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2009年9月 9日 (水)

どうぐっ!!

 週刊マンガサンデーは毎週読んでいるよ。中でも『蒼太の包丁』が大好きだからね。他にも面白い作品が多いので、毎週買って、後始末に困る(母が!)ことになっている。最近『蒼穹三国志』なるマンガが始まったので、なんとなく眺めている。

 しかし原作の『三国演義』の武器の時代考証がいいかげんなもんだから、作者も大変でございますな。関羽の青龍刀、張飛の蛇矛はしかたがないとして、劉備の雌雄一対の剣を双剣にしたのは、ちょっとおかしかったですな。

 というのはどんな英雄であっても、その時代に作ることができない武器を操ることはできなかったからだ。ちょうど藤原道長が生意気な歌を詠んでも、アイスクリーム一つ食えなかったのと同じである。科学技術の進歩がなければ、どんなに相応しいものも持てない。

 双剣ないしは双刀は、三国時代のはるか千年以上もあとに姿を現す武器でございます。もしも作者の方が本ブログをお読みになることがございましたら、ついででございますが、日本の二刀流と双刀の使い方は、似ても似つかないものでございます。そのあたりを注意してお描きになったほうが、新鮮味がでるのではないでしょうか。

 それから武器には相性というものがございまして、例えば双剣や双刀で青龍刀の相手はとてもできません。破壊力が違いすぎるのです。触っただけで折れるか、折れないまでも吹っ飛ばされます。『三国演義』の中には、劉備三兄弟が呂布の相手をして闘うシーンが出てきますが、私は劉備では呂布の相手は出来ないと考えています(武器を使う腕もですが、なにより双剣では無理です)。

 でも原作に書いているんだから、必要に迫られたら描かないわけにはいきませんよね。ご苦労様です。ついつい道具の時代考証なんてのはいい加減になりがちなんですよね。でもドラマの真実味には、とても大切だと思います。(日本の時代劇に出てくる馬がサラブレッド系の馬が圧倒的に多いのは仕方がないことですが。なにせ今となっては純血統の日本の馬なんて貴重種でしょ?)

 さて「道具」で私が一番興味を持っているのは、太公望の釣り針である。なんと周の文王が通りかかったとき、釣りをしていた太公望姜尚の竿についていた針は、真っ直ぐだったのである。しかも餌をつけていなかったという。

 ちょっと待て、釣り針がまっすぐだったら、もしかしてそれは縫い針ではないのか。縫い針ならばいくら餌をつけても、滑り落ちてしまうだろう。それで奇妙に思った周の文王は、この老人を呼んで話をした。そうしたら政治のこと、兵法のことなどなどが素晴らしく詳しく、この人を軍師としてスカウトしたのであった。なんてことが『史記』なんかには書いてある。

 しかしなあ、私は考え込んでしまう。もういい歳をした老人が、真っ直ぐな針に餌もつけないで糸を垂れるか? しかも文王が通りかかってそれが見えたそうだから、けっこう大きな釣り針をつけていたに違いない(歴史的には青銅器時代である)。何のために? 決まっているよね。文王にスカウトされたかったんだよね。けっこう太公望という爺さん、色気があったんだ!

 てことはだよ、この人の真っ直ぐな釣り針は、好きな人の前で綺麗にお化粧して着飾っている女の子の化粧や服なんかと同じだったんだよね。とにかく目的とした人間と話すきっかけを作らなきゃならないって、ね。なかなかいじらしい?爺さんだ。

 太公望といえば、餌のついていない真っ直ぐな針で、魚を釣らないで(釣れるはずがない)天下を釣ったと言われているけれど、目的が違うとだいぶ道具も変わってしまうんだね。しっかりと返しのついた釣り針で、餌をつけたら、魚は釣れるけど、天下までは釣れなかったかも知れないもんね。

 やっぱり目的のための道具は大切だ。釘を打つのに鋸を使うバカがいないのと同じだね!

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