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<title>小森君美の言いたい放題</title>
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<title>そんなに早く読めますか？</title>
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<description>　昨年末の訪 中で、助手が忍耐強いのをいいことに、馬鹿みたいに本を買い込んでしま...</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;　昨年末の訪&lt;a onclick=&quot;window.open(this.href, &#39;_blank&#39;, &#39;width=300,height=172,scrollbars=no,resizable=no,toolbar=no,directories=no,location=no,menubar=no,status=no,left=0,top=0&#39;); return false&quot; href=&quot;http://kkomori.cocolog-nifty.com/.shared/image.html?/photos/uncategorized/2010/01/08/photo.jpg&quot;&gt;&lt;img title=&quot;Photo&quot; border=&quot;0&quot; alt=&quot;Photo&quot; src=&quot;http://kkomori.cocolog-nifty.com/blog/images/2010/01/08/photo.jpg&quot; width=&quot;100&quot; height=&quot;57&quot; style=&quot;MARGIN: 0px 5px 5px 0px; FLOAT: left&quot; /&gt;&lt;/a&gt;中で、助手が忍耐強いのをいいことに、馬鹿みたいに本を買い込んでしまった。途中で助手に、「いったいどれくらいで、そんなに読んでしまうの？」と尋ねられたが、私はカッコよく「３ヶ月」。おいおい、大丈夫かよ。実はこれ以外にも面白いのを数冊購入したり、プレゼントされたりしている。とんでもない量である。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　だいたい年末みたいに、ひたすら遊ぶことしか考えないで行くときは、買うもののリストを作っていく。そのリストを片手に、大量に立ち読みしながら、購入するものを選んでいくのである。遊ぶといっても、やらしいことをして遊ぶ気はない。遊び方は知っているが、とにかく疲れきった状態で行ったので、それ以上疲れることは、まるでやる気にならない。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　その割には今度は飲めや歌えやで、内臓（特に消化器系統。喉も参っていたのだが、これもカラオケなどで遊んだので、ちっとも回復しなかった。せめて睡眠不足でも解消しようと思ったのだが、最後の夜なんて一睡もしなかった。お陰で帰りは爆睡。飛行機の中では、客室乗務員に無視されそうになった）には余計に疲れが溜まってしまった。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　私の内臓は、適度の（結構過度の）練習をしていた方が調子がいい。思春期から青年期を過ぎ、いいおっさんになってもトレーニングを続けていたので、身体が「トレーニングしている方が調子がいい」という、マグロかサメみたいな状態になってしまったのだ。動いてないと窒息死するんだよね。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　でも今回は、本屋へ一度行ったら数時間は粘った。どれもこれも立ち読みにしては長すぎるくらい目を通して、それから買うのである。支払いのとき、山のように抱えて行ったら、レジの姐ちゃんに「会員証を作ったら？」と言われたので、しっかり作った。実は会員証があると、割引で結構安くなるのである。日本ではあまり見かけないよね。本屋さんが値引きしてくれるんだよ。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　実は以前も作ったことがある。この会員証は、有効期限を一年過ぎてもまだ有効だった。実に大らかな態度である。きっと「この日本人はたまに来たと思ったら、毎回アホみたいにたくさん買っていくなあ。わざわざポケットから眼鏡まで取り出して立ち読みしているけど（心配しなくても、あちらでも立ち読みの人は多い）」くらいのことを思っているんだろう。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　でも興味深い本が多いんだよ。私が元寇や倭寇の変な知識を持っているのは、殆どがこうやって手に入れている。ひどい場合は、立ち読みした情報もあったりする。あまりにたくさんの文献に目を通すので、今ではどこで入手した情報か定かでないものも多い。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　仕事場には恐るべき量の文献が揃い始めた（時々、行方知らずになる本もあるけど）。おそらくまだまだ増えるのではないだろうか。そして暇さえあれば読みふけっているが（陸上競技でもそんな時代がありましたな。当時は英語の文献ばかり読みふけっていた。大学時代ドイツ語をいい加減にやってしまったのは、ベルリンの壁が崩壊したときだった。「しまった！　東ドイツの技術が……」と思ったが、結局少し遅れたけれど、東ドイツの文献を英訳したのを手に入れ読んだ。とにかく夢中で読みふけった時代がある。昼間は実践なんだけどね）、本当に３ヶ月で読めるのかなあ。「言うは易く、行うは難し」である。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　夜も寝ないで（昼間は仕事があるし。時々仕事をするのをやめて、読みふけりたい衝動に駆られることもあるけど）読みふける。たまに違うものを読んでいるなと思ったら、たいていはマンガである。頭を休めてやらないとね。オーバーヒートして煙が出たら、ますますペースが落ちるから。そして時々ＤＶＤを見ながら寝ている（これを我が家では「ＤＶＤを寝る」と言う。テレビをつけっぱなしで寝ているのは、「テレビを寝る」という。ちなみにテレビでやっているＣＭの食べ物が突然食べたくなって、食べ始めると「テレビを食べる」と言う。今は亡き親父の得意技であった）。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　最近はあちらの出版物で、日本の歴史上の人物が扱われることが多くなった。徳川家康や織田信長、豊臣秀吉なんてのは当たり前である。直江兼続は、私はまだ見ていない。出たらきっと受けると思うよ。兜の「愛」は目立つからね。それが愛染明王の頭文字かどうかは関係なく。宮本武蔵なんてのは、ずっと前からあったような気がする。立ち読みはしたことはあるが、買おうと思ったことはない。日本の昔の人については、あちらよりは日本にたくさん精度の高い情報があるからである。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　少なくとも『魏志倭人伝』の昔でもない限り、（『古事記』『日本書紀』の頃も、若干不安だが。なにしろ資料文献が少なすぎるから。資料はたくさんあった方がいい。できたら精度の高いものであれば、もっといい）日本のことは日本にたくさんあるからである。しかも日本って国は、昔のものでも大切に保存しているからね。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　以前『中国の刀剣』を調べていた頃も、隋唐の刀なら、日本にいいのが残っているんだよね。遣隋使、遣唐使が持ち帰ったものを、大切に保管しているから。日本人は舶来品を大切に保存する癖があるから、ある種のタイムカプセルの役割を果たしているんだろうね。とくに中国では刀なんか、清代には戦争の度に、前に作られたものを鋳潰して、その時の戦争に適した形に作り直されたなんてこともあるみたいなので、なかなかその時期、その時期のものが残されていないんじゃないかと思う。その点日本なんか、大山祇神社にでも行けば、それぞれの時代の刀が奉納され、見事に保管されてあるから嬉しいよね。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　ま、そんなこんなで、読まなければならない本が、いくらでもありますな。何しろ遊びと買い物に行ったんだから。朝遅くのそっと起きて、10時半から11時頃（現地時間）朝昼兼用を食べに行く。それから買い物である。そうして午後は昼寝（本当はほとんど読書）。夜はまたしてもドンちゃん騒ぎ。こんな日を続けていたら、絶対に馬鹿になるよ（いくら本を読んでも）という状態で、非日常を楽しむのである。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　でも本当に３ヶ月で読めるかなあ。大半は持ち帰らず送ったんだけど（船便）、まだ日本に着いていないからなあ。３ヶ月で読むのは、ちょっと黄信号かな。まあ、ゆっくりやりますか……&lt;/p&gt;</content:encoded>


<dc:subject>日記・コラム・つぶやき</dc:subject>

<dc:creator>kkomori</dc:creator>
<dc:date>2010-01-08T19:42:57+09:00</dc:date>
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<item rdf:about="http://kkomori.cocolog-nifty.com/blog/2010/01/post-a678.html">
<title>少年不努力、老大徒傷悲</title>
<link>http://kkomori.cocolog-nifty.com/blog/2010/01/post-a678.html</link>
<description>　子供の頃、よく言われたなあ。子供の仕事は勉強だ。今、勉強しておかないと、ろくな...</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;　子供の頃、よく言われたなあ。子供の仕事は勉強だ。今、勉強しておかないと、ろくな大人になれない、って。別に両親に言われたような記憶はそれほどない。ということは、私の周囲の人たちが言っていたんだろう。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　勉強ってのは中国語では「mianqiang」と発音する。意味は「無理である」「無理なさま、嫌なさま」「無理がある、十分でない」「なんとか間にあう、かろうじて間に合う」「無理強いする、無理にさせる」なんて意味で、見事に最後のやつが、いわゆる勉強に近いような気がする。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　無理強いされた勉強なんて、本当の血肉にはならない、なんて言う気はない。無理強いされた知識に、今は結構助けられていたりするから。それどころか、あの頃無理強いしてくれてよかったなあ、などと思うことだって、少なからずある。生きていく上で大変に役立ってくれているものも少なくない。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　人間、幼い頃には、人生なんてちっともわかっていないから、「こんなもの習って何にするんだ？」ってことが山のようにある。私にもそんなことはたくさんあった。もともと好き嫌いがはっきりした子供だったからね。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　ところが今になってみると、「あの時、もうちょっと突っ込んで勉強しておくんだった」などと思うことは少なからずある。できるときに、できることを、どきるようにやっておくというのは、身体運用でも大原則だと思っているが、タイミングを逃してしまうと、勉強するにしても時間が取れなかったりするからね。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　日本の場合だと、一度社会人になってしまうと、何か勉強するなんて暇は、誰もみてくれなくなるんだよね。だから勉強が不足していると思ったら、どこかで大変な無理をしなければならなくなったりする。無理しないために、いい年になってまだ社会人になっていなければ、今度は食っていけないし。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　若い頃には、やれることは何でも、貪欲にやっておくべきだと思うよ。これは別に勉強だけじゃない。遊びもそうだと思う。勉強ってのは学校でやる、あの成績がついてどうたらこうたらという、ややこしいアレですな。でも社会へ出たら、勉強の能力より、むしろ楽しい人間の方が好まれるよね。遊び上手なんて人がいたら、けっこう重宝だ。なにせ人は基本的にホモ・ルーデンスだから。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　しかし何ですな、お金のあるなしに無関係に、上手に遊ぶとなると、なかなかに智慧が必要になってきますな。それだけで十分に脳みそを使っているんじゃないでしょうか。何もすることがないと、ボーっとして、なんとなく世の中に対する不満を溜めるのは超簡単ですが、うまく遊びに変えてストレスを解消していくことができたら、人生の景色が随分変わって見えるでしょうな。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　遊ぶにしても、何らかの知識とか経験（これだって知識・情報だ）がなければ、うまく遊びを考えつかないだろうし。私はこれを、若い頃に不可欠な「努力」なんじゃないかと思ったりしている。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　だから「少年不努力、老大徒傷悲」なんてことを、若い頃に勉強して（いい学校に行って）いないと、年をとってから苦労ばかりして、辛い目に遭うしかないんだ、とは理解していない。とことん遊びまくった人だって、上手に遊べた人なら、それなりに老後もじょうずに遊び続けるんじゃないかと思っている（雀百まで、である）。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　一番面白くないのは、中途半端に努力して、中途半端に遊んだ場合だろうか（私など、危ないもんである）。トレーニングの特異性という言葉があるが、とことんやった人は、やったことが上手になっていくが、中途半端な努力しかしなかった者は、何事も中途半端にするのが上手（これを上手と言っていいものかどうか…）になっていくんだね。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　何事も徹底した方が良いと、よく言われるが、こういうのも「少年不努力、老大徒傷悲」だけである。何かをやり込んだ人間だったら、大成しようがしまいが、それなりに納得がいくんじゃないだろうか。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　さあて、私も「少年不努力、老大徒傷悲」にならないように、何か一所懸命やっておこうっと。幸いにして私は、意識の上ではまだ「少年」なんだからね（「ド厚かましいっ!!」と叱られそうな気がするが）。ま、あくまで精神年齢でのお話なんだけど。&lt;/p&gt;</content:encoded>


<dc:subject>日記・コラム・つぶやき</dc:subject>

<dc:creator>kkomori</dc:creator>
<dc:date>2010-01-07T17:12:30+09:00</dc:date>
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<item rdf:about="http://kkomori.cocolog-nifty.com/blog/2010/01/post-dcbf.html">
<title>純金象眼の太刀</title>
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<description>　今朝の産経新聞朝刊を見ておどろいた。奈良の東大寺山古墳出土の太刀に、「中平□年...</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;　今朝の産経新聞朝刊を見ておどろいた。奈良の東大寺山古墳出土の太刀に、「中平□年五月丙午造作文刀百練清剛上応星宿下辟不祥」などという銘文があったという。50年も前に出土したのに、どうして今頃まで、こんな銘文があるのを公表してなかったのだろう。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　最近、何があっても、すぐに「卑弥呼、卑弥呼」とか「邪馬台国、邪馬台国」と騒ぐ傾向が強すぎるのには、いささか閉口気味だが、産経新聞１面に掲載されていた太刀の写真は、みごとに漢代の太刀の特徴だよね。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　卑弥呼という人物が、いつごろ権力を持ち、いつごろ中国に使者を送ったのか（その規模とか回数とか、基本的に日本国内に文字を使って記録したものがない以上、中国の記録に頼るしかないのは、かなり歯がゆい感じである）、そして持ち帰った物品がどういう運命を辿ったのか、想像に頼るしかないので、「断定」するわけにはいかないだろうが、手元にある中国の太刀の資料を読んでみても、写真にみる太刀は、かなり身分の高い人が身につけるものであったようだ。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　特に「環首」の造りは、大変凝っていて、むしろ三国時代以降、南北朝あるいは隋時代くらいのものみたいな精巧さである。勿論、刀身に年号が象眼で示されているのだから、きっとそれが正しい情報を伝えているのだろうけれど。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　参考までに、ちょっとこの時期より古いころの刀について書いてあるところを紹介しておこう。「東漢（中国では後漢の東漢と呼ぶ。前漢は西漢である）以后、刀的鍛造和装飾日益講究、部分制作精良的環刀上面刻以文字、錯以黄金、刀環也彫成各種形態的精美図案。環刀在配飾方面也越来越多、其至成為輿服制度的一部分、逐漸超過了佩剣」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　後漢になると刀の鍛造技術と装飾はどんどん発達して、非常に精良な首環には金で文字を刻んだ（象眼なので、溝を作ってそこに金線を埋めこんだ）ものも現れた。刀環の彫刻も各種の精美なデザインのものが現れた。このような刀環の配飾はどんどん発達し、輿服制度（身なりやら持ち物やら乗り物によって、身分を表現する制度）に組み込まれ、次第に武器としての佩刀や佩剣というだけの単純な役割を超えるようになったのである、まだいたいこんな意味かな（短時間で打っているため、大意です）。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　二世紀のアタマ頃の太刀には「卅jian（さんずいに柬）環首大刀、刀身錯金火焔紋及年銘文」などとあるので、この頃には刀身にいろいろと刻みこむのが始まっていたのだろう。まさに産経新聞掲載の東大寺山古墳出土の太刀とよく似ている。「卅」とは三十のことで、三十回折り返して重ねて鍛えたという意味。奈良から出土したのは百練だから百回折り返して鍛えたものですな。よほど身分の高い人用だったのだろう。そしてご丁寧にも、鍛えなおした回数まで刀身に刻んでいたんだね。よほどこれを貰った人は、重要視されていたんだろうね。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　ちなみに日本に刀を鍛える技術が伝わったのは、遣隋使・遣唐使の頃、刀剣鍛造の専門技術を盛んに学んで帰ったという記録が（中国側に）残っているから、４世紀中ごろの刀は、ほぼ間違いなく中国産だろう。産経新聞では、純金の純度を基準に述べておられますな。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　専門的に研磨したら、漢代の貴人が持っていた太刀の姿が見えてくるだろうね。2000年近くを経ても、素晴らしい弾力を保っているそうだから（それだけ、鍛造技術が進歩していた）。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　しかし日本での刀剣は、最初は武器としてでなく、権威の象徴として入ってきた可能性も大きいわけだよね。（武器としてなら、棍棒だって十分破壊力はあるし、そこいらでいくらでも手に入っただろうし）歴史ってのは面白い。武器とするには、ある程度数が揃えられないとダメなんだね。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　ま、中国だって秦末の陳勝・呉広の乱の時には、竹棹を旗指物にし、棍棒を刀の代わりに使ったとあるから、武器なんてのは最初から、身の周りのもので間に合わせたんだろうけど。造るのに高度な技術を要するものは、最初はそういったものを持っているだけで、十分な権威になれたんだろう。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　以前、ある中国の方から聞いたことがある。天才的な職人がいて、素晴らしい剣を作って王様に献上した。すると王様は「おう、これはありがたい」と感謝して褒美を与えたが、帰りに部下に命じてこの職人を殺させた。他の王のために同じような剣を作られるのを恐れたのである、って。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　その方は、それが中国が発達しきれなかった理由の一つだと嘆いておられたが、日本の場合はいいよね。いいものを献上された人は、「おう、それではその方の腕を買おう。次はもっと精進して、もっといいものを造ってくれ」という場合が、比較的多かったんじゃないだろうか。刀工は今も昔も、かなりの尊敬の念を持ってみられているみたいだし。その結果が、世界でも特筆に価する日本刀にまでたどり着くことになったんだろうね。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　それはともかく、古代の日本と中国の関係は、きっと随分興味深いものだったんだろうね。本当に日本側に、「文字としての記録」が残っていないのが残念な気がする。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　&lt;/p&gt;</content:encoded>


<dc:subject>日記・コラム・つぶやき</dc:subject>

<dc:creator>kkomori</dc:creator>
<dc:date>2010-01-06T18:18:06+09:00</dc:date>
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<item rdf:about="http://kkomori.cocolog-nifty.com/blog/2010/01/post-a3dc.html">
<title>はまる、嵌る？</title>
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<description>　蜜柑が旨い。年末に山口県のＦ先生と、お師匠様のＫ先生からいただいたものである。...</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;　蜜柑が旨い。年末に山口県のＦ先生と、お師匠様のＫ先生からいただいたものである。旨いので、さすがの中国茶も飲まないで、蜜柑ばかりを食べている。中国茶だと完全な液体なので、どうしても胃袋のあたりが限界に達することがあるが、蜜柑はそういう傾向がない。これは大変ありがたい。この場を借りて、お二方に御礼を申し上げたいと思います。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　とにかく練習の前に食べる（水分補給代わりである）、練習の後に食べる。食べ方は前にも言ったけど、正統和歌山風である。時々種まで飲み込んでしまいそうになって、慌てることがあるが、なんともダイナミックでよい。そのうち皮も剥かないで食べるようになるかも知れない（皮は皮で、それなりに美味しいし……）。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　今年は花粉が少ないという予報だけれど、花粉の季節がくればそれなりに動きにくくなるので、今のうちにきちんと動いておかないといけない。ここ数年は杉の花粉というより、むしろ黄砂の方が影響が大きいような気がしている。今年の春はゴーグルにマスクというスタイルになるかも知れない。数年後にはガスマスクを装着してやっていたりして。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　年中動いていると、不思議な傾向に気がつく。寒くて風が強いと、犬の散歩の人たちがめっきり少なくなってしまうということである。犬は天候に関係なく（むしろ寒い日の方が）生理的欲求、つまり排泄をするんですぞ。たしかに寒いと億劫になるのはわかるけどね。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　昔々、ディスカスという熱帯魚の飼育に血道をあげていた頃、当時は120㎝の水槽だけで30匹以上飼っていたので、水質の管理に大変だったことがある。かなり富栄養だったのだろう、カボンバという水草が滅茶苦茶成長していた。本数はたかが知れているのだが、１本の長さが数メートルに達しようという長さであった。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　それを毎日水換えして維持していたんだね。雨の日も風の日も、雪の日も。たまに風邪をひいて38～39℃くらい熱があっても。疲れ果てていても。なんでも同じだと思うけれど、ここまで打ち込んだら「悟り」が開けますな。「自分が飼ったんだから、たとえこちらが死にそうでも、生命の契約だけは果たさなければならない」って。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　向こうが望んだわけではないのに（アマゾン川にいた魚が、日本に来るということ自体、自然界ではありえないもの）、我が家の水槽の中に閉じ込められているんだから、せめて生きていくのに快適な環境は、こちらで整備しなければならない。これは最低限度の「生命の契約」だよね。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　可愛かったり、綺麗だったりするものに傍にいてもらおうと思うと、こちらもそれなりに努力しなければならない。今は当時ほど凝っていないけど（その頃蓄積した、飼育のノウハウがあるから、最小限度の労力で、最大限度の効果をあげることができるけれど）ディスカスの餌を探して三千里（そんなには旅していない）、あちらの川、こちらの沼（河童はいなかった）、東の池、西の水溜りと歩き回った。おかげで自然界に関する知識も、その時大々的に蓄積できちゃったんだけど。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　何かに夢中になっていると、それに付属したものがいくつも手に入る。自分の身体を動かさないと、何も手に入らないけどね。ちょっと泥だらけになったりするけど、汗と血と涙を流すことを厭わない人は強いもの。いつまでも同じようにはできないけどね。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　汗と血と涙を流しても、歯を食いしばって前進できるのは、やはり体力的にも精神的にも柔軟性があって、回復力が強い頃の特権だと思う。よく若い頃、「あんたなんか若いんだから、何でもできるでしょうが」などと言われて、よく腹を立てていたけど（「あんたなんか若いんだから……」という人に限って、自分は若い頃から何もしていなかった人が殆どだったから）、実際、無理がきくころに無理をしておかないと、無理がきかなくなって無理をしたら、寿命を縮めてしまうからね。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　何をやっても同じようなものだけど、ディスカスのお陰で、身のまわりの自然界に関して、ずいぶん詳しくなったような気がする。あの頃、ディスカスのために少々の無理をしたけど、これは私にいろんな知識をつけてくれた。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　そうそう、陸上の指導といえば、蜜柑をいただいたＫ先生。この人に勝つために、３年ほどは毎日、睡眠時間を３～４時間しかとらないで研究と勉強を続けた。お陰で今では、いろんな目には見えないものまで見えるようになってしまった。（心霊現象はこの範疇にあらず。そんなもん、見たくもない。私は忙しいので、そんな現象にお付き合いしている暇はない）&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　私が自分で認めているお師匠様は、片手の指で楽に数えられるくらいしかいないけれど、陸上競技のＫ先生はその中の一人である。もう二人ほどいるが、その他の、私の師匠だと自称したり、他人が私の師匠ではないかと言っている人よりは、我が家の猫の方がはるかにお師匠様である。身体の使い方については、猫やそのほかのペットの方が、はるかに多くのことを教えてくれたからだ。お陰で野生動物の動きまで見えるようになって、人が気がつかない動物まで見えるようになってしまった。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　ま、何をやっても嵌る方だから、熱中しているときに、思いがけず多くのことを手に入れることがあるんだけどね。嵌っているうちに、大した苦労をした記憶もなく手にはいるから。こういった「おまけ」は、最初は知らなかったけど、今では嵌りやすい性格で、嵌ってよかったと思っている。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　せっかく犬なんかを飼っているんなら、犬との散歩に嵌って、雨の日も、風の日も、雪の日も、炎暑の日も、犬と散歩していてら、きっと何か発見することもあると思うよ。わずか数人だが、そういった方をお見かけする。みんな年輩の方だ。犬との距離のとり方が、実に絶妙だと感心することがあったりする。きっとこういう人は、私も知らない何かを知っているんだろうね。素晴らしいことだと思う。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　&lt;/p&gt;</content:encoded>


<dc:subject>日記・コラム・つぶやき</dc:subject>

<dc:creator>kkomori</dc:creator>
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<item rdf:about="http://kkomori.cocolog-nifty.com/blog/2010/01/post-5a6d.html">
<title>寅年</title>
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<description>　寅が虎なのかどうなのかはよくは知らない。けれども一般的には寅年というと、虎の絵...</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;　寅が虎なのかどうなのかはよくは知らない。けれども一般的には寅年というと、虎の絵を描いた年賀状がたくさん飛び交う。きっと寅＝虎と考えて差し支えないんだろう。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　虎という動物は迫力がある。百獣の王はライオンだなどと言われているが、私は虎の方に迫力を感じる。インド虎とシベリア虎では、まったくサイズが異なるけれど（北方の方がでかい）、昔から目立つ生き物だったらしく、虎に関する諺なんてのも少なくない。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　まず有名なところでは、「虎の威を仮る狐」なんてのがありましたな。「虎の衣を借る狐」じゃないからね。そんなことをするには、虎が服を脱がなきゃならない。それは難しい相談だ。まあ諺では、虎に狐の後ろを歩かしたら、他のものが逃げてったって話だけど、これはちょっと虎がトンマな感じがして、気の毒である。ちなみにこの諺の主人公は狐であって、虎ではない。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「虎に翼」てえのもありますな。中国の時代小説やドラマなんかを見ていたりすると、しょっちゅう出てくることばである。似たようなときに使われる言葉で、「虎を野に放つ」なんてのもある。でも一番厄介なのは前者の方でしょう。後ろも怖いけど。今は「虎を野に放っても」トレーサーなんて道具がありますから。「虎に翼」ってのは、ちょっとバランスが悪そうで、どうやって飛ぶのか心配になるけれど、飛べば凄いよねきっと。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「竜虎あい打つ」ってのもありますが、龍が虎といい勝負ができるのは、龍が空が飛べるからなんだよね。虎に翼が生えたら、龍としても「こりゃやばい」。ちなみに竜虎が描かれている絵があったら、一般的に虎が雄で龍が雌なんだそうな（某中国の人に教わった）。ところが龍と鳳凰が一緒に描かれていたら、鳳凰が雌で、龍が雄なんだそうな。龍は相手によってコロコロ性別が変わる、器用な生き物だ。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「虎に描いて狗に類す」……いやあ、私も失敗談があります。虎って案外描くのが難しくって。私にとっては馬が超難しいけど。本来の意味は、才能のある人の真似を、才能がない者がすると恥をかくって意味らしい。つまり鵜の真似をする烏と似たようなものですな。でも指導を始めてから、私は一貫して才能は身につけるものだという姿勢をとっているので、この諺には背こうと努力しておりますな。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「虎の子」ってのもありますな。昨年は私の「虎の子」の福沢諭吉が、ふいに出て行ってしまうという現象がよく起こりました（何故だか戻ってはこなかった）。この際「虎穴に入らずんば虎子を得ず」とばかりに、虎穴に飛び込もうかとも思いましたが、虎穴ってふつうは親がいるよね。「虎の子」って言葉も、虎は子供を非常に大事に育てるところから発生したぐらいだから。「虎子」なんか捕らえようと思ったら、えらい目に遭いますぞ。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「前門の虎、後門の狼」ってえのもありますな。どうして前に虎がいて、後ろが狼なんだ？　こんな大きな肉食獣は「棲み分け」をしないのか、と心配になったりしますが、とりあえず退くにひけず、進むに進めず、だからといってじっとしていればどちらかに食われてしまいそうで。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　こういう時は思い切って気を失っちゃったら？　中国には「坐山観虎斗」って言葉がありますからな。山に坐って虎が戦うのを見るという意味だけど、要するに「漁夫の利（漁翁の利）」を狙っているときに使うことば。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「虎の尾を踏む」ってのもよく使われますな。虎の尾を踏んだら、虎は怒ってこちらを襲ってきます。「あっ、虎の尾を踏んじまった！」と思ったら、躊躇わず虎の頭も踏むことをお勧めします。昔、大山に登っていたときに、ガイドさんに教わったもん。マムシが出たら、とりあえず踏んずけるんだって。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「頭を踏んずけたら、助かる」って。「じゃあもし尻尾だったら？」と聞くと、「その時は覚悟してください」だって。いやあ、実に親切なガイドさんだった。虎のことだから頭を踏んずけるのは容易ではなさそうだけど、どうせ食われるんだったら、徹底的に踏みにいった方がいい。「虎口」は怖いけれど。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「苛政は虎よりも猛なり」。ありましたなあ。虎は運がよかったら遭遇せずにすむけど、政治は逃げられないもんね。今は宇宙人が政治をしているらしいけど、宇宙人は虎よりはましかなあ。ちょっと心配になるところだ。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「猫は虎の心を知らず」、あったりまえだ。猫に虎の心がわかってたまるか（動き方はよく似ているけど。我が家の居候たちは、虎によく似た歩き方をするんだよ。顔は可愛いけどね）。その昔、陳勝という中国の大規模農民蜂起のさきがけをした人物は、郷里で小作人をしていた頃、「わしらの中から金持ちや、偉うなる奴が出てきても、昔のことを忘れたらいかんなあ」と言ったらしい。すると仲間の一人が、「な～に言うとんねん。わしらはこんな貧乏な小作人じゃ。どうやったら金持ちになれたり、出世できたりするんじゃ、ボケ」と言ったらしい。するとそれに答えて陳勝は「燕雀安知鴻鵠之志哉！（てめえらみたいな木っ端者に、わしの志がわかるもんか）」と吼えたんだそうな。この陳勝という男は、元祖「歩く名言集」みたいなところがあって、いろいろと名言を残しているが、最期は名言に相応しくない死に方をしている。今日は陳勝について語る予定ではないので、このあたりで止めておく。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　似た言葉に「虎は千里の藪に棲む」ってのもありますな。何でも同じだけど、自分の才能が一番発揮しやすいところでなければ、持っている力は十分発揮できんわな。『三国演義』でも関羽が似たようなことを言っている。「吾思枳棘叢中、非栖鸞鳳之所（わしは棘やカラタチみたいな藪の中には、鳳凰は棲まんと思うぞ）」。人には相応しき贈り物を、人には相応しき棲み家を、である。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「三人言いて虎を成す」てえのもありますな。市場に虎はいないものだが、一人が「市場に虎が出たあ」と言っても、「お前アホか」ですむけれど、三人が言うと、「本当か、そりゃ大変」ってことになるって意味で、出典は『戦国策』でしたっけね。龐涓の甥っ子の龐葱が言ったとされる言葉。似たことは孔子の弟子の曾参も、「曾参が人を殺した」って形で言われている。原典は当時（春秋戦国の頃。今から2400～2500年ほど昔）、秦にあった諺らしい（三人成虎、十人撓椎、衆口所移、毋翼而飛）。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「虎は千里を行って千里を帰る」なんてのもありますな。「虎の子」を大事にそだてるためには、千里の道もなんのそのでしょうか。でもほんとは猫族はスタミナがあまりないんだけどね。「千里の馬」でも一日に千里しか走らないのに、虎の母ちゃんは、一日で千里行って千里帰るってんだから。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「虎視眈々」てのもありますね。やっぱり人生「虎視眈々」と、何かを狙っているくらいでないとね。目的意識があれば、虎視眈々ってのは当たり前だよね。そうしてチャンスとみたら、一気に「騎虎の勢い」といきたいところだね。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　これら以外にも虎に関する言葉はたくさんありますな。寅年ですから、虎にあやかって生きようと、虎尽くしにしてみました（中国の諺を入れると、まだまだ増えそうです）。あ～しんど。（こんなんで疲れて、騎虎の勢になれるんでしょうか???）　&lt;/p&gt;</content:encoded>


<dc:subject>日記・コラム・つぶやき</dc:subject>

<dc:creator>kkomori</dc:creator>
<dc:date>2010-01-04T19:12:50+09:00</dc:date>
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<title>一月二日という日</title>
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<description>　昨日、ここ仕事場で、結構いそがしくあれこれやっていたら、突然携帯が鳴った。正月...</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;　昨日、ここ仕事場で、結構いそがしくあれこれやっていたら、突然携帯が鳴った。正月早々何事かと見たら、番号非通知である。誰かと思ったが、とりあえず電話に出たら、高校時代の同級生から、「同窓会の二次会から参加しないか」と言う。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　ああ、そうだった。そんな通知が来ていたなあと、頭の片隅をおぼろげな記憶が掠めたが、宛名を、毎年間違えたまま送ってくる無神経さが気になっていたので、とりあえずお断りした。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　私の名前は両親の気まぐれで、わりと目立つ名前をつけられた。高校時代もそんなに目立たない生徒ではなかったと思うので、顔も名前も憶えていただいていると思ったら、しっかりと間違えたままである。同窓会名簿を見れば正しく記載してあるので、同窓会名簿すら確認していないということだろう。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　私は「人の名前を粗末にする人は、人を粗末にしている人ではないか」と思ったりしている。岡山県のスポーツ指導者の名簿も、いつ見ても「小林」となっている。いくら指摘しても直っていない。こんないい加減な組織になにができるのかと（活動する部門と、名を登録する部門は違うのだろうけど、一般的に人は、一つのことがなかなか改善できない組織は、全体としても何もできないとみなすものである）思っている。名前の間違いを指摘したら、ソッコーで直してくれ、しかもお詫びまでいただいたのはＨさんだけである（かなりの有名人）。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　毎年、１月２日には、なんやらかんやらの会が二つや三つ入っている。何も正月を選んでしなくてもいいのにと思うが、同窓会などは、皆が集まりやすい正月に、ということになるのであろう。きっとどこの地方でも似たような状況ではないか。料亭やらホテルやらは、きっと一息つく日なんだろうね。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　ところで私は残念なことに、昔の友人達との思い出話に興じる趣味が欠落している。少なくとも今のところはそうである。本ブログなどでは昔話や思い出も取り上げてはいるが、それを肴に、旧友と楽しくお酒を飲んで、という発想がないんじゃないかと自分で思っている。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　いつだって私が気になってしかたがないのは、「明日の自分」とか「明日の私の周囲の人々」なのである。だから随分以前に過ぎ去ったことを思い出して、「あの頃は懐かしかったなあ」ってな感慨に、集団で浸る気分にはなれない。本ブログでも告白している通り、もし高校生時代に戻れても、きっと今と同じような道を歩いただろうと思うし。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　昨日だって本当は、もう二つほど、似たような集まりがあった。そのどれもに欠席した。本当は行こうかなという気がしたのもあったんだけど、とにかく忙しかったのね（ごめんね、Ｎ君）。たまに出席するものがあっても、それは「明日」に関係がある集まりに限られている。この傾向は、若かった頃より、今の方が強くなった。若い頃に比べて今の方が、目標が絞られているし、時間がなくなっているからである。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　今年の正月は、お酒もあまり飲んでいない。お酒で一日という時間を無駄に過ごすには、時間も体力も余裕がない。今の私は、前進することにしか興味がないんだね。哀しいことに私は、今までに「功成り、名を挙げた」わけではないし、やりたいことが出来たという実感もないし。何をやっても、まだ中途半端なままだから。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　同級生諸氏に比べると、私の人生ははるかに出遅れ、はるかにのろいペースで進んでいるから。酒飲んで、思い出話を語って、同じ時間をともに過ごしたとしても、私には苦痛なんだよ。まして「二次会から」なんて、間の抜けたことができますか。他の連中は盛り上がったまま、二次会に突入。私はしらけたままで……&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　参加したければ正式に参加するし、そうでなければ参加しない。参加したがらない人でも「懐かしいじゃないか」と引っ張り出したいのだろうが、みな人それぞれ都合がある。少なくとも今の私には、過ぎ去った日々を懐かしがっている暇はない。昨日だって仕事をしていたんだからね。いつ日の目を見るものか、わからないけどね。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　他の会に呼んでくださった方にも、今暫くは、私には盆も正月もない状態が続いていると考えてください。呼びかけてくださるのはとても有難いのですけれど、自分の人生を、本物の自分の人生にしていくために、今の私にはかなり時間が足りていないのです。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　私に「会いたい」などと言ってくださった方がおいでだったんだそうですが、本ブログからでもコンタクトを取ってくださった方（それまで面識がなくても）もおられます。どうしても、という人は、いろんな方法があるのではないでしょうか。ましてかつての同級生だったら、別に住所を変えたりはしていませんから、そちらの方で、個人的にコンタクトを取ってください。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　私は、過去にはあまり興味はありません（温故知新はやりますが）。いつだって興味と感心の対象は未来にあります。まだほんのガキのつもりですから。まして正月。昔から「一年の計は元旦にあり」なんて言いますよね。その言葉通り、私は元旦から始動しています。二日といえば始動したものをリズムに乗せるための大切な日なのです。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　私にとって一月二日という日は、世間一般での一月二日とは少し違うみたいです。でも本当は、誰にとっても、同じ一日なんて、ありゃしないんでしょうけど。ということで、やっと三日の今日、少しばかり身体を動かせたので、少しは身体が軽くなってきました。今年はやりますぞ～っ!!（何をやるのかは、秘密です）&lt;/p&gt;</content:encoded>


<dc:subject>日記・コラム・つぶやき</dc:subject>

<dc:creator>kkomori</dc:creator>
<dc:date>2010-01-03T18:25:26+09:00</dc:date>
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<item rdf:about="http://kkomori.cocolog-nifty.com/blog/2010/01/post-2bd7.html">
<title>見方によれば……？</title>
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<description>　見方によれば、ゴミは資源……　これはそうとも言える、こんなＣＭが流れている。時...</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;　見方によれば、ゴミは資源……　これはそうとも言える、こんなＣＭが流れている。時代背景を反映して、とてもエコな考え方である。でも最後のが気に食わなかったよ。見方によれば日没が日の出だなんて……&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　確かに世界は狭くなったから、日本での日没が、日本より西の国では日の出ってことはある。けれどの日本にいる人間にとっては、日没は日没であって、日の出ではない。沈んだ太陽は、翌朝にならないと昇ってはこない。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　確かにピンチとチャンスがよく似た外見になることはある。兵法ではよく言われることだが、相手がこちらの一点を突破しているのと、こちらが相手を包囲殲滅しようとしている時は、図的に見れば同じ形に見える。でもそう見えるのは、外から見ている評論家だけなんだ。外部から鳥瞰すれば、確かに同じように見えなくはない。しかしそれが真実の状況を表しているとは言えないよ。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　実際に戦っている人間には、どちらが優勢かなんてことはわかっていることだし、劣勢なのに優勢だなどと馬鹿なことを言っていたら、あっという間に負けてしまう。劣勢の時には劣勢なときの戦い方があるし、優勢なときには優勢な戦い方がある。それを一見同じような形に見えるからというので、いつでも「行けえ、進めえ!!」とやったら、負けるはずがないときにでも負ける。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　こういったものの考え方は、失敗するとき特有の考え方だから、無視するのが一番である。日没は日の出ではない。日没には日没でやらなければならないことがある。早く家に帰って、明日のために英気を養うことである。守りを固めておいて、次の日のための活力を養えば、明日は一気に逆転ってことも起こりえる。でもそこで日の出のように、元気一杯で突撃しても、あたりは真っ暗。兵法だと伏兵の好餌にされるだけである。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　以前、「試合には負けているけど、いい形だから」なんてことを言っていた、某競技の選手の発言を取り上げたことがあるが、まさにそれが「日没を日の出」と偽っている行為に相当する。負けているのにいい形はありえない。勝っていても「あれはよくなかった」とか「いい勝ち方ではなかった」という言葉はわかるが、形が悪くなくて負けたら、悪くなったらどうなるの？&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　昨シーズン、このティームは、あれから勝ち星がなかったように記憶している。こういった認識上の誤魔化しは、悪化していくと矯正不能な状態になっていく。状況を客観的に認識することができなくなっているからだ。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　大切なのは、やるべき時に、やるべき事が、必要なだけ、きちんと出来ていること。日没には休息の準備が必要である。日の出には仕事の準備が必要である。きちんと準備ができている者だけが、実り多い仕事ができる。そうして次につながる仕事ができる。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　見方を変えることはいいことだ。私なんかいつも、いろんな見方をするように努めている。だけどそれは、自分の置かれた時と立場と、役割をよく考えてから行うことではないだろうか。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　表向き勇ましいだけの言葉では、我々のだいぶ前の世代が悩まされた「大本営発表」と同じことではないか。どんどん敗戦しているのに、国民の士気が落ちてはいけないからと、嘘の戦勝を流し続ける。こんなことをしたらダメージが大きくなるだけなのに（もちろん、戦いは詐道だから、誤魔化しあいはあると思うけど）。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　まず客観的にいろいろな状況を把握する。それからその時に一番必要なことから、手抜きをしないように取り組んでいく。これしかないんじゃないかな。今まで嘘で固めてきた人には、いきなり「やれ」と言われてもできないことかも知れないけれど。でも努力している人にとっては、当たり前のことだと思うよ。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　見方によって物事が変わってくるなんて、基本的に努力している人のための言葉だよね。厳しい情勢から逃げるために見方を変えたって、それは「私服を肥やすためのお金ではない」と言いながら、大金を手に入れて税金を納めていなかった人の言い逃れと同じことじゃない？　何も価値あるものを生み出さないと思うよ。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　せめて今年はいい年にしたいから、見方によれば、ってのも、けっこう厳しくしていきたいと、私は考えている。&lt;/p&gt;</content:encoded>


<dc:subject>日記・コラム・つぶやき</dc:subject>

<dc:creator>kkomori</dc:creator>
<dc:date>2010-01-02T13:45:41+09:00</dc:date>
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<item rdf:about="http://kkomori.cocolog-nifty.com/blog/2010/01/post-9691.html">
<title>福到</title>
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<description>　みなさん、新年快楽！でございます。 　昨年はあいにくと、私にはろくなことがあり...</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;　みなさん、新年快楽！でございます。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　昨年はあいにくと、私にはろくなことがありませんでしたが（それでもいくつかはいいこともありました&lt;a onclick=&quot;window.open(this.href, &#39;_blank&#39;, &#39;width=150,height=300,scrollbars=no,resizable=no,toolbar=no,directories=no,location=no,menubar=no,status=no,left=0,top=0&#39;); return false&quot; href=&quot;http://kkomori.cocolog-nifty.com/.shared/image.html?/photos/uncategorized/2010/01/01/photo.jpg&quot;&gt;&lt;img title=&quot;Photo&quot; border=&quot;0&quot; alt=&quot;Photo&quot; src=&quot;http://kkomori.cocolog-nifty.com/blog/images/2010/01/01/photo.jpg&quot; width=&quot;100&quot; height=&quot;200&quot; style=&quot;MARGIN: 0px 5px 5px 0px; FLOAT: left&quot; /&gt;&lt;/a&gt;けど）、「今年こそは」と考えております。一年間健康で、目標に向かって邁進できたらと期待しております。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　さてさて莫ちゃんにお願いしていたら、こんな綺麗なのがやってきました。なんと巨大な「福」の字までいれたら、122文字の「福」が、いろんな字体で書かれたいます。しかも金色で。赤地に金色ってのは、あちらでは大変よく見かけるものですが、こうやって賑々しく飾り立てられると、なんとなく「福々」しく見えてくるから面白いものです。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　今年は、ぜひこのくらいの「福」に来ていただきたいものですね。いい加減に人生にも、「褒美」がほしくなりました。いいタイミングで 、努力に相応しい褒美をもらえると、ますますやる気が出てくるものですが、いつまでたっても何もでないと、「そんならやらない」って、途中やめにしたくなる努力もあります。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　そんなだから、お前には褒美がいかないのだ。昔そんな偉そうなことを行ってくれる年寄り達がいました。彼らは他人の半分も努力せずに、上手に人間の間を泳ぎまわって、テキトーに生きて、褒美などもらう資格もないのに、当然のような顔をして褒美をもらっておりました。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　死んだらすぐに人の記憶から消え去るのは、こういった人物です。人の心の中に生き続けることができない。人の世では、上手に泳ぎまわる能力もある程度は必要でしょうが、そればっかりだと、「実」のあることは何一つとしてできません。何かを成し遂げようと思ったら、やっぱり努力が不可欠です。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　それを上手に評価してやれば、その人も伸びるだろうし、周囲の他の人もメリットがあるはずなのですが、ろくに努力もしないで、泳ぐのが上手な人に先に褒美がいく傾向が強いので、努力している人がやる気をなくしていくんですね。だいたい伸びない組織、潰れていく集団なんてのはそんなものです。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「褒美目当てか、浅ましい奴だ」などと言う人もいますが、その人だって誰かから褒美を貰ってごらんなさい。まんざらでもなさそうな顔をしますから。心のなかでは「万歳の嵐」だったりして&lt;a onclick=&quot;window.open(this.href, &#39;_blank&#39;, &#39;width=300,height=260,scrollbars=no,resizable=no,toolbar=no,directories=no,location=no,menubar=no,status=no,left=0,top=0&#39;); return false&quot; href=&quot;http://kkomori.cocolog-nifty.com/.shared/image.html?/photos/uncategorized/2010/01/01/photo_2.jpg&quot;&gt;&lt;img title=&quot;Photo_2&quot; border=&quot;0&quot; alt=&quot;Photo_2&quot; src=&quot;http://kkomori.cocolog-nifty.com/blog/images/2010/01/01/photo_2.jpg&quot; width=&quot;100&quot; height=&quot;86&quot; style=&quot;MARGIN: 0px 5px 5px 0px; FLOAT: left&quot; /&gt;&lt;/a&gt;。人はそんなものです。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　さてさて、中国の店や、日本でも中華系統の店には、こんなのが貼ってあります。下のは正当な向きに貼ってあるのですが、上のは逆ですよね。以前不思議に思って、莫ちゃんに尋ねたことがありました。「福」の字がでんぐり返るなんて、縁起が悪いんじゃないかと思ったのです。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　すると莫ちゃん曰く、「これは福倒という（Fudao）。倒は到（ピンインでは同じdaoです。ただし倒の方は３声、到のほうは４声ですけど）と同じ音だから、福到となって、福が来るとおいう意味になり、とても縁起がいいのだ」。なるほどね、さすが縁起担ぎの中国人、語呂合わせの中国人、と思いましたが、縁起がいいのは中国であろうと日本であろうと同じように好まれます。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「福が来る」「福が来る」と百回唱えても、福は来ないかもしれませんが、福が来るように努力していれば、もしかしたら本当に福が来るかもしれませんよ。この一年、毎日きちんと努力が積み重ねられますように、そして福が訪れますようにと、仕事場にこれを貼っておくことにします。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　みなさまにとりましても、2010年が実り多い年になりますよう、祈念しております。今年もよろしくお願いいたします。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　　　　　　　　　2010年元旦　　　小森　君美&lt;/p&gt;</content:encoded>


<dc:subject>日記・コラム・つぶやき</dc:subject>

<dc:creator>kkomori</dc:creator>
<dc:date>2010-01-01T16:34:16+09:00</dc:date>
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<item rdf:about="http://kkomori.cocolog-nifty.com/blog/2009/12/51-87eb.html">
<title>ちょっと変わった食性・51　～鹿、しか、シカ～</title>
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<description>　今回一番美味しかったのは何かと言われたら、名前は控えていないから不明だが、シカ...</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;　今回一番美味しかったのは何かと言われたら、名前は控えていないから不明だが、シカとワニとニワトリとウシとダイコンとチンサイを、冬虫夏草の中でも超高級と言われている（私も冬虫夏草に一時嵌ったことがあるが、あまり美味しくはなかった）ものとを入れた鍋だった。やっぱり冬は鍋に限るのである。うん。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　わりと広い（まるで練習できそうなくらい）部屋を、４人で借り切って、楽しくお食事をするのであるが、部屋に入って一番驚いたのは、鹿の絵が貼ってあることだ。それも美術的な絵ではない。&lt;a onclick=&quot;window.open(this.href, &#39;_blank&#39;, &#39;width=300,height=223,scrollbars=no,resizable=no,toolbar=no,directories=no,location=no,menubar=no,status=no,left=0,top=0&#39;); return false&quot; href=&quot;http://kkomori.cocolog-nifty.com/.shared/image.html?/photos/uncategorized/2009/12/31/photo.jpg&quot;&gt;&lt;img title=&quot;Photo&quot; border=&quot;0&quot; alt=&quot;Photo&quot; src=&quot;http://kkomori.cocolog-nifty.com/blog/images/2009/12/31/photo.jpg&quot; width=&quot;100&quot; height=&quot;74&quot; style=&quot;MARGIN: 0px 5px 5px 0px; FLOAT: left&quot; /&gt;&lt;/a&gt;なんたってあ～た、『梅花鹿結構与功効図』ってタイトルなんだからね。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　梅花鹿ってのが何を表すのかというと、ニホンジカですわいな。まさか日本まで行って密猟してきたわけでもないだろう。きっとニホンジカという種なんですな。そういえば昔、安芸の宮島へ行った時、あまりに厚かましい鹿が、連れのアメリカ人女性のハンドバッグを咥えて逃げようとするので、角を捕まえてローキックで前足をへし折って、証拠隠滅のために食ってやろうかと思ったことがあった（角を掴んで、さてローキックというところで、友人に「他の観光客がいるから止めろ！」と止められた。他の観光客が見ていなかったら、きっとこの人はお相伴にあずかるつもりだったんだよ、きっと）。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　鹿が美味しいことは、お館様のお陰で知っているが、今回は初めての共演である。何しろ鹿とウシとニワトリ（それも本当に庭でダッシュしていたやつ）とワニでしょ。まず自然界ではぶつかり合うことがないものの取り合わせだ。 &lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　まずは壁に貼ってあったやつの解説である。中国語入力しようかと思ったけど、さっきなんちゃらの更新をしたら、中国語入力できなくなっちまったので、日本語に翻訳したのを載せますね。まず「鹿の全身は宝です！　全身、どこもかしこも食べることができるんです！」なんて力説している。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　○　鹿腿、精肉：味が大変よく、肉質が細やか。高蛋白、低脂肪で消化がよく、五臓を強め、中風性の口のゆがみを治す（ほんまかいな？）&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　○　鹿尾：滋養強壮によく、腰、膝を暖め、腎血を補い、腎精を益す。腎虚を治し、遺精、頭のくらくら、耳鳴りにもよい。（よーするに強壮作用があるってことでしょ）&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　○　鹿鞭（簡単に言うと、鹿のおちんちんですな）：筋骨を強壮にし、疲労を回復する。リューマチ性の関節炎とか、筋肉の痙攣によい。（ほー……）&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　○　鹿心：気を養い血を補う。神経を休め、動悸を治める。リューマチ性心臓病、心腸痛に効く（この心腸痛というのが悩みなのか、心臓の痛みなのか不明）&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　○　鹿肝：肝臓を補い内臓に益す。脾臓を補い血を益す。女性の貧血とか子供が弱ったとき、あるいはビタミンＡ欠乏症によい。（へー……）&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　○　鹿腎：腎気を補い、五臓を安んずる。腎炎を治し、腎虚、腰膝の痛みにもよい。また足がなえるのにもよい（ほー……）&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　○　鹿の胃：胃を強壮にし、身体を強化する。消化を助け、吸収を促進し、消化不良を直す（そうでしょうとも……）&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　○　鹿茸：政策精宝髄（意味不明）、血を養い強壮にする。腰を丈夫にし腎を補う。陰を滋しみ、すべての故障に良い（なんだか打つのが大儀になっちゃった…この調子で、鹿の全身について説明してあるんだもん）&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　まあそういうことで、日本人における鯨の如く、様々な効能が書いてありました。&lt;a onclick=&quot;window.open(this.href, &#39;_blank&#39;, &#39;width=300,height=186,scrollbars=no,resizable=no,toolbar=no,directories=no,location=no,menubar=no,status=no,left=0,top=0&#39;); return false&quot; href=&quot;http://kkomori.cocolog-nifty.com/.shared/image.html?/photos/uncategorized/2009/12/31/photo_2.jpg&quot;&gt;&lt;img title=&quot;Photo_2&quot; border=&quot;0&quot; alt=&quot;Photo_2&quot; src=&quot;http://kkomori.cocolog-nifty.com/blog/images/2009/12/31/photo_2.jpg&quot; width=&quot;100&quot; height=&quot;62&quot; style=&quot;MARGIN: 0px 5px 5px 0px; FLOAT: left&quot; /&gt;&lt;/a&gt; ちなみに一番に出てきたのはこれでございます。何だと思います？　これはワニの切り身でございますな。爬虫類の肉は熱が通りにくいこともあるので、一般的に大型の爬虫類は、早くから鍋の中を泳がすんですな（２～３ｍクラスのニシキヘビなら１時間程度かかるよ。まあ日本国内での鍋には必要ない知識ですけれど）。&lt;a onclick=&quot;window.open(this.href, &#39;_blank&#39;, &#39;width=300,height=239,scrollbars=no,resizable=no,toolbar=no,directories=no,location=no,menubar=no,status=no,left=0,top=0&#39;); return false&quot; href=&quot;http://kkomori.cocolog-nifty.com/.shared/image.html?/photos/uncategorized/2009/12/31/photo_3.jpg&quot;&gt;&lt;img title=&quot;Photo_3&quot; border=&quot;0&quot; alt=&quot;Photo_3&quot; src=&quot;http://kkomori.cocolog-nifty.com/blog/images/2009/12/31/photo_3.jpg&quot; width=&quot;100&quot; height=&quot;79&quot; style=&quot;MARGIN: 0px 5px 5px 0px; FLOAT: left&quot; /&gt;&lt;/a&gt; &lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　これが鹿もウシもニワトリも入れたあと。このまま大人しく待つんだよ。お行儀よく。待ちくたびれないように、室内にはソファとテレビの大型のが配置されてあった。至れり尽くせり!!　個室というより我々が入ったところは、すでに一軒屋と言ってもいいくらいの広さだったけど。 &lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;a onclick=&quot;window.open(this.href, &#39;_blank&#39;, &#39;width=300,height=266,scrollbars=no,resizable=no,toolbar=no,directories=no,location=no,menubar=no,status=no,left=0,top=0&#39;); return false&quot; href=&quot;http://kkomori.cocolog-nifty.com/.shared/image.html?/photos/uncategorized/2009/12/31/photo_4.jpg&quot;&gt;&lt;img title=&quot;Photo_4&quot; border=&quot;0&quot; alt=&quot;Photo_4&quot; src=&quot;http://kkomori.cocolog-nifty.com/blog/images/2009/12/31/photo_4.jpg&quot; width=&quot;100&quot; height=&quot;88&quot; style=&quot;MARGIN: 0px 5px 5px 0px; FLOAT: left&quot; /&gt;&lt;/a&gt;　これはワニの肉ですね。熱が通ると、鹿よりも柔らかいんだよ。それに私的にはという注釈付で、結構美味しいんですな。最近の私は、あちらに行けば必ずといっていいほどワニは食べるけど。（この日はワニの柄のトレーナーを着ていましたが……　ワニがワニ喰うなんて駄洒落てましたね。結構受けてしまいました。ははは……）&lt;/p&gt;

&lt;p&gt; 　これが&lt;a onclick=&quot;window.open(this.href, &#39;_blank&#39;, &#39;width=300,height=217,scrollbars=no,resizable=no,toolbar=no,directories=no,location=no,menubar=no,status=no,left=0,top=0&#39;); return false&quot; href=&quot;http://kkomori.cocolog-nifty.com/.shared/image.html?/photos/uncategorized/2009/12/31/photo_5.jpg&quot;&gt;&lt;img title=&quot;Photo_5&quot; border=&quot;0&quot; alt=&quot;Photo_5&quot; src=&quot;http://kkomori.cocolog-nifty.com/blog/images/2009/12/31/photo_5.jpg&quot; width=&quot;100&quot; height=&quot;72&quot; style=&quot;MARGIN: 0px 5px 5px 0px; FLOAT: left&quot; /&gt;&lt;/a&gt;鹿肉ですな。旨&lt;a onclick=&quot;window.open(this.href, &#39;_blank&#39;, &#39;width=300,height=243,scrollbars=no,resizable=no,toolbar=no,directories=no,location=no,menubar=no,status=no,left=0,top=0&#39;); return false&quot; href=&quot;http://kkomori.cocolog-nifty.com/.shared/image.html?/photos/uncategorized/2009/12/31/photo_7.jpg&quot;&gt;&lt;img title=&quot;Photo_7&quot; border=&quot;0&quot; alt=&quot;Photo_7&quot; src=&quot;http://kkomori.cocolog-nifty.com/blog/images/2009/12/31/photo_7.jpg&quot; width=&quot;100&quot; height=&quot;81&quot; style=&quot;MARGIN: 0px 5px 5px 0px; FLOAT: left&quot; /&gt;&lt;/a&gt;いです!!　ちょっと赤っぽく糸みたいに見えるのが、冬虫夏草の花（う～ん……　私が知っている…持っている…範囲では、コウモリガの幼虫に、菌類が寄生したもので、花は咲かないんだけど。まあ私の知らないものも山のようにあるので、そういうものもあるんだと、あちらの言うことを信用しておきましょう。要するに旨ければすべては 許されるんだから）&lt;a onclick=&quot;window.open(this.href, &#39;_blank&#39;, &#39;width=300,height=237,scrollbars=no,resizable=no,toolbar=no,directories=no,location=no,menubar=no,status=no,left=0,top=0&#39;); return false&quot; href=&quot;http://kkomori.cocolog-nifty.com/.shared/image.html?/photos/uncategorized/2009/12/31/photo_6.jpg&quot;&gt;&lt;img title=&quot;Photo_6&quot; border=&quot;0&quot; alt=&quot;Photo_6&quot; src=&quot;http://kkomori.cocolog-nifty.com/blog/images/2009/12/31/photo_6.jpg&quot; width=&quot;100&quot; height=&quot;79&quot; style=&quot;MARGIN: 0px 5px 5px 0px; FLOAT: left&quot; /&gt;&lt;/a&gt;で、こいつが結構旨かったのね。おのろいた。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　それからスープですね。これもまた絶品であった。このコンビネーションを選んだのは莫ちゃんである。彼の味覚のセンスの良さに脱帽三回である。たいしたもんだ。 &lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　私が疲&lt;a onclick=&quot;window.open(this.href, &#39;_blank&#39;, &#39;width=300,height=236,scrollbars=no,resizable=no,toolbar=no,directories=no,location=no,menubar=no,status=no,left=0,top=0&#39;); return false&quot; href=&quot;http://kkomori.cocolog-nifty.com/.shared/image.html?/photos/uncategorized/2009/12/31/photo_8.jpg&quot;&gt;&lt;img title=&quot;Photo_8&quot; border=&quot;0&quot; alt=&quot;Photo_8&quot; src=&quot;http://kkomori.cocolog-nifty.com/blog/images/2009/12/31/photo_8.jpg&quot; width=&quot;100&quot; height=&quot;78&quot; style=&quot;MARGIN: 0px 5px 5px 0px; FLOAT: left&quot; /&gt;&lt;/a&gt;れて、へろへろの状態で行ったので、今回は元気のつくものばかりのオンパレードだったのね。やっぱり持つものは友人ですぞ。国籍の如何によらず。行った先々で幸せになれちゃうからね。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　これがさらに私を元気にしようとしたもので、「鹿血la（月へんに昔）味飯」と言いますな。わざわざ後から鹿の血を混ぜるんだよ。服務員（18歳）が出てきて&lt;a onclick=&quot;window.open(this.href, &#39;_blank&#39;, &#39;width=300,height=259,scrollbars=no,resizable=no,toolbar=no,directories=no,location=no,menubar=no,status=no,left=0,top=0&#39;); return false&quot; href=&quot;http://kkomori.cocolog-nifty.com/.shared/image.html?/photos/uncategorized/2009/12/31/photo_9.jpg&quot;&gt;&lt;img title=&quot;Photo_9&quot; border=&quot;0&quot; alt=&quot;Photo_9&quot; src=&quot;http://kkomori.cocolog-nifty.com/blog/images/2009/12/31/photo_9.jpg&quot; width=&quot;100&quot; height=&quot;86&quot; style=&quot;MARGIN: 0px 5px 5px 0px; FLOAT: left&quot; /&gt;&lt;/a&gt;目の前で作ってくれるんだ。私は「血はいらない」と思ったけど、まあ「郷に入れば郷に従え」って言うから、同じようにして食べたけど。 &lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　鍋の最後は雑菜。いうところの青菜でございますな。これも日本での私のやりかたではなく、あちら風に従いました。我を通して下痢でもしたら、笑いものですから。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;a onclick=&quot;window.open(this.href, &#39;_blank&#39;, &#39;width=300,height=184,scrollbars=no,resizable=no,toolbar=no,directories=no,location=no,menubar=no,status=no,left=0,top=0&#39;); return false&quot; href=&quot;http://kkomori.cocolog-nifty.com/.shared/image.html?/photos/uncategorized/2009/12/31/10.jpg&quot;&gt;&lt;img title=&quot;10&quot; border=&quot;0&quot; alt=&quot;10&quot; src=&quot;http://kkomori.cocolog-nifty.com/blog/images/2009/12/31/10.jpg&quot; width=&quot;100&quot; height=&quot;61&quot; style=&quot;MARGIN: 0px 5px 5px 0px; FLOAT: left&quot; /&gt;&lt;/a&gt; 　これはデザートですな。なんだか旨くて、私一人で半分近く食べちゃったような気がするけど、旨いものは魯山人先生も仰っている通り、「味覚は栄養価を保証する」って考えなので、「必要だから、美味しく感じたんでしょう」と、勝手に解釈しております。こんな旨いものをいただいたら、また次回が楽しみになっちゃうじゃないか…… &lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;/p&gt;</content:encoded>


<dc:subject>日記・コラム・つぶやき</dc:subject>

<dc:creator>kkomori</dc:creator>
<dc:date>2009-12-31T17:58:05+09:00</dc:date>
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<item rdf:about="http://kkomori.cocolog-nifty.com/blog/2009/12/post-e0e5.html">
<title>一年のケジメ</title>
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<description>　とうとう2009年も大晦日でございます。今年一年、いろんなことがありましたが、...</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;　とうとう2009年も大晦日でございます。今年一年、いろんなことがありましたが、どうにかこうにか大晦日までこぎつけることができました。いろんな人に助けられたり、たまには人を助けたりしながら、こうして人は生きていくんだなと、何度か感じましたね。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　どうして一年はできたのだろう。どうして年の瀬になると、みんな慌しく動き回るんだろう。毎年こういった疑問にぶつかります。普段は車の運転なんか、めったにしないだろう老人が、落ち葉のマークだか枯葉のマークだかをつけた車で、のろのろ運転しているかと思えば、突然走り出したり、驚かされます。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　なんでいつもの毎日のように暮らさないで、年末になると急にこんな光景が増えるのかな？　きっと一年が暮れていくので、その年のケジメをつけようとしているのかな、そんな思いがしています。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　時間の流れは毎日同じで、そんなに変わったりしません。変わるとすれば人間の側で、いろいろな行事を作って、勝手に忙しくなって時間の流れが速くなったように感じたり、勝手に暇になって、時間の流れが遅くなったように感じるだけのことです。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　暦というものが、地球が太陽の周りを、地軸を公転面に垂直な線から23.4度だけ傾けて公転しているから、その規則性を表そうとして作られたものなら、まず最初に「季節」があって、季節にそって様々な現象や行事があって、その間を適当に区切ったものかも知れませんよね。すると私みたいに、時間の流れはいつも一定なのだから、特に生活態度を変えたり、改めたりする必要はない、なんて言う方が邪道なのかも知れませんよね。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　ま、大掃除がたいぎだったり、とりあえずやりかけのことだらけで、何となく休んでいてはいけない状況だから、暦を見ても「ただの数字」だけのように感じてしまおうと、ずるけ心を起こしているだけなのかも知れません。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　やっぱり必要最低限度の行事が先にあって、その中を適当に区切っていくのが正しいのかなあ。これを徹底すれば不定時法になっちゃいますよね。江戸時代以前みたく。夜明けと日没という現象だけを、昼と夜の境界線にして、その間を適当に割っていくだけなんて、なんと大らかな時間なんでしょうか。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　その分、エライ短い一刻があったり、えらい長い一刻だあったりしたんでしょうね。だからきっと昔の人は、今日は何時間○○をした！　なんて考え方をしなかったのかも知れませんよね。畑をここまで耕したから、今日の仕事は終わって一休み。今日は終わっていないけど、日が暮れたからお休みなんて、いい感じですな。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　こういう生き方を極めたら、晴耕雨読って感じも出てきますよね。ちなみに晴耕雨読ってのは、私が理想としている生き方です。雨が続くとキャベツを齧っていきる（大昔の「かぐや姫」の歌の歌詞みたいですが）。なんとなくだらしないけど、なんとなく余裕が感じられますよね。豊かではないけれど。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　そんな生活をしていても、やっぱり一年は過ぎていくんでしょうね。でも何となく年末の慌しさとは無縁のような気がします。年が明けると、危なっかしい運転をしていたお年寄りの姿も、ぱったり見かけなくなります。これもまた毎年の現象なんですけどね。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　もう十時間足らずで2010年ですが、来る年は皆様にとりましても、よい年でありますように。&lt;/p&gt;</content:encoded>


<dc:subject>日記・コラム・つぶやき</dc:subject>

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<dc:date>2009-12-31T14:25:41+09:00</dc:date>
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