなったとしても、議論に時間がかかりすぎたら、もう夜になっていて、「行くの、や~んぴっ」ってことにならなかったのかと、老婆心ながら心配になります。なにしろ井上陽水さんは、遊びに行きたいけど、傘がない~って歌われていますからね(古いなあ……)。傘がないくらいで、遊びに行こうかどうしよ~…って悩んだりするんですから。

 傘がないくらいで悩むんだから、頭が八つもあったら、絶対に意見が食い違うはずなので、きっとあまり外出は得意ではなかったのではないかと、勝手ながら想像しております。(まあ、ヤマタノオロチみたいな大怪獣に、そうそうしょっちゅう出かけられても困りますが)

 ところが古事記なんかを読んでみると、このヤマタノオロチ(八岐大蛇)さんはけっこう悪さをしておりまして、毎年、足名椎命と手名椎命(アシナヅチとテナヅチ)さんの娘とぱっくりこと食べちゃうってんですな。とんでもないヤローだ!

 でこの夫婦の8人いた娘のうち7人まで食って、今年は最後の一人、クシナダヒメが食べられるってときになって、なんと須佐之男命(スサノオノミコト)という、エライ神様が通りかかります。

 この須佐之男命ですが、これまた不思議なお人(神様)でございまして、天上界にいた時には、お姉さんの天照大神(アマテラスオオミカミ)さんを困らせてばっかりのグレーテルだったのですが、天上界から追放されて地上界に来たとたん、大変な正義の味方に変身してしまったのでございます。(悪に強いものは正義にも強い?)何か重大な心変わりがあったんでしょうか?

 で、クシナダヒメを抱いて泣いている、アシナヅチさんとテナヅチさんに、「よっしゃ、わしがなんとかしたる。その代わり、娘さんはわしの嫁にくれ」などと申し込むんですな。アシナヅチさんとテナヅチさんからみれば、ヘビの化け物に娘を食われるくらいなら、須佐之男命に娘を嫁がせた方がはるかにいいですから、これを承諾いたします。

 すると須佐之男命さん、酒を作れと申します。それを八つの樽に入れて、ヘビ(おろちですが、めんどうなのでヘビにしときます)が酒に酔っぱらっているうちに、退治しちゃおうと作戦を立てるわけでございます。(ヘビって酒に酔うのかなあ? 昔、マムシ酒を造ろうと、ヘビを焼酎の中に入れたことがありますが、ヘビが激怒しただけでしたけど…いろんな不必要な経験をしておりますな、私は…途中で可哀想になって、解放してあげましたけど。基本、マムシは臆病な生き物ですから。一般的に日本の本州で見かけるヘビで、最も狂暴なのはシマヘビですが、毒はありません。私は子供の頃、一度噛まれたことがあります…ったく、しょうもない経験はたくさんしております)

 で、クシナダヒメは櫛に変えて(さすが神様!)自分の髪に刺し、待ち構えておりますと、なんとこのヘビの化け物、酒を食らって寝てしまうんんですな。きっと毎年楽勝で娘を食べることができたので、油断してたんでしょうな。(油断大敵火がぼうぼう)

 それを須佐之男命さんは手に持った十束剣で滅多切りにするのですが、八本あった尻尾の何本目か知りませんが、そこを切った時、硬いものに当たって刃がかけてしまいました。そこを切り裂くと天叢雲剣(アメノムラクモノツルギ…後に草薙の剣と改名され、三種の神器の一つとされます)てえのが出てきたんだと。ヘビの中には、腕のいい刀匠が住んでいたのだろうか、それとも剣を呑んでいたんだろうか…さぞかし痛かったのでは?

 まそれで須佐之男命さんはクシナダヒメを無事に救うことができ、たぶんその後は二人で幸せに暮らしたのかな~…と想像させておしまいなのですが(だって、この物語、救出した後のことは記述がないもん!)、そんなバカなことはない。なんてえことを理科系の大学生だった私は、一般教養の文学の講義中に考えておったのですな。

 講師はW大のU先生。この人はいい先生だった。第一話が面白くて、ちっとも退屈しなかったので、私は毎週、一番前の一番真ん中で講義を受けてたんですよ。試験は2問しか出されなかったんだけど、気合が入りすぎた私は、1問めに時間を取られ過ぎ、2問目には極めて心残りな答案しか書けなかったんだけど、評定は良かったです。きっと1問めの答案で、いつも一番前の真ん中で、目を輝かせながら講義を受けていた私のことを知っておられたんだね。

 当然U先生のお話の中にも、興味深いお話がたくさんあったんだけど、まずは理科系の学生としては、観察から入ります。ヤマタノオロチの外見ですな。八つの山と八つの谷を越え、背中には木が生え苔むしていて、お腹は血がただれている…… 

 一番に思いだしたのは、火山の噴火でございました。粘り気が弱い溶岩は、色が黒っぽいものだけど、これが流れると、背中は苔むしたように見え、腹はまだ固まっていない溶岩が、外側だけ固まった溶岩を破って出てきますから、血でただれているように見えるんですわ。ちょうどハワイのキラウエア火山の溶岩が流れているようなものです。

 するとクシナダヒメってなんだろう?ってことになります。U先生は偉かった。クシナダヒメってのは日本書記では奇稲田姫と書くということから、実は珍しいくらいイネがよくできる田だったのではないかと。

 つまり毎年のように噴火して、人々がせっかく苦労して作った田んぼをのみ込んでいたんではないかというイメージができるんですな。

 こうなると須佐之男命さんが酒を八つの樽に入れてヘビに飲ませたら云々というのが見えてきます。実は酒ではなくて、谷をせき止めて作った水溜りは、人造湖みたいなものだとすれば、ある程度溶岩の流れが穏やかになりそうなところに人造湖を作っておけば、そこで溶岩が冷え固まり、止まらないこともありません。

 古代中国では治水工事の伝説が多いですが、これは治水ならぬ治火山なんですよ(たぶん)。しかも溶岩には鉄分がたくさん含まれていることが多いですから(溶岩を見ると、よく錆が浮いたのがあります)、これから剣を作ることも、あるいは可能だったかもしれません。なにしろ人類が最初に使った鉄器の原料は隕鉄だったという説があるくらいですから。後は偶然に地表に露出していた鉄鉱石の上で、何度となくたき火をしていたら、知らない間に鉄が取れたとかなんとか。なら溶岩から鉄をとっても、全然不思議じゃないし。

 で、この伝説があるあたりの火山といいますと、伯耆は大山! 大山は子供の頃から何度も登ったことがあるのでよく知っておりますが、残念ながらここの火成岩は、色が灰色で安山岩が主体でございます。もしも大山が噴火(歴史記録には残されていません)したのだったら、溶岩がたら~り、たら~り流れるタイプではなくて、爆発性の噴火だったでしょう。

 するとヤマタノオロチ伝説とは符合しなくなります。だいたいそんな大蛇はいなかったと思うよ(大昔は気温が高かったかもしれないけど、そうなるとそこに人類がいた頃ではなくなるので…ミトコンドリアイブすら誕生していない?…そんな現象が起こっても、情報は伝わりません。伝わらなかったら、伝説も神話も残りません)。

 では、須佐之男命さんがヤマタノオロチを退治したのは、いったい何処? いつ頃? という疑問が湧きますよね。実は私も(まだ)調べてません。ですがこの仮説に基づけば、少なくとも人類が稲作を始めていたことと、粘度の低い溶岩を噴出する火山があった地域ってことになります。

 幸いにしてヘビの信仰は、日本の神社にあるしめ縄という形で残っていたり、ヘビが神話に登場するのは、世界中にあります(中には頭がいくつもあるヘビの話が残っているところもございますね!)。アダムとイブに智慧を授けたのもヘビだし、マヤなんか(時代はずいぶん新しいですが)でもケツアルコアトルなんて翼を持ったヘビが登場しますし、インドや東南アジアに行けば、そりゃあもう……

 ってことで、櫛名田比売命は奇稲田姫は、古代に稲作をしていた地域で、火山が近くにあれば、可能性としてはいくらでも出てくるんですな。そして奇稲田姫には須佐之男命というナイトが出現します。

 面白いもんですな、今朝の新聞に、国会で某女性大臣がポカをやって責められているようなことが出ておりましたが、でも、須佐之男命は(たぶん)いるんじゃないですか? だって名前が名前だもの(笑)。

※ 今月の『○○を語る会』は、18日、25日の分散開催でございます。どちらに参加してくださっても結構です(同じことを話す可能性は、低いです。なにしろ気分次第で、どうにでも変わる人ですから、私は)。よろぺこ!

2017年3月14日 (火)

吾日三省吾身(吾、日に三たび、吾身を省る)

 山、黄色でしたね~。風が強くなるのは、天気図を見ればわかったけど、黄砂は連れてこなくていいです。近い将来、黄砂が生まれるところには行ってみたいと思ってはいますけどね(もちろん、黄砂が発生しない季節に。星空がめっちゃきれいだと聞いたので。携帯式の赤道儀を手に入れたら、数十年前の最新型のカメラと、昔ながらのフィルムを山盛り持って出かけるのが、長年の夢ですから……私は昔、天文小僧だった…… きっとこちらでは撮影できないような星空が撮影できるんだろうなあ…)。ま、何度かあちらに「来い」というお誘いを受けているので……(その中の一人は、『三国演義』で有名な、呂布の出身地に近いところにお住まいです)。

 快調に花粉症をいなしていたはずだったのですが、さすがにここ数日は症状が重くなってないりました(それでもまだ、寝てられるからいいですけど)。屋外に出る時は、できるだけ呼吸しないように心掛けているんですが、あまり呼吸をしないと、花粉症にもなれなくなってしまいますから、適当に息をすることにしています。それよりもなによりも、目が痒くて……

 それにも負けないで、明日の夕方あたりには、ちょっとおんもの様子を見ておきたいですね。枯れているばかりに見えて、ちょっと雰囲気が変わりました。きっと芽吹いてきたんでしょうね。ぺちゃっと地面に張り付いていた枯れ草が、立体感を持ち始めましたから(これに続くのは、私の場合「食い気」)。

 私はたぶん曽国藩の生まれ変わりではないと思うのだが、どうも「吾日三省吾身(吾、日に三たび、吾身を省る)」というところがあって、何を省みるかというと、曾国藩のように、行いの善悪ではなく、朝、昼、夜の食事を食べたかどうかということなんですね。食べたのに、食べてないという認識があってはいけないし、食べてないのに食べたと思い込むのも、同様な害があるのではないかと思います(「武士は食わねど高楊枝」という、やせ我慢を絵に描いたような言葉もありますが、これは健康に悪いので、三度三度、それ相応に食べるのが私のモットーでございます)。

 我が身、我が言動を、一日に三度も省みていれば、なかなか立派な人間になれるようで、曾国藩は当時の人々に非常に敬愛されたといいます(Mちゃんに言わせると、この人が天下を取っていれば、どこかの国は今とはまったく異なった、素晴らしい国になっていただろうということです)。

 残念ながら私は、日に三度省みるのは、食事をとったか摂らなかったかなので、人格はすぐれてきませんし、出てくるのはお腹ばかりで、靴を履くのにも苦労します(してませんけど)。知り合いの妊婦さんにも、「これであんたの苦労がわかった」などと軽口をたたかれるします(だからそんなに苦労はしてないって!)。昔は細かったから、そりゃあ私の頭の中の自分のイメージと、現実とのギャップに驚くことはなくはないけどね。

 そうそう、太ったといえば近くの国の指導者です。顔のつくりが顔面の真ん中に集まって見えますが、これは急激に肥満した証拠ですよ。健康上、注意が必要なのではないでしょうか。逆にここ数か月で、政治家としては失敗しても、減量には大成功した元女性大統領もおられるようです。こんな急激なダイエットは、やはり大統領という重責を担わないと不可能かもしれませんね。

 私だって、母の介護をしていた時には、みるみる10㎏近く落ちました(当時ヘルパーさんが撮影してくれた写真が残っていますが、まるで幽鬼みたいな顔になってますもん)。気を使うってことは、ダイエットには大変効果がございます。ただあまり経験したくないですが。あの時は多くの人たちに助けられたから、なんとか生き延びることができましたけどね。

 あの時の感謝は、一生忘れることはないと思います(でも、日に三度もは省みていないよなあ、実際のところ)。この感謝を、どうしてお返ししたらいいか考えたりしますが、なかなかいい方法は見つかりません。ちょくせつあの時の人たちにお返しできなくても、他の形で、誰かにお返し出来たらいいのかも知れません。

 だから生きているのかも。

 ま、凡人には、日に三度省みるったって、せいぜい飯を食ったかどうかくらいのものですけどね。(きょうは、ちゃんと食べたような気がします…笑)

※ 今月の『○○を語る会』は、18日、25日の分散開催です。そろそろ準備に取り掛からなきゃ……

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